学位論文要旨



No 121204
著者(漢字) 久保,若菜
著者(英字)
著者(カナ) クボ,ワカナ
標題(和) 光触媒による非接触酸化の機構解明と光触媒リソグラフィーへの応用
標題(洋)
報告番号 121204
報告番号 甲21204
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6294号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 立間,徹
 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 助教授 下山,淳一
 東京大学 助教授 大越,慎一
内容要旨 要旨を表示する

緒言

酸化チタン(TiO2)薄膜は紫外光を吸収し活性酸素種を生成することが知られており、これまでに一部の化学種、おそらくは活性酸素種が気相を拡散し、酸化チタンから離れた芳香族、脂肪族炭化水素をCO2 まで分解すること(非接触酸化)、そして直接反応する活性種はヒドロキシルラジカル(.OH)のような強い化学種である可能性が高いことがわかっている。しかし、その反応機構はまだ解明されていない。これを解明することは、応用を検討する上でも、また従来の接触型光触媒反応の機構を考察する上でも重要である。そこで、本研究は気相における非接触酸化機構の解明を目的とした。また、非接触酸化反応の際に光照射領域の制御を行うことにより、固体表面のパターニング(光触媒リソグラフィー法)に応用することも目的とした。

実験

基板上に作製したTiO2 膜と別に用意したプローブを厚さ12.5 − 100 ・mのスペーサーを挿んで向かい合わせ、光照射をして実験を行った(Fig. 1)。プローブにはガラス基板に固定化したオクタデシルトリエトキシシラン(ODS) 膜、ヘプタデカフルオロデシルトリエトキシシラン(HDFS)膜などを用いた。非接触酸化後は水接触角を測定した。

パターニングの際は、TiO2付きフォトマスクを用いた。光照射後は生じたパターンに霜を付着させ、顕微鏡で観察を行った。

結果と考察

光触媒リソグラフィー法の開発

まず、非接触酸化反応の際、フォトマスクをTiO2基板の裏面に載せ光照射を行った(フォトマスク/ガラス/TiO2)。その結果、線幅500・・mの親水/疎水パターンの作製に成功し、非接触酸化を光触媒リソグラフィー法に応用できることが確認された。次に、解像度を高めるため、ガラス基板上にフォトマスクを形成し、その上にTiO2膜を塗布した、ガラス/フォトマスク/TiO2という構成にすることで、光の散乱や回折の影響を抑制し、数 ・m程度の解像度を得ることに成功した(Fig. 2(b))。

次に、TiO2膜と基質との距離を12.5 ・mから100 ・mに拡大した。しかし、解像度の低下は見られなかった (Fig. 2(c))。また、親水/疎水コントラストの増大と非接触酸化の加速を試みるために、被処理基板に超撥水膜を用いてパターニングを行った。その結果、同じ処理時間でもコントラストの大きな超撥水/親水パターンを得ることに成功した(Fig. 3)。このように、光触媒リソグラフィー法によって作製した親水・疎水パターンに機能性分子や微粒子、細胞などを修飾すれば、バイオセンサーやケミカルチップ、電子回路などの作製が可能になる。光触媒リソグラフィー法ではフォトレスジストを用いずに非接触でパターニングできるため、工程数が少なく、基板やフォトマスクを傷めにくい。このため、実用化が期待されている。

二重励起機構

光触媒リソグラフィー法の検討を進めていく中で、解像度がTiO2膜と被処理基板間の距離に依存しないことが判明した。これはつまり、TiO2から拡散する化学種と光の両方がそろう領域でのみ、非接触酸化が進行することを示唆する。そこでこれを確認するため、Fig. 4左側で示すような、ガラス/TiO2/フォトマスクという構成で光照射をTiO2側から行ったときと被処理基板側から行ったときに得られたパターンを比較した。結果をFig. 4右側に示す。ギャップが12.5 ・mの時は(Fig. 4(a,c))、どちら側から照射しても明確なパターンが得られた。しかし、ギャップが100 ・mの場合は(Fig. 4(b,d))、TiO2側から光照射を行ったときのみパターンが得られた。この結果より、非接触酸化反応においてTiO2のみならず拡散化学種または被酸化基質のいずれかの光励起が必要であるという、二重励起機構の関与が示された。

本実験においてプローブとして用いたODSのアルキル鎖は、やはり本実験で用いた波長200 nm以上の光では励起しにくいと考えられることから、光励起が必要なのは拡散化学種である可能性が高い。このことに基づき、光触媒上で生成したH2O2が被処理表面付近で光励起され、生じた短寿命の・OHにより基質が分解されるなどの仮説を提案した(Fig. 5)。

様々な光触媒による非接触酸化

このように、光触媒上で生成したH2O2が非接触酸化機構において重要な役割を果たしているならば、様々な光触媒による非接触酸化活性とH2O2生成能力に相関があるはずである。しかし、これまではTiO2以外の光触媒による非接触酸化を確認していなかった。そこでまず、アナターゼTiO2以外の光触媒でも非接触酸化が進行するか確認を行った。用いた光触媒は酸素欠損型TiO2、WO3、 ZnO、金属担持TiO2や金属担持ZnOなどである。その結果、活性の差はあるものの全ての光触媒において非接触酸化反応が進行することが確認された。特にPt担持TiO2による非接触酸化では、通常のTiO2膜を用いた場合と比較して10倍程度の活性向上が確認された。

次に非接触酸化反応によって酸化できる物質について調査を行った。結果をTable 1 に示す。非接触酸化反応における、様々な物質の酸化されやすさがODS > Cu > PS > Si > Ag > PVDF >> Teflon(反応せず)であることが判明した。また・OHを生成することで知られているFenton反応について調査を行うと、やはりTeflon以外の物質のみ酸化が確認された。しかしこの反応は液相でしか行えないため、同様に・OHを生成するH2O2-UV反応を気相で行ったところ、酸化されやすさの順列は、非接触酸化反応の場合と同じだった。この結果は、各物質と直接反応するのは・OHであるという仮説を支持するものと言える。

非接触酸化反応におけるH2O2の寄与

次に、各種光触媒のH2O2生成能力と非接触酸化能力の比較を行った。実験では光触媒フローセルを用いた。非接触酸化反応では、光照射15時間後のODS修飾ガラスの接触角減少度を調べた。非接触反応前後には、H2O2を捕集し、H2O2生成量を調べた。

各種光触媒の非接触酸化活性とH2O2生成量との間には、Fig. 6(a)に示すようによい相関が見られた。

次にH2O2-UV反応について調べたところ、反応活性と気相中のH2O2量との間に顕著な相関はなく、非接触酸化とは異なる挙動を示すことが判明した(Fig.6(b))。その理由として、非接触酸化反応とH2O2-UV反応の実験条件の不一致や、他の機構が関与しているなどの可能性が考えられた。例えば、光触媒セルから生ずる他の成分の共存効果が考えられる。そこでTiO2セルにH2O2蒸気を流入・光照射をして、H2O2-UV反応を行い、反応前後で捕捉されたH2O2量と酸化速度との相関を求めた。その結果をFig. 7に示す。Fig. 6とは異なり、TiO2セルを通した H2O2-UV反応が各種光触媒の非接触酸化活性の傾向とよい一致を示すことが判明した。これらの結果は、非接触酸化反応においてH2O2-UV反応が主要な役割を果たしているという仮説を支持し、かつ、TiO2光触媒から生ずる何らかの物質によりその効果が高められていることを示唆するものと考えられる。ちなみに、バインダーを含まない光触媒やバインダーの異なる光触媒を用いた場合の結果もFig. 6(a)のプロットと良く一致したことから、共存効果を示す成分は、バインダーとは関連がないことが推測されるため、酸素の還元により生成するHO2.による寄与などが考えられる。

このようなH2O2-UV反応を伴う機構は、従来の光触媒反応では注目されていなかったが、非接触酸化反応のみならず、接触型光触媒反応においても、何らかの役割を果たしている可能性があり、その機構解明に寄与することが期待される。

また、非接触酸化機構の解明が行われたことで、光触媒リソグラフィー法の特性改善や、新規応用法の開発などに寄与するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

酸化チタン(TiO2)薄膜は紫外光を吸収し活性酸素種を生成することが知られており、これまでに一部の化学種、おそらくは活性酸素種が気相を拡散し、酸化チタンから離れた芳香族、脂肪族炭化水素をCO2 まで分解すること(非接触酸化)、そして直接反応する活性種はヒドロキシルラジカル(.OH)のような強い化学種である可能性が高いことがわかっている。しかし、その反応機構はまだ解明されていない。これを解明することは、応用を検討する上でも、また従来の接触型光触媒反応の機構を考察する上でも重要である。そこで、本研究は気相における非接触酸化機構の解明を目的とし検討を行った。さらに、非接触酸化反応の際に光照射領域の制御を行うことにより、固体表面のパターニング(光触媒リソグラフィー法)に応用することも目的とし、これらの結果を全8章にまとめた。

まず、第1章では光触媒が発見され、発展してきた背景、及び光触媒の原理や光触媒反応に関与している活性種の紹介を行い、さらに本研究の目的について述べた。

第2章では非接触酸化反応が光触媒リソグラフィー法として応用可能であることを見出した。また、光触媒リソグラフィー法によって10 ?mより優れた解像度が得られたこと、有機物のみならず、金属やシリコンなどにも適用出来ることを見出した。さらに、解像度がTiO2膜と反応基板との間の距離に依存しないことを示した。

第3章では、濡れ性のコントラストを大きくするとともに、パターンの処理時間の短縮を図るため、基板表面に微細構造を導入して超撥水膜を作製し、光触媒リソグラフィー法を行った。その結果、接触角の減少が加速し、超撥水・親水パターンを作製することに成功した。また、水の流路を正確に制御できることを示した。

第4章では、第2章で得られた、光触媒リソグラフィー法の解像度がTiO2膜と基板との距離に依存しないという知見を元に、TiO2のみならず拡散化学種、または基板の光励起が必要であるという二重励起機構が関与している可能性を指摘し、その証明を行った。それらの結果から、非接触酸化機構において、気相を拡散するH2O2が基板表面付近で光励起され、より反応性の高い・OHを生成して(H2O2-UV反応)それが基板を酸化しているという仮説を提案した。

第5章では、TiO2上で生成し、実際に気相に拡散するH2O2の捕捉に成功した。さらに、捕捉されたH2O2が光触媒反応によって生成したことを確認した。また、求められた量子効率の値より、室内におけるH2O2生成量を求め、それと米国産業衛生専門家会議が報告したH2O2の許容濃度を比較し、TiO2から飛散するH2O2は人体に影響を与えるほどの濃度にならないことを確認した。

第6章では、これまで使用してきたアナターゼ型TiO2以外の光触媒による非接触酸化を試みた。その結果、酸素欠損型TiO2、ZnO、WO3や金属担持TiO2、金属担持ZnOなどでも非接触酸化が進行することを確認した。特に、Ptを担持したTiO2膜では通常のTiO2膜を用いた場合と比較して10倍程度の活性向上が確認された。また、・OHを生成するとして知られるFenton 反応やH2O2-UV反応との比較も行った。その結果、全ての反応において、酸化される物質の傾向が一致することが判明し、反応化学種が・OHであるとの仮説が強く支持された。

第7章では各種光触媒の非接触酸化活性とH2O2-UV反応の活性を比較することにより、TiO2による非接触酸化反応は、TiO2から生成するH2O2によるH2O2-UV反応として説明できることが示された。しかしそれ以外の光触媒による非接触酸化反応ついては、H2O2-UV反応が主要な役割を果たすものの、光触媒から生成する他の物質が、H2O2-UV反応を加速しているであろうことが明らかにされた。

第8章では全体の総括を述べた。

このように本研究によって非接触酸化機構の解明が行われた。非接触酸化反応や光触媒リソグラフィー法の現象や機構、応用などは国内外において注目され、多くの追随実験が報告されている。この非接触酸化反応は従来の光触媒反応の一部として含まれる可能性も高い。本研究で明らかにされた知見は、接触型光触媒反応の機構解明や新規応用法の開発にも貢献することが十分に期待される。このように本研究は、光電気化学、材料化学などの進展に寄与するところが大きい。

よって本論分は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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