学位論文要旨



No 121156
著者(漢字) 堤,誠司
著者(英字)
著者(カナ) ツツミ,セイジ
標題(和) リニアエアロスパイクノズルのモジュール間干渉流れと性能に関する研究
標題(洋)
報告番号 121156
報告番号 甲21156
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6246号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 藤井,孝藏
 東京大学 助教授 渡辺,紀徳
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 助教授 佐藤,哲也
 東京大学 助教授 寺本,進
内容要旨 要旨を表示する

リニアエアロスパイクノズル(Fig. 1)は従来のロケットエンジンで用いられてきたベルノズルに比べて非常に高い性能を示すことから、次世代宇宙輸送機の推進システムへ適用が期待されている。リニアエアロスパイクノズルの燃焼器は、不安定燃焼や構造上の問題から、円形スロート−矩形出口を持つ多数の燃焼器モジュールから構成されている。(Fig.1) 一方、燃焼器モジュールのクラスター化に起因してリニアエアロスパイクノズルの性能低下や局所的な熱負荷の増大などといった問題が逆に生じてしまうことが報告されており、リニアエアロスパイクノズルの実現に向けた技術的課題の一つとなっている。これらの問題はすべてエアロスパイクノズルの流れ構造と密接な関係がある。そこで本研究では、クラスター化によって生じるリニアエアロスパイクノズルの流れ構造を詳細に解析し、性能低下や熱負荷増大といった諸問題を解明することを目的とする。

クラスター化により生じる流れ構造の解明に関して、これまで数多くの研究が行われてきた。しかし衝撃波の3次元構造など詳細な解明は極めて不十分で、クラスター化の問題に対して根本的な解決はなされてこなかった。クラスター化により生じる流れ場にはいくつかの要素が複雑に絡み合っており、この要素を一つ一つ分解していかなければ流れ場の全容を解明することは難しい。そこで本研究では、矩形出口を持つモジュール単体の排気流構造の解析から始め、クラスター化によるモジュール排気流の干渉、そしてモジュールからリニアエアロスパイクノズルを含めた全体の解析と、複雑に絡み合う流れの基礎的な要素を十分に解明していくというアプローチをとった。

対象とする流れ場は非常に複雑な3次元構造を持つため、本研究では超音速噴出し式風洞(Fig.2)を用いた実験、及びレイノルズ平均3次元圧縮性Navier-Stokes方程式を基礎方程式に用いた数値計算の両手法を適用して解析を行った。

本研究で得られた知見を以下に述べる。

まず正方形出口を持つモジュール単体から生じる不足膨張噴流の構造を解析した。Fig.3はジェット断面の形状(密度分布)と衝撃波面を示している。モジュール出口が矩形であることに起因してモジュールの排気流は、1)モジュールリップから生じるプラントル・マイヤー膨張扇を通過して2次元的な流れになる領域、2)膨張扇同士の干渉により矩形出口コーナー部において流れに3次元性が生じる領域、の2つに大きく分けられることが明らかになった。そのため、Fig.3に示すように、衝撃波は2次元ノズルから生じる不足膨張噴流に現れるintercepting shockと、膨張扇の干渉によって生じた過膨張領域に対して発生する再圧縮衝撃波の2つから構成されることが分かった。また、対称面付近のジェット境界はプラントル・マイヤー膨張扇を通過して2次的な膨張をするが、矩形出口コーナー部は再圧縮衝撃波の影響を受けて平坦になり、その結果、Fig.3のように排気流の断面形状は十字形状になることが分かった。

次にモジュール排気流の干渉について調べた。モジュール出口の一辺をLie、モジュール間の幅をLGapとすると、モジュール間隙はLGap/Lie=0.4の場合の結果を示す。Figure 4ではモジュール排気流の干渉によって発生した衝撃波のうち、モジュール一つ分に相当する衝撃波面を示す。またFig.5は隣接モジュール同士の上半分領域に相当する衝撃波面とジェットの断面形状(密度分布)である。流れ場は、1)モジュール間干渉の影響が現れず、モジュール単体の流れと同じ構造を示す領域、2)モジュール間干渉の影響が現れる領域、の2つに大きく分けられることが明らかになった。そのため、Fig.4に示した衝撃波はモジュールの矩形出口に起因して発生する再圧縮衝撃波、及びモジュール排気流が干渉することで発生するtail shockの2つから構成されることが分かった。ジェットの形状に関しても、モジュール単体の流れと同形状になる領域(Fig.5のS1)、及び干渉によって生じた高圧領域を通過して膨張する領域(Fig.5のS2, S3)の2つに大きく分けられることが分かった。

