学位論文要旨



No 121201
著者(漢字) 宮田,完二郎
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタ,カンジロウ
標題(和) 細胞内環境に応答する高分子ミセル型遺伝子キャリアの構築とその機能評価
標題(洋) Preparation and Biological Characterization of Smart Polyplex Micelles Sensitive to Intracellular Environment
報告番号 121201
報告番号 甲21201
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6291号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 助教授 吉田,亮
 東京大学 講師 山崎,裕一
 東京大学 講師 高井,まどか
内容要旨 要旨を表示する

近年、ヒトゲノム解析に代表される分子生物学の目覚ましい進歩とともに、遺伝物質のように、細胞内シグナル伝達に関与する新規薬物が数多く登場してきた。これらの薬物は、癌治療・再生医療・ワクチンなど潜在的には非常に幅広い疾患への応用が期待されている。しかしながら、生体由来の薬物は、体内での代謝により失活しやすく、十分な治療効果を得ることは難しい。ドラッグデリバリーシステムは、薬剤の体内分布をコントロールすることにより、その治療効果を最大限に生かそうとする技術であり、遺伝物質のように不安定な薬剤の利用に際し、必要不可欠な技術として大きな注目を集めている。これまで、遺伝子キャリアとして最も効率が良く、また臨床で用いられてきたのは、ウィルスベクターであった。これは、ウィルスがDNAを保護するカプシド蛋白質と、特定の細胞を感知し、核までの移行を促進するエンベロープ蛋白質を備えているからである。しかしながら、現在ではウィルスのもたらす免疫反応や突然変異による危険性が非常に問題視されており、これに変わる非ウィルス性遺伝子キャリアの研究開発が盛んに行われている。本稿はその一つの試みとして、筆者が平成15年4月から現在に至るまで過去3年間の博士課程在学中に行った、細胞内の還元環境やpH変化に応答して機能を発揮するインテリジェント高分子ミセル型遺伝子キャリア(polyplex micelle)に関する研究を、その実験結果に基づいて、材料学、生物学、薬学的な観点から考察した内容を学位論文としてまとめたものである。

第1章では、これまでの非ウィルス性遺伝子キャリアに関する研究を紹介するとともに、血中への投与から細胞内の核に至るまでに、キャリアシステムに望まれる機能に関して記述した。特に重要なのは、血中におけるキャリアの安定性とエンドソームから細胞質への移行である。ポリエチレングリコール-ポリリシンのブロック共重合体(PEG-PLys)とプラスミドDNA(pDNA)から形成される高分子ミセル型遺伝子キャリアは、生体適合性の高いPEG鎖で覆われており(図1参照)、表面電位が中性に近く、立体反発を生じるため、血中蛋白質などとの非特異的相互作用が低減される。この性質から、有望なin vivo用遺伝子キャリアの一つとして考えられているが、より効率の良い遺伝子治療に向け、いくつかの改良点が考えられる。それらに対して取り組んだ研究内容について、2章から4章にかけて詳細に記述した。

