学位論文要旨



No 121200
著者(漢字) 中野,貴之
著者(英字)
著者(カナ) ナカノ,タカユキ
標題(和) 有機金属気相エピタキシー法による化合物半導体結晶成長機構の解析と精密界面構造制御
標題(洋)
報告番号 121200
報告番号 甲21200
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6290号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
 東京大学 教授 和田,一実
 東京大学 助教授 阿部,英司
 東京大学 助教授 近藤,高志
 東京大学 教授 中野,義昭
内容要旨 要旨を表示する

近年、高速電子デバイスや光機能デバイスなどにおいて、化合物半導体の重要性が高まっている。これらの化合物半導体デバイスを実現する重要な技術の一つとして、結晶成長技術が挙げられる。有機金属気相エピタキシー(MOVPE)法を用いた化合物半導体の結晶成長では、原子の組成比を制御することにより格子定数が同じでありながらもバンドギャップが異なる材料を積層させることが可能である。このようなヘテロ接合を利用したデバイスの高度化、高機能化を実現するには、ヘテロ界面の急峻性や薄膜組成制御性の確立が重要であり、転位などの欠陥低減と併せて結晶成長技術の主要課題である。

本研究では、特に急峻なヘテロ界面の作製が困難とされているGaAs/InGaP系の材料に着目し検討を行った。GaAs/InGaPヘテロ構造は、V族原子(AsとP)の相互拡散によって界面の急峻性が損なわれる問題がある。このような課題に対して、MOVPEを用いた結晶成長において界面の精密構造制御や組成の制御性を確立すべく、分光エリプソメトリーを用いたその場観察や、変調操作による薄膜作製を行った。さらに、界面形成ガス切り替えシーケンスの論理的最適化、ならびに結晶成長機構の解明を試みた。また、InGaP成長の詳細解析において従来の結晶成長モデルでは説明しにくいIn偏析現象を見出し、これを説明できる新しい結晶成長モデルを提案するとともに、これを基に表面/界面の偏析制御手法を構築した。

As-P置換制御による界面急峻性検討

MOVPE法にてGaAs/InGaPやInP/InGaAsなどのV族原料が変化するヘテロ構造を作製する際には以下のようなシーケンスが用いられる。

III族・V族原料ガスの同時供給による成長終了後に継続的にV族原子ガスの供給を行う。

V族ガスの供給も停止し、水素などのキャリアガスのみの供給を行う。

同時供給による成長を行う前に成長する原料のV族原料ガスを供給し、その後、III族原料を供給することにより成長を行なう。

まず、GaAs上のInGaP成長時におけるヘテロ界面制御について検討を行うためにGaAs上にV族原料(TBAs・TBP)の供給と遮断を行い、その際のPやAsの吸着脱離をエリプソメトリを用いてその場観察した。その結果、表面に過剰に吸着したAsの脱離には非常に時間がかかる事が確認できた。一方でGaAs上にP原子を吸着させた場合には、PがGaAs内へ非常に早く拡散しGaAsPを形成することが確認できた。

このような実験結果を考慮し、過剰なAs原子の脱離とP原子の急速な拡散抑制が重要と考え、以下のプロセスを構築した。まず、GaAs表面に過剰に吸着したAs原子をGa原料(TMGa)の追加供給によって反応させてGaAsとする。その後、InGaモノレイヤーをGaAs上に形成してからTBPの供給を行なうことによりP原子が不安定な状態で吸着している時間をなくし、GaAs内への拡散を抑制する。このプロセスにおいてTMGaの追加供給による過剰As原子のGaAsへの転化制御が重要となり必要なTMGa供給量は約0.6ML相当であることを確認した。

InGaP上へのGaAs成長を行う際にも上記と同様のガス切り替えシーケンスが用いられる。ここでもその場観察を用いてInGaP表面へのP原子やAs原子の吸着・脱離・拡散を調べた。界面形成時に注意すべき重要なポイントは以下の2点である

InGaP表面に吸着したP原子はパージを行うと瞬時に蒸発するため、過剰なパージには注意する必要がある。

InGaP最表面に吸着させたAs原子はInGaP内への拡散が少ない。

これからInGaP上にGaAsを成長させる際に最表面をAsに置換した状態でGaを流し込むプロセスが最適な界面を作製できると考え最表面のPがAs原料(TBAs)の導入によりAsに入れ替わる時間を観察した。その場観察による表面の原子の置換時間の導出を行い、表面原子の置換には0.8秒間の時間が最適であることがわかった。