モジュール単体及びクラスターモジュールの解析結果を足がかりに、クラスターモジュール及びリニアエアロスパイクノズルを含めたノズル全体の流れ場を解析した。その結果、1)モジュールの矩形出口に起因した流れ、2)隣接するモジュール排気流の干渉に伴う流れ、3)モジュール排気流とノズル壁面境界層の粘性−非粘性干渉に起因した剥離流れ、の3つの要素から流れ場は構成されることが分かった。1), 2)は上記解析してきた通りであり、リニアエアロスパイクノズルの影響で新たに現れたのが3)である。3)はリニアエアロスパイクノズル壁面近傍の流れに支配的な要素で、Fig.6(a)に示した表面流線から分かるように、1次剥離、2次剥離の2つの剥離を引き起こす。ここで、油膜法を用いてリニアエアロスパイクノズルの限界流線を可視化したところ、Fig.6(b)のように1次剥離線と2次剥離線の発生を確認することができ、Fig.6(a)の数値計算結果が現象を正しく模擬できていることを確認した。Figure 7にリニアエアロスパイクノズルに現れる衝撃波の構造を示す。Figure 7の衝撃波は、1)〜3)の流れ要素をそれぞれ発生原因とする再圧縮衝撃波、tail shock、と剥離衝撃波から構成される。またFig.6(a)にはリニアエアロスパイクノズルの壁静圧分布を示した。主に3)に挙げた粘性−非粘性干渉の影響を受け、1次剥離線と2次剥離線によって大きく3つの高圧領域(HP1, HP2, HP3)に分けられる。すなわち、1次剥離線によって囲まれた領域(HP1)はモジュール出口に位置し、モジュール排気流が直接入射することで加圧される領域である。2次剥離線によって囲まれた領域(HP2)はモジュール間に位置しており、tail shockを通過して加圧された流れが吹き降ろすために発生した高圧領域である。そして1次剥離線と2次剥離線に囲まれた残りの領域(HP3)は、2次剥離衝撃波(Fig.7(b))によって加圧された流れが入射する領域である。なお、実験から得られた壁静圧分布と油膜法による限界流線の可視化画像をFig.6(b)において比較すると、3つの高圧領域と1次剥離線、2次剥離線の位置関係は数値計算結果と一致する結果が得られた。

流れ解析から得られた知見を基に、モジュールのクラスター化によって発生する諸問題のうち、主に熱負荷と性能に関して検討した。

まず始めに、クラスター化により発生する局所的な熱負荷の増大について調べた。Figure 8にはリニアエアロスパイクノズル面上の熱流束分布を示す。熱流束分布は、壁静圧分布(Fig.6)と同様に、1次剥離線と2次剥離線によって3つの領域に分けられた。これまで実験的に確認されてきた高熱負荷領域は2次剥離線に囲まれた領域に相当し、高温のモジュール排気流が粘性−非粘性干渉に起因して吹き降ろすことにより熱負荷が増大することが分かった。このように、熱流束の分布は粘性−非粘性干渉によって生じる流れと密接な関係があるため、リニアエアロスパイクノズルの冷却設計は、予めノズル表面の剥離線を調べ、ホットスポットを把握してから行うべきである。

さらにクラスター化によって生じるリニアエアロスパイクノズルの性能低下原因について分析した。Figure 9では2次元理想リニアエアロスパイクノズルとモジュール間隙がLGap/Lie=0.1, 0.4, 0.8の3つのリニアエアロスパイクノズルについて、損失の要因を比較している。その結果、損失の主な原因は、1)摩擦損失(Viscous loss)、2)隣接するモジュール排気流の干渉によって生じたtail shock(Fig.7(a))の全圧損失(Shock loss)、の2つであることが分かった。また、モジュール間の隙間が広くなるとtail shockによる損失が増加し、支配的な損失原因となることが分かった。従って、クラスター化に起因した性能低下を抑えるためにはモジュール間隙の幅を最小限にすべきである。

以上の通り、本研究により、次世代宇宙輸送機に適用が期待されるリニアエアロスパイクノズルにおける課題である燃焼器モジュールのクラスター化の影響を、詳細な3次元衝撃波流れ構造の解明を通して明らかにして、今後のノズル設計指針に役立つ足がかりを構築した。

Fig.1 Linear aerospike nozzle.

Fig.2 Schematics of experimental setup.

Fig.3 Shock surface and cross-sectional density contour.

Fig.4 Shock surface for a module.

Fig.5 Shock surface and cross-sectional density contour. Upper half region is only indicated.

Fig.6 Comparison of the surface flow pattern and the wall pressure distribution.

(a) Numerical result.

(b) Experimental result.

Fig.7 Shock surface for one module.

(a) Overall view.

(b) Enlarged view at X/Lie=1.0.

Fig.8 Heat flux on the aerospike nozzle.

