学位論文要旨



No 121188
著者(漢字) 大久保,猛
著者(英字)
著者(カナ) オオクボ,タケル
標題(和) レーザー航跡場加速によるフェムト秒電子バンチ生成の実証
標題(洋)
報告番号 121188
報告番号 甲21188
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6278号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 小佐古,敏荘
 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 助教授 長谷川,秀一
 東京大学 助教授 出町,和之
 東京大学 助教授 門,信一郎
内容要旨 要旨を表示する

序論

近年の高強度超短パルスレーザー技術の向上により、いわゆるテーブルトップサイズのテラワット級レーザーが登場し、高エネルギー物理研究分野におけるレーザー運用が比較的容易となった。最近、従来の電子加速に用いられてきたRF線形加速等の手法とは異なるレーザー航跡場加速という新たな加速機構が注目されている。レーザーパルスがプラズマ中を伝播する時、電子の振動によってプラズマ波が誘起される。レーザーパルスが通過した後にあたかも航跡のように立つことからレーザー航跡場と呼ばれるこのプラズマ波の位相速度はレーザーパルスがプラズマ中を進行する群速度(=光速)と等しく、加速位相に乗せて電子を入射すれば線形加速器と同様に相対論領域(MeV以上)まで加速することが可能である。しかも、従来型の線形加速器の典型的な加速勾配が数〜数10MV/mであるのに対し、このプラズマ波による加速勾配は~100GV/mであるため、加速器装置の大幅な小型化が期待できる。さらに、プラズマ周波数・p=(nee2/me・0)1/2は実験で使用される典型的な電子密度ne~1019[cm-3]において・p~1014[Hz]となるため、フェムト秒の電子バンチを生成することが可能である。東大原子力ではこれまで、800・mの加速距離で40MeVまで加速された比較的指向性の良い(0.1・・mm mrad)電子ビームを観測している。レーザー航跡場加速により生成するフェムト秒の電子バンチは、現在ピコ秒の時間分解能で行われている放射線パルスラジオリシスをフェムト秒の時間分解能で時間ジッター無しで行うことを可能にする。また、フェムト秒の相対論的電子バンチとレーザーパルスの衝突によって発生する相対論的トムソン散乱X線は同じくフェムト秒のパルス幅を持つため、レーザーとX線によるフェムト秒ポンプ・ポローブ計測をやはり時間ジッター無しで実行できる。本研究では、レーザー航跡場加速からのフェムト秒電子バンチをフェムト秒時間分解測定へ応用することを目指して、フェムト秒電子バンチ生成を計算・実験両面より実証する。具体的には、レーザーパルスとプラズマの相互作用を2次元Particle-In-Cell (PIC)コードを用いて計算し、レーザー航跡場加速における電子の入射および加速過程をシミュレートすることによって、高品質(東大原子力での目標パラメータは、電子バンチ長<50fs、電荷量>10pC/bunch、準単色エネルギー広がり・E/E<0.1@~10MeV、エミッタンス<0.1・mmmrad)なフェムト秒電子バンチ生成のための機構を追究する。また実験では、実際にレーザー航跡場加速によって生成する電子バンチがチタン膜を通過する際の遷移放射強度を測定し、そのバンチ長を決定する。そして、近い将来のフェムト秒時間分解測定システム構築への足がかりとする。

レーザー航跡場加速シミュレーション

プラズマ波破壊における真空・プラズマ境界面での電子密度勾配の効果

レーザー航跡場加速における大きな問題の一つが、電子をいかにしてプラズマ波の加速位相に乗るように入射させるかということである。当初は高周波加速器等で光速近くまで加速した電子ビームをプラズマ中に入射するなどしていたが、最近になってレーザー技術開発が進んでその強度が増大したことにより、レーザーパルスとプラズマとの相互作用によってプラズマ波の破壊を引き起こしてその中に存在する電子の一部を加速位相に乗せることが可能になった。これを電子自己入射という。プラズマ中で振動する電子の振動速度がプラズマ波の位相速度以上になると、プラズマ波が破壊して電子が様々な方向へ飛び散る。そのうちの一部の電子はレーザー航跡場の加速位相にトラップされる。従って、発生する電子ビームの電荷量を増加させるためには、より多くのプラズマ波破壊を起こせば良い。

