学位論文要旨



No 121160
著者(漢字) 三村,和
著者(英字)
著者(カナ) ミムラ,ノドカ
標題(和) ユーザ主導型ネットワークサービスとその構成に関する研究
標題(洋)
報告番号 121160
報告番号 甲21160
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6250号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 森川,博之
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 江崎,浩
 東京大学 助教授 中山,雅哉
内容要旨 要旨を表示する

インターネットと計算機の発展に伴い,ユーザとそれらの関係も常に変遷を遂げてきた.メインフレーム時代には複数人がネットワークを通じて1台の大型計算機を共有していたが,1980年代半ばにはいわゆるパーソナルコンピュータ(パソコン)が登場し,個人が1台の計算機を利用するようになった.またインターネットの普及により,パソコン同士を結びつけて協調的な作業をするようにもなった.その後現在に至るまで,インターネットの高速化,計算機の小型化,低廉化によって個人が複数の計算機を所有するようになった.そして今後訪れるであろうユビキタス環境下では身の回りのデバイスが高機能化,遍在化していき,複数人が複数台の計算機を所有,あるいは共有するようになる.つまり,ユーザと計算機のマッピングがより複雑化し,これまでのような計算機間での通信到達性を重視した管理者依存のネットワーキングとは別に,サービス(アプリケーション)を中心に見据えたユーザ主導のネットワーキングを再構築することが必須となる.

本論文は,ユーザ主導なサービス指向ネットワーキングを実現するという立場から,ユーザの要求に応じたネットワークの個人化と,それに基づいたサービス間の動的な通信制御を支援するためのネットワークミドルウェア,およびソフトウェア構成を論じたものである.具体的には,ユーザの要求に応じた適応的なアクセス制御を目的とし,物理ネットワークトポロジに依存しないサービス指向な端末グルーピング機構について示す.また,構築されたグループ内における効率的かつ適応的なブロードキャスト配信機能の提供を目的とし,アプリケーション層マルチキャスト(ALM: Application-Level Multicast)を用いた配信サービスを支援するミドルウェアのアーキテクチャについて示す.さらには,複数ユーザがネットワークを共有する場合にはユーザ同士の信頼関係を常時から醸成しておくことも重要な課題の1つであると考え,インフォーマルなコミュニケーションの活性化を支援するためのプレゼンス機構について示す.以上の検討を通じて,来るべきユビキタス環境におけるユーザ主導型ネットワークサービスとその構成方法のあり方についての議論を行っている.

第2章では,ユーザの要求に応じた適応的なアクセス制御を実現するためのサービス指向な端末グルーピング機構について論じる.様々な端末やサービスがネットワーク上に遍在する環境では,サービス単位での柔軟なアクセス制御を実現する共通基盤をネットワークレベルで提供することが必須となる.そこでまず,サービスを単位としたアクセス制御を行うための端末グルーピング機構であるMyNetSpace(MNS)システムの設計指針について示す.MNSは端末群の仮想的な閉域グループであり,グループ内での安全な通信機能と端末管理機能をネットワークレベルで提供する.端末は属するMNSごとに専用の仮想ネットワークインタフェース(VNI: Virtual Network Interface)を作成する.それぞれのサービスはこのVNIを通してMNS内部で安全な通信を行うことができる.また,サービスが適切なVNIを指定して,通信を許可するMNSを明示的に選択することによって,MNSシステムはネットワークレベルでありながらIP層からは分離した“第3.5層”で動作する.端末は複数のMNSに属することが可能であり,柔軟なグルーピングを実現する.次に,このようなMNSシステムを実現するために,MNS Analyzer,Server,Managerという3要素から構成されることを示し,それらの実装と動作検証を述べる.MNS Analyzerは各端末内において,MNSごとに固有な識別子をパケットに付加し,それを解析することで適切なVNIへ通信を振り分ける.MNS ServerはMNSごとに1つ起動され,MNS内の参加端末を管理する.参加認証では,たとえば端末が部屋にいることを検査するために外部のIDタグ監視基地局などとも連携する.また,参加端末だけに共通鍵を配布することで安全性を高める.MNS Managerは各端末に1つ起動され,MNSへの参加や,MNS Analyzerの設定を行う.

第3章では,特定のグループ内における効率的かつ適応的なブロードキャスト配信機能をサービスに対して提供するためのALMミドルウェアアーキテクチャについて論じる.ALMはグループ管理やパケット複製などといったマルチキャスト機能をアプリケーション層,すなわち端末側において実現するものであり,IPマルチキャストに比べてストリーミング配信やビデオ会議などのサービス,あるいはCPU速度やネットワーク帯域などの端末リソースに応じてその構成を変更しやすいという利点をもつ.これまでALMのための仕組みやアルゴリズムが多数提案されているが,マルチキャストに関するすべての機能は個々のサービスごとに独立に開発して組み込まれている状況は冗長であり,時間の浪費を生み出すことになる.そこで,開発上の冗長性を軽減し,最小限の労力で様々なALM機能をサービスに組み込めるようにすることで開発効率を改善することを目指し,RelayCastと呼ぶ機能ユニット指向ALMミドルウェアを示す.RelayCastは,最小かつ基本的なALM機能を1つのユニットとして提供し,また新たなアルゴリズムを柔軟に追加できる枠組みをもつ.具体的な設計を行うにあたり,まず既存のALMシステムを鳥瞰した際に主としてオーバレイネットワーク構築機能とマルチキャストルーティング機能という2つの機能を抽象化できるということに着目する.また,通信機能,データベース機能,評価機能に関して共有モジュール機能としてそれぞれ独立化する.すなわち,RelayCastはALMに関する抽象化された基本機能と共有モジュール機能の,5つの機能ユニットから構成される.機能ユニットはコンポーネントというそれぞれが異なるアルゴリムで動作するブロックをもち,適切なコンポーネントを組み合わせることで,RelayCastは様々なサービスからの要求を満たすことが可能である.さらに,上記の設計指針に基づいたプロトタイプ実装を行い,実用性の検証として実験において性能上のボトルネックが生じていないことを示す.

第4章では,インフォーマルコミュニケーションを支援するためのプレゼンス機構について論じる.物理的に離れた拠点のユーザ同士がMNSシステムなどの仕組みを用いてネットワークを個人化し,それぞれがサービスを共有するような場合,お互いに顔の見えない所にいる相手と信頼関係を常時から醸成しておくことで円滑な運営が行えるであろう.一般に,日常生活の中で雑談のようなインフォーマルなコミュニケーションを積み重ねることが信頼関係の構築に有益であると言われている.インフォーマルなコミュニケーションは会議などフォーマルなコミュニケーションと比較すると,偶発的で相手も話題も不特定という特徴があり,プレゼンス情報によりユーザの状況を適切に伝達することがインフォーマルなコミュニケーションの支援には重要となる.そこでまず,インフォーマルなコミュニケーションを支援するためのプレゼンス技術に求められる要素を検討し,それに基づくシステム設計を示す.実空間に存在するユーザをネットワーク空間に投影するために,ユーザごとにユーザエージェントを備え,プレゼンス情報の(外部情報源からの)取得,伝達,合成という3段階のプロセスで処理する.このときサーバでプレゼンス情報を処理,蓄積しないことで,情報処理の柔軟性とユーザのシステムに対する安心感を得ることができる.次に,いくつかのプレゼンス情報を利用出来るテストベッドとして実装を行ったサービスを示す.究極的にはある1種のプレゼンス情報を伝えることで目標とするようなコミュニケーション支援をできることが理想であるが,実際にはプレゼンス情報の種類は極めて多岐に渡り,現時点ではその解を見いだすのは非常に困難である.更なる検討を有意義なものとするためには,どのような情報をどのような形で他のユーザへと伝達することがコミュニケーション支援に効果的であるかを,実際に試用していく中で見極める必要がある.最後に,テストベッドを用いて行った,プレゼンス情報のコミュニケーションに与える影響に関する評価実験の結果について報告する.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「ユーザ主導型ネットワークサービスとその構成に関する研究」と題し,全5章からなる.従来のインターネット上でのネットワークサービスは,環境や端末,ユーザ要求,コンテキストなどの多様化から,その構成に新たな枠組みを求められている.こうした問題意識のもと,本論文では,ユーザを中心に見据えたネットワークサービスの管理を実現することを目標に,ユーザの要求に応じたネットワークの個人化と,それに基づくユーザ間・サービス間の動的な通信制御を行うユーザ主導型ネットワーキングに必要な要素技術の構成法を論じている.

第1章は序論であり,インターネットを取り巻く環境の変化,ユーザ自身によるネットワークサービス管理において顕在化し始めた数々の問題点とユーザ主導型ネットワーキングの概念などについて簡単に触れ,本研究の背景と各章の目的について述べている.

第2章「柔軟なアクセス制御のためのサービス指向グルーピング機構」では,ユーザの要求に応じた柔軟なアクセス制御を実現するための端末管理とそれに基づく通信制御機構を提案している.様々な端末やサービス(アプリケーション)がネットワーク上に遍在する環境では,サービス単位で柔軟なアクセス制御を実現する共通基盤が必須となる.そこで本章では,サービスを単位としたアクセス制御を行うための端末グルーピング機構MyNetSpace(MNS)システムの設計と実装について示している.MNSは端末群の仮想的な閉域グループであり,グループ内での安全な通信機能と端末管理機能をネットワークレベルで提供する.端末は属するMNSごとに専用の仮想ネットワークインタフェースを作成する.それぞれのサービスはこのインタフェースを用いることで,変更を要することなくTCP通信などの既存の仕組みを利用でき,MNS内部で安全な通信を行うことができる.さらに,サービスが適切なMNSを指定して通信を許可する範囲を明示的に選択することによって,MNSシステムはネットワークレベルでありながらIP層からは分離した"第3.5層"で動作する.そのため端末は複数のMNSに属することが可能であり,柔軟なグルーピングが実現される.本章ではまた,実装したMNSシステムを用いてサービスシナリオを実現し,その適用可能性について示している.

第3章「適応的な多地点配信サービスのための機能ユニット指向ミドルウェア」では,アプリケーションに適応的な多地点配信機能を提供するためのミドルウェア構成を示している.特定グループ内の端末すべてに対してリアルタイムにデータ配信を行うにはアプリケーション層マルチキャスト(ALM: Application-level Multicast)を用いることが有効である.ALMはすべてのマルチキャスト機能をプリケーション層,すなわち端末側において実現するので目的に応じたアルゴリズム適用が可能である反面,アプリケーション開発が複雑化,冗長化してしまう.これを回避するため,共通する基本的なALM機能を提供することで開発上の冗長性を軽減し,また様々なアルゴリズムを柔軟に追加できる機能ユニット指向ミドルウェアRelayCastを提案している.RelayCastはオーバレイネットワーク構築機能,マルチキャストルーティング機能,通信機能,データベース機能,評価機能の5つの機能ユニットから構成される.機能ユニットはコンポーネントというそれぞれが異なるアルゴリムで動作するブロックをもち,適切なコンポーネントを組み合わせることで,RelayCastは様々なサービスからの要求を満たすことが可能である.また実装実験を行い,機能切り分けによって性能的なボトルネックが実用上生じていないことを示している.

第4章「インフォーマルコミュニケーション支援プレゼンス機構」では,プレゼンス情報を実際にやり取りすることでインフォーマルコミュニケーションの励起に与える影響を見極めるために,様々なプレゼンス情報を統一的に扱えるプラットフォームを提案している.ユーザ間でネットワークを介してサービスやコンテンツを共有して円滑に協調作業を開始・運営するには,日常生活の中で雑談のようなインフォーマルコミュニケーションを積み重ねることが有益である.本章では具体的には,プレゼンス情報の(外部情報源からの)取得,伝達,合成という3つのプロセスに分割できることに着目し,実空間上のユーザをネットワーク空間に投影するユーザエージェント(UA: User Agent)の構成法について示している.UAは,周囲に存在するセンサやキーボードといった情報源からユーザの状況に関する高度なプレゼンスを生成する.また,各ユーザの人間関係を反映した情報公開ポリシに基づいて粒度を調整した上で,指定したユーザのもとへ伝達する.さらに,複数のユーザから受信したプレゼンスを合成することで各受信者の立場で新たなプレゼンスを生成すると共に,APIを通してユーザインタフェースや他のアプリケーションといった情報提示装置へと伝達する.以上の機能をもつUAをいくつかのプレゼンス情報を利用できるテストベッド上に実装を行い,それを用いて実験評価できることも示している.

第5章は「結論」であり,本論文の成果をまとめるとともに,ユーザ主導型ネットワークサービスを構成するための残された課題,および今後の研究の方向性について述べている.

以上,これを要するに本論文は,将来のインターネットにおけるユーザ主導型ネットワークサービスの構成に必要な,サービスアクセス制御機構,多地点配信ミドルウェア構成,プレゼンス情報伝達機構を提案し,実装実験を介して有効性を実証的に示している.本論文で提案されている機構は,ユーザ主導で管理されるネットワークサービスを構成するために有用であり,情報通信工学上寄与するところが少なくない.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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