学位論文要旨



No 121197
著者(漢字) 佐々木,健夫
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,タケオ
標題(和) 透過型電子顕微鏡法によるセラミックス異相界面の構造解析
標題(洋)
報告番号 121197
報告番号 甲21197
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6287号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 山本,剛久
 東京大学 助教授 阿部,英司
内容要旨 要旨を表示する

セラミックスは一般に熱的・機械的機能や電磁光学的機能に優れるため、情報、エネルギー、環境、バイオなど分野を問わず、様々な先端材料として重要である。例えば、アルミナやジルコニアは優れた高温強度や耐食性を有するため、各種材料の高温強度および化学的安定性の向上を目的として複合化され、電子実装基板、薄膜作製用基板、熱遮蔽コーティング、固体酸化物燃料電池などに見られるような複合材料として実用に供されている。これらの複合材料における機械・機能特性はセラミック異相界面(solid/solid異相界面、gas/solid異相界面)の微細構造に強く影響される。電子実装材料や固体酸化物燃料電池の内部に存在するCu/Al2O3界面およびNi/YSZ(ZrO2-9.6mol%Y2O3)界面はsolid/solid異相界面に分類されるが、これらの材料は高温・還元雰囲気下で使用されるため、界面においてはく離・割れや組織変化が生じ、材料特性劣化や寿命低下が引き起こされることが問題視されている。また、サファイア基板上の薄膜エピタキシャル成長はgas/solid異相界面であるサファイア基板表面の構造に強く影響を受けることが知られている。したがって、セラミックス複合材料の構造制御および特性向上を図るにはセラミックス異相界面の最適な結晶方位関係、原子構造、さらには電子構造や化学結合状態の理解が非常に重要である。界面構造と材料特性との相関性を解明する事ができれば、材料開発において極めて重要な設計指針を得ることが可能となる。本研究では、電子実装材料や固体酸化物燃料電池材として重要なCu/Al2O3界面およびNi/YSZ界面、ならびに、触媒機能や薄膜成長に重要であるサファイア表面について、透過型電子顕微鏡法および理論計算を用いて原子・電子構造を解明し、セラミックス材料の設計指針を得ること目的とした。

レーザーアブレーション(PLD)法を用いてAl2O3(0001)および(112( )0)基板上に高純度Cuを蒸着し、2種類のCu/Al2O3界面の作製を行った。また、Ni/YSZ界面についてはYSZ(111)基板上にPLD法を用いて高純度Niを蒸着させることで界面の作製を行った。作製された界面の原子構造を高分解能透過型電子顕微鏡法(HRTEM)を用いて解析した。Cu/Al2O3界面においてはAl2O3(0001)およびAl2O3(112( )0)面上にそれぞれCu(111)面およびCu(001)面が配向しており、非整合界面が形成されることが分かった。Cu/Al2O3界面における幾何学的整合性について逆格子一致法(CRLP)を用いた評価を行ったところ、HRTEM観察で得られたCu/Al2O3界面の方位関係はCRLPによって予測された幾何学的整合性が最大となる方位関係とは一致していないことが分かった。このことはCu/Al2O3界面における優先方位関係が幾何学的整合性だけでなく界面の化学結合状態などに強く影響を受けていることを示唆している。

電子エネルギー損失分光法(EELS)を用いた酸素K端の吸収端近傍微細構造(ELNES)の測定により化学結合状態の解析を行った。Cu/Al2O3(0001)および(112( )0)界面において酸素K端ELNESにショルダーが出現することが分かった。このショルダーの出現は界面におけるCu-O相互作用に起因しており、いずれの界面においても酸素終端面の界面が形成されていることが明らかとなった。さらに、界面における詳細な化学結合様式を明らかにするために、第一原理計算によるCu/Al2O3(0001)酸素終端界面の電子状態解析を行った。その結果、界面のCu-O結合・反結合相互作用がELNESにおけるショルダー出現の起源であることが明らかとなった。また、on-top配置がhollow配置よりも強いCu-O反結合相互作用を有することから、on-top配置の方がより高いショルダー強度を有することが分かった。一方で、on-top配置の界面はhollow配置の界面より大きなCu-O結合相互作用を有することが明らかとなった。すなわち、on-top配置はhollow配置よりも全体的なCu-O結合・反結合相互作用が大きいことが分かった。さらに、界面のイオン結合および共有結合の強さの定量化を行ったところ、hollow配置の方がon-top配置よりもイオン結合強度および共有結合強度が高いことが明らかとなった。on-top配置ではOイオンと第二近接Cu間に生じる反結合が比較的強く、結合本数も多いために界面強度が低くなると考えられる。hollow配置では、個々の結合相互作用は弱いが同様に反結合相互作用も弱く、そのバランスが取れているため界面強度が大きくなると考えられる。

次に、PLD法によって作製されたNi/YSZ(111)界面のHRTEM観察を行ったところ、YSZ(111)面上にはNi(111)面が配向することが分かった。一方で、実測された界面の方位関係はCRLPによる最大整合となる方位関係とは一致していないことが分かった。Cu/Al2O3界面と同様にNi/YSZ界面における最適な方位関係は幾何学的整合性だけでは記述できないことを示唆している。そこで、界面の詳細な化学結合状態を理解するために酸素K端のELNESを用いた解析を行った。界面より測定された酸素K端のELNESにおいてはNiOバルクのELNESと類似したスペクトル形状が存在しており、Ni/YSZ(111)界面においてNi-O相互作用が形成されていることが分かった。さらに、HRTEM像シミュレーションの結果より、酸素終端界面が形成されていることが明らかとなった。第一原理計算によるNi/ZrO2界面の電子状態解析を行ったところ、Niがon-top配置に存在する原子配列では、O終端、Zr終端にかかわらず局在化した強い共有結合が形成されるのに対し、Niがhollow配置や他の配置に存在する原子配列ではイオン結合(O終端界面)または金属結合(Zr終端界面)が形成されることが分かった。on-top原子配列に存在する共有結合に比べてhollow配置や他の配置に存在するイオン結合や金属結合では、融通をきかせて原子間距離の長い結合やゆがんだ原子配列を許容することで本質的にゆがんだ原子配列を含む非整合界面を安定化させることができると推測される。このような多様な化学結合様式が非整合の金属/セラミックス界面における界面結合の本質であると考えられる。

Cu/Al2O3界面およびNi/YSZ界面においては、実測された方位関係とCRLPによる最大整合となる方位関係は一致していなかったが、この原因について強い相互作用を有するon-top配置に存在する金属原子の原子密度に着目して解析を行った。その結果、実測された方位関係は最大整合となる方位関係よりもon-top配置の金属-酸素結合の数密度が大きいことが分かった。on-top配置の金属原子は酸素イオンと強い相互作用を有するため、界面の方位関係決定にon-top配置の金属原子が重要な役割を果たしていると考えられる。このモデルはCu/Al2O3界面およびNi/YSZ界面について成り立つことから金属/セラミックス非整合界面における優先方位関係を記述する本質的なパラメータであると考えられる。

次に、TEM内その場破壊観察法によるサファイアの表面構造解析を行った。TEM内部でサファイアをへき開破壊させて清浄表面を作製し、形成されたへき開表面のTEM断面観察を行った。圧子導入により生成したき裂はわずかに湾曲しながらサファイア中を進展した。その破面は(0001)、(112( )0)などの低指数面に加えて、(112( )x)(x=3,6,9・・・)などの高指数面からも構成されており、様々な結晶方位のへき開表面が形成されることが分かった。いずれの表面にもアモルファス層が存在しないことから清浄な表面が形成されていると考えられる。また、各々のへき開表面の構造は結晶方位に強く依存していることが明らかとなった。すなわち、(0001)面は原子レベルで平坦であるが、(112( )0)面上には数原子層高さのステップが存在し、そのステップ間には凹凸のある特異なジグザグ構造が形成されることが分かった。一方で、(112( )9)などの高指数表面は原子レベルの平坦性に欠けるラフな構造を有することが分かった。(0001)および(112( )0)表面においては、最表面と考えられる黒いコントラストの形状およびその周期がバルク領域と異なることから、最表面は再構成されていることが分かった。HRTEM像におけるコントラスト強度の解析により、 (0001)および(112( )0)表面においては、表面近傍で原子緩和が生じており、それぞれ最表面からおよそ0.45nmおよび0.34nmの領域に存在する原子が構造緩和に寄与していることが分かった。 また、[11( )00]入射および[0001]入射のHRTEM観察により(112( )0)表面の3次元的な表面構造解析を行ったところ、(112( )0)表面においてはAlとOが複雑に緩和したAlリッチな構造が形成されていることが明らかとなった。以上のように、TEM内その場破壊観察法によるサファイアへき開表面の断面観察にはじめて成功した。この手法はサファイアだけでなく、その他の絶縁体材料に対しても適用可能であり、今後の表面科学の発展につながる解析手法であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

セラミック材料の種々の機能特性は、その材料中に存在する界面構造と密接に関連している。近年、材料の高機能・高性能化、また新たな機能発現を目指し、セラミック材料の界面構造を原子・電子のスケールで制御する材料設計・プロセス研究が盛んに行われている。しかしながら、特にセラミック材料の場合、その構造や現象が複雑であるが故に未だ定量的な解釈が得られておらず、原子レベルでの材料制御といえどもその試みは多分に試行錯誤的な側面を有するのが現状である。したがって、高機能セラミック材料の開発をさらに飛躍的に発展させるためには、その界面構造についてのサブナノスケールでの基礎的な理解と、それに基づいた合理的な材料設計指針を得る必要がある。本研究では、代表的な構造セラミックスであるアルミナ及びジルコニアに着目し、適切なモデル界面と高分解能透過型電子顕微鏡法(HRTEM)及び理論計算を駆使することで、その機能特性に大きな影響を及ぼすと考えられる異相界面の原子構造や化学結合状態と材料特性との相関性を考察したものである。本論文は5章からなる。

第1章は序論であり、これまで報告されているセラミック異相界面の研究について概説し、材料開発における微構造の制御及びその解析の必要性と重要性について述べている。また、その中で、本研究の独創性、位置付け、必要性について記述し、本研究の目的について述べている。

第2章では、電子実装材料や複合材料として重要なCu/Al2O3モデル界面について、詳細な界面構造研究を行っている。レーザーアブレーション(PLD)法を用いて2種類のCu/Al2O3モデル界面を作製し、界面の原子構造や終端原子面をHRTEM及び電子エネルギー損失分光法(EELS)を用いて解析している。その結果、Cu/Al2O3(0001)及びCu/Al2O3(112( )0)界面より測定された吸収端近傍微細構造(ELNES)には、界面のCu-O結合に起因するショルダーが計測されており、Al2O3の基板面方位に関わらず、酸素終端面の非整合界面が形成されていることを明らかにした。併せて、Cu/Al2O3(0001)界面の化学結合状態や電子状態について第一原理計算による詳細な解析を行っており、界面のELNESにおけるショルダー出現の起源は、界面のCu-O反結合であると結論付けている。また、hollow配置に比べてon-top配置の界面は、Cu-O結合相互作用が大きいため、on-top配置に存在するCu-O結合の原子数密度が大きくなるように界面の方位関係が決定されることも明らかにしている。これは、Cu/Al2O3界面における最適な方位関係が、幾何学的な界面整合性と界面の化学結合力のバランスによって記述できることを示している。

第3章では、固体酸化物燃料電池の燃料極や熱遮蔽コーティングとして重要なNi/イットリア安定化ジルコニア(YSZ)界面について、HRTEM、EELS、第一原理計算による原子構造及び化学結合状態の定量的な解析を行っている。その結果、PLD法によって作製されたNi/YSZ(111)モデル界面において、HRTEM像と、第一原理計算により理論的に予測された安定構造モデルが良く一致しており、界面にNi-O相互作用を有する酸素終端の非整合界面が形成されていることを明らかにした。さらに詳細な界面の電子状態解析により、on-top配置では共有結合や金属結合が、hollow配置ではイオン結合が形成されており、界面の化学結合状態と界面の局所構造との間に強い相関性が存在することも分かった。このような多様な化学結合が、金属/セラミック界面における非整合界面の結合の本質であると結論付けられた。この結果は、従来は不明であった金属/セラミック界面の界面結合の起源をはじめて明らかにしたものである。

第4章では、半導体レーザー、青色発光ダイオードなどのエピタキシャル薄膜材料の作製に不可欠であるサファイア(・-Al2O3単結晶)について、TEMその場破壊観察法を用いた表面原子構造の断面観察を行い、サファイア表面の緩和構造について考察している。その結果、TEM内部でへき開破壊させたサファイア表面の原子構造は、結晶方位に強く依存していることが明らかとなった。また、HRTEM像における像強度プロファイルの解析と理論計算を併用して行い、(0001)、(112( )0)表面のout-of-plane方向の緩和構造を抽出するとともに、 (112( )0)表面の3次元的な原子構造をはじめて提案した。

第5章は総括である。

以上のように、本論文は、セラミック材料の機能特性に大きな影響を及ぼす異相界面について、界面の方位関係、原子構造、電子構造の相関性を系統的に明らかにし、アルミナ及びジルコニア異相界面の安定性を支配する因子を抽出している。また、TEMその場破壊観察を用いたサファイア表面の構造解析により、従来計測が困難であったout-of-plane方向の緩和構造の同定に成功しており、セラミック表面の新しい構造解析手法を提案している。本論文は、これらの内容を包括的に纏めたものであり、今後の界面、表面の解析手法について新しい知見を見出しているものといえる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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