学位論文要旨



No 121193
著者(漢字) 宮﨑,晋行
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザキ,クニユキ
標題(和) 鋼繊維とPET繊維補強モルタルの引張応力下における力学特性
標題(洋)
報告番号 121193
報告番号 甲21193
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6283号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 助教授 茂木,源人
 東京大学 助教授 福井,勝則
内容要旨 要旨を表示する

繊維補強コンクリート/モルタル(Fiber Reinforced Concrete/Mortar、以下FRC/FRMと呼ぶ)とは、マトリックス(母材)と呼ばれるコンクリート/モルタルの中に、補強材として繊維を一様分散させたものである。FRCの実用化を目指した研究が開始されてから40年が経過した。FRCの最大の特徴は延性的であり、破壊に多くのエネルギーを要することである。そのため、ひび割れが生じた後も耐荷能力を直ちに失うことはなく、大地震や岩盤崩落など災害時における人的被害の縮小に貢献する。また、ひび割れ幅が目視できるほどになってからようやく最終破壊に至るので、構造物に利用した場合、どの部位が危険であるかを早期に知るセンサーの役割も果たし、保守。点検が容易になる。現在、トンネル覆工や高架橋からの破片落下をひとつの契機として、徐々にFRCの土木や建築などさまざまな分野で利用が拡大しつつあり、今後も着実に発展していくと思われる。

FRCの力学特性について多くの研究がなされてきたが、未だ不明な点が残されており、現場の技術者が経験に基づいて適宜対処せざるを得ない場合があるのが現状である。ひび割れ面間で伝達する荷重とひび割れ幅の関係が明らかになれば、曲げ特性を推定することができるが、従来、この関係は規格などで定められた曲げ試験から逆解析的に推定されるなどの手法によって求められ、必ずしも明らかではない。その理由のひとつとして、繊維の引抜特性が明らかにされていないことが挙げられる。FRCの特徴である延性は、ひび割れ面間で伝達される荷重によってもたらされ、これはひび割れ面を貫く繊維の引抜特性に起因するものである。従って、繊維の引抜特性はFRCの最も基本的な力学特性といえ、繊維の引抜特性を求めることによって上記の特性を見積もることも可能と考えられる。

以上を勘案して、本研究の目的を以下のように設定した。

コンクリートやモルタルに繊維を混入するのは引張応力下における力学特性を改善するためであり、具体的な構造物では曲げ応力を受けるはりが代表的といえる。はりの曲げ試験結果は寸法効果等のために、寸法や形状の異なった構造部材に直接適用することができない。また、一軸引張応力下の特性を実験的に直接求めることは困難であるため、曲げ試験結果から一軸引張応力下における特性を推定して、その推定結果から構造物の力学特性を求めることが多い。しかしながら、この方法は手間がかかる上に信頼性が今ひとつ低い。そこで、本研究では試験方法の開発を含めて、引張応力下におけるFRCの特性を総合的に評価するシステムの開発を行った。

現実のFRCでは、経済性を重視して、繊維の体積混入率は0.5%以下であることが多い。このような低い体積混入率では、繊維間の相互作用は比較的小さいので、1本の繊維の引抜特性からFRCの力学特性を推定できる可能性が高い。そこで、安価にかつ迅速に実施できる引抜試験方法の開発をひとつの目的とした。この際、特に注意したのは、繊維が完全に引抜かれるまでの、いわば完全引抜抵抗一変位曲線が必要なことである。この要求を満たす引抜試験方法はこれまでにない。

引抜試験結果から一軸引張応力下での力学特性を求める手法の開発を次なる目的とした。なお、一軸引張応力下での力学特性から、はりの力学特性を求める手法については既に提案されている。

中でも古くより使用されている鋼繊維と、最近開発されたため特性がよくわかっていないPET繊維(ポリエチレンテレフタレート繊維)を主たる対象として、開発した試験方法および提案した推定方法を検証する。あわせて特性の全くわかっていないPET繊維補強モルタル(PET-FRM)の力学特性を明らかにして、その将来性について検討する。

