No | 121203 | |
著者(漢字) | 久保,祥一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クボ,ショウイチ | |
標題(和) | 外場応答性フォトニック結晶の作製とその応用に関する研究 | |
標題(洋) | Fabrication and Applications of Tunable Photonic Crystals Responsive to External Stimuli | |
報告番号 | 121203 | |
報告番号 | 甲21203 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6293号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 応用化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | フォトニック結晶は誘電体が光の波長程度の周期で配列した構造体であり、特定の波長の光が存在できないフォトニックバンドギャップと呼ばれるエネルギー領域をもつ。これよって光の伝播が抑制されるなど、特異な光学特性が現れることから、フォトニック結晶は光導波路、反射材料、低閾値レーザーなどの光デバイスへの応用が期待されている。ここで、フォトニック結晶に外場応答性を付与することは、フォトニック結晶を用いる光デバイスの多機能化の点で重要である。従来の研究では、結晶を構成する物質の屈折率や周期間隔を変調することによって外場応答性フォトニック結晶を作製する試みがなされてきたが、フォトニックバンドの大きな変化はほとんど実現されていなかった。本研究では、単分散の粒子が最密充填に配列したオパール構造と、その粒子と空隙が反転した逆オパール構造を用い、これらに液晶を導入することによって外場応答性フォトニック結晶の作製を目指した。さらに、外場応答性フォトニック結晶の応用可能性について検討した。 第1章では序論として、本研究の背景や意義について述べた。フォトニック結晶は、大高やE. Yablonovitch、S. Johnなどによってフォトニックバンドという概念が提唱され、実験的にはYablonoviteと呼ばれる3次元構造によってマイクロ波領域でフォトニックバンドギャップが現れるということを、Yablonovitchが初めて示した。これ以来、光の伝播を制御できる材料として注目を集め、様々な構造体が提案・作製されてきた。一方、自然界に目を向けてみると、天然オパールやモルフォ蝶、ルリスズメダイなどの鮮やかな色は、その内部に存在する周期構造に由来する、いわゆる構造色であり、自然のフォトニック結晶であるということができる。さらに、ルリスズメダイなどは周囲の環境によってその周期の間隔を変え、色が変化するという特徴も有している。このような動的な構造色変化を人工のフォトニック結晶でも起こすことができれば、フォトニックバンドの外場応答性につながる。これによって、フォトニック結晶を用いる光デバイスの多機能化が図られるなど、重要な意味を持つ。そこで本研究では、外場応答性フォトニック結晶の作製を目指した。さらに、これを用いた応用の可能性について検討した。 第2章では、本研究で用いたフォトニック結晶であるオパール構造と逆オパール構造の作製方法を述べた。天然のオパールを模して単分散の微粒子からなる細密充填構造を形成した構造がオパール構造であり、この粒子と空隙が反転したものは逆オパール構造と呼ばれる。これらの構造は、最も基本的な3次元フォトニック結晶であり、自己集積によって比較的容易に作製可能であることで注目されている。さらに、可視光の領域にストップバンドを示す点でも重要な構造である。全方向への光の伝播を抑制する完全なフォトニックバンドギャップを形成することはできないものの、フォトニックバンドの外場制御についての知見を得ることはできると考えられることから、これらの構造を選択した。オパール構造は、自己集積法の一つである垂直堆積法によって作製した。シリカや酸化チタンの逆オパール構造は、これまでに開発した、ナノ粒子を用いる方法によって、高品質の膜を得た。これらの構造は、走査型電子顕微鏡による観察によって確認した。 第3章では、逆オパール構造の空隙に液晶を浸透した試料について、液晶の屈折率変化を用いて光学特性を制御することを目指し、まず温度の変化による制御を検討した。ここでは、SiO2の逆オパール構造にネマチック液晶5CB(4-pentyl-4'-cyanobiphenyl)を導入した。その結果、液晶の相転移によって光学特性が大きく変化することを見出した。