学位論文要旨



No 121155
著者(漢字) 下山,幸治
著者(英字)
著者(カナ) シモヤマ,コウジ
標題(和) ロバスト性を考慮した新手法による火星探査航空機翼の空力設計最適化
標題(洋) Robust Aerodynamic Design of Mars Exploratory Airplane Wing with a New Optimization Method
報告番号 121155
報告番号 甲21155
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6245号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,孝藏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 李家,賢一
 東京大学 助教授 西成,活裕
 東京大学 講師 土屋,武司
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,ロバスト性を考慮した火星探査航空機翼の空力設計最適化の実現を目指し,効率良く確実に最適性とロバスト性の間のトレードオフ情報を抽出できる新たなロバスト最適化手法を開発し,本手法を用いて気流変動に対する空力性能のロバストに着目した火星探査航空機翼の空力最適化を行い,空力性能の最適性とロバスト性の間のトレードオフ関係に関する具体的な設計指針を提示したものである.

観測データ解像度の向上,探査範囲の拡大を目的として,従来の周回衛星やローバーに代わり,航空機を用いた新たな火星探査手段が注目されている.火星航空機は地球航空機と全く異なる条件(低Reynolds数,高亜音速Mach数)で飛行することになるため,既存の地球航空機に関する設計概念をそのまま火星航空機の設計に適用させることは望ましくない.実際,これまでに火星探査航空機の検討例がいくつか報告されているが,その大半は既存の地球航空機に関する設計概念を単純利用したものに過ぎない.よって本論文では,火星飛行条件下で本当に優れた性能を持つ設計を幅広い設計空間で探索し,火星航空機に関する新たな設計概念を確立するために,設計最適化技術を利用する.

火星航空機を設計する際に注意すべきもう1つの点が,気流変動の考慮である.火星上空では非常に強い偏西風が吹き,かつそれが起伏に富んだ火星地形と干渉し合うため,気流の風速,風向が日的,季節的に大きく変動することが知られている.よって,気流変動によって飛行条件が変化することで性能が劇的に低下し,予定された火星探査ミッションが達成されない危険性がある.よって本論文では,火星探査ミッションの安全性,信頼性を向上させてミッションの失敗を避けるために,ロバスト設計最適化技術を用いて気流変動に対する性能のロバスト性に着目した設計を行う.

一般的に,性能の最適性とロバスト性は相反する性質を持ち,これらの相反する2つの設計要求の間にはトレードオフ関係が存在する.このようなトレードオフ情報は設計者にとって非常に有益な設計判断材料となるため,それを抽出することがロバスト設計最適化の目標となる.これまでに,「シックスシグマ手法(DFSS)」を代表とするいくつかのロバスト最適化手法が提案されてきたが,最適性とロバスト性の間のトレードオフ情報を効率良く抽出できないという問題を抱えている.よって本論文では,このようなトレードオフ情報を効率良く抽出できる新たなロバスト設計最適化手法「多目的シックスシグマ手法(DFMOSS)」を提案する.

最初に,提案されたロバスト設計最適化手法DFMOSSの有効性を検証するために,複数のテスト問題に適用した.これらの結果より,新手法DFMOSSは重み係数やシグマレベルといった入力パラメーターを計算前にあらかじめ与える面倒がなく,また1回の計算で複数個のロバスト最適解が得られ,最適性とロバスト性の間のトレードオフ情報を効率良く抽出できることが確認された.加えて,出力として得られたロバスト最適解分布から,満たされるシグマレベルを各ロバスト最適解に対して柔軟に評価できることも確認された.以上より,従来法DFSSに比べて新手法DFMOSSは効率的でありかつ利便性に優れた特性を持つことが示された.

次に,ロバスト最適化手法DFMOSSと数値流体力学(CFD)解析手法を用いて,火星探査航空機の翼断面形状のロバスト空力設計を3つの場合について行った.いずれの場合も,設計点(巡航状態)での性能だけに着目した従来の1点最適化計算では空力性能のロバスト性に優れた設計を見つけ出せず,一方DFMOSSを用いたロバスト最適化計算では空力性能の最適性とロバスト性の間のトレードオフ情報を効率良く抽出できることが確認された.1つ目の飛行Mach数変動に対する揚抗比のロバスト性に着目した場合には,キャンバーの小さい翼型を採用することで,飛行Mach数増加に対する衝撃波の強さの変化が抑えられ,揚抗比のロバスト性が改善されることが明らかとなった.2つ目の飛行Mach数変動に対するピッチングモーメントのロバスト性に着目した場合には,翼前部で翼型を折り曲げ局所的に曲率を大きくすることで,飛行Mach数増加に対する衝撃波の後方への移動が抑えられ,翼後部で発生する頭下げピッチングモーメントの変化が小さくなり,ピッチングモーメントのロバスト性が改善されることが明らかとなった.3つ目の迎角変動に対する揚抗比のロバスト性に着目した場合には,翼前縁半径を大きくすることで,迎角増加に対する前縁剥離泡の成長が抑えられ,揚抗比のロバスト性が改善されることが明らかとなった.