本論文は9つの章で構成されている。以下に各章の概要を述べる。

第1章では、FRCの発展経緯を概説し、FRCの基本特性に関する従来の研究のレビューと今後の発展に必要な研究課題を述べ、本研究の目的を示した。

第2章では、コンクリートや繊維の諸性質、繊維の分散と配向およびそれらがFRCにおよぼす影響について述べた。また、比較的早くから実用化されている鋼繊維や最近開発されたPET繊維の発展経緯、現在までに得られている主な知見およびそれらを混入したFRCの適用事例などについて概説した。

第3章では、FRCの最も基本的な力学特性ともいえる1本の繊維の引抜特性を得るために開発した試験方法について述べた。引抜抵抗がピークを越えて0となるまでの引抜抵抗曲線が得られれば、一軸引張応力下や曲げ応力下におけるFRCの挙動が推定できると考える。しかし、これまで引抜特性に関する研究はある程度見られるものの、ピーク強度以降の領域まで行われたものはほとんど無い。また、引抜試験結果の妥当性を確認するため、この試験方法により求めた鋼繊維の引抜特性から、SFRMの一軸引張応力下におけるひび割れ後の応力を計算したところ、過去に行われた一軸引張特性を定量的に説明できることがわかった。

第4章では、最近開発されたPET繊維とプラスチック繊維の中でも特に使用実績の多いポリプロピレン繊維(以下、pp繊維と呼ぶ)に対して、第3章の引抜試験を適用し、鋼繊維を含めた3繊維の引抜特性について比較。検討した。その結果、鋼繊維と比較するとプラスチック繊維では、(1)荷重の小さいうちから繊維が伸びるために、最大引抜抵抗となるときの変位が大きいこと、(2)試験結果のばらつきが小さいこと、(3)最大引抜抵抗以降の引抜抵抗曲線は繊維表面に施されたインデントと同じ周期で波打つが、全体的にはほぼ直線的に減少していること、などが特徴的であった。

第5章では、繊維の引抜過程における載荷速度依存性について実験的に検討した。構造物の長期安定性を考える上で、構造部材の時間依存性挙動の検討は欠かせない。FRCの場合、ピーク強度以前における時間依存性は長期耐久性と関連が深く、ピーク強度以降の時間依存性はひび割れ発生後に補修工事などの対策を施すための時間的余裕と関連が深いと考えられる。しかし現在までのところ、引抜特性の時間依存性に関する知見は、重要であるにもかかわらずほとんどない。特にプラスチック繊維であるPET繊維では粘弾性的な伸びが懸念される。なお、比較対象として、PET繊維と同様にPP繊維も対象とした。鋼繊維の引抜過程における載荷速度依存性は、ばらつきが大きかったものの、モルタルの一軸圧縮強度に関するそれより小さかった。プラスチック繊維では鋼繊維よりも載荷速度依存性は大きかったが、最大引抜抵抗付近ではモルタルの一軸圧縮強度に関するそれと同程度であった。

第6章では、繊維の引抜特性と関連が深いFRMの一軸引張特性を求めた。特にひび割れ後の特性を正確に得ることを目的とした。鋼繊維やPET繊維の混入により、ひび割れ後も繊維の引抜抵抗に起因する応力が観察できた。ひび割れ後において、PET-FRMの応力が極大となる変位はSFRMの数倍にもなること、PET-FRMの応力低下の方がSFRMよりも緩慢であること、などがわかった。しかし、一軸引張試験方法はある程度試験に習熟する必要があり、また一軸圧縮試験と比較するとかなりの手間を要した。そこで、第3章と第4章に基づいてひび割れ後の応力を推定したところ、試験結果とほぼ一致した。このことから、第3章で開発した引抜試験は、FRMの力学特性の中でも特に重要な一軸引張特性を見積もるのに有効であるといえる。

