学位論文要旨



No 121183
著者(漢字) 深澤,篤
著者(英字)
著者(カナ) フカサワ,アツシ
標題(和) 小型コンプトン散乱硬X線源用Xバンド電子銃・RFシステム
標題(洋) X-band RF Gun and RF System for Compact Compton Scattering Hard X-ray Source
報告番号 121183
報告番号 甲21183
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6273号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 小佐古,敏荘
 東京大学 助教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 長谷川,秀一
 東京大学 助教授 出町,和之
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

単色の硬X線を用いることで硬X線利用の高度化が期待できるが、それらが実質的に利用できるのは大規模な放射光リングのみである。利用の促進をとくに医療分野での応用を図るため、病院に設置できる程度の大きさの小型硬X線源を開発している。コンプトン散乱を利用することで50MeV程度の電子ビームと波長1・mレーザーで数十keVの硬X線の生成が可能となる。

東京大学原子力専攻では小型コンプトン散乱硬X線源を開発している。加速器は入射部、加速部、衝突点へのビーム輸送部からなる(図1)。入射部はXバンド(11.424GHz)の熱カソード3.5セルRF電子銃とアルファ磁石で構成される。加速はXバンドの進行波型加速管で行われている。

本研究では、この小型コンプトン散乱硬X線源に関してXバンドの熱カソードRFガンとα磁石から成る入射部のバンチ長圧縮に着目した最適化を行う。また、RFシステムに関してビームローディングを考慮した検討とRFシステムのエージングを通したRFシステムの問題点の整理、エージング手法の検討を行う。そして新たに次世代加速器の候補として低ノイズ放射線型加速器として低エネルギー型熱カソードRF電子銃の設計と電子ビームを廃棄する前に減速過程を導入するためビーム輸送系の設計を行う。

熱カソードXバンドRF電子銃

質のいいビーム源としてRF電子銃がある。電子の発生方法で熱電子を利用する熱カソードと光電子を利用する光カソードに分けられる。熱カソードRF電子銃はSバンド(2856GHz)を利用したものは利用されており、XバンドのRF電子銃としてはSLACで光カソードRF電子銃が研究されているが、Xバンドの熱カソードRF電子銃は世界で初めてである。

Xバンド加速器として従来の加速器よりも難易度が高いことには、加速ビームのバンチ長に求められる条件の厳しさがあげられる。これは加速器中で生じるエネルギー広がりがバンチ長の2乗に比例するためで、従来のSバンドよりも1/16にしなければならないことがわかる。我々はコンプトン散乱のために電子ビームにエネルギー広がり1%以下という目標を立てており、これを満たすように加速器を設計してする。

電子銃からのビームはエネルギー幅、バンチ長ともに広くXバンド加速器で加速するためにはバンチ圧縮が必ず必要である。バンチ圧縮をするためにアルファ磁石を用い、またそこで必要ない低エネルギー成分を除去する。最適化は熱カソードRF電子銃の部分は計算コードPARMELAを用いて求め、それの結果をもとに転送行列を利用して最適化を行った。最適化の計算を行った結果、現在の体系では電子銃のカソード電場が90MV/mのときにバンチ圧縮が可能で、0.72psまでのバンチ圧縮が確認できた(図2)。このときの電子ビームのエネルギーは1.7MeVでエネルギー広がり3%であった。より高いエネルギーのビームを圧縮するためにはアルファ磁石でより強力な磁場勾配が必要であり、あるいはドリフトスペースの延長が必要であることが判明した。より低いエネルギーのビームは逆に弱い磁場のため、ビーム軌道が大きくなるのでより大きなアルファ磁石が必要である。だが、3.5セルのこの設計ではエネルギーの低いビームは電荷量が少なく、エミッタンスも悪化するため、別に新たな設計が必要である。

XバンドRFシステム

小型コンプトン散乱硬X線源のRFシステムは一つのクライストロンでRF電子銃および主要加速管を同時に駆動するシステムであるため、独立にはそれぞれ投入RFパワーを制御することはできない。そのため、あらかじめ影響を考慮した設計をする必要がある。加速に影響を与えるものとしてビームローディングに関して計算を行い、その影響を評価した。

RF電子銃ではその影響は小さかったが、主要加速管では1割ほどの加速エネルギーの低下が見積もられた。この減少分を補うRFパワーを考慮した設計が必要であることがわかった。また、初期のエネルギーが高くなる部分への対処としては、エネルギー回収型ライナックに見られる減速位相へのビームの再投入があげられるが、現在のシステムでは難しい。

東京大学原子力専攻では医療用加速器実証試験の準備が進められている。クライストロンを所定のパワーで動作させるにはエージングが必要であり、その運転に参加した。Xバンドの加速器としてのシステムはそれほど成熟しておらず、ここでのRFエージング中に起きた問題点を整理し、後のシステムの構築に役立たせる。

充電電源の故障が何度かあり、高圧システムの難しさを実感させた。ダミーロードの保管状況が悪く錆びつかせてしまい、化学洗浄までしたが結局放電は収まらず、新たに実績のあるものをKEKより借用することとなった。RF電子銃のエージング時に放電が止まらず、一週間以上エージングが進行しないことがあった。これは様々な原因を疑ったが、パルス幅を極短くすることでエージングが進むようになったことから、エージング手法にも問題点があったことが分かった。

低ノイズ放射線加速器設計

放射線の遮蔽を考えると、放射線はエネルギーの3乗にほぼ比例するので、ビーム除去時のエネルギーはなるべく低いほうが望ましい。アルファ磁石における低エネルギー成分除去時とコンプトン散乱後のビームダンプ時が考えられ、それぞれのビームエネルギーを下げるために、低エネルギー型熱アカソードRF電子銃と減速システムの導入を提案する。低ノイズ放射線加速器を図4に示す。加速・減速は一本の低在波型加速管で行われる。電磁場計算にはPOISSON/SUPERFISH、ビームの運動解析はPARMELA、ビーム輸送計算にはGRAPHIC TRANSPORTを用いた。

アルファ磁石でビームを排除したときの1.5セル0.9 MeVのRFガンを設計した。3.5セルの減システムの場合と同様の入射系を考え、バンチ圧縮の最適化条件の下計算を行った結果、エネルギー0.92MeV±1%、バンチ長1.2psであり、加速後見積もられるエネルギー広がりは0.7%と十分に加速の条件を満たすビームの生成が可能であることが分かった。また、電荷量20pC、規格化エミッタンスx, yがそれぞれ8.4、16.3 ・mm.mradとなりビームの質も現システムと比べても見劣りしない。

減速システムはビーム輸送系が短くなることから、低在波型加速管を用いた対向型減速システムを選択した。エネルギー差により設計軌道からのずれが生じるため、横方向および進行方向の色分散を消すようにラティスを設計する。

図5は設計された磁石配置とビームのエンベロープの振る舞いを表している。磁石配置は衝突店で対称として、設計は衝突点を始点として開始し、最終的に加速管のビームに適合するように設計を行っている。大きさは1.5 x 2.0 m程になり、小型化をもう一段階進める必要がある。

PARMELAにより計算した結果、イソクロナスは達成されていないことが分かった。これは偏向磁石のフリンジ場による2次の効果によるもので、この問題を解決するためにはビームサイズを小さいまま発散角を押さえて輸送しなければならず、これは輸送系の小型化と相反するためいまだ有効な減速システムを提示できてはいない。

イソクロナスは完全ではないが、減速の計算も試みた。減速ビームは加速ビームと軌道が重なるように再入射時にビームサイズと発散角をそれぞれ合わせたので、ほとんど同じエンベロープになっている。そのため、減速中にビームロスはない。最終的にビームは平均4.6MeVにまで減速させられることが計算された(図6)。

結論

東京大学原子力専攻において小型コンプトン散乱硬X線源の開発が進んでいる。世界で初めてとなる3.5セル熱カソードRFガンについて解析を行った。α磁石におけるバンチングとドリフトスペースにおけるバンチングを考慮することで、1.7MeVのバンチで最適なバンチ圧縮を得られることを示した。

ビームローディングの計算を行い、現システムでは対応の難しいノイズ源となりうるエネルギーの高いビームが発生することを示し、これに対処するためには減速位相へのビームの投入が考えられることを述べた。また、エージングにおいて数々の問題点を整理し、システムの完成度を上げるための貢献をした。

ノイズ放射線を減らすと言う新たな概念の元、低ノイズ放射線加速器について設計を行った。アルファ磁石内でのノイズ放射線を減らす0.9MeVのRFガンについてキャビティの設計し、アルファ磁石でのバンチングについて計算を行い、現システムと同等の品質のビームが得られることを示した。一つの低在波型加速管で加速と減速を同時に行うシステムを設計し、47 MeVまでの加速と4.6 MeVまでの減速を確認した。これにより、放射線のパワーは0.1%、遮蔽の厚さは39 %に削減できることが分かり、減速機構の有効性を示した。また、完全なイソクロナスなシステムを構築するためには2次の効果を考慮し、ビームのサイズと発散角を低く抑えてビーム輸送する必要があることを示した。

図1. 東京大学で開発中の小型硬X線源

図2.α磁石後のバンチ圧縮

図3.加速管におけるビームローディングの影響

図4.低ノイズ放射線硬X線源

図5.ビーム輸送

図6.減速後のビームのエネルギー分布

審査要旨 要旨を表示する

論文は東京大学原子力専攻で開発中の小型コンプトン散乱硬X線源に関するものである。この装置に用いられる電子線形加速器の入射部のパラメータに関する最適化、加速に利用されるXバンドRFシステムの条件と立ち上げ時の問題点の整理、そして次世代の低ノイズ型加速器のための低エネルギー型熱カソードRF電子銃、減速機構のためのビーム輸送系の設計に関して検討がなされている。

第一章は論文ではまず始めに小型コンプトン散乱硬X線源に関して説明されている。単色硬X線を利用することで既存のレントゲン写真のような像よりも鮮明な像を取得できることや、2つの異なるエネルギーの硬X線を用いることで有効原子番号等元素の情報まで取得できるが、その利用が放射光施設に限られている現状を改善するため、この装置の開発が行われているとされている。Xバンド(11.424GHz)50MeV電子線形加速器とQスイッチレーザーで構成されるこの装置は加速器を用いた硬X線源としては小型と言え、硬X線のスペクトルも空間分布こそあれ微小範囲では単色と言える。このシステムの構築にあたり、本論文は熱カソードRF電子銃の入射部の最適化、およびRFシステムの問題点の検討、さらに次世代の低ノイズ型加速器の設計までを研究の範囲としている。

第二章ではXバンド加速器ではエネルギー広がりを抑えるためにバンチ長を従来のSバンド(2856MHz)の加速器と比べ1/16にしなければならないことを示し、バンチ圧縮の重要性を述べている。それに対して熱カソードRF電子銃のビームはエネルギー広がりもバンチ長も大きいことを上げ、バンチ圧縮が必要であるとしてその最適化の意義を示している。バンチ圧縮はアルファ磁石を用いるシステムで行われ、そこで発生するバンチ長への影響とドリフトスペースでの影響をエネルギー広がりに対して一次の近似式を用いて最小化している。この手法はバンチ圧縮の設計としては一般的であり、疑問の余地はない。電子銃でのビームの運動はシミュレーションコードPARMELAを用いて計算して、電子銃出口でのビームの性質を数値化し、この数値を元に最適化は行われている。最適化の確認は同コードを用いてされている。結果として現システムでは磁場強度の限界、およびアルファ磁石の領域の制限から電子ビームが条件を満足する圧縮を受けるのは、カソード電界が90MV/mのときであることが示された。ビームは0.72psまで圧縮され加速後に0.4%のエネルギー広がりとなることが見積もられ、条件を満たすバンチ圧縮が可能であることを示した。

第三章において、RFシステムは一つのRF源で電子銃と加速管の二つを同時に駆動するため、それぞれに投入するRFを独立に変更できないことを示し、あらかじめRF電子銃と加速管の関係を厳密に求めておくことの重要性を示した。特にビームローディングと呼ばれるビームの加速エネルギーを低下させる現象は電子銃と加速管では影響の大きさが異なるため、それに関する計算がなされている。結論として、加速管でのビームローディングが大きく、特にパルスの先頭におけるビームローディングを受ける前のビームが一割ほどエネルギーにおいて高くなってしまい、強い放射線ノイズ源となりうることを示されている。これに対する対策としては、現システムのままでは難しいことが示され、可能性のある改善策としては減速位相にビームを再投入してビームローディングの効果を打ち消すことを提案している。エネルギー回収型ライナックに用いられている手法であり、可能な解決策と言え、次に示される減速機構そのものでもある。また、実際のXバンドRFシステムのエージングについても触れている。Xバンドクライストロンのビームエージング、RFエージング、および熱カソードRF電子銃のエージング過程で起こった機器の故障、ダミーロードの保管不良による錆つき等の問題点や、エージングの進みが停止したときに極短パルスにすることでエージング進行が再開するなどのエージング手法の知見が整理されており、今後のシステムの運用に関して非常に重要な知見が述べられている。

第四章ではさらに装置の軽量化を図り、遮蔽を減らすためにビームをダンプする部分での低エネルギー化を行う低ノイズ型加速器の設計を論じている。これはバックグラウンドのノイズ放射線を低減することにもつながり、X線の測定環境も期待できるため、画期的な発想である。低エネルギー化は2箇所で行われ、一つはアルファ磁石でのビーム除去時のエネルギーを下げるための低エネルギー型熱カソードRF電子銃であり、もう一つはコンプトン散乱後の電子ビームを減速するシステムとしている。低エネルギー型熱カソードRF電子銃は現在のシステムの3.5セルのRF電子銃への投入RFパワーを下げるだけでは達成できないことが示され、新たにセル数を1.5セルに減らしたRF電子銃が設計されている。この電子銃を用いた入射部の設計が行われ、現システムに劣らぬ質のビームの供給が可能であることが示された。減速システムは加速管を加速と減速で使い分ける分離型、加速と減速するビームを同じ方向に入れる循環型、反対方向に進ませる対向型との三つの方式が示されている。分離型ではコストが倍になり、循環型ではビーム輸送系が多少大掛かりになることが示され、我々の目的では対向型が最も適していることを説明している。設計のポイントはビーム輸送系にあり、イソクロナスのシステムの構築が必要であることが述べられている。また、医療応用等を考慮し、X線照射方向の輸送系のアークの幅を最小化することも必要とある。設計はGRAPHIC TRANSPORTという転送行列を計算するコードを用いて行われており、これにより三個の偏向磁石を用いたイソクロナスなシステムが設計されている。これをPARMELAで確認したところイソクロナスは達成されていないことが示された。この原因としては偏向磁石における二次の効果の影響が示され、ビームサイズや発散角を小さくしたままの輸送が求められることが示された。これはビーム輸送系の小型化とは相反しており、さらに有効な設計を示すことはなされていない。しかしながら、ここで設計されたシステムを用いても、47.4 MeVから4.6MeVまでの減速は確認しており、減速システムとしては十分機能していると言える。

以上のように本論分は既存のシステムの入射部の最適化、RFシステムの考察から始まり、それらから得た知見をもとに次世代の低ノイズ型加速器の設計を行った。最適化の手法は堅実なものであり、RFシステムの考察は今後のXバンドシステムのために必要不可欠なものである。また低ノイズ型加速器の概念は非常に独創的であり、加速器の発展方向として新たな道筋を示すものであり、非常に価値の高いものとなっている。また、システム量子工学の発展に寄与するところが大きいと判断される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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