最後に,ロバスト最適化手法DFMOSSとCFD解析手法を用いて,飛行Mach数変動,迎角変動,横滑り角変動に対する揚力,抗力,ピッッチングモーメントのロバスト性に着目した火星探査航空機の翼断面,平面形状のロバスト空力設計を行った.この結果より,多くの設計変数,目的関数を有する大規模な最適化計算においても,DFMOSSを用いたロバスト最適化計算によって空力性能の最適性とロバスト性の間の複雑なトレードオフ情報を効率良く抽出するができ,本手法が有効であることが確認された.加えて,迎角変動,横滑り角変動に対する揚力のロバスト性が前縁剥離現象に大きく依存することも確認され,得られた設計情報を実際の設計に利用するためには,大規模剥離を起こす持つ解を取り除いた上でのトレードオフ情報の詳細な議論や,剥離現象に対するCFD解析手法の信頼性の検証が必要であることが明らかとなった.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)下山幸治提出の論文は,「Robust Aerodynamic Design of Mars Exploratory Airplane Wing with a New Optimization Method」(ロバスト性を考慮した新手法による火星探査航空機翼の空力設計最適化)と題し,英文で書かれ本文6章から構成されている.

軌道からの探査やローバーによる探査に比べて広域・多点探査に優れる航空機を用いた火星探査には大きな期待感がある.火星探査航空機に関してはすでに種々の提案があるが,その設計コンセプトは地球航空機の設計概念を拡張したものに留まっている.火星大気での飛翔を考えた場合,低Reynolds数,高亜音速Mach数という飛行条件,さらには大きな気流変動が存在するという火星独特の条件を加味した設計が必要となる.このような複雑な設計課題に対しては,最近注目を集めているロバスト最適設計技術が有効であるが,解決しなければならない課題も多い.

このような事実を背景に,本論文において筆者は,ロバスト性を考慮した火星探査航空機翼の空力設計最適化を目標に,新たなロバスト最適化手法を開発し,それを用いて気流変動に対する性能のロバスト性に着目した火星探査航空機翼の空力最適化を行い,最適空力性能とロバスト性の間のトレードオフ関係に関する設計指針を提示した.

第1章は序論であり,過去の火星探査航空機設計,ロバスト設計最適化手法に関する研究を概観し,過去の研究で明らかにされた事実と残された課題や問題点を洗い出した上で,本論文の目的と意義を示している.

第2章では,多目的最適化手法やロバスト最適化手法の考え方を説明した後,従来のロバスト最適化手法「シックスシグマ手法」に多目的遺伝的アルゴリズムの概念を導入することにより,新たなロバスト最適化手法「多目的シックスシグマ手法」を提案している.また,最適化に利用する空力数値シミュレーション手法について説明している.

第3章では,この手法を複数のテスト問題に適用することにより,本手法の有効性を検証している.これらの適用例を通じて「多目的シックスシグマ手法」が,最適性とロバスト性の相対重要度を予め設定する必要がなく 1回の最適化プロセスで最適性とロバスト性の間のトレードオフ情報が抽出できるという従来法に比べて高効率かつ利便性に優れた特性を有することが確認されている.

第4章では,「多目的シックスシグマ手法」を用いて火星航空機翼断面形状のロバスト空力設計を行っている.第一に,本ロバスト空力設計における「多目的シックスシグマ手法」を用いたロバスト設計最適化の有効性が確認されている.加えて,飛行Mach数変動に対する揚抗比 やピッチングモーメントのロバスト性の改善,さらに迎角変動に対する揚抗比のロバスト性の改善のための具体的な設計指針を提示するとともに,それらの物理的根拠を明らかにしている.

第5章では,「多目的シックスシグマ手法」を用いて火星航空機翼断面,平面形状のロバスト空力設計を行っている.大規模な最適化計算に対しても「多目的シックスシグマ手法」が有効であることが示され,加えて,迎角変動,横滑り角変動に対する揚力のロバスト性は前縁剥離現象に大きく依存することが明らかにされている.

第6章は結論であり,本研究で得られた結果をまとめている.

以上要するに,本論文は新たなロバスト最適化手法を開発し,その有効性を詳細に検証した上で,火星航空機翼のロバスト空力設計に適用したもので,この手法が実用的な計算コストで設計最適化を実現しうることを示すとともに,空力性能におけるロバスト性への配慮の重要性を指摘し,あわせて気流変動に対するロバスト性を有する翼の具体的な設計指針を提示したものであり,その成果は航空宇宙工学に大きく貢献するものと考えられる.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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