学位論文要旨



No 121168
著者(漢字) 種村,拓夫
著者(英字)
著者(カナ) タネムラ,タクオ
標題(和) 円複屈折光ファイバ中の三次非線形効果 : 全光信号処理への応用
標題(洋)
報告番号 121168
報告番号 甲21168
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6258号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 廣瀬,明
 東京大学 助教授 山下,真司
 東京大学 特任助教授 何,祖源
内容要旨 要旨を表示する

将来期待される超高速フォトニックネットワークでは、波長変換や波形再生などの信号処理を可能な限り光領域で行うことが求められる。このような全光信号処理デバイスを実現する有効な方法として、光ファイバ中の非線形効果を利用するものが活発に研究されている。特に、分極の三次非線性に起因する諸効果は、応答速度が非常に速いため、様々な超高速光信号処理デバイスへの応用が期待されている。

ファイバ媒質中で局所的に発生する三次非線形分極の大きさは、光の偏波状態(偏光状態とも言う)に大きく依存する。しかし、通常のファイバでは、残留複屈折によって光の偏波状態がスクランブルされるため、ファイバ中の伝搬に伴って非線形効果の偏波依存性が平均化されてしまう。その結果、ファイバ出力端で観測される非線形効果には、多波長信号光間の相対的な偏波状態に依存した現象は現れるものの、絶対的な偏波依存性は見られない。

これに対して、光ファイバに長手方向のねじりを加えることによって得られる円複屈折ファイバ(CBF:circular-birefringence fiber)では、光の円偏光度が保たれるため、三次非線形分極の絶対的な偏波依存性が蓄積する。その結果、出力端で観測される非線形効果は、通常のファイバとは大いに異なる挙動を示し、入力光の円偏光度に敏感に依存する。従って、CBF中の三次非線形効果を用いて、絶対的な偏波状態の最適化を行うことで、通常のファイバでは不可能な新しい光信号処理機能が実現できると期待される。しかし、CBFを非線形光信号処理に適用するという試みはこれまで殆ど報告されておらず、ごく限られた応用について検証されているのに過ぎない。

そこで本研究では、未だ検証されていない様々な側面からCBF中の三次非線形効果を調べ、その絶対的な偏波依存性を積極的に利用することで、従来のファイバ型光信号処理デバイスにはない新しい機能を開拓することを目的とした。その結果、主に三つの成果を挙げることに成功した。それぞれについて以下で要約する。

まず、第一に、CBF中の相互位相変調(XPM:cross-phase modulation)効果を用いることで、信号光の偏波状態に依存しない光波長変換器および光時分割多重分離器を実現した。一般に、XPM効果の大きさは、相互作用を行う二つの光の偏波状態に大きく依存するが、CBF中では、どちらか一方の光が円偏波状態のとき、XPM効果がもう一方の偏波状態に依存しなくなる。この性質を利用して、信号光と相互作用させる光を円偏波状態に調節することで、信号光の偏波状態に無依存の光信号処理が可能になる。実際、通常の分散シフトファイバに15回転/mのねじりを加えて作製したCBFを用いることで、40 Gb/s 光波長変換器の偏波依存性を3.5 dBから0.3 dB以下にまで抑圧することに成功した。また、市販の高非線形ファイバをねじることで円複屈折高非線形ファイバの作製にも成功し、それを用いて偏波依存性が0.7 dBの160 Gb/s光波長変換を実現した。さらに、同様の構成で、160 Gb/sから10 Gb/sへの偏波無依存時分割多重分離実験にも成功した。これらの手法は、自動偏波制御器や偏波ダイバーシティを必要とせずに、非常に簡易かつ低コストに偏波無依存光信号処理が行えるという点で、大いに魅力的である。

第二に、CBF中で生じる非対称四光波混合(FWM:four-wave mixing)効果の偏波依存性について検証し、二つのポンプ光が同一円偏波状態のとき、FWM効率が信号光の偏波状態に依存しなくなることを、理論および実験により初めて明らかにした。200mのCBFを用いて原理検証実験を行い、通常のファイバでは5.8 dBほどの偏波依存性が0.9 dBにまで抑圧されることを確認した。CBFの偏波モード分散によって信号光の動作波長域が制限されるものの、その影響は比較的小さく、±10 nmの信号光波長範囲において偏波依存性が2 dB以下に抑えられることを実証した。本手法は、偏波無依存の可変波長変換器や波長交換器を実現する上で極めて有効な方法になると期待される。

最後に、CBF中では、通常のファイバに比べて楕円偏波回転(elliptical polarization rotation)効果が大きく助長されることを初めて明らかにした。一般に、楕円偏波回転効果とは、非線形媒質中を伝搬する楕円偏波光の主軸方向が光強度に比例して回転するという現象である。出力に偏光子を取り付けることで入力光強度に対して非線形の透過特性が得られるため、全光波形再生器などへの幅広い応用が古くから提案されていた。しかし、通常用いられる長尺な偏波無維持ファイバでは、残留複屈折によって偏波状態がスクランブルされるため、楕円回転方向が周期的に反転し、効果が相殺してしまう。従って、これまでは、現実的な入力光パワーで波形再生機能を実現するのが困難であった。これに対して、CBFでは、楕円偏光度が維持されるため、等方的な媒質中と同様に楕円偏波回転効果が単調に蓄積する。このことを、数値計算と原理検証実験によって初めて実証した。さらに、その応用として、40 Gb/s 信号の全光波形再生実験に成功した。本成果は、CBFを用いることで実用的な波形再生器が簡単に実現できることを示唆しており、大いに意義のあるものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は“円複屈折光ファイバ中の三次非線形効果−全光信号処理への応用−” と題し,8章からなる。