Fig.9 Comparison of the loss factors.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学) 堤 誠司提出の論文は「リニアエアロスパイクノズルのモジュール間干渉流れと性能に関する研究」と題し、7章及び付録から成っている。

ジェット推進を基本とする熱機関では推力を生むノズル要素の性能と作動特性が重要であり、特に、高速かつ高々度を達成せねばならないロケットやスペースプレーンなど宇宙輸送機の推進システムにとって、その効率や信頼性の向上に対する工夫が欠かせない。近年注目されているリニアエアロスパイクノズルは、円形スロートと矩形排気口を持つ多数の燃焼器モジュールがクラスター化され、片側大気開放の外部ノズル上流に列状配置される特徴的な構成がとられる。モジュールリップから生じる膨張扇を介してノズルを出るジェット流れは、常に各高度に応じた大気圧の状態まで膨張を達成できるため(高度補償性)、設計点以外に最適膨張比をとれない従来のベルノズルに比べ適応に優れた性能が期待される。ところで、リニアエアロスパイクノズルには、燃焼器モジュールのクラスター化に起因する性能低下や局所的な熱負荷の増大などの未解決な課題も生じ、大きな技術的挑戦となっている。これらは当然ながらノズル流れ現象と密接な関係がある。発生する衝撃波の3次元構造をはじめ、いくつかの要素が複雑に絡み合った流れの詳細が不明のまま、従来の関連研究では上記課題に対して根本的な解決はなされていない。本研究で、著者は、そうした要素を一つ一つ分解しながら流れ場の全容を解明すべく、モジュール単体の排気流から始め、クラスター化によるモジュール排気流同士の干渉、そしてモジュールとノズルを含めた全体流れという具合に順序立てた解析により要素の絡み合いを十分に解きほぐすアプローチを採用し、リニアエアロスパイクノズル流れ場の統一的な把握ならびに技術的課題の克服に役立つ設計指針という目標達成につなげている。

本論文は、第1章から第7章までの構成となっている。

第1章は緒言であり、研究背景、リニアエアロスパイクノズルに関する従来研究そして本論文の目的が述べられている。

第2章では、本研究で用いた数値解析と実験の手法について述べている。数値解析に関しては、基礎方程式、境界条件、乱流モデルそして計算スキームにつき説明し、また、複雑な3次元衝撃波と渦構造の理解に有効な計算機ポスト処理として、衝撃波捕獲法や渦同定法を紹介している。一方、実験に関しては、窒素ガスのブローダウン方式超音速風洞装置とテストセクションのほか、流れ場の可視化手法や圧力測定法などを説明している。

第3章では、正方形出口を持つモジュール単体からの不足膨張ジェットの構造を解析した結果を述べている。モジュールの排気流は、出口形状に起因して、モジュールリップから生じるプラントル・マイヤー膨張扇を通過する2次元的な流れと、膨張扇同士の干渉により3次元性が生じる出口直角コーナー部の流れの2つの領域に大きく分けられる。そのため、衝撃波は2次元な流れ領域のintercepting shockと過膨張のコーナー領域で発生する再圧縮衝撃波の2つから構成され、対応して、ジェットの断面形状が後流において十字形状になることをミー散乱光学可視化実験の結果と併せて説明している。

第4章では、クラスター化を模擬し隣接させたモジュール排気流の干渉によって生じる流れ構造につき述べている。流れ場は、モジュール単体の流れと同一構造の領域と、モジュール間干渉の影響が現れる領域の2つに大別され、衝撃波構造として、モジュール出口コーナー部の再圧縮衝撃波およびモジュール排気流の干渉によるtail shockの特徴などが説明されている。

第5章では、クラスターモジュールを含むノズル全体の流れ場の解析結果を述べている。流れ場は、上記モジュール単体の矩形出口の流れおよび隣接モジュール排気同士の干渉流れに加え、新たにモジュール排気流とノズル壁面境界層の粘性−非粘性干渉に起因した剥離流れという3つの要素から構成される。この新たな要素はノズル壁面近傍の流れに支配的なもので、実験で油膜観察されるノズル壁面上の1次および2次の2つの剥離線の発生を見事に理由づけている。また、これら剥離線によって、ノズル壁面が3つの高圧領域に仕切られる様子を説明している。

第6章では、流れ解析からの知見をもとに、クラスター化が抱える熱負荷と性能に関する技術課題を検討している。ノズル壁面上の熱流束分布は、静圧分布と同様、1次と2次剥離線により3つの領域に分けられ、そのうち高温のモジュール排気流が粘性−非粘性干渉に起因して吹き降ろす領域こそが、これまで実験的に見出された高熱負荷領域と判明すること、従って、ノズルの冷却設計を実施する際、予めノズル表面の剥離線を調べてホットスポットを把握しておくべきとの提言を述べている。一方、性能低下の原因については、2次元理想的な場合とモジュール間隙を変化させた場合とを比較して要因を分析し、その結果、損失の主な原因は、摩擦損失および隣接モジュール排気流の干渉によるtail shockでの全圧損失の2つであり、モジュール隙間が広くなるとtail shock損失が増加し支配的な損失原因となること、従って、性能低下を抑えるには隙間を最小限にすべきと提言している。

最後の第7章は結言であり、本研究から得られた知見をまとめている。

以上要するに、本研究は、次世代宇宙輸送機への適用が期待されるリニアエアロスパイクノズルを特徴づける燃焼器モジュールのクラスター化の影響を、詳細な3次元衝撃波流れ構造の解明を通じ明らかにして、今後のノズル設計指針に役立つ足がかりを構築しており、航空宇宙工学に貢献するところが大きいと認められる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク