学位論文要旨



No 121194
著者(漢字) 高,秀君
著者(英字)
著者(カナ) ガオ,シュウクン
標題(和) 時間依存性と寸法効果を考慮した三峡ダム湖周辺の斜面の安定性評価
標題(洋)
報告番号 121194
報告番号 甲21194
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6284号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 福井,勝則
 東京大学 助教授 徳永,朋祥
 東邦大学 教授 金田,博彰
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、三峡ダム周辺地すべり地帯の構成岩石について、微視的および巨視的な視野から岩石の組成成分、微視的構造、岩石の力学的特性を詳しく調べた。この際、原位置で採取した試料から多くデータを取得するために、数多くの試験片を作成することができる小型試験片の作成方法の提案、およびこれを適用する可視化ベッセルの開発も行った。次に、現地調査結果およびこれまで発生が報告されている世界の地すべりのデータを収集・整理し、その寸法効果に関して検討し、岩石の時間依存性を併せた地すべりの予測方法を提案する。さらに、多孔質岩石の湿潤状態における強度とヤング率の低下が斜面の安定性に影響を及ぼすが大きいため、力学モデル(構成方程式)により検討を行い、変形特性を統一的に説明できるかどうかを詳しく検討した。

長江河口の上海から約1,800km上流の三斗坪に、通航、発電および洪水調節を目的とした三峡ダムが現在建設中で、2009年に完成予定である。ダム完成後は、洪水調整のため、長江三峡地区における貯水位は年間を通して標高145mから175mの間で変動させることとなっている。長江三峡地区は、短時間の豪雨が頻繁に発生する亜熱帯性の地域にあり、かつ複雑な地質構造を有する。このため、三峡地区は中国で地質災害が著しい地域であり、地すべり地形が広く分布する。このような地域において、三峡ダムの運転に伴う今後の長江の水位変化は、両岸の地下水位や動水圧を変化させ、両岸斜面の安定性に大きな影響をおよぼすと考えられる。

三峡ダム貯水池の両岸斜面では、特に大規模な地すべりに対し、地質調査および安定性の評価がなされダム建設に伴う災害の防止が図られてきた。すなわち、2001年6月から2003年6月の間に、197箇所の地すべり、および81箇所の河岸崩壊の対策工事と、奉節・巫山および巴東3県城における長大斜面対策としての深層基盤への杭打ちが実施された。現在のところ、113万人を対象とする移住地の選定と対策工事が中心に行われている。しかしながら、定性的な素因が共通する斜面に地すべりが多く分布することから、多くの地すべり地帯では構成岩石の特性が斜面の安定に大きく影響しているものと推察されているが、岩石力学に基づく斜面災害研究は不足している。中国長江流域では、広域的に地すべりの災害が発生しており、三峡区域の範囲に限っても長江に沿って約700kmに及ぶため、国の経済と技術の制限により、従来様式の地質調査と特に危険と見られる箇所にのみ観測が実施され、防止措置は人口が多い場所に一部なされているに過ぎない。

大規模地すべりや斜面崩壊を予測する有効な方法については未知な点が多い。このため、前述の各地すべりに対する対策設計は、従来の極限平衡法などの安定性計算に立脚しており、調査は安定性計算における仮定を容認した上でパラメータを推定する手段の域を出ない。一方、岩石の強度の寸法効果は古くから各分野において研究が進められており、寸法が大きくなると強度が低下することが指摘されている。大規模地すべりでは、長さ1kmにおよぶ斜面が崩壊することがあり、地すべりの規模が大きくなるほど、破壊に必要な応力が小さくなる可能性はある。しかしながら、地すべりに関して寸法効果を考慮した検討はほとんどなされていない。また斜面の崩壊や地すべりには、時間依存性が認められることはよく知られている。時間依存性を考慮した場合、時間の経過に従い、許容される応力が小さくなるため、安定性の評価上で時間依存性は重要な要因となる。しかしながら、岩石の種類によって時間依存性は異なる(例えば、同じクリープ応力レベルでも岩石によって破壊寿命が異なるなど)ため、地すべり地域の岩石ごとの時間依存性を調べる必要がある。そのためか、地すべりにおいて時間依存性を考慮した安定性評価はほとんどなされていない。以上述べたように、地すべりの安定性評価において、寸法効果や時間依存性を考慮した検討はほとんどなく、ましてこの両者を統一的に考慮した検討は行われていない。

本研究は、岩石の特性に基づいた、三峡地区周辺地すべりの対策指針の提言を目指すaものである。以下では各章の概要をまとめた。

第2章では、従来報告と現地調査により、世界最大級の重力型ダムである三峡ダムの建設までの経緯、中国における長江及び三峡ダムの位置付けについて紹介した。地すべり発生地帯としての三峡地区の地質、構造、水文などの影響要素を説明した。ダム建設のため移住地を選択しなければならないことと、急激な水位変化に伴う斜面災害の発生防止を背景として、貯水池周辺斜面の研究の重要性を述べた。

第3章では、採取や運搬が容易な小さな岩石ブロックから作製できる、物性値取得の効率化の第一歩として岩石の小型試験片による試験について検討した。自然に産する岩石は構造が複雑であるため、試験片の小型化は容易ではない。そこでまず、岩石の小型試験片を精度よく作製する方法について検討した。大久保他(2002)が開発した可視化ベッセルを、小型試験片用の三軸可視化ベッセルに改造した。従来からよく用いられている田下凝灰岩の小型試験片を作製し、三軸圧縮試験を行った。得られた結果と過去の研究結果とを比較し、開発した試験法の妥当性を検討した。

第4章では、この装置を用い三峡地区周辺地すべり地帯の構成岩石の三軸圧縮下での物性値(強度、時間依存性を示す重要なパラメータnなど)を求めた。次に顕微鏡観察や成分分析など岩石の微視的構造を調べ、力学的特性との関連性を述べた。さらに、三峡地区の大部分を占める3種類(泥岩、石灰岩および砂岩)の岩石の物性と、それぞれを主な構成岩石とする地すべりの形態との関連を整理し、広域を対象とした地すべりの予測や防止対策の指針に向けた簡潔な指標を検討した。

第5章では、三峡ダム貯水池周辺における地すべりへの応用を主たる目標として、寸法効果と時間依存性の両者を勘案した検討をおこなった。時間依存性はコンプライアンス可変型構成方程式を採用して検討することにした。過去に生じた地すべりを調査し解析することにより、寸法効果を推し量った。掘削機械の掘削体積比エネルギー(specific energy)からもとめた寸法効果とも比較した。室内試験結果と従来報告したデータに基づく割増し係数で斜面の安定性評価を示した。割り増し係数によって長江周辺斜面の対策も提案した。特にダム建設のため多くの住民の移住地選択と災害防止対策を行ううえでは重要な参考になると考える。

第6章では、主として多孔質岩石を対象として、低い応力からピーク強度までの変形特性について検討し、この種類の岩石に適応する構成方程式も提案した。風化によって泥岩は空隙率が増すとともに力学特性が低下し、ことに風化した泥岩では、湿潤状態における強度とヤング率が相当に低いことが目立った。このような強度とヤング率の低下は、風化した泥岩を含む斜面の安定性が大きく損なわれることと結びついている。風化した泥岩の変形特性について、非線形粘弾性論に基づく力学モデル(構成方程式)を交えて検討するが、同様に空隙を多く含む3種類の凝灰岩をも検討対象として、変形特性を統一的に説明できるかどうかを調べてみることにする。具体的な対象岩石は、田下凝灰岩、大谷石、河津凝灰岩と泥質砂岩である。実験結果に基づいて、大久保他(2001)で示した考えを延長した非弾性歪を考えた力学模型(構成方程式)を提案し、計算結果と実験結果を比較・検討した。力学的な載荷条件としては、強度試験(定歪速度、定応力速度)、クリープ試験および一般化応力緩和試験を視野にいれて検討をした。また、気乾状態と湿潤状態との差異をうまく説明することには特に留意して議論をした。既に提案したコンプライアンス可変型構成方程式を採用して議論した。

第7章では、本研究の結論を述べた。各章で得られた知見を総合し、本研究の成果、将来への展望、今後の課題についてまとめた。

本研究において得られた、斜面の対策方法の提案及び風化岩石の変形特性に関する知見は、長江三峡地区の今後の開発に寄与すると考える。鉱山の坑道、採掘現場、さまざまな地下空間や地下構造物では、寸法効果と時間依存性がかなり重要であることが最近の研究でわかってきており、地すべりでも2つの効果がかなり重要である可能性が高い。地すべりの評価において、定量的な議論を深めていくことが今後必要であろう。また、斜面の安定性を評価する手法はいくつかあるが、今後、計算機シミュレーションなど数値計算を用いた手法がますます多く使用されるようになるであろう。

第6章で提案した力学モデル(構成方程式)では、弾性歪と非弾性歪を明確に区別することができる。その結果、もっとも基本となる応力分布と歪分布を、これまでより正確に求めることが可能と考える。当然ながら、より正確な応力と歪を求めることができれば、より正確な安定性評価につながるといえる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,岩石の特性に基づいて,三峡地区周辺地すべりの対策指針の提言を目指すものである.本研究では,三峡ダム周辺地すべり地帯の構成岩石について,微視的および巨視的な視野から岩石の組成成分,微視的構造,岩石の力学的特性を詳しく調べている.この際,原位置で採取した試料から多くデータを取得するために,数多くの試験片を作成することができる小型試験片の作成方法の提案,およびこれを適用する可視化ベッセルの開発も行っている。次いで,現地調査結果およびこれまで発生が報告されている世界の地すべりのデータを収集・整理し,その寸法効果に関して検討し,岩石の時間依存性を併せた地すべりの予測方法を提案している。さらに,多孔質岩石の湿潤状態における強度とヤング率の低下は斜面の安定性に大きな影響を及ぼすため,力学モデル(構成方程式)により検討を行い,変形特性を統一的に説明できるかどうかを詳しく検討している.

第2章では,文献調査と現地調査により,世界最大級の重力型ダムである三峡ダムの建設までの経緯,中国における長江及び三峡ダムの位置付けについて紹介している.地すべり発生地帯としての三峡地区の地質,構造,水文などの影響要素を説明している.ダム建設のため移住地を選択しなければならないことと,急激な水位変化に伴う斜面災害の発生防止を背景として,貯水池周辺斜面の研究の重要性を述べている.

第3章では,物性値取得の効率化の第一歩として岩石の小型試験片による試験について検討している.自然に産する岩石は構造が複雑であるため,試験片の小型化は容易ではない.そこでまず,岩石の小型試験片を精度よく作製する方法について検討している.大久保他(2002)が開発した可視化ベッセルを,小型試験片用の三軸可視化ベッセルに改造した.従来からよく用いられている田下凝灰岩の小型試験片を作製し,三軸圧縮試験を行った.得られた結果と過去の研究結果とを比較し,開発した試験法の妥当性を検討している.

第4章では,この装置を用い三峡地区周辺地すべり地帯の構成岩石の三軸圧縮下での物性値(強度,時間依存性を示す重要なパラメータnなど)を求めている.次に顕微鏡観察や成分分析など岩石の微視的構造を調べ,力学的特性との関連性を述べている.さらに,三峡地区の大部分を占める3種類(泥岩,石灰岩および砂岩)の岩石の物性と,それぞれを主な構成岩石とする地すべりの形態との関連を整理し,広域を対象とした地すべりの予測や防止対策の指針に向けた簡潔な指標を検討している.

第5章では,三峡ダム貯水池周辺における地すべりへの応用を主たる目標として,寸法効果と時間依存性の両者を勘案した検討をおこなっている.時間依存性はコンプライアンス可変型構成方程式を採用して検討している.過去に生じた地すべりを調査し解析することにより,寸法効果を推し量っている.掘削機械の掘削体積比エネルギー(specific energy)からもとめた寸法効果とも比較している.室内試験結果と従来報告したデータに基づく割増し係数で斜面の安定性評価を示した.割り増し係数によって長江周辺斜面の対策も提案した.特にダム建設のため多くの住民の移住地選択と災害防止対策を行ううえでは重要な参考になると言える。

第6章では,主として多孔質岩石を対象として,低い応力からピーク強度までの変形特性について検討し,この種類の岩石に適応する構成方程式も提案している.風化によって泥岩は空隙率が増すとともに力学特性が低下し,ことに風化した泥岩では,湿潤状態における強度とヤング率が相当に低い.このような強度とヤング率の低下は,風化した泥岩を含む斜面の安定性が大きく損なわれることと結びついている.風化した泥岩の変形特性について,非線形粘弾性論に基づく力学モデル(構成方程式)を交えて検討するが,同様に空隙を多く含む3種類の凝灰岩をも検討対象として,変形特性を統一的に説明できるかどうかを調べている.具体的な対象岩石は,田下凝灰岩,大谷石,河津凝灰岩と泥質砂岩である.実験結果に基づいて,大久保他(2001)で示した考えを延長した非弾性歪を考えた力学模型(構成方程式)を提案し,計算結果と実験結果を比較・検討している.力学的な載荷条件としては,強度試験(定歪速度,定応力速度),クリープ試験および一般化応力緩和試験を視野にいれて検討をしている.また,気乾状態と湿潤状態との差異をうまく説明することには特に留意して議論をしている.

第7章では,本研究の結論を述べている.各章で得られた知見を総合し,本研究の成果,将来への展望,今後の課題についてまとめている.

本研究において得られた,斜面の対策方法の提案及び風化岩石の変形特性に関する知見は,長江三峡地区の今後の開発に寄与すると考える.鉱山の坑道,採掘現場,さまざまな地下空間や地下構造物では,寸法効果と時間依存性がかなり重要であることが最近の研究でわかってきており,地すべりでも2つの効果がかなり重要である可能性が高い.また,斜面の安定性を評価する手法はいくつかあるが,第6章で提案した力学モデル(構成方程式)では,弾性歪と非弾性歪を明確に区別することができる.その結果,もっとも基本となる応力分布と歪分布を,これまでより正確に求めることが可能と考える.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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