学位論文要旨



No 121166
著者(漢字) 梅野,顕憲
著者(英字)
著者(カナ) ウメノ,アキノリ
標題(和) 精密なナノギャップ電極作製技術の提案とその分子接合への応用
標題(洋)
報告番号 121166
報告番号 甲21166
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6256号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 田中,雅明
 東京大学 助教授 染谷,隆夫
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、間隔が1ナノメートル(nm)もしくはそれ以下の極微小な電極対を精密に作製する技術の提案と、その分子接合作製への応用に関する研究について記している。このような極微小な電極対はナノギャップ(nano-gap)と呼ばれ、電極同士の間隔はフラーレンやベンゼンといった有機分子の寸法と同程度になる。従って、単一もしくは数個の分子が電極間を架橋することが考えられ、そのような構造は分子接合と呼ばれている。

本研究では、ナノギャップを作製するにあたり、ナノめっき法・機械可動式手法・通電断線法の3つの作製技術を実施した。ナノめっき法とは電極同士の間隔を電極表面の電気化学反応によって狭めてナノギャップを得る手法であり、機械可動式手法は電極を機械的に変形させて間隔を変える方法である。そして通電断線法は、金属線に電流を流して断線させ、その断線箇所を電極対として用いる手法である。本研究では、それぞれの作製手法によって微小電極対の形成を確認した。これに際して、各手法において電極対が形成されていく過程を実験的・理論的に詳細に検討した。

それを踏まえ、分子接合への応用の観点から各技術をより精密化する手法を提案した。実際に提案手法を実施し、電極対の歩留まりの高さと作製上の制御性の高さとを評価した。さらに、評価に当たっては、ナノギャップ形成過程における試料の抵抗値を精密にその場測定する実験系の構築を行った。実験結果による提案技術の更なる改良を経て、精密なナノギャップ作製技術を実現した。その後、各提案技術を分子接合へ応用する方法を示し、可能であれば実際に分子接合の電気特性を測定することを試みた。

第一にナノめっき法に関しては、ヨードチンキという市販の医薬品を用いた電気めっきによるナノギャップ作製技術を提案した。実際にヨードチンキから調製した簡単な金めっき溶液を用いてナノめっきを行い、電極対間抵抗のその場測定によって、先端の接触に伴う明瞭な抵抗の量子化を観察し、提案した技術によって原子スケールの電極対作製が行えることを示した。さらに、めっき反応の極性反転によって原子スケールでの接合断裂も可能であることを示した。このような簡単で扱いやすい薬品を用いたナノめっき法の実証を踏まえ、分子接合に応用する手法として微小流体システムとの融合を提案した。

第二に、機械可動式手法に関しては、微細加工による静電駆動機構技術(MEMS)を専門とする研究グループとの共同研究により、MEMSを用いた機械可動ナノギャップ電極の伝導特性の評価を行った。協力研究グループから試料の提供を受け、筆者の構築した測定系を用いてMEMS試料駆動時の電極対抵抗の変化を精密に測定した結果、互いに接触させた電極先端同士を機械的に引き離す過程で明瞭な抵抗の量子化を観察した。このことから本手法に関しても原子スケールで電極間隔が可変であることが示された。さらに、この提案技術を用いて実際にベンゼンジチオール分子を用いた分子接合の作製を試みた。分子膜を形成した試料の機械的断裂過程を精密に測定する実験を行い、対照実験と比較することによって、実際に少数分子によって電極間が架橋された分子接合が作製できることを示した。同時に、分子接合の断裂の素過程として、架橋分子が電極金属を引き剥がすという断裂様式が存在しうることを実験的な根拠とともに示した。

第三に通電断線法では、断線の素過程であるエレクトロマイグレーションの物理を根拠に、『非対称ナノ接合』を用いた作製技術の精密化を提案した。これは、接合の結晶粒構造を制御することで断線位置特定を行うものである。実際に非対称ナノ接合を用いたナノギャップ作製を試みた結果、期待通りの断線位置制御ができていることを電子顕微鏡観察により確認した。さらに、通電断線過程において電極対の導電率を精密にその場測定する手法を実現し、断線の素過程に関する考察を行った。その結果、接合の導電率を監視しながら通電の強さを制御する手法を開発した。これによって爆破的な断線を防ぐことができ、ナノギャップ電極作製技術の歩留まりが飛躍的に高まった。

このような提案による作製技術の歩留まりの高さと制御性とをより定量的に評価するため、提案手法によって作製されるナノギャップ電極のトンネル抵抗の統計を取った。その結果、提案した技術によって、精密化を行わない場合に比べて1/10000の低いトンネル抵抗を有するナノギャップ電極が再現性よく現れることを示した。トンネル現象とは、2つの導体が絶縁体をはさんで物理的に離れていても、その間隔が原子数個の寸法であれば、電子の波動性によって電流が流れる現象である。ナノギャップの間隔が狭くなればなるほどこのトンネル確率が高まり、トンネル抵抗は小さくなる。このことから、提案した技術によってナノギャップ電極を精密に歩留まり良く作製できることが定量的に示された。

以上のような精密化を踏まえ、通電断線法によって実際に分子接合を作製することを試みた。その結果フラーレン分子膜を塗布した試料に明瞭な単電子トランジスタ特性が観測され、電極間のクーロン島を介した電気伝導が生じていることが示された。

このようなナノギャップ電極作製技術の精密化と断線過程のその場観察の結果から、ナノギャップ電極および分子接合の作製技術は、原子スケールの揺らぎを対象とする新たな局面を迎えたと考えられる。我々は、通電断線による作製技術においては、電子輸送と電極の構造変化とが相互に関連しあい、電気的な測定そのものが接合の構造を変化させることを見出した。その解析と考察とを通じ、分子接合作製のための技術の一層の精密化に向けて、電流による分子接合の自己組織化と構造安定化とに注目すべきであると考えている。

さらに、分子接合の形成の素過程および伝導機構の解明のためには、温度や磁場に対する応答・測定周波数への依存性といった多角的な測定を行う必要がある。本研究によってナノギャップ電極の作製技術が精密化され歩留まりが向上したことにより、このような多面的な測定へ向けた基礎が築かれたといえよう。特に、テラヘルツ領域における分子接合の伝導率を測定することにより、電極間での分子振動-電子輸送結合のダイナミクスの解明など、分子レベルの物性解明に大きく貢献するものと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

様々な分子の中では、量子力学的によく記述された軌道やスピンが多彩な機能を発現している。この様々な機能を有する分子をエレクトロニクスに応用する試みが近年注目を集めている。その中で最も重要な技術的課題の一つが、ナノ領域の分子が発現する機能を電気抵抗の変化として読み出すための電極形成技術である。分子の大きさは、典型的には数nm以下であるため、原子レベルで精密に制御されたギャップを有する電極を形成する必要がある。本論文は、「精密なナノギャップ電極作製技術の提案とその分子接合への応用」と題し、間隔が1 nmもしくはそれ以下の極微小な電極対を精密に作製する技術の確立と、その分子接合作製への応用について記しており、6章より構成されている。

第1章は序論であり、まず、量子ナノ構造における伝導現象の基本となる1次元電子系の伝導度、および量子ドットを介した単一電子トンネル現象について、その物理を解説している。さらに、現在までになされた分子を介した電気伝導現象の研究の背景と歴史について解説するとともに、本研究の目的について述べている。また、最後に本論文の構成を示して、各章の概略を示している。

第2章では、原子レベルで制御された金電極を可逆的に作製する技術として、ナノ領域でのめっき技術を提案している。従来、金メッキは青酸化合物など極めて毒性の強い物質を用いて行われてきたが、本論文ではヨードチンキという市販の医薬品を用いた電気めっきによるナノギャップ作製技術を提案している。実際にヨードチンキとビタミンCから調製した簡単な金めっき溶液を用いてナノめっきを行い、電極対間抵抗のその場測定によって、電極先端の接触に伴う明瞭な抵抗の量子化を観察し、提案した技術によって原子スケールの電極対作製が行えることを示している。さらに、めっき反応の極性反転により、原子スケールでの接合断裂も可能であることを示している。このような簡単で扱いやすい薬品を用いたナノめっき法の実証を踏まえ、分子接合に応用する手法として微小流体システムとの融合を提案している。

第3章では、微細加工による静電駆動機構(MEMS)の研究グループとの共同研究により、MEMS技術を用いた機械可動ナノギャップ電極の伝導特性の評価について論じている。まず、MEMS試料駆動時の電極対抵抗の変化を精密に測定し、電極先端どうしを機械的に接触・分離する過程で明瞭な抵抗の量子化が観察されることをから、MEMS技術を用いて原子レベルでの電極間隔の制御が可能であることを示している。また、電極の接近過程に於いて、トンネル領域、クーロン引力領域、金属結合形成領域が明瞭に現れることを見出している。さらに、MEMS技術を用いてベンゼンジチオールの分子接合の作製を試み、少数のベンゼンジチオール分子によって電極間が架橋された接合が作製できることを示すとともに、分子接合の断裂の素過程として、架橋分子が電極である金原子を引き剥がすという断裂様式が存在することを示している。

第4章では、分子接合の作製に近年最も多く用いられている極微金属接合の通電断線法について、ナノギャップの形成位置とギャップ間隔の再現性を格段に向上させる手法について論じている。通電断線法とは、あらかじめわずかに重なりを持つ金属電極対を通電することにより断線させ、ナノギャップを作製する方法であるが、ナノギャップが形成される位置や形成されたギャップの大きさに再現性が乏しいと言う問題がある。本論文では、まず、断線の素過程であるエレクトロマイグレーションの物理を根拠に、非対称ナノ接合を用いたナノギャップ形成位置の再現性向上を提案している。この手法は、弱い金接合を形成するときの金の結晶粒界構造を制御することにより、断線位置の特定を行うものであり、その有効性を電子顕微鏡観察により確認している。さらに、通電断線過程において、極微金電極対の伝導度を精密にその場測定し、エレクトロマイグレーションの素過程に関する考察を行っている。その結果、接合の伝導度を監視しながら通電の強さを制御する手法により、爆破的な断線を防ぎ、分子接合の作製に不可欠な原子レベルのギャップ形成の歩留まりをほぼ100%近くに飛躍的に高めることに成功している。

第5章は、第4章で確立した通電断線法によるナノギャップ電極作製法を用いて、実際にフラーレン分子を塗布して、分子接合の作製を試みた結果を論じている。作製した接合のうち、いくつかは液体ヘリウム温度近傍で単一電子トランジスタ的な特性を示した。現在のところクーロン島になっている物質を特定するまでには至っていないが、クーロンピークが出現するゲート電圧の大きさより、フラーレン分子がクーロン島の作用をしている可能性が高いと結論づけており、本論文で提案・開発した手法が分子接合を作製するために有効であることを示している。

第6章は、結論であり、本論文で得られた主要な成果をまとめている。

以上のように、本論文は、多彩な機能分子をエレクトロニクスに応用するために不可欠な技術であるナノギャップ電極形成技術について、ナノめっきやMEMS等による新規な方法を提案するとともに、エレクトロマイグレーション法による電極形成技術についても、その素過程を深く考察することにより、ナノギャップ形成の再現性を格段に高めることに成功し、さらにそれらの方法を分子伝導の評価にも応用しており、単一分子デバイスの実現可能性に大きく道を拓くものであり、電子工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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