学位論文要旨



No 121195
著者(漢字) 小川,健太
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,ケンタ
標題(和) 熱赤外リモートセンシングによる乾燥地域の地表面広帯域放射率の高精度推定に関する研究
標題(洋) Precise Estimation of Surface Broadband Emissivity of Arid Region Using Thermal Infrared Remote Sensing
報告番号 121195
報告番号 甲21195
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6285号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 加藤,泰浩
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 助教授 今須,良一
内容要旨 要旨を表示する

緒言

放射率は、地表面温度と共に地表面が大気や宇宙に放射するエネルギー量を決定する気候モデルや気象モデルとって重要なパラメータである。特に乾燥地域において、地表面に露出する岩石や土壌の放射率の範囲が大きい (Figure 1) ので、放射率の影響が大きい。

近年になり、米国航空宇宙局のEarth Observing System計画のTerra衛星に搭載された、Advanced Spaceborne Thermal Emission and reflection Radiometer (ASTER)及びMODerate resolution Imaging Spectrometer (MODIS) といった熱赤外域を複数チャネルで観測可能なセンサが利用可能になってきた。これらのセンサによる観測により、地表面の放射率を定期的に観測することが可能となった。しかし、これら熱赤外リモートセンシングによる観測は、センサがもつ比較的狭い帯域のチャネルに対してのみ可能である。一方で、気候モデルや気象モデルが放射伝達計算の際には、放射が生じる帯域全体の広帯域放射率が必要となる。センサのチャネルと気候モデルや気象モデルが用いる帯域の関係をFigure 2に示す。本論文は、ASTERやMODISの二つのセンサを用いて熱赤外の広帯域放射率を推定することを目的とした。

手法及び結果

著者は、ASTER及びMODISデータから広帯域放射率を推定する手法を開発した。この手法は、ASTER及びMODISのチャネル放射率 εchを説明変数とする、線形回帰式により、広帯域放射率(例えば、ε8-13.5)を推定するものである。回帰式は以下のとおりである。

ここで、 ach は、センサチャネルごとの回帰係数、 c は定数である。回帰係数は、スペクトラルライブラリと呼ばれる、さまざまな物質の実験室における分光測定結果を集めたデータベースを用いて決定した。そして著者は、この回帰式を ASTER/MODIS から推定された放射率データに適用し、全球の乾燥地域の放射率分布図を作成した。その結果をFigure 3及びFigure 4示す。その結果、広帯域放射率 (8-13.5 μm) は、およそ 0.86 から 0.96 の範囲にあった。特に北アフリカ及びアラビア半島内では、大きな放射率の変動が見られた。この推定結果を、北アフリカ及びオーストラリアで取得されたASTER 及びMODISそれぞれから推定された広帯域放射率を比較することにより検証した。両者の差分の平方二乗平均は、0.014であり、平均値の偏差は、0.004であった。

現状の気候モデルでは、裸地の放射率は0.96程度と仮定される場合が多い。実際の値がサハラ砂漠の平均値に近い 0.90 であった場合の 0.06 の誤差は、その地点の地表面平衡温度の計算値において、0.4〜1.0 ℃程度の差に相当する。放射率分布図を活用した場合の、放射率の誤差がσ=0.014程度と考えると、誤差0.06の場合と比較し、地表面温度の計算値の誤差を大幅に低減させることができる。

結論及び今後の展開

以上の結果から以下の結論が得られる。

砂漠域における地表面広帯域放射率の範囲は、0.86-0.96であり、サハラ砂漠及びアラビア半島周辺でその変動が大きい。

ASTER/MODIS より作成した放射率分布図の利用により、サハラ砂漠における放射率の不確定性に起因する放射量の誤差を従来のより大幅に低減することができる。

また、地表面分布図を用いた気候モデルや気象モデルの精度向上についての検証が、現在進められている。

Figure 1 スペクトラルライブラリに含まれる物質の広帯域放射率。岩石や土壌の放射率の範囲が広いことが示されている。植生や水は比較的狭い範囲に分布する。

Figure 2 ASTER/MODISのチャネル配置と二つの気候モデル(CCSR/NIES 及び NCAR CAM)の帯域の比較。

Figure 3 全球の放射率分布図。0.90以下の低い放射率が見られる場所は、サハラ砂漠とアラビア半島に集中している。0.92 0.93程度の放射率は、中国内陸部にも見られ、日本の気候と関連について検討が必要である。

Figure 4 アフリカ及びアラビア半島における広帯域放射率分布図。サハラ砂漠の中では、移動砂丘分布域に相当する部分は、放射率が低い場所に対応しており、安山岩や玄武岩質の火山が分布する領域は、放射率が高い場所に対応している。

審査要旨 要旨を表示する

熱赤外域の地表面放射率は、地表面の熱収支や気候/気象モデルにとって重要なパラメータである。本論文では、米国航空宇宙局のEarth Observing System計画のTerra衛星に搭載された、Advanced Spaceborne Thermal Emission and reflection Radiometer (ASTER)及びMODerate resolution Imaging Spectrometer (MODIS)の二つのセンサを用いて熱赤外の広帯域放射率を推定することに焦点を当てている。著者は、ASTER及びMODISデータから熱赤外広域放射率を作成する為に、広帯域放射率を推定する回帰式を開発し、その有用性を詳細に検証するとともにその手法を用いて全球の放射率分布図を作成した。

著者が作成した全球放射率マップから全球レベルでの乾燥域の放射率特性を分析している。その結果、広域放射率 (8-13.5 μm) の範囲は、およそ0.86から0.96の間に広く分布することを示した。この値の比較・検証は、米国ニューメキシコ州での現地実験及び北アフリカ及びオーストラリアで取得されたASTER 及びMODISデータの相互比較により行われている。ASTER 及びMODISそれぞれから推定された広帯域放射率の差違の平方二乗平均は、0.014程度であり、気候モデルの入力データとしては十分な精度であることを示した.

第一章「Introduction」では、研究の背景・目的・概要・構成について述べられている。放射率は、地表面が大気や宇宙に放射するエネルギー量を決定するため、気候モデルや気象モデルに重要なパラメータであることが説明されている。特に乾燥地域では、放射率の値の分布範囲が大きいので重要である。スペクトルライブラリに含まれる各物質のスペクトルから計算した広帯域放射率の値は、水域、植生域では、0.95〜0.99までの狭い範囲に分布するが、岩石、土壌では、0.86〜0.96の広い範囲に分布することを示している。近年になり、ASTERやMODISといった熱赤外を複数チャネルで観測可能なセンサが利用可能になっており、これらのセンサによる観測により、地表面の温度及び放射率を定期的に観測することが可能となったことを説明している。これら熱赤外リモートセンシングによる観測は、センサがもつ比較的狭い帯域のチャネルに対してのみ可能である一方で、気候モデルや気象モデルが放射伝達計算の際には、放射が生じる帯域全体の広帯域放射率が必要となることを指摘している。それを解決する手段として、回帰式を用いたアプローチを説明している。また、センサのチャネルと気候モデルや気象モデルが用いる帯域、例として東大気候センター・環境研究所(CCSR/NIES)と米国大気研究センター(NCAR)における帯域の設定、の関係も詳細に説明されている。

第二章「Estimation of Window Emissivity Using ASTER data in a Part of Sahara Desert」では、ASTERデータを使用したサハラ砂漠の広帯域放射率の推定手法、結果、考察について述べている。センサが観測するチャネルの放射率を気候モデルや気候モデルが必要とする広帯域放射率に変換する方法を開発し、さらにそのモデルを用いて、チュニジア、アルジェリア、リビアに跨る研究対象地域の放射率分布図を作成し、その結果を記載している。

第三章「Estimating of surface broadband emissivity of Arid Region using MODIS and ASTER in North Africa」では、ASTER及びMODISのチャネル放射率を説明変数とし、広帯域放射率を線形回帰式により推定する方法について、第二章と同様に述べている。この回帰式を用いて算出した北アフリカ及びアラビア半島の広帯域放射率分布図を作り、同地域内のサハラ砂漠内の放射率値が、土壌や岩石の種類により、0.86から0.97の間で広く分布していることを示している。

第四章「Estimating broadband and RTM-band emissivity for arid region using MODIS and ASTER and the temporal variation」では、MODISデータを使用することにより、全球の広帯域放射率分布図を作成する手法及び結果について述べている。このような全球の熱赤外放射率の分布図については、現在ほとんど研究例がなく、非常に新規性の高い研究成果である。また、2年間にわたる広帯域放射率の変化を分析し、その変化が土壌水分の変動と関連することを見出している。この放射率と土壌水分の変動の関連は、以前より複数の研究者により、実験室での測定結果から予測されていたが、このような広域観測において関連が見出されたのは新しい発見であると言える。

第五章「Discussion」では、第二章から第四章の結果を踏まえ、その意義、応用について述べている。本研究で可能となった地域的、全球それぞれのスケールにおいて、広帯域地表面放射率の推定手法を気象モデル等で応用する上で、長期的(数十年以上)での土地被覆変化への対応方法について議論している。従来の土地被覆分布を元に、被覆の種別ごとの放射率を計算するとBarren(裸地)における変動が非常に大きいことを指摘している。さらに裸地を珪質土壌とそれ以外の土壌に分類した場合、放射率の変動が大幅に減少することも示している。

第六章「Conclusion」では、以上の研究の概要が纏められている。

以上を要約すれば、本研究は、これまで大きな不確定性が存在した地表面放射率を、熱赤外リモートセンシングにより高精度に推定する方法を開発し、これにより全球放射率を求めたものである。この研究成果は、気象モデル、水文モデルによるシミュレーション精度の向上に多大な寄与をすることが可能であり、地表面の熱収支過程のより高度な理解を推進することにより実社会に大きく貢献できるものと期待される。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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