将来期待される超高速フォトニックネットワークでは,波長変換や波形再生などの信号処理を可能な限り光領域で行うことが求められる。このような全光信号処理デバイスを実現する有効な方法として,光ファイバ中の非線形効果の利用が活発に研究されている。特に分極の三次非線性に起因する諸効果は,応答速度が非常に速いため,超高速光信号処理デバイスへの応用が期待されている。

光ファイバ中で局所的に発生する三次非線形分極の大きさは,光の偏波状態に大きく依存する。しかし通常のファイバでは, 残留複屈折によって光の偏波状態がスクランブルされるため,ファイバ中の伝搬に伴って非線形効果の偏波依存性が平均化される。その結果,ファイバ出力端で観測される非線形効果には,多波長光成分間の相対的な偏波状態に対する依存性は現れるものの,絶対的な偏波依存性は殆ど存在しない。これに対して,光ファイバに長手方向のねじりを加えると,円複屈折ファイバ(CBF:circular-birefringence fiber)が得られることが 知られている。本研究では,未だ検証されていない様々な側面からCBF中の三次非線形効果を調べ,その絶対的な偏波依存性を積極的に利用することにより,従来のファイバ型光信号処理デバイスにはない新しい機能を開拓している。

第1章は“序論”であり,光ネットワークにおける全光信号処理技術の重要性について論じ,先行する研究を総括した後,本論文の目的と構成について述べている。

第2章は,“光ファイバの三次非線形光学効果”と題し,光ファイバ中の三次非線形効果について理論的に説明し,それが光の楕円偏光度に本質的に依存する現象であることを示した。

第3章は“光ファイバの偏波特性” と題し,光ファイバ中の偏波特性に関する一般論を概説し,光ファイバにねじりを加えるとCBFが得られ,伝搬光の楕円偏光度が維持されるメカニズムを明らかにした。

第4章は“円複屈折光ファイバの作製と基本偏波特性の評価”と題し,長尺なCBFの設計,作製および基本特性の評価結果を示した。最適設計のもとで作製した長尺CBFについて, P-OTDR(polarimetric optical time-domain reflectometry)測定と 偏波モード分散(PMD: polarization mode dispersion)測定を行った結果,設計通りのCBFが得られていることを確認した。 また,市販の高非線形ファイバ(HNLF: highly nonlinear fiber) にねじりを加えることにより,円複屈折高非線形ファイバ(CB-HNLF: circular-birefringence HNLF)の作製にも成功した。

次に,作製したCBFとCB-HNLFを用いて,各種の三次非線形効果とその応用について検証した。第5章は “円複屈折光ファイバ中の相互位相変調効果を用いた 偏波無依存波長変換実験”と題し,CBF中の相互位相変調(XPM:cross-phase modulation)効果を用いて,偏波無依存の光波長変換器および光時分割多重分離 (DEMUX: demultiplexing)器を実現した。4章で作製したCBFを用いることにより, 40 Gb/s光波長変換器の偏波依存性を3.5 dBから0.3 dB以下にまで抑圧した。また,CB-HNLFにより,偏波依存性が0.7 dBの160 Gb/s 光波長変換に成功した。さらに同様の構成で,160 Gb/sから10 Gb/sへの偏波無依存DEMUX器も実現した。

第6章は “円複屈折光ファイバ中の偏波無依存四光波混合効果とその応用”と題し,CBF中で生じる非対称四光波混合(FWM:four-wave mixing)効果の 偏波依存性について検証し,二つのポンプ光が同一円偏波状態のとき,FWM効率が信号光の偏波状態に依存しなくなることを理論・実験により初めて明らかにした。200 mのCBFを用いて,通常のファイバでは5.8 dBほどの偏波依存性を,0.9 dBにまで抑圧することに成功している。

さらに第7章は “円複屈折ファイバ中の楕円偏波回転効果とその応用” と題し,CBF中の楕円偏波回転(ER: ellipse rotation)効果について検証し,通常のファイバに比べてその効果が大きく助長されることを数値計算と 実験によって初めて明らかにした。一般にER効果は等方的な三次非線形媒質に見られる現象で,楕円偏波状態の光の強度に比例して楕円軸が回転するという効果である。しかし通常のnon-PMファイバは,残留複屈折のためERの回転方向が周期的に反転し,ER効果が相殺される。これに対してCBFでは,楕円偏光度が保たれるため,等方的な媒質中と同様にER効果が効率良く蓄積することを初めて実証した。さらにこの効果の応用として,40 Gb/s 信号の全光波形再生実験に成功した。

最後に第8は “結論”であり,本研究の成果をまとめている。

以上のように本研究では,円複屈折光ファイバの設計,試作,評価を行い,円複屈折光ファイバ中での偏波無依存相互位相変調効果,偏波無依存四光波混合効果,楕円偏波回転効果を実証して,その光信号処理デバイスへの応用可能性を示した。 全光信号処理技術の発展に大きく寄与し,電子工学への貢献が多大である。

よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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