このようにして最適化したシーケンスを用いて作製したサンプルを評価するにあたり、界面での1原子層(ML)での評価が必要となり、ML単位での評価手法の検討と解析を行った。検討方法としてXRD測定およびTEM観察により、材料の変化による構造上での急峻性の評価を行い、PL測定を用いて電気特性としてのバンドギャップの変化により急峻性の評価を行った。これらを用いて観測した結果、界面急峻性の飛躍的改善を確認することができた。

InGaP成長におけるIn偏析現象解析

従来MOVPE成長においてIII族原子は表面でV族原子と反応すると結晶として存在し、特殊な場合にのみしかIII族原子の置換は起こらないと考えられていた。しかし、GaAs/InGaP構造においてTEM観察を行なった結果GaAs内にIn原子が偏析している状況を確認した。このようなことからInGaP成長においてInの表面偏析が起こっている可能性を考慮し、Inの偏析現象を定量的かつ系統的に解析を行った。

その結果、InGaP成長中においてIn原子は表面偏析しており、表面の数nmの範囲でIn過剰なInGaP層を形成している。また、このように偏析したIn原子はInGaP上にGaAsを成長した際に、GaAs内にIn原子が偏析してInGaAs層を形成することもわかった。このようにMOVPEにおけるInGaP成長においてIn原子が表面偏析し、更にGaAsを成長した際にはGaAs内に取り込まれてInGaAsを形成するといった現象を確認した。

サブサーフェスモデルの提案と解析

上記で示したInの表面偏析現象は従来の結晶成長モデルでは説明が不可能である。そこで本論文においては、成長表面は原子の置換が可能な遷移層が存在しているというサブサーフェスモデルを提案し解析を行った。

通常モデルでは気相からの取り込みによって吸着した原子は最表面で結晶となり気相からのFLUXがそのまま固相の組成となる。一方で、表面近傍で遷移層となるサブサーフェスを中間層に加えたモデルでは気相からのFLUXによりサブサーフェスが形成され、形成されたサブサーフェスからの取り込みで固相の組成が決まる。このようなモデルであれば、サブサーフェス中のIn濃度が多くGaの取り込みが早いと成長終了後にIn組成の多い層が表面に形成されると考えられる。

このようなサブサーフェスを解析するため、サブサーフェスの形成時間と結晶化時間といった通常の成長においては十分無視のできる成長初期と成長後の非定常状態を検討するために変調操作手法による解析を導入した。すなわち、成長時に原料の供給と遮断を繰り返し通常の成長膜厚と比較することによりパージ時間中で変化する膜厚量を検討した。

GaAsやInP成長において、検討したところ、パージ直後にはサブサーフェスが結晶化されるため膜厚が増加している。その後、パージを続けるとサブサーフェスの蒸発が起こるため、増加膜厚が減少している。また、供給時間を変化させた際には、供給時間が短いとサブサーフェスが十分に形成されていないため供給時間の増加と共に膜厚が増加する。十分にサブサーフェスが形成され飽和すると増加膜厚は供給時間によらず一定となる。これらの結果からサブサーフェスの存在は確実なものと判断した。また、飽和吸着モデルを元にした物理数学モデルを構築し解析を行った。これにより、GaAs・InP成長時におけるサブサーフェスはそれぞれで2〜3 nmと1〜2 nm程度存在していることがわかった。

同様にInGaP成長についてもサブサーフェス解析を行った。パージ時間と供給時間に関する増加膜厚の変化はGaAs・InPと同様の振る舞いを示した。InGaP組成の変化を調べたところ、供給時間変化に対して、供給時間が短くなる場合に格子定数が小さくなっていることが確認できた。供給時間変化に対して膜厚は増加したため、InGaP膜厚が増加して格子定数が小さくなったという現象はGaが多く取り込まれたことを示している。このようなことからInGaP成長においては、サブサーフェスから結晶へのGaの取り込み速度が速いということが示唆される。

この結果をモデルに取り込み計算を行なったところ、各種測定にて示された深さ方向の組成変化と同様の結果を示すことが可能となった。

以上述べたように本論文はMOVPE法による化合物半導体結晶成長メカニズムについて検討を行い、ヘテロ界面形成におけるAs-P置換制御方法やInGaP成長におけるIn偏析の制御手法を開発し、これらを基にヘテロ界面急峻性向上を実現するガス切り替えシーケンスを構築した。これにより、ヘテロ接合を活用したデバイスの性能向上に大いに寄与したものと評価できる。

