No | 121184 | |
著者(漢字) | 宮﨑,豊明 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤザキ,トヨアキ | |
標題(和) | 超臨海水中での芳香族化合物の放射線分解 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 121184 | |
報告番号 | 甲21184 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6274号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | システム量子工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 緒言 超臨界水は臨界点(374oC、22.1 MPa)以上の高温高圧の水で、圧力変化で密度やイオン積が大きく変化し、誘電率が有機溶媒並み(ε<10)に減少する。応用としては高い反応性を利用したポリクロロビフェニル、ダイオキシン、フェノール類などの有害有機化合物の超臨界水酸化(SCWO)がある。超臨界水酸化ではその反応機構を解明するために、シミュレーション計算も行われ、超臨界水酸化では反応性の高いOHラジカル(OH)が大きな役割を果たすことが指摘されているものの、詳細な反応機構は不明である。特に実際にSCWOで処理することが多い芳香族化合物に関してはその反応機構は明確でなく[1]、その解明が求められている。SCWOでは酸化剤を大量に溶解させていることから、反応が複雑かつ速やかに進行し、反応一つ一つを取り上げて検討することは困難である。特に反応性の高いOHと溶質との反応はSCWOの反応機構の重要な部分であると思われる。反応に関与する化学種を減らして芳香族化合物とOHなどの重要な反応の超臨界水中での挙動を明らかにする必要がある。超臨界水の放射線分解を用いれば化学種を減らし、反応を簡素化し、正確な評価が出来る可能性がある。 水をγ線、電子線で照射して水の放射線分解すると限られた種類のラジカル種を定量的に生成できる。室温では放射線照射後10-7s後にはeaq-(水和電子)、OH、H、H2O2、HO2、H2が定量的に得られる。高温水の放射線分解の研究は、これまで300oCまでしか行われていなかった。最近、400℃までは水の放射線分解生成物のG値が報告された[2]。パルスラジオリシス法により、超臨界水中ではOHや水和電子と溶質が反応して生成する中間活性種の収量や挙動が室温とは異なることが観測されてきた[2,3]。しかし、中間活性種のみの観測であり、どのような最終生成物が得られるかについては報告例がない。超臨界水の放射線分解G値測定やOHや水和電子などの様々なラジカルの挙動の解明や放射線化学の基礎研究としても重要である。最終生成物を同定、定量するγラジオリシスは反応の全体像を理解する上で必須である。 本研究は、芳香族化合物水溶液のγラジオリシス、必要に応じてパルスラジオリシスを行い、中間・最終生成物の同定、それらの生成G値及び溶質の分解G値を測定し、超臨界水中でのラジカル反応の全体像を把握することを目的とした。 実験 溶質には超臨界水中でのパルスラジオリシスの報告例があるベンゾフェノン、SCWOの研究でモデル物質として用いられているベンゼン、フェノールを選択した。溶質濃度はベンゾフェノン0.50 及び0.25 mM、フェノール(和光純薬)は2 mM、ベンゼンは、0.5~2.0 mMとした。γラジオリシス:図1に示すようなシステムを作成し、Co-60からのγ線照射を行った。。溶存酸素を取り除くためにArもしくはN2OでバブリングしながらHPLCポンプで流し、フローセル内に送り込んだ。生成物の濃度は液体クロマトグラフ(HPLC)、熱伝導度検出器型ガスクロマトグラフ(GC-TCD)で測定した。パルスラジオリシス:パルスラジオリシスの実験システムは他に示す。