第2章では、PEG-PLysミセルの血中滞留性のさらなる向上を目指し、還元環境に応答するジスルフィド架橋の導入を行い、それに対する結果と考察に関してまとめた[1]。LysユニットはDNAとの相互作用が強く、バファー中では比較的な安定なcomplex形成に貢献する。しかしながら、PolyplexはDNAとカチオン性高分子の間の静電相互作用を介して形成されているため、電荷を帯びた物質が数多く存在する生体内では、キャリア粒子の凝集、または解離を起こしやすい。そこで、キャリアの構造安定化が必要となる。ジスルフィド結合は、細胞内の還元環境に応答して開裂することから、細胞外(グルタチオン濃度1~10mM)でのキャリア安定化に貢献しつつ、細胞内(グルタチオン濃度10μM)におけるDNAの放出を妨げないものと予想される。しかしながら、これまでの研究において、環境応答性の架橋であっても、キャリアを過剰に安定化してしまい、遺伝子発現効率を低下させることが報告されてきた。この問題を解決するために、架橋導入に伴い、キャリアの安定性に大きく影響を与えるカチオン性高分子の荷電密度の減少を試みた。PEG-PLysとN-succinimidyl 3-(2-pyridyldithio)propionate (SPDP)を反応させることで、PLys側鎖のアミノ基がチオール基に置き換えられたPEG-PLys-MPを得た。一方、PEG-PLysとTraut試薬を反応させることにより、チオール基と同時にイミノ基が導入され、側鎖の荷電密度が変化しないPEG-PLys-IMを得た。これらのSH基導入PEG-PLysから架橋ミセルを調製し、安定性評価を行ったところ、非還元環境においてはSH基導入方法に関わらず高い安定性を示す一方で、還元環境におけるDNA放出挙動に関しては大きな違いが見られた。すなわち、PEG-PLys-IMを用いた架橋ミセルは、還元環境(25mMdithiothreitol)においてもDNAを放出しなかったが、PEG-PLys-MPの架橋ミセルにおいては、遺伝子の放出が確認された。また培養細胞を用いた遺伝子導入実験では、DNA放出が見られなかった架橋ミセル(-IM)の発現効率は、非架橋ミセルに比べ大幅に低下したが、放出が見られた架橋ミセル(-MP)は10倍以上の発現効率を示した。以上の結果から、架橋と荷電の両密度を適切に制御することにより、非還元環境での高い安定性と細胞内での速やかな遺伝子放出が達成された。

第3章においては、PEG-PLys-MP-架橋ミセルのさらなる評価として、in vivoでの遺伝子発現機能評価と共に、より実用面からの評価としてミセルの凍結乾燥保存についての評価を行った結果とそれに対する考察に関して記述した[2]。多くの非ウィルス性遺伝子キャリアは、コロイド安定性が低く、調製後数日の間に沈殿してしまい、長期に渡る保存が困難であり、使用に際しては要事調製を必要とする。キャリアの凍結乾燥保存が可能になれば、長期保存に加え、投与に向けての濃度調製や大量生産が容易になり、実用面で非常に大きな長所となり得る。ミセルの凍結乾燥/再溶解処理を行ったところ、架橋が導入されていないミセルは、再溶解後、粒径がμmオーダーまで増加し、培養細胞への遺伝子導入効率は1/100にまで低下した。一方、架橋導入率が側鎖のアミノ基に対して13%以上の架橋ミセルは、凍結乾燥/再溶解処理による粒径や形状の変化は見られず、100nm前後の粒径を維持していた。さらに培養細胞への遺伝子発現効率の減少も見られなかった。これより、ミセルへの架橋導入は、その構造安定化の寄与により、非ウィルスキャリアの凍結乾燥保存をも可能にすることが示された。さらに架橋ミセルのin vivoでの遺伝子発現実験を行ったところ、架橋導入率が高いミセルは、静脈投与を介して肝臓や肺への遺伝子導入を可能とした。さらに臓器における発現パターンを観察するために、蛍光遺伝子(Venus)を発現するDNAを用いて実験を行ったところ、投与5日後において、ほぼ全ての肝実質細胞に遺伝子が導入されるという結果が得られた。この結果は、架橋導入によりミセルの血中安定性が向上し、より多くのミセルが各細胞に到達したためと考えられる。