審査要旨 要旨を表示する

近年、高速電子デバイスや光機能デバイスなどにおいて、化合物半導体の重要性が高まっている。これらの化合物半導体デバイスを実現する重要な技術の一つとして、結晶成長技術が挙げられる。有機金属気相エピタキシー(MOVPE)法を用いた化合物半導体の結晶成長では、原子の組成比を制御することにより格子定数が同じでありながらもバンドギャップが異なる材料を積層させることが可能である。このようなヘテロ接合を利用したデバイスの高度化、高機能化を実現するには、ヘテロ界面の急峻性や薄膜組成制御性の確立が重要であり、転位などの欠陥低減と併せて結晶成長技術の主要課題である。

本研究では、特に急峻なヘテロ界面の作製が困難とされているGaAs/InGaP系の材料に着目し検討を行った。GaAs/InGaPヘテロ構造は、V族原子(AsとP)の相互拡散によって界面の急峻性が損なわれる問題がある。このような課題に対して、MOVPEを用いた結晶成長において界面の精密構造制御や組成の制御性を確立すべく、分光エリプソメトリーを用いたその場観察や、変調操作による薄膜作製を行った。さらに、界面形成ガス切り替えシーケンスの論理的最適化、ならびに結晶成長機構の解明を試みた。また、InGaP成長の詳細解析において従来の結晶成長モデルでは説明しにくいIn偏析現象を見出し、これを説明できる新しい結晶成長モデルを提案するとともに、これを基に表面/界面の偏析制御手法を構築した。

As-P置換制御による界面急峻性検討

MOVPE法にてGaAs/InGaPやInP/InGaAsなどのV族原料が変化するヘテロ構造を作製する際には以下のようなシーケンスが用いられる。

III族・V族原料ガスの同時供給による成長終了後に継続的にV族原子ガスの供給を行う。

V族ガスの供給も停止し、水素などのキャリアガスのみの供給を行う。

同時供給による成長を行う前に成長する原料のV族原料ガスを供給し、その後、III族原料を供給することにより成長を行なう。

まず、GaAs上のInGaP成長時におけるヘテロ界面制御について検討を行うためにGaAs上にV族原料(TBAs・TBP)の供給と遮断を行い、その際のPやAsの吸着脱離をエリプソメトリを用いてその場観察した。その結果、表面に過剰に吸着したAsの脱離には非常に時間がかかる事が確認できた。一方でGaAs上にP原子を吸着させた場合には、PがGaAs内へ非常に早く拡散しGaAsPを形成することが確認できた。

このような実験結果を考慮し、過剰なAs原子の脱離とP原子の急速な拡散抑制が重要と考え、以下のプロセスを構築した。まず、GaAs表面に過剰に吸着したAs原子をGa原料(TMGa)の追加供給によって反応させてGaAsとする。その後、InGaモノレイヤーをGaAs上に形成してからTBPの供給を行なうことによりP原子が不安定な状態で吸着している時間をなくし、GaAs内への拡散を抑制する。このプロセスにおいてTMGaの追加供給による過剰As原子のGaAsへの転化制御が重要となり必要なTMGa供給量は約0.6ML相当であることを確認した。

InGaP上へのGaAs成長を行う際にも上記と同様のガス切り替えシーケンスが用いられる。ここでもその場観察を用いてInGaP表面へのP原子やAs原子の吸着・脱離・拡散を調べた。界面形成時に注意すべき重要なポイントは以下の2点である

InGaP表面に吸着したP原子はパージを行うと瞬時に蒸発するため、過剰なパージには注意する必要がある。

InGaP最表面に吸着させたAs原子はInGaP内への拡散が少ない。

これからInGaP上にGaAsを成長させる際に最表面をAsに置換した状態でGaを流し込むプロセスが最適な界面を作製できると考え最表面のPがAs原料(TBAs)の導入によりAsに入れ替わる時間を観察した。その場観察による表面の原子の置換時間の導出を行い、表面原子の置換には0.8秒間の時間が最適であることがわかった。

このようにして最適化したシーケンスを用いて作製したサンプルを評価するにあたり、界面での1原子層(ML)での評価が必要となり、ML単位での評価手法の検討と解析を行った。検討方法としてXRD測定およびTEM観察により、材料の変化による構造上での急峻性の評価を行い、PL測定を用いて電気特性としてのバンドギャップの変化により急峻性の評価を行った。これらを用いて観測した結果、界面急峻性の飛躍的改善を確認することができた。

InGaP成長におけるIn偏析現象解析

従来MOVPE成長においてIII族原子は表面でV族原子と反応すると結晶として存在し、特殊な場合にのみしかIII族原子の置換は起こらないと考えられていた。しかし、GaAs/InGaP構造においてTEM観察を行なった結果GaAs内にIn原子が偏析している状況を確認した。このようなことからInGaP成長においてInの表面偏析が起こっている可能性を考慮し、Inの偏析現象を定量的かつ系統的に解析を行った。

その結果、InGaP成長中においてIn原子は表面偏析しており、表面の数nmの範囲でIn過剰なInGaP層を形成している。また、このように偏析したIn原子はInGaP上にGaAsを成長した際に、GaAs内にIn原子が偏析してInGaAs層を形成することもわかった。このようにMOVPEにおけるInGaP成長においてIn原子が表面偏析し、更にGaAsを成長した際にはGaAs内に取り込まれてInGaAsを形成するといった現象を確認した。

サブサーフェスモデルの提案と解析

上記で示したInの表面偏析現象は従来の結晶成長モデルでは説明が不可能である。そこで本論文においては、成長表面は原子の置換が可能な遷移層が存在しているというサブサーフェスモデルを提案し解析を行った。

通常モデルでは気相からの取り込みによって吸着した原子は最表面で結晶となり気相からのFLUXがそのまま固相の組成となる。一方で、表面近傍で遷移層となるサブサーフェスを中間層に加えたモデルでは気相からのFLUXによりサブサーフェスが形成され、形成されたサブサーフェスからの取り込みで固相の組成が決まる。このようなモデルであれば、サブサーフェス中のIn濃度が多くGaの取り込みが早いと成長終了後にIn組成の多い層が表面に形成されると考えられる。

このようなサブサーフェスを解析するため、サブサーフェスの形成時間と結晶化時間といった通常の成長においては十分無視のできる成長初期と成長後の非定常状態を検討するために変調操作手法による解析を導入した。すなわち、成長時に原料の供給と遮断を繰り返し通常の成長膜厚と比較することによりパージ時間中で変化する膜厚量を検討した。

GaAsやInP成長において、検討したところ、パージ直後にはサブサーフェスが結晶化されるため膜厚が増加している。その後、パージを続けるとサブサーフェスの蒸発が起こるため、増加膜厚が減少している。また、供給時間を変化させた際には、供給時間が短いとサブサーフェスが十分に形成されていないため供給時間の増加と共に膜厚が増加する。十分にサブサーフェスが形成され飽和すると増加膜厚は供給時間によらず一定となる。これらの結果からサブサーフェスの存在は確実なものと判断した。また、飽和吸着モデルを元にした物理数学モデルを構築し解析を行った。これにより、GaAs・InP成長時におけるサブサーフェスはそれぞれで2〜3 nmと1〜2 nm程度存在していることがわかった。

同様にInGaP成長についてもサブサーフェス解析を行った。パージ時間と供給時間に関する増加膜厚の変化はGaAs・InPと同様の振る舞いを示した。InGaP組成の変化を調べたところ、供給時間変化に対して、供給時間が短くなる場合に格子定数が小さくなっていることが確認できた。供給時間変化に対して膜厚は増加したため、InGaP膜厚が増加して格子定数が小さくなったという現象はGaが多く取り込まれたことを示している。このようなことからInGaP成長においては、サブサーフェスから結晶へのGaの取り込み速度が速いということが示唆される。

この結果をモデルに取り込み計算を行なったところ、各種測定にて示された深さ方向の組成変化と同様の結果を示すことが可能となった。

以上述べたように本論文はMOVPE法による化合物半導体結晶成長メカニズムについて検討を行い、ヘテロ界面形成におけるAs-P置換制御方法やInGaP成長におけるIn偏析の制御手法を開発し、これらを基にヘテロ界面急峻性向上を実現するガス切り替えシーケンスを構築した。これにより、ヘテロ接合を活用したデバイスの性能向上に大いに寄与したものと評価できる。

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