これまで超臨界水のパルスラジオリシスの報告例が無いフェノール系のみパルスラジオリシスで検討を行った。 結果と考察 ベンゾフェノン水溶液 25、100、200、300、350、25 MPaで400℃では圧力を25 ~ 35 MPaでArもしくはN2O飽和したベンゾフェノン水溶液を用い、圧力は25 MPa、線量は100 ~ 300 Gyで実験を行った。N2Oでは水和電子はすべてOHに変換する。室温ではフェノール、2-ヒドロキシベンゾフェノン、3-ヒドロキシベンゾフェノン、4-ヒドロキシベンゾフェノンが主な分解生成物で、N2O飽和によって分解量は増加した。生成物の生成にはOHつまりOH付加体同士の反応が重要である[3]。 ベンゾフェノンの分解G値は100℃から徐々に減少し、400℃で急激に増加した。生成物に関しては温度の上昇とともにフェノールの生成量は増加し9-フルオレノンが新たに生成した(図2)。350及び400℃ではフェノール及び9-フルオレノンが主な生成物となり、、高温超臨界状態では室温とは異なる反応機構で生成物を生成している。ベンゾフェノンの分解G値の温度依存性は水の放射線分解生成物に比較して小さく、溶質とOHやeaq-が反応して生成した中間活性種がベンゾフェノンに戻る反応が起こっている。また、400℃ではベンゾフェノンの分解G値も生成物のG値も密度の減少によって増加したが、その種類は変化しなかった。 フェノール水溶液 フェノールは室温の中性水溶液中ではOH付加体とH付加体及び若干のフェノキシラジカルが中間活性種として存在し、最終生成物はピロカテコール、ヒドロキノンが主であり、OH付加体の再結合反応で生成すると報告されている[4]。室温から400℃まで温度を変化させ、圧力を25 MPaに固定してγラジオリシスを行った結果、。Ar、N2O飽和溶液共に室温から200℃までは主な生成物としてピロカテコール、ヒドロキノンの生成が確認された(図3)。350℃以上の温度ではベンゼン、p-フェノキシフェノールや2-ヒドロキシジベンゾフランが主な生成物となる。パルスラジオリシスの結果からは300℃付近からはOH付加体の吸収は無く、フェノキシラジカルの吸収が確認されたため、高温の水溶液中ではOHとフェノールの反応から主にフェノキシラジカルを生成し、p-フェノキシフェノールや2-ヒドロキシジベンゾフランが生成することが分かった。ベンゾフェノン同様フェノールの分解G値の温度依存性は水の放射線分解生成物に比較して小さく、一旦生成した中間活性種がベンゾフェノンに戻る反応が起こっている。フェノール水溶液でもベンゾフェノン系と同様に分解G値と生成物のG値は密度の減少によって増加した。 ベンゼン水溶液 ベンゼンは構造が単純であり、室温では中間活性種がOH付加体とH付加体のみである。この系では気体生成物の検出と定量も行った。室温ではフェノールとビフェニルが主な生成物であったが温度の上昇とともに300℃以上では二酸化炭素と水素とメタンが主な生成物となった(図4)。また、ベンゼンの濃度を増加させるとフェノールやビフェニルの濃度が増加し、二酸化炭素が減少し、一酸化炭素が新たに生成した。OH付加体からはフェノールやビフェニルが生成し[5]、二酸化炭素は生成しないことから、異なる中間活性種が存在しており、ベンゼンの濃度が増加するとOH付加体が増加することを示している。ベンゼンとOHがOH付加体を生成する反応が平衡反応であり、ベンゼン濃度が増加することによって平衡がOH付加体を生成する方向に進んでいる可能性がある。また、350℃/25 MPa、400℃/25 MPa、400℃/35 MPaでの実験結果について、関与する反応式を全て記述して微分方程式を解く素反応モデリングを用いて計算を行った。用いた反応式はDiNaroらが提唱した超臨界水酸化のモデル[1]にOH付加体の平衡などの反応式を加えて行った。反応速度定数の設定に関してはQRRK法を用いて圧力依存性を考慮した。400℃/25 MPaでのシミュレーション結果を実験結果と併せて図5に示す。