第4章では、ミセルのエンドソームからの細胞質への速やかな移行を目指し、エンドソームの低pH環境に応答するpKaを有するカチオンユニットをPEG-PLyと組み合わせ、その機能評価に関して記述した[3]。一般に、エンドサイトースにより細胞内に取り込まれた高分子物質は、エンドソーム(pH6-7)を経由した後に、リソソーム(pH5-6)に送られ代謝されてしまう。これを防ぐために、遺伝子キャリアは何らかの方法で細胞質へ移行しなければならない。5-7前後のpKaを有するアミノ基は、エンドソーム内でプロトン化することにより、エンドソーム内の浸透圧上昇(バファー効果)や膜障害を引き起こし、細胞質への移行を促進することが知られている。この一方で、pKaの低いアミノ基から成るカチオン性高分子は、pH7付近ではDNAとの相互作用が弱く、安定なpolyplex形成は困難である。そこで、DNAとの親和性が高いLysと、高いエンドソーム移行機能を有するdiethylenetriamine導入アスパルタミド(Asp(DET))ユニットをランダム共重合することにより(PEG-b-(PLys-r-PAsp(DET)))、安定かつエンドソーム脱出機能を有するミセル型キャリアを構築した。得られたミセルを血清中でincubationしたところ、Asp(DET)ユニットのみから成るミセルに比べ、Lysユニットを含むランダムポリマーミセルは高い安定性を示した。また、培養細胞への遺伝子導入実験においては、Lysユニットのみから成るミセルに対して、ランダムポリマーミセルは10倍以上の遺伝子導入効率を示した。以上の結果から、PEG-b-(PLys-r-PAsp(DET))から成るミセルは、LysとAsp(DET)の両ユニットの長所、安定かつエンドソーム脱出機能を有することが確認された。

以上のように、本論文は、効率の良い非ウィルス遺伝子キャリアを目指し、細胞内の還元環境、もしくはpH変化に応答して機能を発揮するインテリジェント高分子ミセルの構築とその機能評価について述べられている。結果として、ジスルフィド架橋の導入により、ミセルの安定性が増加し、各臓器における遺伝子発現効率の上昇が見られた。また低pKaを有するAsp(DET)とLysユニットの共重合により、効率良くエンドソームから細胞質へ移行し、高い遺伝子発現効率を示すミセルの構築が成された。これらの結果は、非ウィルス性遺伝子キャリアの性能は、カチオン性高分子のわずかな化学修飾により、大幅に向上されることを示しており、将来的には、さらなる高機能化遺伝子キャリアによって、幅広い疾患に対し、高い治療効果を備えた超機能化ナノデバイスの実現が期待される。

図1. PEG-PLysとplasmid DNAから成る高分子ミセル型遺伝子キャリアと本研究で行ったアプローチ

K. Miyata, et al. Block catiomer polyplexes with regulated densities of charge and disulfide cross-linking directed to enhance gene expression, J. Amer. Chem. Soc. 2004, 126, 2355-1361. K. Miyata, et al. Freeze-dried formulations for in vivo gene delivery of PEGyLated polypolex micelles with disulfide crosslinked cores to the liver, J. Contl. Release, 2005, 109, 15-23. K. Miyata, et al. Preparation of polyplex micelles composed of PEG-b-random polycations possessing anchoring units and endosomal escaping units, in preparation.
審査要旨 要旨を表示する

近年、ヒトゲノム解析に代表される分子生物学の目覚ましい進歩とともに、遺伝物質やタンパク質のように、細胞内シグナル伝達に関与する物質が、新たな薬物として認識されるようになった。その中で、標的とする細胞に特定の治療用遺伝子を発現させる遺伝子治療は、癌治療や再生医療など幅広い疾患への応用が非常に期待されている。しかしながら、遺伝物質(DNA)は、体内での代謝により失活しやすく、十分な治療効果が得られにくいという問題がある。そのため、薬剤の体内分布を制御することにより、その治療効果を最大限に引き出すドラッグデリバリーシステムは、遺伝子治療の発展に必要不可欠な技術として広く注目を集めている。これまで、臨床試験における遺伝子デリバリーのほとんどは、ウィルスキャリアを用いたものであったが、死亡事故の例に見られるように、安全性が問題視されている。そこで、それに代わる新たな遺伝子キャリアとして、カチオン性高分子や脂質を用いた非ウィルス性キャリアの研究が急速に進んでおり、培養細胞への遺伝子導入効率は改善されてきている。一方、直接投与による遺伝子導入は、非ウィルス性キャリアの生体内での安定性が十分でないなどの理由により、いまだ効果的なシステムの設計は成されていない。申請者はこのような研究背景に基づいて、非ウィルス性キャリアのin vivoへの展開を目指し、細胞内環境に応答して効果的に遺伝子を導入する超機能化高分子ミセル型遺伝子キャリアを設計・調製し、その特性解析を行い、得られた実験結果を、バイオマテリアル学観点から総合的に考察した内容を本学位請求論文にまとめている。