液晶がネマチック相の状態では散乱のために反射率が弱い状態であったのに対し、等方相へと相転移した後ではストップバンドによる強い反射を示す状態へと変化することが分かった。これに伴って、この試料は白濁した状態から赤色を呈する状態へと変化した。このような大きな変化は、これまでに実現されていなかったものである。さらに、逆オパール構造の空隙における液晶の有効屈折率を評価することによって、液晶の配向状態を明らかにするとともに、相転移によって光学特性の変化が誘起される機構を明らかにした。さらに、ここで明らかにした機構に基づき、液晶の配向状態を制御することによって光学特性を変化できるということを示した。また、この結果は、先に示した光学特性変化の機構が妥当であることを示している。 第4章では、光応答性フォトニック結晶の作製について検討を行った。前章で、逆オパール構造の空隙に液晶を浸透することで、温度によって光学特性を制御できることを示した。しかし、温度を高速かつ正確に制御することは難しいという問題点があると考えられる。これを解決するため、温度変化を伴わない相転移である光相転移という現象を導入することによって、光によって制御可能なフォトニック結晶を作製することを試みた。5CBにアゾベンゼン誘導体の液晶分子AzoLC(4-butyl-4'-methoxyazobenzene)を3 vol%混合することによって、この光相転移を誘起することができる。この混合液晶をSiO2の逆オパール構造の空隙に浸透した結果、紫外光と可視光の照射によって光学特性を可逆的に変化させることに成功した。また、定常光による透過率の時間変化や、パルス光を用いた時間分解測定によって、逆オパール構造の内部における光相転移の挙動について検討した。 第5章では、光応答性フォトニック結晶の応用可能性について検討した。光応答性フォトニック結晶は、光を照射された部分のみが光学特性の変化を示すことから、フォトマスクを通して露光することによってパターニングが可能になると考えた。その結果、光が照射された部分のみが鮮やかな色を呈し、はっきりとしたパターンの形成が確認された。また、現れる色は、逆オパール構造の格子定数に依存することから、複数の種類の格子定数を有する逆オパール構造を用いることによって、多色表示が可能であることを示した。さらに、微細なパターニングの可能性について調べるため、ストライプ状のフォトマスクを通して試料に光を照射し、それによる試料の変化を顕微鏡によって観察した。これによって、ストライプ・パターンが形成されていることが確認され、限界の解像度はおよそ50um程度であることが明らかになった。この材料が示す色はフォトニック結晶のストップバンドに基づくものであることから、従来の液晶ディスプレイデバイスなどと異なり、偏光板などを用いることなく単独でパターンの表示が可能であるという特徴を有している。 第6章では、フォトニック結晶の内部における発光挙動を検討した。フォトニック結晶の内部で蛍光物質が発光する場合、光を結晶中に閉じこめることや、励起状態を制御することが可能になると考えられている。これを、これまでに研究してきたフォトニックバンドの外部刺激による制御と組み合わせることにより、物質の励起状態を外場によって直接制御できる可能性があり、基礎と応用の両面から新しい展開が期待できる。しかしながら、蛍光物質の励起状態や発光挙動がフォトニック結晶によってどのような影響を受けるのかについて、いまだに結論が出ていない。そこで、ポリスチレンのオパール構造膜にRhodamine 6Gを吸着し、その発光挙動を観測することによって、フォトニック結晶がどのような影響を与えるかを検討した。発光挙動は時間分解蛍光スペクトルの測定によって評価した。まず、ストップバンドによって蛍光スペクトルの大きな変化が観測された。また、発光に影響を与えない、粒径の小さいオパール構造をリファレンスとし、蛍光寿命のストップバンドによる変化を評価した。その結果、フォトニック結晶の影響を受けることによって短寿命成分が現れることが明らかとなった。これは、これまでの予想と逆の結果である。これまでの報告ではストップバンドによる発光の抑制が注目されていたが、これに加えて、ストップバンドのバンド端における発光の促進の効果を考慮することによって、この結果を説明することができた。さらに、ストップバンドとバンド端の効果のバランスによって、短寿命化のみならず長寿命化する現象も記述できることから、これまでの様々な報告を包括的に説明できるという点で重要な結果であると考えられる。 第7章で、以上の研究内容の結論を述べた。逆オパール構造膜に液晶を浸透することにより、ストップバンドの大きな変化を実現した。そして、その変化が液晶の配向状態に基づいていることを明らかにするとともに、液晶の配向状態を制御することによってストップバンドを変化できることを示した。また、光応答性・電場応答性の組み合わせにより、異なる状態間を可逆的に切り替えることに成功した。このような変化は、これまでに報告されたことのないものである。さらに、外場応答性フォトニック結晶を発光挙動の制御へ展開するために、フォトニック結晶が内部での発光に与える影響について検討を行った。これは、これまでの研究でははっきりとした結論が得られておらず、今回の研究が重要な知見を与えると考えられる。 | |