第7章では、実用上重要なPET-FRMの曲げ試験を行い、SFRMとの比較を行った。SFRMでもPET-FRMでも。ひび割れ後の特性はプレーン。モルタルよりもかなり改善される。両者で比べると、曲げ強度はSFRMの方が大きいが、ひび割れ後に荷重が極大となるときのたわみはPET-FRMの方が数倍程度大きいことがわかった。また試験中に撮影した画像からき裂長さやき裂開口幅を求めたところ、荷重の増減とき裂の発生や進展などとの間に密接な関係があることを確認した。

第8章では、SFRMの長期耐久性について述べる。SFRMは導入された直後から、一定期間経過すると鋼繊維が発錆するのではないかとの懸念があった。これまでの研究では、腐食しやすい環境下での加速試験が主に行われていたが、本章では、条件が大きく異なる3地点における実施工での長期暴露試験を行い、鋼繊維の錆、SFRMの中性化や力学特性などを中心に検討したところ、地下の坑道や地表の法面では鋼繊維は十分な耐久性を示すこと、海岸飛沫帯のように厳しい環境下(塩害が主な問題となる環境下)ではステンレス繊維や高分子の繊維を用いることが望ましいこと、などがわかった。

第9章では、本研究の結論を述べた。

本研究の成果をまとめると、(1)引張応力下におけるFRCの特性を総合的に評価するシステムの開発を目指して研究に着手し、引抜試験から曲げ試験までの関連づけに対して一定の知見を加えた。(2)引抜試験方法を開発して、これまでの試験方法では不可能であった繊維が完全に引抜かれるまでの、いわば完全引抜抵抗一変位曲線を求めることに成功した。(3)引抜試験結果から一軸引張応力下での力学特性を求める手法を提案した。(4)鋼繊維とPET繊維を主たる対象として、引抜試験、一軸引張試験および曲げ試験を実施して、3者の関係を明らかにした。あわせて特性の全くわかっていないPET-FRCの力学特性を明らかにして、その将来性について提言した。(5)簡単。迅速に実施できる引抜試験方法が確立できた。この方法は鋼繊維、PET繊維のみならず、その他のコンクリート補強用繊維にも応用できると考える。

審査要旨 要旨を表示する

繊維補強コンクリート/モルタル(以下FRC / FRM)の最大の特徴は,延性的であり,破壊に多くのエネルギーを要することである.そのため,ひび割れが生じた後も耐荷能力を直ちに失うことはなく,大地震や岩盤崩落など災害時における人的被害の縮小に貢献する.FRCの特徴である延性は,ひび割れ面間で伝達される荷重によってもたらされ,これはひび割れ面を貫く繊維の引抜特性に起因するものである.従って,繊維の引抜特性はFRCの最も基本的な力学特性といえ,繊維の引抜特性を求めることによって,曲げ特性などを見積もることが可能と考えられる.本研究は,安価にかつ迅速に実施できる引抜試験方法の開発,および,引抜試験結果から一軸引張応力下での力学特性を求める手法の開発を行ったものである.鋼繊維と,最近開発されたPET繊維を主たる対象として,開発した試験方法および提案した推定方法を検証している.また特性の全くわかっていないPET繊維補強モルタル(PET-FRM)の力学特性を明らかにした.

第3章では,FRCの最も基本的な力学特性ともいえる1本の繊維の引抜特性を得るための試験方法を開発した経緯を述べている.これまで引抜特性に関する研究はある程度見られるものの,ピーク強度以降の領域まで行われたものはほとんど無かった.また,引抜試験結果の妥当性を確認するため,この試験方法により求めた鋼繊維の引抜特性から,SFRMの一軸引張応力下におけるひび割れ後の応力を計算したところ,過去に求められた一軸引張試験結果を定量的に説明できることがわかったとしている.

第4章では,PET繊維,ポリプロピレン繊維(以下,PP繊維)と鋼繊維の引抜特性について比較・検討している.その結果,プラスチック繊維では,(1)荷重の小さいうちから繊維が伸びるために,最大引抜抵抗となるときの変位が大きいこと,(2)試験結果のばらつきが小さいこと,(3)最大引抜抵抗以降の引抜抵抗曲線は繊維表面に施されたインデントと同じ周期で波打つが,全体的にはほぼ直線的に減少していること,などが特徴的であったとしている.