第1章は序論である。ここでは、in vivoで機能を発揮する遺伝子キャリアの設計を行う際に、どの様な性質・機能が必要とされるかをまとめるとともに、これまでに報告されてきたキャリアシステムを具体的に紹介し、今後どの様な改良が有効であるかを述べ、本研究の意義及び論点を明らかとしている。具体的な改良点としては、標的組織への到達効率を増加させるための生体内での安定性と、キャリアが細胞内で局在するエンドソームから細胞質へ脱出する機能に焦点をあてている。

第2章では、目的とする機能の一つである高分子ミセル型遺伝子キャリアのジスルフィド架橋を通じての安定化に関して、その方法と機能評価についてまとめてある。ジスルフィド結合は、細胞質のような還元環境で開裂すると知られていることから、架橋ミセルに対して、細胞外での高い安定性と細胞内での遺伝子放出が予想されている。その一方で、これまで行われた架橋システムでは、過剰安定化による遺伝子発現効率の低下も報告されている。これらのことを考慮し、本論文では、ミセルの安定性を決定する因子の一つであるカチオン性高分子の荷電密度に着目し、荷電密度を制御した上での架橋導入方法を確立している。結果として得られた架橋ミセルは、アニオン性高分子との相互作用によって生じるミセルの解離に対し、非常に高い安定性を示すとともに、擬似的な還元環境に応答した遺伝子放出を示している。さらに、培養細胞を用いた遺伝子導入実験において、架橋導入に基づく高い遺伝子導入効率が得られており、荷電密度の制御に伴う架橋導入の有効性が確かめられている。

第3章では、第2章においてまとめた架橋ミセルのさらなる展開として、長期保存を目指した凍結乾燥処理耐性とin vivoでの遺伝子導入機能についてまとめてある。結果として、架橋が導入されていないミセルの場合、凍結乾燥/再溶解処理により、凝集してしまい、遺伝子導入効率が1/100以下に低下するのに対し、チオール基導入率13%以上の架橋ミセルでは、その様な凝集は見られず、遺伝子発現効率も変化しないということが確認されている。さらに、28%以上の導入率を有する架橋ミセルは、in vivoでの遺伝子導入を可能にすることも確認しており、本架橋システムが実用的にも価値が高いことを実証的に主張していると評価できる。

第4章では、エンドソーム内のpH変化を利用して、効果的に細胞質へ脱出する機能を有する新規ミセル型ベクターの調製とその機能について検討されている。まず、ポリマーの合成に始まり、ミセル調製とその物理化学的な機能評価、そして培養細胞への遺伝子導入に至る幅広い評価について述べられている。結果として、より少量のカチオン性高分子による高い安定性と遺伝子発現効率が得られており、in vivoへの効果が期待されるシステムの構築が成されたものと結論づけられている。

第5章は総括であり、本研究で構築された架橋システムとエンドソーム脱出機能を有するシステムのそれぞれの機能についてまとめるとともに、今後のミセル型キャリアの展望について述べてある。

以上のように、本論文は、機能性高分子ミセルが、遺伝子キャリアとして効果的に機能することを、その合成から動物実験に至る一連の周到な実験から実証しており、将来的には、このような試みを推進することによって、遺伝子治療も達成されるものと期待される。本論文の内容は、その独創的なアプローチや得られた成果の高い有用性から考えて、バイオマテリアル工学の分野において極めて秀逸であると判定される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク