学位論文要旨



No 121199
著者(漢字) 冨松,透
著者(英字)
著者(カナ) トミマツ,トオル
標題(和) 近接場光学を用いた高空間分解能応力測定法の開発
標題(洋)
報告番号 121199
報告番号 甲21199
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6289号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 近藤,高志
 東京大学 助教授 井上,純哉
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、~100 nmの空間分解能でAl2O3内部の応力測定を行うために、近接場光学を導入した応力測定手法を確立することを目的としたものである。この目的のために、近接場光学の適用条件下において(1)応力測定時の測定領域、(2)Al2O3から発生する蛍光のスペクトル特性、(3)Al2O3の応力と蛍光スペクトルシフトの関係を明らかにし、得られた知見を基に~100 nmの空間分解能でAl2O3の応力測定を行い、近接場光学を用いた蛍光分光の微小部応力測定の有効性について検討した。

第1章

構造用セラミックス材料は、脆性破壊を示すことが知られている。脆性破壊は材料中で局所的に働く応力集中を起点として生じる。セラミックスの中で工業的に用途の多いAl2O3は、破壊靱性の低い材料であり、微視破壊と密接に関係する応力の分布状態を~100 nmの空間分解能で評価することが必要である。

第1章では、Al2O3内部の~100 nmオーダーの微小領域の応力測定を検討する上で、従来用いられているセラミックスの応力測定法の適用の限界を示した。ついで光の回折限界に左右されない近接場光を導入した蛍光分光法の、高空間分解能応力測定への適用の可能性について示した。更に、従来の応力測定に用いられているレーザー照射系と近接場光照射系の違いを示し、近接場光学手法をAl2O3の応力測定に適用するための検討すべき課題を整理し、本研究の目的を明確にした。

第2章

第2章では、近接場光学顕微鏡を用いて多結晶Al2O3の蛍光測定時の、蛍光強度と測定条件との関係を明らかにし、この関係から空間分解能を定量的に評価した。

まず、近接場プローブの先端とAl2O3試料の位置関係が、蛍光強度に及ぼす影響を調べた。蛍光強度はプローブと試料間の距離により指数関数的に減少し、近接場プローブの開口径によりこの減衰挙動は変化することが確かめられた。この蛍光強度と測定条件の関係は、近接場プローブ先端−試料間距離が開口径に対し小さい場合に、近接場光と試料の相互作用を考慮した双極子間相互作用モデルと一致することが明らかになった。上記の条件を満たさない場合は、近接場光よりも光の伝播光によって発生する蛍光が支配的になると考えられた。

次に、多結晶Al2O3の試料の表面に部分的にAuを蒸着し、Au膜端部の近傍で近接場光プローブを走査し、蛍光強度の変化を測定した。このAl2O3の照射面積の変化に伴う蛍光強度の変化から、近接場光の測定における面内方向の測定領域を評価した。この結果、測定領域は、近接場プローブの開口径に比例することが分かった。これによって、最小で~150 nmの空間分解能での応力測定が可能であることを実証した。

第3章

第2章で行った一連の測定により、近接場光を用いた測定の空間分解能を定量的に評価できた。しかし、これらの検討法では、試料内部の深さ方向の測定領域を評価することができない。第3章では、蛍光の検出深さ領域を把握するため、試料厚さが蛍光強度に及ぼす影響を検討した。

単結晶Al2O3試料をくさび形に加工した試料の表面上で、試料厚さの厚い方向から薄い方向に向かって近接場プローブを走査しながら蛍光測定を行った。プローブ先端の励起電場方向を変えて蛍光測定を行った結果、試料厚さの減少に伴い、蛍光の強度も減少することが分かった。しかし、くさび先端部では、プローブの励起電場がAl2O3先端の微小表面に垂直な時に、急激な蛍光強度の上昇が認められた。励起電場がAl2O3先端の微小表面に平行な時は、この現象は認められなかったことから、この現象は、試料端部での反電界の発生に起因する近接場光の特有の現象であると考えられた。この現象を無視できる領域で、深さ方向の測定領域を検討した結果、測定領域は近接場プローブの開口径程度の大きさであることを明らかにした。

第4章

第4章では、近接場光照射下で単結晶Al2O3の蛍光スペクトル形状の変化に及ぼすAl2O3中のCr濃度の影響を調べた。近接場照射時の蛍光の強度は、Cr濃度及び測定面の結晶方位によって変化することが明らかになった。また、 蛍光スペクトルのR1、R2ピークの強度比についてCr濃度との関係を調べた結果、Rピーク強度比は0.2 mass%までは濃度依存性を示さず、結晶方位のみに依存することが分かった。これにより、この濃度範囲でRピークの強度比を用いて、Al2O3の結晶方位面の評価ができる可能性があることを示した。Cr濃度が1.05 mass%以上のAl2O3のスペクトルは、Cr濃度が0.5 mass%以下の低Cr濃度のものとはスペクトル形状が大きく異なることが分かった。これにより、1 mass% 以下の低Cr濃度の範囲で、蛍光スペクトルによる応力算出が可能であることが分かった。更に、蛍光のRピークの波数も、Cr濃度によって変化することが分かった。これによって、蛍光ピークのシフト量から応力を算出する際、Cr濃度0.1 mass%の変動が15 MPaの応力値の誤差に対応することが明らかになった。

第5章

第5章では、第4章で示唆した結晶方位同定法の可能性を詳細に検討するため、近接場光の電場とAl2O3試料の結晶方位との関係が、蛍光スペクトル形状の変化に及ぼす影響を調べた。単結晶Al2O3を異なる結晶方位面で切断し、切断面の研磨を行い、この研磨面を測定面として近接場光照射下での蛍光測定を行った。この結果、蛍光スペクトルはAl2O3の[0001]方向と励起電場方向との角度に強く依存することが明らかになった。更に、結晶方位と蛍光発光特性との関係は、従来のレーザー光照射系で得られている関係とほぼ等しいことを明らかになった。これらの結果から、Rピークの強度比(IR2/IR1)の値を用いて、近接場偏光電場を変えて照射を行うことにより、Al2O3の[0001]方位を決定できることが分かった。この方法により、任意の結晶方位のAl2O3の応力測定と結晶方位の同定が可能となり、応力成分を分離して求めることができる可能性が示された。

第6章

第2章~第5章で、近接場光照射下で得られるAl2O3の蛍光スペクトルに及ぼす試料のCr濃度、結晶の異方性、近接場光照射条件の影響を明らかにした。しかし、実際に近接場光照射下でのAl2O3の応力算出法を定めるためには、応力と蛍光ピーク波数シフト量との関係を明らかにする必要がある。

この関係を求めるため第6章では、単結晶Al2O3にガラスを接合しAl2O3表面の熱応力を利用することによって、近接場光照射時の応力と蛍光のピーク波数シフトの関係を明らかにした。まず、有限要素法によりこの接合体のAl2O3表面部の熱応力分布を求め、接合体上で、応力とピーク波数シフトの比較が可能なAl2O3表面領域を決定した。この領域で近接場光による蛍光測定を行うと同時に、応力弛緩法によって表面の応力を求めることにより、応力と蛍光ピーク波数シフトとの関係を調べた。この結果、接合体のAl2O3表面には圧縮応力が働いており、蛍光のピークは、応力が働いていない場合のピークに対し低波数側に現れることが分かった。また、応力が−250~0 MPaの範囲ではピーク波数シフトと応力の関係は、線形関係にあり、レーザー照射系で得られた関係と一致していることが分かった。従って、近接場光を用いた応力測定の際、レーザー照射系で求められている応力と蛍光ピーク波数シフトとの関係を直接利用できると考えられた。

第7章

第7章では、第2~6章で得られた知見を基に、近接場光を用いた応力測定法のAl2O3材料への応用について検討した。

まず、平均粒径5 ・mのAl2O3多結晶を試料とし、試料表面で近接場光を用いた蛍光測定を行った。Al2O3多結晶表面において、ピークの強度比は結晶粒内部では大きな差がなく、異なる結晶粒で違いがあることが分かった。この結果から、それぞれの結晶粒の結晶方位の違いを検出できる可能性が示された。また、Al2O3多結晶表面のピーク波数シフト分布は、結晶粒界の形状を反映した分布となることが明らかになった。ピークシフト量から応力を概算した結果、応力のばらつきの幅は~ 300 MPa程度であることが明らかになった。

また、Al2O3/Glass接合体を作製し、接合界面に垂直に亀裂を導入することにより、Al2O3部で局所的に応力の特異性が形成されている試料を作製した。この試料の応力の特異性を示す部分を含む微小領域で、近接場光を用いた蛍光測定を行った結果、ピークシフトは従来報告されている応力特異性の分布と類似した分布となった。ピークシフト量から応力を概算した結果、~5 ・mの領域で~700MPa以上の応力の変動があることが明らかになった。これらの測定から、近接場光を用いた微小領域の応力測定法の有効性を実証することができた。

第8章

本論文の結果を総括し、以下の結論を得た。

近接場光学手法を用いることによって、~150 nmの空間分解能でAl2O3内部の応力測定が可能であることが分かった。

近接場光適用条件下で、Al2O3中Cr濃度、結晶方位、応力が蛍光スペクトル形状に及ぼす影響を明らかにした。

この方法を用いて、10 ・m以下の領域で応力の変動があるAl2O3材料内の応力分布を明らかにすることができた。

以上のように、本論文は近接場光学手法のAl2O3の応力測定への適用可能条件を検討することにより、近接場光学を用いた、~100 nmの空間分解能のAl2O3内部応力測定法を確立し、この手法の有効性を実証したものである。

審査要旨 要旨を表示する

近年、電子デバイスや構造用セラミックスなどではナノメートルオーダーの領域の応力測定が必要とされているが、測定手法が開発されていことが研究開発の障害になっている。本論文は、セラミックスの中で工業的に用途の多いAl2O3の微小領域応力測定に近接場光学を利用した高空間分解能応力測定法の開発法を確立することを目的としたものであり、「近接場光学を用いた高空間分解能応力測定法の開発」と題し、全8章よりなる。

第1章は序論であり、既存のセラミックスの応力測定法の適用の限界を示すとともに、光の回折限界に左右されない近接場光を利用した蛍光分光法を用いることにより、高空間分解能の応力測定が有力な手法になりうる可能性を明らかにしている。従来の蛍光を用いたAl2O3の応力測定に用いられている結像系と近接場光学系の違いを示し、近接場光学手法を応力測定に適用するための検討すべき課題を整理し、本研究の目的を明確にしている。

第2章では、近接場光学顕微鏡を用いて多結晶Al2O3の蛍光測定時の、蛍光強度と測定条件との関係を明らかにし、この関係から空間分解能を定量的に評価している。まず、近接場プローブの先端とAl2O3試料の位置関係が、蛍光強度に及ぼす影響を調べ、近接場測定条件下では蛍光強度が、近接場光と試料の相互作用を考慮した双極子間相互作用モデルと一致することを明らかにした。多結晶Al2O3の試料の表面に部分的にAuを蒸着した試料を用いて面内方向の蛍光強度の変化を測定し、測定領域が近接場プローブの開口径に比例することを明らかにし、最小でおよそ150 nmの空間分解能での応力測定が可能であることを実験的に示している。

第3章では、蛍光の検出深さ領域を求めるために、試料厚さが蛍光強度に及ぼす影響を詳細に調べている。単結晶Al2O3試料をくさび形に加工した試料を用い、プローブ先端の励起電場方向を変えて蛍光測定を行った結果、試料厚さの減少に伴い、蛍光の強度も減少することを明らかにした。くさび先端部では、プローブの励起電場が表面に垂直な時に、急激な蛍光強度の増加が生じ、表面に平行な時には、この現象は認められなかったことから、反電界の発生に起因する近接場光の特有の現象が生じることを見出した。この現象を無視できる領域で、深さ方向の測定領域を検討した結果、測定領域は近接場プローブの開口径程度の大きさであることを明らかにしている。

第4章では、近接場光照射下で蛍光スペクトル形状の変化に及ぼすAl2O3中のCr濃度の影響を調べた。近接場光照射時の蛍光の強度は、Cr濃度及び測定面の結晶方位によって変化することを明らかにした。また、 蛍光スペクトルに現れる二つの代表的なピーク強度のCr濃度依存性を詳細に調べ、ピークの強度比を用いて、Al2O3の結晶方位面の評価ができる可能性があることを示した。また、蛍光ピークの波数の変化量から応力を算出する際、Cr濃度0.1 mass%の変動が15 MPaの応力値の誤差に対応することを明らかにしている。

第5章では、第4章で示唆した結晶方位同定法の可能性を詳細に検討するため、近接場光の電場とAl2O3の結晶方位との関係が、蛍光スペクトル形状の変化に及ぼす影響を詳細に調べた。単結晶Al2O3の異なる結晶方位面を測定面として近接場光照射下で蛍光測定を行った。この結果、蛍光スペクトルはAl2O3の[0001]方向と励起電場方向との角度に強く依存することが明らかになった。さらに、結晶方位と蛍光スペクトルとの関係は、従来の結像系で得られている関係とほぼ等しいことを明らかにした。これらの結果から、偏光により電場を変えて照射を行う際に、得られる二つのピークの強度比の値を用いて、Al2O3の[0001]方位を決定できることを示した。さらに、この方法を用いることにより、任意の結晶方位のAl2O3の応力測定と結晶方位の同定が可能となり、応力成分を分離して求めることができることを提案している。

第6章では、単結晶Al2O3にガラスを接合し熱応力を利用することによって、有限要素法と応力弛緩法により求められた応力と、蛍光のピーク波数の変化量の関係を明らかにした。応力が250 MPaから0MPaの圧縮応力の範囲ではピーク波数の変化量と応力の関係は、結像系で得られている関係と一致していることを示し、近接場光を用いた応力測定の際、結像系で求められている応力と蛍光ピークの波数の変化量との関係を利用できることを明らかにした。

第7章では、第2章から第6章で得られた知見を基に、近接場光を用いた応力測定法のAl2O3材料への応用について検討した。Al2O3多結晶表面のピーク波数の変化量の分布は、結晶粒界の形状を反映した分布となることが明らかになった。ピーク波数の変化量から応力を求め 300 MPa程度の圧縮応力が働いていることを実験的に証明した。また、Al2O3とガラスの接合体にクラックを導入し、応力の特異性を示す部分を含む微小領域で、近接場光を用いた蛍光測定を行った結果、およそ25 ・m2の領域で700MPa以上の応力の変動があることを明らかにした。これらの結果から、近接場光を用いた応力測定法の有効性が示された。

第8章では本論文で得られた結果を総括している。

以上のように、本論文では近接場光学を用いた、高空間分解能のAl2O3内部応力測定法を確立し、この手法の有効性を実証したものであり、材料工学に寄与することが大である。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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