学位論文要旨



No 121190
著者(漢字) 澤田,明彦
著者(英字)
著者(カナ) サワダ,アキヒコ
標題(和) 物理的気相蒸着法による核融合炉液体ブランケット用絶縁性被覆の研究
標題(洋)
報告番号 121190
報告番号 甲21190
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6280号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 教授 lll中,知
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 助教授 阿部,弘亨
 東京大学 助教授 鈴木,晶大
内容要旨 要旨を表示する

次世代のエネルギー源として注目されているD-T核融合炉においてトリチウム増殖材と冷却材を兼ね備える自己冷却型液体ブランケットはさまざまなメリットがあるが、プラズマ閉じ込め磁場中で液体金属を高速で流動させた場合、配管と液体金属の間で電流が生じ、その電流と磁場とのローレンツ力により流動方向と逆向きに力が発生するMHD圧力損失が存在する。絶縁性のセラミックスコーティングはこの圧力損失低減の手法として非常に有効であるが、酸化力の極めて高い液体リチウム中での使用という非常に過酷な条件がコーティング開発の重要な課題となっている。

本研究ではMHD圧力損失低減のためのセラミックスコーティングの開発を目的とし、高温での耐リチウム腐食材料の選定と、これらを用いたコーティングの基礎研究を行い、候補材としての適正を評価した。

第1章:序論

本章では核融合炉とコーティング材料の背景、コーティング開発の現状について述べ本論文の目的と構成についてのまとめを行う。

第2章:セラミックス材料の高温リチウム耐食性

本章では、セラミックス材料の候補材の選定を行ったことについて述べる。これまで500℃までの使用温度が想定されコーティングの研究開発が行われてきたが、構造材料であるバナジウム合金の脆性の問題から、700℃までのブランケット設計が行われるようになった。そこでコーティングの開発も700℃までの使用を目指す必要があり、500℃以上でのセラミックス材料の安定性を評価する必要がある。本章ではこれまでの試験にて500℃までの安定性を示していた窒化アルミニウム、酸化カルシウム、酸化イットリウムのより高温での試験を行うとともに、新たな候補材料の選定を行うこととした。熱力学的安定性の見地から、酸化物セラミックスの生成自由エネルギーにより酸化エルビウムを新たな候補材として選定した。選定した4種類のセラミックスの焼結体試料を用いて800℃1000時間までの液体リチウム浸漬試験を行った。その結果これまで候補材として考えられていた酸化カルシウムについては600℃以上で大きく試料が損傷した。窒化アルミニウムでは試料中の酸素濃度の差により質量損失に差が生じた。これは試料中の酸素がリチウムに溶出するためであると考えられる。酸化イットリウムおよび酸化エルビウムについては800℃1000時間の浸漬において殆ど損傷が起こらず、十分な安定性を示した。

これらの結果から、コーティング候補材として窒化アルミニウム、酸化イットリウム、酸化エルビウムを選定した。

第3章:高温リチウム耐食材料によるコーティングの試作研究

本章では第2章により選定した3種類のセラミックスを用いてコーティングの試作を行った。焼結体試料の特徴である低不純物、高結晶性を持ったコーティングの作製を目指し、その作製に適しているだけでなく膜質の再現性がよく基礎試験に適していると考えられるRFスパッタリング法を用いてコーティングの試作を行った。

作製したコーティングはX線回折の結果それらの結晶が存在するもののピークのシフトが見られることから結晶状態は悪く、また強度比もJCPDS (Joint Committee on Powder Diffraction Standards)ピークとは異なることからコーティングは特定の配向性を持っている事が分かった。また作製後試料を加熱することでピークのシフト、ピークがシャープになるなどが起こったことからアモルファスな領域の結晶化や結晶粒の成長等の結晶性の向上が起こったと考えられる。加熱後試料についてはピーク強度比の変化が起こったものも存在し、これより配向性の変化も起こったと考えられる。

作製したコーティングの液体リチウム浸漬試験の結果、コーティングの損傷が見られた。特に窒化アルミニウムコーティングでは損傷の度合いが大きく、電子顕微鏡観察によりわずかな欠片の残存が確認できた程度であった。コーティングは窒化アルミニウムの酸素固溶量を大きく超える酸素を含んでおり、結晶粒界に析出した酸化アルミニウムが液体リチウムに溶解したことでコーティング全体に大きくクラックが発生することで剥離が起こりやすくなった可能性が考えられる。このため、窒化アルミニウムを候補材として利用するにはより酸素含有量の少ないコーティングを作製する必要があると考えられる。一方酸化イットリウムおよび酸化エルビウムでは剥離の度合いは小さかったが、コーティングにクラックが発生しているのが確認できた。浸漬後試料に残ったリチウムを水に浸漬して溶解した際にはコーティングの剥離の度合いが大きくなったことから、リチウムはクラックを通じて基板とコーティングの接着面まで浸透していると考えられる。

本章で得られた結果より、窒化アルミニウムコーティングは更なる酸素不純物の低減が必要であるが、酸化イットリウムおよび酸化エルビウムコーティングは高結晶化することで耐腐食性の向上が得られる可能性があると考えられる。

第4章:高エネルギー粒子によるコーティングの高結晶化挙動

第3章で得られたコーティングは配向性が強く、また結晶性が悪くアモルファスな領域が存在したため焼結体試料のような安定な結果を示さなかったと考えられる。より高結晶で焼結体に近いコーティングを作製するため粒子のエネルギーを高めることを目的とし、酸化イットリウムに電子ビーム蒸着法、酸化エルビウムにアークソースプラズマ蒸着法を用いてコーティングの作製を行った。

アークソースプラズマ蒸着法により作製した酸化エルビウムコーティングにXRDを行ったところ、基板温度低温(室温付近)で作製したコーティングでは配向性が見られ、JCPDSと異なるピークが得られた。作製したコーティングはバルクとは結晶性の異なるものができていると言える。

酸化イットリウムコーティングを電子ビーム蒸着法を用いてコーティングを作製した。得られたコーティングはスパッタリングで作製したものに比べて結晶性の高いものであった。ピーク位置と強度比はJPCDSピークに似た傾向を持っておりスパッタリング法により作製したものに比べ配向性が小さく、結晶がランダムな焼結体に近いコーティングであることが分かった。

第5章:高結晶化コーティングの高温における挙動

本章では、第4章で作製した酸化イットリウムおよび酸化エルビウムのコーティングを用いて、液体リチウムとの共存性を調べた。

電子ビーム蒸着法により作製した酸化イットリウムコーティングを用いて液体リチウム浸漬試験を行ったところ、X線回折において酸化イットリウムのピークが殆ど消失し、イットリウムとリチウムの複合酸化物のピークが大きく現れた。焼結体試料の浸漬では表面でしか起こらずに問題がなかったが、コーティングではそれが試料全体で起こったと考えられる。

酸化エルビウムコーティングを基板の温度を高温で作製すると室温で作製したものと結晶状態の異なり、結晶性が高く配向性が小さなものが得られた。また室温で作製したコーティングは作製後加熱することで結晶性、配向性が変化し、X線回折パターンは高温で作製したものに似たものが得られた。コーティングの液体リチウム浸漬試験を行ったところ、コーティングの損傷が起こったものと殆ど起こらなかったものが得られた。基板温度高温で作製したコーティングおよび室温で作製したコーティングを500℃、600℃および700℃の液体リチウムに100時間浸漬したところ高温で作製したコーティングはいずれの試験でもコーティングの損傷は殆ど起こらず、室温で作製したコーティングは500℃および600℃の試験で損傷が起こり、700℃の試験では殆ど損傷が起こらなかった。高温で作製したコーティングは結晶性が高くこれがリチウム耐食性を示した可能性が考えられる。また室温で作製したコーティングでは高温での試験で安定した結果が得られたが、これにはコーティングの結晶性がリチウム中で変化することで耐食性を示した可能性が考えられる。基板温度高温で作製したコーティングを500℃、600℃および700℃で1000時間浸漬したところ、500℃および600℃の浸漬ではコーティングの損傷が起こり、700℃では損傷は殆ど起こらなかった。電子顕微鏡観察によりクラックの発生とコーティングの剥離が確認でき、コーティングと基板との接着性の低下が起こっている可能性があることが分かった。

第6章:総合討論

これまでの実験により得られたことを各候補材料についてまとめ、それらの候補材料としての工学的な評価についてまとめた。それぞれの評価は以下の通りである。

酸化カルシウム:700℃以上で溶解するため候補材として適さない。

窒化アルミニウム:コーティング中の酸素量の制御が大きな課題である。

酸化イットリウム:イットリウムとリチウムの複合酸化物を形成し、候補材として適さない。

酸化エルビウム:クラックが発生するもののコーティングが700℃1000時間までの耐食性を示す。コーティングの修復法の開発により候補材としての期待が持てる

第7章:結論

セラミックスコーティングの特性と液体リチウム腐食プロセスに関して得られた知見に関して総括した。

審査要旨 要旨を表示する

次世代のエネルギー源として注目されているD-T核融合炉においてトリチウム増殖材と冷却材を兼ね備える自己冷却型液体ブランケットはさまざまなメリットがあるが、プラズマ閉じ込め磁場中で液体金属を高速で流動させた場合、配管と液体金属の間で電流が生じ、その電流と磁場とのローレンツ力により流動方向と逆向きに力が発生するMHD圧力損失が存在する。絶縁性のセラミックスコーティングはこの圧力損失低減の手法として非常に有効であるが、還元力の極めて高い液体リチウム中での使用という化学的に非常に過酷な条件がコーティング開発の重要な課題となっている。本論文は、MHD圧力損失低減のためのセラミックスコーティングの化学的な観点からの開発を目的とし、高温での耐リチウム腐食材料の選定と、これらを用いたコーティングの基礎研究を行い、候補材としての適性を評価したものであり、7章から構成される。

第1章は序論であり、核融合炉とコーティング開発の現状について現在までの研究状況がレビューするとともに、本論文の目的と構成についてのまとめており、本論文の新規性と開発上・学術上の重要性について述べている。

第2章では、液体リチウムとセラミックス材料の候補材との共存性の観点から、候補材の選定を行っている。熱力学的データから選定した、酸化カルシウム、酸化イットリウム、酸化エルビウムおよび窒化アルミニウムのセラミックスの焼結体試料を用いて800℃1000時間までの液体リチウム浸漬試験を行っている。その結果、酸化カルシウムについては600℃以上で大きく試料が損傷する事が示された。窒化アルミニウムでは試料中の酸素濃度の差により質量損失に差が生じ、これについて試料中の酸素がリチウムに溶出するためであると考察している。酸化イットリウムおよび酸化エルビウムについては十分な安定性がある事が示されている。これらの結果から、本章では、コーティング候補材として窒化アルミニウム、酸化イットリウム、酸化エルビウムを選定しており、次章でのコーティングの試作へ展開させている。

第3章では、第2章により選定した3種類のセラミックスを用いてコーティングの試作と特性試験を行っている。製膜速度が速く目的の材料をターゲットとして用いるため組成ずれ等が起こりにくいと考えられるRFスパッタリング法を用いてコーティングの試作を行った。作製したコーティングはXRD測定の結果、結晶性のものが得られていることが示された。作製したコーティングの液体リチウム浸漬試験の結果、コーティングの破損が見られ、特に窒化アルミニウムコーティングでは破損の度合いが大きかった。コーティングは窒化アルミニウムの酸素の固溶限度を大きく超える酸素を含んでおり、結晶粒界に析出した酸化アルミニウムが液体リチウムに溶解したことでコーティング全体に大きくクラックが発生することで剥離が起こりやすくなった可能性が考察されている。一方、酸化イットリウムおよび酸化エルビウムでは剥離の度合いは小さかったが、コーティングにクラックが発生している事が示された。本章で得られた結果より、窒化アルミニウムコーティングは更なる酸素不純物の低減が必要である事、また、酸化イットリウムおよび酸化エルビウムコーティングは、高結晶化することで耐腐食性の向上が得られる可能性がある事が示され、次章でのそれを目指したコーティングの高度化へ展開している。

第4章では、より高結晶で焼結体に近いコーティングを作製するため粒子のエネルギーや作製温度を高めることを目的とし、酸化イットリウムに電子ビーム蒸着法、酸化エルビウムにアークソースプラズマ蒸着法を用いてコーティングの作製を行っている。電子ビーム蒸着法により作製した酸化イットリウムコーティングのXRD測定を行ったところ、ピークがシャープなものが得られ、RFスパッタリング法で作製したものに比べて結晶性の高いものが得られることが示された。アークソースプラズマ蒸着法により作製した酸化エルビウムコーティングのXRD測定を行ったところ、基板温度低温(室温付近)で作製したコーティングではJCPDSと異なるピークが得られ、結晶状態が焼結体とは異なるものが出来ている可能性があることが示された。本章では、これらのコーティングがいずれもRFスパッタリング法で作製したものに比べてピークがシャープで高い結晶性を持っていると結論し、次章でのこれらの試料を用いた耐腐食特性評価につなげている。

第5章では、第4章で作製した酸化イットリウムおよび酸化エルビウムのコーティングを用いて、液体リチウムとの共存性を調べている。電子ビーム蒸着法により作製した酸化イットリウムコーティングを用いて液体リチウム浸漬試験を行ったところ、X線回折において酸化イットリウムのピークが殆ど消失し、LiYO2のピークが大きく現れており、不安定性が示された。酸化エルビウムコーティングの液体リチウム浸漬試験では、700℃の浸漬試験結果が500℃の浸漬試験結果より破損の度合いが低いという結果が示された。XPS測定により高温で作製したコーティングにはコーティングと基板の間にエルビウムとバナジウムの中間層の存在が示唆され、700℃の浸漬試験後にはそれが消失しており、500℃では中間層から腐食し剥離したという考察を行っている。本章では、700℃のリチウムに触れさせることでこれらの問題が解消しリチウムとの共存性の高いコーティングを得られる可能性があることが示された。

第6章は総合討論であり、これまでの実験により得られたことを各候補材料についてまとめ、それらの候補材料としての工学的な評価についてまとめている。

第7章は結論であり、核融合炉液体リチウムブランケットにおけるMHD圧力損失低減のためのコーティング材料を選定し、実際にコーティングの試作を行うことで700℃1000時間までの安定性を示すことができ、酸化エルビウムが魅力的な候補材となりうる事が結論された。

以上のように,本論文では,D-T核融合炉におけるリチウムブランケット概念において重要な開発課題であるMHD圧力損失低減のためのセラミックスコーティングの化学的な観点からの開発のために、高温での耐リチウム腐食材料の選定と、これらを用いたコーティングの基礎研究を行い、候補材としての適性を評価したものである。これらは、先進核融合炉ブランケットに関する重要な要素研究でありその開発に寄与するところが少なくないだけでなく、システム量子工学、特に、薄膜工学や高温腐食科学といった学問分野における重要な学術的知見を与えている。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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