学位論文要旨



No 121157
著者(漢字) 丸,祐介
著者(英字)
著者(カナ) マル,ユウスケ
標題(和) キャビティ流特性を応用した可変形状軸対称インテークに関する研究
標題(洋)
報告番号 121157
報告番号 甲21157
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6247号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
 室蘭工業大学 教授 棚次,亘弘
内容要旨 要旨を表示する

将来型宇宙輸送システムのひとつであるスペースプレーンに搭載される空気吸込式エンジンのエアインテークは,従来の航空機用のインテークよりも広い範囲を,常に加速状態で作動することが求められるため,混合圧縮型軸対称形状のインテークが採用される.広い作動範囲のために,流路を可変とすることが必要であるが,軸対称形状の場合の可変機構はスパイクと呼ばれる中心体を前後移動させる方式が一般的である.しかしながら,この種のインテークは,全圧回復率と流量捕獲率という二変数のインテーク性能指標に対し,スパイクの前後移動という一変数の可変機構しか持たないために,航空機用途ではそれほど重要視されなかった,(1)非設計点飛行速度における性能低下が顕著となること,(2)コアエンジン/インテークの空気流量の不一致に起因する余剰流により効率が低下すること,の2点の問題が生じる.このふたつの問題はともに,従来の軸対称インテークが一変数の制御機能しか持たないことに起因する.

本研究では,第2章において,この問題点の解決を図る新規形状のインテークを考案し,その空力特性を評価した.第3章では,エンジンシステム全体における,スケルトンインテークの有効性を評価した.第4章では,得られた研究成果をまとめ,結論を述べた.

第2章ではまず,考案した新規インテーク形状を提案し,その概念を述べた.考案したインテーク形状を「スケルトンインテーク」と呼ぶ.スケルトンインテークの概念図を図1に示す.スパイク全体を移動させてスロート面積を調節して全圧回復率を制御する機能とは独立してスパイク長さを変化させ,溢流の量を調節して流量捕獲率を制御することを考え,スパイクを幾つかのブロックに分割し,それらの相対位置を変えてスパイク長さを変化させる機能を付加した.そのスパイクは,先端の円錐とその後流に軸方向に並べられた複数の円板から構成され,壁面に複数の軸対称キャビティが形成される.従来はスパイク固体壁面によっていた圧縮面を,キャビティ上に形成される安定な剪断層で代替する.空隙の軸方向長さを変化させることで,スパイク全長を変化させることができ,先端衝撃波による溢流の流量を制御できる.これにより,従来の全体が固体壁面で構成されるスパイクでは不可能であった全圧回復率と流量捕獲率の独立制御の達成を図ることがスケルトンインテークの特徴である.

次に,スケルトンインテークの特性を空気力学の観点から評価した.空力特性の評価は大きくふたつの内容に分けられる;ひとつは,スケルトンインテークのスパイクを,複数のキャビティを有する円錐に単純化し,その空力特性をインテークへの応用の観点から評価した部分であり,もうひとつは,スケルトンインテークの性能を評価した部分である.

円錐キャビティ流れの特性の評価では,具体的には,キャビティの後流境界層への影響,キャビティに起因する圧力振動の基礎特性,キャビティによる空気力特性への影響を評価した.以下に各項目における評価の目的と内容,結果を簡潔に述べる.

インテークに流れにおいて,発達した境界層は,流れの有効流路断面積を低下させ,また衝撃波と干渉して剥離し流路の閉塞を招くために問題となる.そこで,円錐面上のキャビティの後流境界層に与える影響を実験的および解析的に調査した.その結果,円錐面上のキャビティは,その後流の境界層をキャビティのない場合に比して肥厚化させ,その程度は,キャビティ長さの総和に依存することを示した.また,キャビティ長さの総和を同一とした場合,キャビティの個数を増やすことで肥厚化を抑制できることを示した.これは,キャビティ上の剪断層の発達がキャビティ長さに対し,非線形的に増大するためである.

キャビティはその周りの流れに圧力振動を誘起することがよく知られている.そこで,円錐キャビティ流れおける圧力振動を計測し,その基本特性を調査するとともに,キャビティを隔てる円板の構造振動計測を併せて行い,キャビティに起因する圧力振動の円板構造振動への影響を調べた.その結果,圧力振動は,キャビティが長い場合で,かつ主流が遷音速域のとき顕著となること,キャビティ長さの総和を同一とした場合,キャビティの個数を多くすることで,振動レベルを抑制できること,円錐面上のキャビティ流れにおいても,矩形キャビティ流れにおける圧力振動周波数の予測式であるRossiterの式でもってその圧力振動の周波数を予測できることを示した.構造振動計測結果から,円板の固有振動数とキャビティによる圧力振動の周波数が一致した場合,構造振動のレベルが極端に大きくなる現象が見られ,構造設計の観点から,圧力振動の周波数を予測しておくことの重要性を指摘した.

スケルトンインテークは推進機関の要素であるため,スパイク面上のキャビティによる抗力増分の評価は不可欠である.そこで,円錐面上のキャビティがその空気力特性に及ぼす影響を実験的に調査した.その結果,キャビティにより抗力は増大し,その程度はキャビティ長さの総和に依存していることが示された.半頂角8〓の円錐面の約55%を13個のキャビティに置き換えた形態のゼロ揚力抵抗係数は,半頂角が10〓 ~ 12〓の円錐のそれと同等であった.また,キャビティ長さを同一とした場合,キャビティの個数を増やすことで抗力増分を抑制できることが示された.

以上の円錐面上のキャビティ流れの基礎特性の調査から,スケルトンインテークのスパイク面の配置するキャビティに関して,以下の指針を得た.スケルトンインテークでは,スパイク全長変化のためにキャビティを用いる.その必要変化距離が決まれば,配置すべきキャビティの長さの総和も決まることになる.そのとき,その長さを構成するキャビティの個数は多い方がよい.このことは,後流の境界層の肥厚化,圧力振動レベル,抗力増分を抑制する.

スケルトンインテークの性能特性の評価では,まず,もとの基準とする従来型軸対称インテークのスパイク壁面に複数のキャビティを配置し,スパイク全長は変化させないスケルトンインテークの形態を設計点と定義し,その性能特性を評価した.その結果,キャビティを上流側に配置した場合,基準インテークの性能と同等であった.キャビティを適切に配置すれば,スケルトンインテークはインテークとして成立し,基準インテークと同等の設計点性能を達成できることが実証された.

次に,設計点のスケルトンインテークのスパイク全長を変化させた状態を非設計点と定義し,その性能特性を評価した.スパイク全長を短縮した形態(短縮型スケルトンインテーク)では,スピレージ流を削減して,全圧回復率を維持しつつ,流量捕獲率を向上させることを期待したが,風洞実験の結果,全圧回復率,流量捕獲率ともに悪化した.これは,流れが閉塞しない最大の流量捕獲率は,流路収縮比によって決定されるため,幾何的に収縮比を変化させない限り,全圧回復率を維持しつつ流量捕獲率を改善することはできないためである.

スパイク全長を伸長した形態(伸長型スケルトンインテーク)の性能を取得した結果,従来型軸対称インテークよりも全圧回復率を高く維持しつつ,流量捕獲率を制御できることが示された.これは,インテークとコアエンジンの空気流量のマッチングが重要な課題である超音速空気吸込式エンジンでは,捕獲流量制御性の観点から,非常に有効な特徴である.

第3章では,従来型軸対称インテークに対する優位性が期待できる形態として,伸長型のスケルトンインテークを提案し,その空気吸込式エンジンシステムにおける有効性を評価した.スケルトンインテークを搭載した場合および従来型軸対称インテークを搭載した場合のエンジン性能を推算し,それらを比較した.具体的には,圧縮機を通過しうる空気流量が制限された場合を想定し,それぞれのインテークを搭載したエンジンの推力スロットル制御性を比較した.解析の結果,スケルトンインテークでは,全圧回復率とは独立して流量捕獲率を制御できるため,余剰流をバイパスさせることなく,従来型インテークの場合より効率的にエンジン推力を制御できることが示された.

また,実用上の諸問題について検討を行った.具体的には,迎角特性およびレイノルズ数特性の調査,構造面からの検討を行った.軸対称型インテークが迎角性能の低下が,矩形型と比較して顕著であることが短所のひとつであるが,スケルトンインテークでも迎角性能の低下は顕著であり,従来型のものと比較してもさらに悪化する傾向にあった.また,インテークでは,レイノルズ数の上昇に伴い,境界層が薄くなることに起因して一般に性能は向上する.CFD解析の結果,この傾向はスケルトンインテークでも同様であることが示された.

第4章では結論を述べた.従来型インテークに対する,スケルトンインテークの優位性を示したことを本研究の最大の成果とした.また,スケルトンインテークがその基をおく,「キャビティ上に形成される剪断層で固体壁面を代替し,その剪断層を任意に変化させて,空力的な形状を制御する」という基本概念は,インテークだけでなく高速飛翔体全般に有効なものであり,本研究で得られたキャビティ付き円錐周り流れに関する基礎的な知見は,この観点からも有用なものであると結論した.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)丸祐介提出の論文は「キャビティ流特性を応用した可変形状軸対称インテークに関する研究」と題し、4章及び付録3項から成っている。

空力軌道を飛行するスペースプレーンは、完全再使用型の宇宙輸送システムとして近年注目されている。これに搭載される空気吸込式エンジンは、地上静止状態から高速度・高高度での飛行状態まで効率的に作動する必要があり、そのため、その構成要素であるインテークは、適当な可変機構により流入空気の圧縮率(全圧回復率)と捕獲流量(流量捕獲率)を独立に制御することが不可欠であるが、既存の航空機用可変インテークではそのような独立制御が不可能である。この観点から、本論文では独立制御の達成が可能な新規の可変インテーク形状を提案し、その空力特性を多角的に評価するとともに、そのエンジンシステムにおける有効性を論じている。

第1章は序論であり、スペースプレーンに搭載される空気吸込式エンジンとそのインテークの特性を既存の航空機用のものと比較しつつ概観し、スペースプレーン用空気吸込式エンジンが広い作動範囲を常に加速状態で効率的に作動するためには、インテークが全圧回復率と流量捕獲率を独立に制御可能であることが必要であるとしている。

第2章では、そのような問題点の解決を図った新規のインテーク形状を提案すると共に、その概念を述べ、「スケルトンインテーク」と名付けている。スケルトンインテークは、従来型軸対称インテークの中心体(スパイク)の固体壁の一部をキャビティに置き換え、キャビティ空隙に生じる比較的安定な剪断層でインテーク圧縮面を形成する。従来型軸対称インテークでは、スパイクの流路内での相対位置を変化させて流路形状の変形を行い、全圧回復率の制御のみがなされるのが一般的であるが、スケルトンインテークでは、スパイクの移動による可変機構に加え、キャビティの長さを変化させることで圧縮面の変形が可能となり、流量捕獲率の制御を全圧回復率の制御とは独立して達成できるとしている。

さらに、考案したスケルトンインテークの空気力学的な特性を評価し、その結果を述べている。空力特性の評価として、まず、スケルトンインテークのスパイクをキャビティ付き円錐に単純化し、その流れの特性をインテークへの応用の観点から評価している。その結果、スケルトンインテークの設計指針として、必要な可変範囲からキャビティの長さの総和を決定した後は、それを構成するキャビティの個数を多くすることが望ましいことを指摘している。

次に、インテークとしての空力性能を評価している。このため、スケルトンインテークの全圧回復率および流量捕獲率が風洞実験において計測され、従来型のそれらと比較されている。基準とする従来型インテーク形状からスパイク全長を変化させないスケルトンインテークは、そのキャビティの配置位置および長さの総和が適切である場合には、インテークとして良好に作動し、基準形状と同等の性能を達成できることが示されている。次に、スパイク長さを変化させてその性能を評価している。スパイク全長を元の基準形状のものより短縮した場合、全圧回復率を高く維持しつつ流量捕獲率を改善することは困難であり、短縮型スケルトンインテークは、従来型のそれに対して利点がないと結論している。一方、スパイク全長を伸長した場合には、スケルトンインテーク(伸長型スケルトンインテーク)は、全圧回復率を高く維持しつつ流量捕獲率を制御できることが示されている。

第3章では、スケルトンインテークの空気吸込式エンジンにおける有効性が議論されている。また、運用上で懸念される迎角特性、レイノルズ数特性、構造に係わる諸問題点について検討を行っている。まず、第2章における空力特性の評価結果を踏まえ、従来型インテークに対する優位性が期待できるスケルトンインテークの形態として、捕獲流量の効率的制御の可能性がある伸長型のスケルトンインテークを取り上げ、エンジンシステムにおけるその有効性が評価されている。解析の結果、従来型のインテークを有するエンジンに対し、スケルトンインテークを有するエンジンは、空気流量の変化によるエンジン推力の制御性において、同じ推力で比較した場合比推力を高く維持できる点で優位であることが示されており、伸長型スケルトンインテークの有効性が実証されている。

第4章は結論であり、スペースプレーン用空気吸込式エンジンの問題点のひとつである捕獲流量の制御性において、スケルトンインテークが従来型インテークに対して優位であることを結論している。

以上要するに、本論文は従来型インテークをスペースプレーン用空気吸込式エンジンに適用する際の問題点を指摘し、これを解決するため新たな可変インテーク形状を考案し、さらにその優位性を実証しており、航空宇宙工学に貢献するところが大きいと認められる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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