審査要旨 | フォトニック結晶は、誘電体が光の波長程度の周期で配列した構造体であり、特定波長の光が存在できないフォトニックバンドギャップと呼ばれるエネルギー領域をもつ。このため、フォトニック結晶には特定波長の光の伝播抑制など特異な光学特性が現れ、光導波路、反射材料、低閾値レーザーなどの光デバイスへの応用が期待されている。このフォトニック結晶に外場応答性を付与することは、フォトニック結晶を用いる光デバイスの多機能化の点で重要である。本論文は、フォトニック結晶と液晶を組み合わせ、液晶の屈折率異方性やその変化を利用して外場応答性フォトニック結晶を創製するとともに、発光制御材料等への応用につながる基礎的研究を行った結果を纏めたものである。 本論文は全7章から構成されている。第1章では、フォトニック結晶全般について紹介するとともに本研究の背景と意義について述べている。 第2章では、フォトニック結晶のひとつとして本研究で用いたオパール構造と逆オパール構造の作製方法を述べている。また、電子顕微鏡観察や透過スペクトル測定により、これらの構造を確認したことを述べている。 第3章では、液晶の屈折率変化を利用して逆オパール構造の光学特性を制御することを意図し、逆オパール構造の空隙に液晶を浸透した試料について温度変化を行った結果を述べている。浸透した液晶がネマチック相の場合、散乱のため反射率が低い状態であったのに対し、昇温により等方相に相転移した後はストップバンドによる強い反射を示すことを見出している。この温度変化による反射率制御は、これまで報告された材料の中でも最大の変化を与えるものである。これらの結果について、逆オパール構造の空隙における液晶の有効屈折率を評価することにより液晶の配向状態を明らかにするとともに、相転移により光学特性の変化が誘起される機構を詳細に明らかにしている。 第4章では、光応答性フォトニック結晶の創製をめざし、アゾベンゼンのトランス−シス光異性化を利用して逆オパールの空隙に浸透した液晶の光制御を行い、実際にフォトニック結晶の光応答性を実現した結果を述べている。温度変化による光学特性の制御に比べ、温度変化を伴わない光相転移は高速応答性が期待でき、紫外光と可視光の照射による光学特性の可逆的変化も実現されたことは高く評価されるものである。 第5章では、本研究で創製した光応答性フォトニック結晶の応用について検討している。前章の光応答性フォトニック結晶にフォトマスクを通して露光することにより、微細なパターン形成に成功した結果が示されている。この材料が示す色はフォトニック結晶のストップバンドに基づくものであり、従来の液晶ディスプレイデバイスなどと異なり偏光板などを用いることなく単独でパターンの表示が可能であるという特徴を有している。 第6章では、フォトニック結晶の内部における色素分子の発光挙動を検討している。フォトニック結晶の内部では蛍光物質の発光制御が可能になると考えられている。これを前章までに示されたフォトニックバンドの外場制御と組み合わせることにより、物質の励起状態を外場によって直接制御できる可能性があり、新たな展開が期待される。具体的には、フォトニック結晶が発光挙動に与える影響を明らかにするため、ポリスチレンのオパール構造膜に色素を吸着した試料を用い、発光挙動についての検討を行っている。その結果、色素分子の励起状態がフォトニック結晶の影響を受けることで、ストップバンドによる発光の抑制効果に加えてストップバンドのバンド端における発光の促進効果が現れることを実験的に初めて実証している。 第7章は結論として、本研究で得られた結果や知見を整理し、フォトニック結晶の外場制御に関連する今後の展望を述べている。 以上のように、本論文では、外場応答性フォトニック結晶の創製に関する研究とともにフォトニック結晶による色素分子の発光状態への影響などを含む重要な知見が纏められており、今後のフォトニック結晶の科学技術の発展に寄与するものとして高く評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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