ベンゼンの分解量と生成物の生成量はともに良い一致を示し、水素と二酸化炭素はOH付加ラジカルではなくフェニルラジカルから生成していることを明らかにした。 水の放射線分解生成物のG値と生成物収量の比較 図6にベンゾフェノンとフェノールの分解G値の温度依存性を示す。また、図にはLinらによって報告されている水の放射線分解生成物のG値も示した[2]。ベンゾフェノン、フェノール、ベンゼンの分解G値は100℃から350℃まで減少傾向を示した。この傾向は水の放射線分解生成物とは大きく異なるため、高温では室温よりも中間活性種が溶質に再生する反応が多いことが分かった。400℃でのG値の密度依存性に関してはベンゾフェノン、フェノール、ベンゼン共に密度に依存し、水の放射線分解G値と同様に低密度側で分解G値が増加する傾向を示した。また、生成物のG値も同様な傾向を示した。これは超臨界状態では溶質の分解G値は水の放射線分解生成物の収量を反映している。また、生成物の種類が密度に依存しないことから、密度変化で反応機構は変化していないと考えられる。 結論 以下に高温・超臨界水中での芳香族化合物と水の放射線分解生成物との反応の特徴をまとめた。 芳香族と水の放射線分解生成物は高温水中では室温水中とは異なる反応機構である。 水の放射線分解生成物に対して溶質の分解量は少なく、中間活性種が生成しても溶質に戻る反応が存在する。この点は室温の反応と共通する。 室温では全く起こらない反応(例えばベンゼンの芳香環が完全に分解する)を生ずる場合がある。 ベンゼンの系で超臨界水中での反応を記述することが出来た。 世界で初めて最終生成物の定量評価に基づき超臨界水溶液の放射線反応を研究した。この研究はその先駆けであり、今後の全容解明の第一歩である。 図1 γラジオリシスフローシステム 図2 ベンゾフェノン水溶液の放射線分解生成物の温度依存性(Ar飽和, 25MPa, [benzophenone]0は300℃まで0.25 mM, 350, 400℃では0.50 mM) (..) ヒドロキシベンゾフェノンの異性体の合計G値, (..) フェノール, (..) 9-フルオレノン 図3 フェノール水溶液の放射線分解生成物の温度依存性(Ar飽和, 25MPa, [phenol]0= 2.0 mM)(π) ジヒドロキシベンゼンの異性体の合計G値, (ρ) ベンゼン, (σ) p-フェノキシフェノール. 図4 ベンゼン水溶液の放射線分解生成物の温度依存性(田) H2, (ψ) CO2, (′) フェノール, (.)ビフェニル.(Ar飽和, 25MPa, [benzene]0= 0.47 mM, 室温はpH = 2で酸処理) 図6 ベンゼンの初期濃度0.50mMのときの400℃/25 MPaでのシミュレーション結果, 実線はシミュレーション結果, (◇)ベンゼン, (⊆) H2, (△)CO2, (-) CO, (+) CH4, (□)フェノール, (○) ビフェニル. 図5 室温から400℃までのG(eaq-+ OH + H)及びベンゾフェノン, フェノール, ベンゼンの分解G値(Ar飽和, 25 MPa) (..) ベンゾフェノン, (ρ) フェノール, (′) ベンゼン, (+) G(eaq-+ OH + H). | |
審査要旨 | 近年、温度374°C、圧力22.1MPa以上の条件で形成される超臨界水の産業利用が注目を集め、新材料開発、廃棄物処理、超臨界水酸化、減容化、廃プラスチック処理、バイオマス変換等の技術開発が進んでいる。これらのうちで最も注目されているのは超臨界水酸化であり、酸化物存在下の超臨界水中で有機物を速やかに、かつ完全に水や二酸化炭素に分解することが可能な技術であることから、環境に優しい技術と位置づけられている。このプロセスではOH、H、HO2などの化学種が重要な働きを果たすといわれている。一方、原子力分野では超臨界水を冷却材とする超臨界水冷却炉が提案され、第四世代の原子炉として技術開発が始まり、超臨界水の放射線効果を理解することは、超臨界水冷却炉の開発における基礎技術として必須であると認識されている。 本研究では、様々な芳香族化合物を溶解した超臨界水のガンマ線照射により生成する放射線分解生成物を同定、定量することを基礎として、超臨界水の放射線反応の特徴を明らかにすることを目的としている。 論文は六章から構成され、第一章では超臨界水の特性を紹介し、上に述べたような産業利用の背景を紹介したのち、本研究の目的を述べている。 第二章は、実験方法について述べている。流通系を用いる新たなガンマ線照射用の実験装置を設計、構築し、その設計思想、使用法、超臨界状態での水試料の放射線吸収量の評価法などを記述している。その他、使用した薬品類、生成物の分析方法、さらに一部で利用したパルスラジオリシス実験の手法についても述べている。 第三章はベンゾフェノン水溶液の実験結果を述べている。室温ではヒドロキシベンゾフェノン、ヒドロキシベンズアルデヒド、フェノールが放射線分解主要生成物であり、各々の収量を決定している。ベンゾフェノンの放射線分解がOHラジカルのベンゾフェノンへの付加から始まることを示し、水分解で生ずるラジカルの収量よりベンゾフェノンの分解収量の方が小さいことから、中間化学種の反応の一部はベンゾフェノンを再生していることを確認した。高温での実験では、室温では観測できない9-フルオレノンを見いだした。この9-フルオレノン形成反応の活性化エネルギーが他の反応過程の活性化エネルギーよりも大きな値であるため、高温で顕在化すると説明している。さらに、分解量の温度依存性は水分解の収量とパラレルの関係であることから、水分解量に対応して反応が進んでいると結論した。 第四章はフェノールの水溶液の実験結果をまとめている。室温でのフェノール水溶液の放射線反応の研究は多く、OH付加によるシクロへキサジエニル型のラジカルが最初に形成され、ミリ秒の時間を経てフェノキシラジカルに加水分解することが知られているため、高温でこの反応が生成物の種類や収量にどのように反映するかを着目しつつ実験を進めた。室温ではピロカテコール、ヒドロキノンが主要生成物であるが、300°Cを境にして、二つのベンゼン環から構成されるヒドロキシビフェニル、フェノキシフェノール、ヒドロキシベンゾフランが主成分となる。このことから、室温ではシクロへキサジエニル型のラジカルの反応であるのに対し、300°C以上の温度では加水分解後のフェノキシラジカルが反応の主体となることを明確にした。高温のパルスラジオリシス法により、フェノキシラジカルの吸収ピークの増大を観測することで確証している。 第五章はベンゼン水溶液での実験結果を述べている。ここではガス生成物の定量測定も実施した。室温ではガス生成物は微量であるのに対し、350°C以上の温度では水素ガス、二酸化炭素、一酸化炭素のガス生成が著しい。水素と二酸化炭素、一酸化炭素中の酸素の原子数比は2:1となり、見かけ上、水が分解したものとなっており、このガス発生がこの系の高温放射線分解の特徴である。この反応機構を検討するため、超臨界水酸化で検討されてきた反応セットと、放射線反応特有の反応を組み合わせ、計算機シミュレーションを実施した。適切な反応速度であれば、実験結果の特徴を再現できることを示し、反応中間体の選択的で連続的な酸化反応が生じていることを明らかにしている。 第六章は結論で、本実験で得られた個々の水溶液中での放射線反応の温度や密度依存性を整理するとともに、超臨界水中での反応の特徴、他分野への寄与、今後の展開について考察を加えている。 以上要約すれば、超臨界水のガンマ線照射分解による放射線分解反応実験を世界で初めて実施し、超臨界水中での放射線誘起反応の特徴についての知見を得た。これらは超臨界水酸化をはじめとする超臨界水利用の分野、将来の超臨界水冷却炉開発へも貴重な知見をもたらし、原子力工学およびシステム量子工学に寄与するところが大である。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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