第5章では,繊維の引抜過程における載荷速度依存性について実験的に検討している.構造物の長期安定性を考える上で,構造部材の時間依存性挙動の検討は欠かせない.しかし現在までのところ,引抜特性の時間依存性に関する知見は,重要であるにもかかわらずほとんどない.特にPET繊維やPP繊維などのプラスチック繊維では粘弾性的な伸びが懸念される.本研究の実験結果によると,鋼繊維の引抜過程における載荷速度依存性は,ばらつきが大きかったものの,モルタルの一軸圧縮強度に関するそれより小さかった.プラスチック繊維では鋼繊維よりも載荷速度依存性は大きかったが,最大引抜抵抗付近ではモルタルの一軸圧縮強度に関するそれと同程度であった.これによって,対象とした3繊維(鋼繊維,PET繊維,PP繊維)では,時間依存性に関して従来のモルタルないしコンクリートに対する配慮と同程度の配慮をすれば十分といえる.

第6章では,繊維の引抜特性と関連が深いFRMの一軸引張特性を求めた.特にひび割れ後の特性を正確に得ることを目的としている.鋼繊維やPET繊維の混入により,ひび割れ後も繊維の引抜抵抗に起因する応力が観察できた.ひび割れ後において,PET-FRMの応力が極大となる変位はSFRMの数倍にもなること,PET-FRMの応力低下の方がSFRMよりも緩慢であること,などがわかったとしている.しかし,一軸引張試験方法はある程度試験に習熟する必要があり,また一軸圧縮試験と比較するとかなりの手間を要した.そこで,第3章と第4章に基づいてひび割れ後の応力を推定したところ,試験結果とほぼ一致した.このことから,第3章で開発した引抜試験は,FRMの力学特性の中でも特に重要な一軸引張特性を見積もるのに有効であるといえる.

第7章では,実用上重要なPET-FRMの曲げ試験を行い,SFRMとの比較を行っている.SFRMでもPET-FRMでも,ひび割れ後の特性はプレーン・モルタルよりもかなり改善される.両者で比べると,曲げ強度はSFRMの方が大きいが,ひび割れ後に荷重が極大となるときのたわみはPET-FRMの方が数倍程度大きいことがわかった.また試験中に撮影した画像からき裂長さやき裂開口幅を求めたところ,荷重の増減とき裂の発生や進展などとの間に密接な関係があることを確認している.

第8章では,SFRMの長期耐久性について述べている.SFRMは導入された直後から,一定期間経過すると鋼繊維が発錆するのではないかとの懸念があった.これまでの研究では,腐食しやすい環境下での加速試験が主に行われていたが,本章では,条件が大きく異なる3地点における実施工での長期暴露試験を行い,鋼繊維の錆,SFRMの中性化や力学特性などを中心に検討したところ,地下の坑道や地表の法面では鋼繊維は十分な耐久性を示すこと,海岸飛沫帯のように厳しい環境下(塩害が主な問題となる環境下)ではステンレス繊維や高分子の繊維を用いることが望ましいこと,などを指摘している.

本研究は,引張応力下におけるFRCの特性を総合的に評価するシステムの開発を目指し,引抜試験から曲げ試験までの関連づけに対して一定の知見を加えた.まず,簡単・迅速に実施できる汎用性の高い引抜試験方法を開発した.これによってこれまでは求めるのが困難であった完全引抜抵抗−変位曲線を求めることに成功した.次に,引抜試験結果より一軸引張応力下での力学特性を求める手法を提案した.また,鋼繊維とPET繊維を主たる対象として,引抜試験,一軸引張試験および曲げ試験を実施して,3者の関係を明らかにした.あわせて特性の全くわかっていないPET-FRCの力学特性を明らかにして,その将来性について提言した.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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