そこで、真空・プラズマ境界面での密度勾配が急な場合と緩やかな場合との電荷量の違いを2次元PIC計算により示す。図1は、初期条件として与えたプラズマ電子密度分布とレーザーパラメータの簡略図であり、レーザー強度は1×1019W/cm2、密度勾配lは急な場合を5・m(プラズマ波長:6.1・m @ne=3×1019[cm-3]より)、緩やかな場合を150・m(実験におけるHeガスの広がり:350・m~500・m程度より)とした。急な密度勾配を持つプラズマへレーザーが入射してから1.37ps後における、レーザー航跡場の進行方向電場Exの空間分布(座標単位はc/・, c:光速, ・:レーザーの角振動数)を図2に、電子の運動量のx方向空間分布を図3に示す。図2において、3~4個の航跡場が立っていることがわかる。これは東大原子力が用いている、他の研究機関よりも比較的短焦点距離のレーザー集光ミラーを用いた時、即ち、集光されたレーザーがその進行とともに発散して焦点での集光強度から半分になる距離(レイリー長)が短い時に起こる現象である。図3を見てもわかるように、電子がその航跡場が立つ範囲でのみ加速されるため、高エネルギー電子に限れば60fs@10MeVのバンチ長が得られており、フェムト秒電子バンチ生成に有効であると考えられる。図4は密度勾配が急な場合(実線)と緩やかな場合(点線)に得られた電子エネルギー分布である。急な密度勾配によって、5MeV以上の電子の総電荷量は2.4nCから19nCへ、最大エネルギーも16MeVから23MeVへと増加した。これは、プラズマ波破壊がより効率的に起こったためであると考えられる。したがって、人工的に急な密度勾配を形成できれば、生成する電荷量は増大すると結論づけた。

プラズマ中に形成されたチャネルが電子エネルギーの単色化に及ぼす効果

プラズマ波破壊によって電子自己入射を引き起こすに際し、その破壊がレーザーの進行とともにプラズマ中で常時発生してしまう(常時入射)と、電子がレーザー航跡場のあらゆる位相に捕獲され、電子エネルギー分布は図4のように熱化してマクスウェル・ボルツマン分布に近いものとなる。しかし、これでは電子の速度分布広がりが大きく即座に電子バンチ長が広がってしまうため、フェムト秒電子バンチ利用のためにはエネルギー分布は単色的であることが望ましい。そこで、プラズマ中に形成されたチャネルを進行するレーザーパルスの急激な自己収束および発散によって、プラズマ波破壊を瞬時に局所的に引き起こせば(瞬時入射)、レーザー航跡場のある程度狭い範囲の位相に電子が捕獲されて、電子のエネルギー分布に単色化傾向が表れることを、2次元PIC計算により示す。図5は、プラズマチャネルへレーザーが垂直入射する際の初期条件の簡略図である。レーザーパルスは図6に示すように、集光・発散を繰り返しながらプラズマチャネル中を進行していく。入射レーザー強度が1×1019W/cm2の時、電子エネルギー分布には図7のように12MeV付近にピークを持つ単色化傾向が見られる。これは、レーザー強度が比較的強くなる集光時にのみプラズマ波破壊が起こったため、即ち、瞬時入射が起きたためであると考えられる。以上より、フェムト秒電子バンチ利用および単色化のためには、瞬時入射が不可欠であると結論づけた。

フェムト秒電子バンチ長計測実験

電子バンチ長を計測する手法として、原理的には時間分解能に制限が無くシングルショット計測が可能という理由から、元東北大近藤泰洋氏、東北大柴田行男氏との共同製作による、ボロメータを用いた遷移放射計測を行った。波長選択フィルターを用いると、ある波長範囲に限定した遷移放射強度を取得することが可能である。遷移放射とは、荷電粒子が誘電率の異なる2つの媒質境界面を通過する際に放射する電磁波のことである。図8に実験体系を示す。東大原子力にあるテラワットレーザーシステムから出力されたレーザーパルス(10TW, 400mJ, 40fs)は真空容器内(< 10-3 Pa)に導かれ、放物面ミラー(f =177mm)によってHeガスジェットノズル上へ集光される(5.5・m×6.6・m@1/e2)。レーザー強度は3.5×1019W/cm2であった。生成したフェムト秒の電子バンチがチタン窓(300・m厚)を通過する際の遷移放射を、波長選択フィルターを装着したボロメータで計測した。図9は、本実験で得られた遷移放射強度とある電子バンチ長の時の理論曲線比較図である。電子バンチ形状をガウス分布と仮定すると180fsから290fs (FWHM)のバンチ長であるとわかった。

まとめ

レーザー航跡場加速によるフェムト秒電子バンチ生成を実験・計算両面から実証した。2次元PICコードによる計算では、真空・プラズマ境界面での急な電子密度勾配が電子バンチの総電荷量を増加させることと、プラズマチャネル中で起こる瞬時入射が単色化に寄与することがわかった。また、電子バンチ長計測実験ではボロメータによって複数の波長範囲における遷移放射を測定したところ、ガウス分布を仮定すると180fsから290fs (FWHM)程度であるとわかった。本研究は、フェムト秒時間分解計測への礎となるであろう。

図1:プラズマ波破壊における電子密度勾配効果の計算に用いた初期条件の簡略図

図2:急な密度勾配を持つプラズマへのレーザー入射から1.37ps後におけるレーザー航跡場の進行方向電場の空間分布

図3:急な密度勾配を持つプラズマへのレーザー入射から1.37ps後における電子の運動量のx方向空間分布

図4:レーザー入射から1.37ps後の電子エネルギー分布(急:実線、緩:点線)

図5:プラズマチャネルへレーザーが垂直入射する場合の初期条件の簡略図

図6:プラズマチャネル中を進行するレーザーパルス電場の空間分布

図7:瞬時入射により単色化傾向を示す電子エネルギー分布

図8:電子バンチ長計測実験体系図

図9:ボロメータで取得した遷移放射強度と理論曲線との比較

審査要旨 要旨を表示する

近年の高強度超短パルスレーザー技術の向上により、いわゆるテーブルトップサイズのテラワット級レーザーが登場し、高エネルギー物理研究分野におけるレーザー運用が比較的容易となった。最近、従来の電子加速に用いられてきたRF線形加速等の手法とは異なるレーザー航跡場加速という新たな加速機構が注目されている。レーザー航跡場加速により生成するフェムト秒の電子バンチは、現在ピコ秒の時間分解能で行われている放射線パルスラジオリシスをフェムト秒の時間分解能で時間ジッター無しで行うことを可能にする。本論文では、レーザー航跡場加速からのフェムト秒電子バンチ生成を計算・実験両面より実証している。

第1章では、まず、レーザー航跡場加速に関する研究背景を示しており、準単色な電子エネルギー分布が得られた事例を紹介している。つぎに、これまで電子RF線形加速器によって行われてきた放射線パルスラジオリシスについて、その時間分解能への要求が従来のピコ秒からフェムト秒へ移ってきていることを概説している。そして、このフェムト秒時間分解測定に対して、レーザー航跡場加速からのフェムト秒電子バンチを用いれば、時間ジッターの無いフェムト秒パルスラジオリシスが可能となるであろうことを主張している。

第2章では、始めにレーザー航跡場加速におけるレーザープラズマ相互作用を線形領域について記述している。しかしながら、実際にはレーザー電場強度が相対論領域であり現象は非線形であることから、その解析のために2次元PICシミュレーションを行うとしている。まずは、レーザー入射時における真空・プラズマ境界面での電子密度勾配が緩やかな場合(150・m)と急な場合(5・m)を比較し、レーザー航跡場加速によって得られる電荷量が急な密度勾配によって数倍に増大することを示している。つぎに、単色性を示すピークを持つ電子エネルギー分布を得る機構として、プラズマ中に形成されたチャネル中をレーザーパルスが進行する際に起こるレーザーの集光・発散に注目している。瞬時入射が起こる場合には得られる電子エネルギー分布が単色性を示すピークを持ち、常時入射が起こる場合にはそのピークが得られずマクスウェル分布になってしまうという結果を示している。これら急峻な密度勾配による電荷量増大と瞬時入射による単色化効果が計算によって示されたのは初めてであり、高品質電子バンチ生成機構の解明へ向けた重要な提案であると言えよう。

第3章では、コヒーレント遷移放射スペクトル測定による電子バンチ長計測実験について記述している。100フェムト秒未満のバンチ長を計測することが可能で、かつ現状の不安定性ではショット毎に全く異なるであろう電子バンチ形状をシングルショットで測定すべく、赤外ポリクロメータを用いた遷移放射のスペクトル測定を目指すとしている。遷移放射強度の不足からポリクロメータによるシングルショットでのスペクトル測定には至っていないものの、その代わりにボロメータを使用して電子バンチがチタン膜から空気中へ通る際に放出される遷移放射を測定している。複数種類のハイパス・ローパスフィルタによって波長範囲を限定して遷移放射強度を測定することで、粗いながらも50・mから300・mまでのスペクトルを得ている。また、実験で得られた電子エネルギー分布とその時の電子バンチの広がりを示し、準単色エネルギー分布の場合には70fs程度しか広がらないのに対し、マクスウェル分布の場合には2ps程度に広がってしまうため、200mm以短の比較的短波長領域が得られるのは準単色分布であった場合のみであると考察している。シングルショット計測は成し得なかったため、20ショットに対する平均とその誤差を、電子バンチ形状がガウス分布であると仮定した場合の遷移放射強度の理論曲線とともにプロットして比較しており、実験で得られたバンチ長はガウス分布を仮定すると180fsから290fs(FWHM)であると結論付けている。遷移放射のスペクトル観測による電子バンチ長測定は世界初である。この値は従来の電子RF線形加速器におけるトップデータに匹敵するものであり、レーザー航跡場加速のフェムト秒電子バンチ生成とそのフェムト秒時間分解応用への大いなる可能性を示している。

以上のように、本論文における研究成果は高い独創性を有しており、フェムト秒ビーム応用への足がかりとして非常に有用なものである。また、システム量子工学の発展に寄与するところが大きいと判断される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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