No | 121187 | |
著者(漢字) | 大石,鉄太郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオイシ,テツタロウ | |
標題(和) | ビーム放射分光法を用いたヘリカルプラズマの輸送と揺動に関する実験的研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 121187 | |
報告番号 | 甲21187 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6277号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | システム量子工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第1章 序論 核融合発電の実現を目指したトーラスプラズマの磁場閉じ込め研究において,1982年にASDEXトカマクで発見されたHモードと呼ばれる閉じ込め改善モードは,閉じ込め性能の向上に大きく寄与した[1].プラズマがHモード状態に遷移すると粒子または熱の閉じ込めが改善され,プラズマ周辺部で圧力勾配が急峻になる「周辺部輸送障壁(edge transport barrier:ETB)」という領域が形成される.このETBの形成はその後定常運転に適するとされるヘリカル型装置でも観測され[2],トーラスプラズマにおける閉じ込め改善モードとして広く認識されるようになった. 一方,ETBの特徴である周辺部の急峻な勾配に起因すると考えられる不安定性が成長し,それらが粒子輸送を促進して閉じ込めを劣化させる現象も観測されてきた.代表的なものとして,edge localized mode(ELM)と呼ばれる間欠的な擾乱や[3],edge harmonic oscillation(EHO)と呼ばれる定常的な振動が挙げられる[4-6].これらを制御するためには,揺動レベルの局所値,空間分布,空間相関,発生するタイミングなどの性質を,周辺部の密度勾配と同時に計測することが,実験的アプローチの第一歩となる. この要請を満たす計測法として,1980年代にR. Fonckらによって提唱された,プラズマとの衝突によって励起した中性粒子ビームからの発光(ビーム放射光)を観測するビーム放射分光法(Beam Emission Spectroscopy:BES)が挙げられる[7].BESは,いくつかのトカマク装置に適用され,DIII-DトカマクにおけるHモード遷移時の乱流揺動の抑制[8]やETB領域でのEHO[4]など,閉じ込め性能の変化と密度揺動との相関を示唆する計測結果が報告されている.一方ヘリカル型の装置では,磁場構造が複雑で観測位置の確保が困難であったが,本研究により,自然科学研究機構核融合科学研究所のcompact helical system (CHS)にて観測視線が最適化され,計測が開始された. 本研究では,CHS装置において,ETBが形成されるプラズマを対象として,局所的な密度揺動と密度勾配をBESを用いて同時計測し, ・ETBを伴うプラズマにはどのような揺動が生じるか ・揺動と相関を持つパラメータは何か ・揺動は閉じ込めに影響するか を実験的に解明することを目的とする. 第2章 ビーム放射分光法(BES) BESは,プラズマ中にとった観測視線が中性粒子ビームと交差する領域から放射されるビーム放射光のみを計測する局所計測であり,発光位置を決定する能力に優れている.さらに,結像光学系を用いた多点同時計測を行うことで,揺動の空間的な相関を調べることができる.本研究では,プローブビームとして,CHSの加熱用中性粒子入射装置(NBI#2,入射エネルギー25〜32keV,水素原子ビーム)を用い,水素プラズマを計測対象とする.観測するビーム放射光は水素原子Hαスペクトル(波長λ0=656.285nm)とする.この時信号強度はプラズマの密度に比例するため,多点同時計測を行った場合,隣り合う2点間の信号強度の差分を密度勾配と解釈することができる.信号強度の揺動に主に寄与するのは電子またはイオンの密度揺動,およびビーム粒子密度の揺動である.このうちビーム粒子密度揺動の寄与が無視できる,または除去することができれば,信号強度の揺動をプラズマの密度揺動とみなせる. 第3章 CHSにおけるBES計測システムの構築 CHSは大半径1m,小半径0.2mの低アスペクト比ヘリオトロン型プラズマ閉じ込め装置である.プラズマは電子サイクロトロン加熱によって生成され,2本のNBIによって追加熱される.本研究で構築したCHSにおけるBES計測システムの概念図を図1に示す.真空容器の内側に突き出した形状のポートを用いることにより,観測位置を最適化している.対物レンズと光ファイバアレイからなる結像光学系を用いて,半径方向に16本の観測視線を約1cm間隔で配置し,プラズマの小半径程度にわたる領域を多点同時計測する.光学干渉フィルタを用いて,ドップラーシフトしたビーム放射光のみを選択的に,カットオフ周波数100kHzのアバランシェフォトダイオード検出器によって検出する. 第4章 CHSにおけるETBの形成とそれに伴う密度揺動の計測 CHSにおいてETBの形成が観測されている[9].ETBは,2本のNBIによって加熱された水素プラズマにおいて,加熱パワーがある閾値を越えた時に形成される.NBI入射後数〜数10msの遅れを伴ってHαが低いレベルに遷移すると同時に線平均密度と蓄積エネルギーが増加し,これがETB形成による閉じ込め改善を意味している. ETB遷移時の最外殻磁気面(last closed flux surface: LCFS)付近の密度の経時変化が,BESを用いて詳細に観測された.図2に示すように,ETB遷移時にはLCFS内側(平均小半径ρ=0.95)で遷移時に密度が増加し,外側(ρ=1.03)で減少した.LCFSの近傍に輸送障壁が形成され,粒子閉じ込めが改善されたことを示している. 加熱パワーが遷移閾値よりも十分高い場合には,4〜5kHz程度の周波数を持つコヒーレントな揺動とその2倍の周波数を持った高調波が成長する.この揺動の周波数スペクトルを,磁場揺動とBESによるρ=0.95における密度揺動について示した結果が図3である.この揺動はρ=0.95において強度が最大となるが,ρ=0.95には回転変換ι=1の有理面が存在する.周辺部の有理面に局在し,高調波を持つ点は,トカマクのEHOと類似している[5].この類似性に着目し,本研究で観測されたこの揺動もEHOと呼ぶ. 図4は,BESによって計測されたEHOの径方向構造である.(a)は遷移時およびEHO発生時の密度分布を示す.ETB遷移によって増加した障壁部の密度勾配がある閾値に達すると,EHOが発生する.EHO発生後は,密度勾配の増加は止まり,一定のレベルを保つようになる.(b)はEHOの基本波の強度分布であり,ρ=0.95でその強度が最大となることを示す.(c)および(d)はそれぞれ,ρ=0.95のチャンネルを基準として算出した,EHOの基本波の二乗コヒーレンスおよび位相である.位相は,外側への伝播を,径方向に減少する傾向としてプロットした.ρ=0.85からρ=1.10にわたって,0.8を超える高いコヒーレンスが得られている.この領域において位相を直線フィッティングして位相速度を求めると,トーラス外側に数100msで伝播していることがわかった.これは他のトカマク型装置におけるEHOの径方向伝播の速度と同程度の値である[6]. トカマクではEHOが発生すると粒子輸送が増えることが,ダイバータ領域のプローブ計測や受動分光計測から示されている[6,10].これは,EHO発生時に線平均密度が減少することからも確認されている[5].これに対してCHSのEHOでは,粒子輸送が促進されているという明確な証拠は得られていないが,EHOの径方向伝播は,外向きの粒子束の存在なしには説明できない.これに加えて,密度勾配を閉じ込め改善の指標とみなすと,EHO発生後の密度勾配上昇の飽和は,粒子閉じ込め改善の制限を示していると解釈できる.EHOを伴う放電では,ビームパワーを増加させても遷移後の密度勾配は増加しなくなることもまた本研究の中で確認されている.このことからも,EHOは粒子輸送と相関がある可能性が示唆される. 第5章 総括 本研究では,核融合研CHS装置にBES計測を適用し,密度揺動と密度勾配の同時計測を行った.ETB形成時の密度勾配と密度揺動を同時計測した結果,密度勾配は,ETB遷移時にLCFS近傍で急峻化することがわかった.遷移後に障壁部の密度勾配がある閾値に達すると,粒子輸送に影響を及ぼすと考えられる,トカマクのEHOに類似した密度揺動が観測された. 第6章 今後の課題と展望 EHOと粒子輸送との相関に関する議論には課題が残されており,周辺部計測の充実によって,EHO発生時の粒子吐き出しに関する情報を得ることが必要である.本研究では,ヘリカル型装置におけるBES計測の適用可能性が実証された.今後も様々なヘリカル型装置においてこの種の計測が適用され,揺動と閉じ込め改善との相関が議論されることが展望できる.さらに,トカマクとの比較を通じてトーラスプラズマに共通する輸送と揺動の物理の解明が促進されると考えられる. 図1 CHSにおけるBES計測システムの概念図 図2 BESにより計測された(a)ρ=0.95,(b)ρ=1.03での密度. 図3 ETB形成後に観測される揺動の周波数スペクトル.(a)磁場揺動および(b)ρ=0.95においてBESにより計測された密度揺動. 図4 BESによって計測された,密度分布およびEHOの基本波(f=4.5kHz)の径方向構造.(a)遷移時およびEHO-発生時の密度分布,EHOの基本波の(b)強度分布,(c)二乗コヒーレンス,(d)位相.コヒーレンスと位相は,ρ=0.95のチャンネルを基準とした. | |
審査要旨 | 核融合発電の実現を目指したトーラスプラズマの磁場閉じ込め研究において、Hモード(high confinement mode)に代表される閉じ込め改善現象の理解と制御は重要な課題である。プラズマがHモード状態に遷移すると粒子または熱の閉じ込めが改善され、プラズマ周辺部で圧力勾配が急峻になる「周辺部輸送障壁(ETB: edge transport barrier)」という領域が形成される。一方、ETB形成に伴い、周辺部の急峻な勾配に起因すると考えられる不安定性が成長し、それらが粒子輸送を促進して閉じ込めを劣化させる現象も観測されてきた。これらを制御するためには、揺動レベルの局所値、空間分布、空間相関、発生するタイミングなどの性質を計測することが重要である。プラズマとの衝突によって励起した中性粒子ビームからの線放射スペクトル(ビーム輝線)を観測する密度揺動計測法であるビーム放射分光法(BES: beam emission spectroscopy)は、いくつかのトカマク型装置に適用され、閉じ込め性能の変化と密度揺動との相関を示唆する計測結果が報告されている。しかし、ヘリカル型装置では、磁場構造が複雑で観測位置の確保が困難であり、本研究以前には適用例は無かった。本論文は、自然科学研究機構核融合科学研究所のヘリカル型プラズマ閉じ込め装置CHS(compact helical system)において、ヘリカル型装置でのBES計測システムの開発を行い、観測された揺動が粒子輸送に及ぼす寄与を考察したものである。 本論文は5章よりなる。 第1章は序論であり、研究背景としてトーラスプラズマ閉じ込め研究における密度揺動計測の意義、及び密度揺動計測法としてのBES法の位置付けを指摘している。 第2章では本研究の主旨である密度揺動計測法であるBES法の原理について説明し、従来この手法を用いて行われてきた密度揺動計測に加えて、密度勾配も計測可能であることを示している。 第3章ではCHS装置にBES法を適用するための計測システムの構築について記述されている。磁場形状を考慮して径方向の分解能を最適化するための観測ポート設計について述べられている。 第4章では構築したシステムを用いて、CHSにおけるETBを伴うプラズマを計測対象として、密度勾配と密度揺動を同時計測した結果について述べられている。まず、ETB遷移時の最外殻磁気面(LCFS: last closed flux surface)付近の密度の経時変化が、BESを用いて詳細に観測されている。ETB遷移時にはLCFS内側で遷移時に密度が増加し、外側で減少することが示されている。これにより、輸送障壁が形成される位置がLCFS近傍であることが特定されている。次に、ETB形成後には、4~5kHz程度の周波数を持つコヒーレントな揺動とその2倍の周波数を持った高調波が、LCFSのすぐ内側に存在する有理面上に発生することが示されている。この揺動は、周辺部の有理面に局在し、高調波を持つ点において、トカマク型装置のQHモード(quiescent H-mode)で発生する境界層高調波振動(EHO: edge harmonic oscillation)と類似していることが指摘されている。この類似性に着目し、本論文でも、CHSで観測されたこのコヒーレントな揺動をEHOと呼んでいる。CHSにおけるEHOと、ETB形成による密度勾配の増加との相関については、障壁部の密度勾配がある閾値に達するとEHOが発生すること、およびEHO発生後には密度勾配の増加は飽和することが示されている。さらに、EHOを伴わない放電では、加熱パワーの増加に伴いETB形成後の密度勾配は急峻になるが、EHOを伴う放電では、加熱パワーを増加させても密度勾配は増加しなくなることが示されている。多点同時計測を活かして、EHOの伝播方向と位相速度が計測されており、トーラス外側向きに数100m/sという値が得られている。これは他のトカマク型装置におけるEHOの径方向伝播の速度と同程度の値であることが指摘されている。これらの結果より、EHO発生後の密度勾配上昇の飽和に見られるように、EHOにより粒子輸送が促進され、粒子閉じ込め改善が制限されている可能性が高いと結論付けられている。 第5章は総括であり、結論と今後の展望が述べられている。 以上要するに、本論文では、BES計測のヘリカル型装置への適用が可能なシステムが提案・実証され、閉じ込め改善時の密度揺動計測に成功し、観測された揺動が輸送に及ぼす寄与が解明されたものである。これらはシステム量子工学、特に核融合プラズマの揺動と輸送の関連性の解明に寄与するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |