学位論文要旨



No 121205
著者(漢字) 鷹岡,寛治
著者(英字)
著者(カナ) タカオカ,カンジ
標題(和) 自己組織化ナノ空間における反応の直接観察
標題(洋) Direct Observation of Reactions within Self-Assembled Nanospaces
報告番号 121205
報告番号 甲21205
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6295号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 大越,慎一
 東京大学 助教授 河野,正規
 東京大学 助教授 大久保,達也
内容要旨 要旨を表示する

単結晶X線構造解析は、構造の詳細を原子レベルで明らかにできるだけでなく、他の分析手法と相補的に利用して結晶の中での反応やダイナミックスを直接的に観察することができる有用な手法である。最近、X線構造解析により不安定中間体や励起構造の解明などが原子レベルで追跡できるようになってきた。しかしながら、外部刺激により結晶の劣化が容易に進行するため、X線構造解析による反応の直接観察は未だ稀である。そこで、配位子と遷移金属イオンによる配位結合を駆動力とした自己組織化に着目し、有限および無限構造体の内部空間の中に取り込ませた基質の反応を追跡することを行った。基質を取り込ませた自己組織化錯体を利用することで、結晶化が容易になるだけでなく、結晶性は主に錯体骨格に支配されるため低い反応率で抑える必要がなくなると期待される。さらに、自己組織化内部空間が十分に広く流動的であれば、結晶状態においても溶液状態に近い環境を提供できる可能性がある。本研究は、反応を直接観察する上での自己組織化錯体を用いる利点を実証し、これを踏まえ自己組織化ナノ空間内での包接分子の光反応挙動を観察した。さらに、それを可能とする空孔を有する錯体の設計および合成を行い、構造と物性の変化の相関を原子レベルで明らかにした。本論文は、以下の4章から構成されている。

第1章では、本研究の背景、目的および概要を論じた。

第2章では、自己集合性かご状錯体内における[2+2]光二量化反応の直接観察に関して論じた。錯体の内部空間は流動的であり、結晶状態においても溶液状態に近く、これまでの有機結晶相とは全く異なる環境であることを見出した。平面性三座配位子2,4,6-tris(4-pyridyl)triazineとシス位を保護したパラジウム錯体を水溶液中で混合すると、内部に立体的な空間を有する自己集合性かご状錯体が定量的に生成する。さらに、自己集合性かご状錯体内でアセナフチレンの[2+2]光二量化反応が溶液状態で立体選択的に進行することが知られている。アセナフチレンを2分子包接した自己集合性かご状錯体の単結晶を作成し、高エネルギー加速器研究機構 放射光施設(PF-AR NW2)で測定を行い結晶構造解析した。X線構造解析の結果、2分子の独立なかご状錯体からなる結晶構造であり、そのうちの独立なかご状錯体1分子の内部空間において、アセナフチレンが2分子包接されていることがわかった。240 Kにおいて、錯体の内部空間に2分子のアセナフチレンが3箇所にそれぞれ82,66,54%の占有率でディスオーダーして包接されていることが明らかになった。また、反応部位間の距離は8.3-9.0 Åであり、互いに平行ではなかった。Schmidt則によると、結晶内において反応するといわれている反応部位間の距離は通常4.2 Å以下であり、アセナフチレンの再配列が起こらない限り反応する位置にはない。しかしながら、紫外光を1 h照射したところ、2分子包接したかご状錯体において光二量化反応がすみやかに進行しsyn体のみを定量的が得られることをX線結晶構造解析から明らかにした。これは、溶媒分子の流動化によって、アセナフチレンは結晶格子内を反応できる位置へ再配向することが可能になったと考えられる。反応部位間の距離はSchmidt則を満たす距離である4.2 Å以上であるにもかかわらず、定量的に光二量化反応が進行した例はなく、有機結晶相とは異なる自己組織化空間による特異な現象を見出した。

第3章では、有機反応において重要な反応中間体のナイトレン前駆体を自己集合性かご状錯体内に包接させ、その光反応を直接観察した研究に関して論じた。特に、リソグラフィーや高分子化学の分野で応用されているアジド化合物の光反応に着目し、特に分光学的に光反応中間体の存在が知られている1-adamantyl-azideについて採り上げた。自己集合性かご状錯体内で15 Kで結晶性を保持しつつ光反応が速やかに進行した。その反応の様子をX線構造解析により追跡することにより、電子雲の変化の様子を直接観察することに成功した。その結果、ナイトレンの生成は観測されず、ナイトレンを経由したと考えられる窒素原子の挿入反応を明らかにした。

第4章では、予測可能で設計しやすい構造である無限系の格子状骨格に着目して、水素結合ネットワークを利用することにより強固でかつ柔軟な骨格を有するネットワーク錯体を合成し、その流動的な細孔内において可逆的な軸配位子交換反応をX線結晶構造解析によって直接観察した。具体的には、金属イオン(コバルト)のリンカーである配位子の骨格に芳香環を用いることで構造に剛直性を持たせ、側鎖に水素結合部位を有するエチレングリコール鎖を導入した結果、コバルトイオンと配位子からなる格子状の2次元シート積層構造の構築に成功した。特筆すべき特徴として、その錯体は側鎖の末端OH基による1次元の水素結合チャンネルが2次元シート間の空孔内に形成されていることである。この1次元の水素結合チャンネルにより、無置換体と比べて、安定性が100 ℃以上向上したことを見出した。この安定性のために、150 ℃に加熱しても単結晶性は損なわれることなく、軸位の配位子交換反応をX線構造解析により直接観察することができた。この軸位の配位子交換反応は完全に可逆であり、それに伴うクロミズム現象の起源を原子レベルで解明することに成功した。

以上、本論文では、結晶状態における自己組織化ナノ空間の特異性を見出し、単結晶X線構造解析による反応挙動の直接観察、さらには、それを可能とする空孔を有する錯体の合成と構造変化と物性の相関の解明に成功している。特に、基質分子と同時に取り込まれる溶媒分子の運動が基質分子の反応性において重要な役割を果たすことを示した。同時に、骨格は比較的強固でありながら柔軟性も有し、固体状態にもかかわらず液体のような流動的な環境を実現できる自己組織化錯体の材料としての可能性を示した。今後、自己組織化空間によって形成される流動的な空間を利用して、様々な化学反応のメカニズムやダイナミックスを原子レベルで解明できると同時に、ナノ空間の特性を生かした特異な新規反応の開発に寄与すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

単結晶X線構造解析は、構造の詳細を原子レベルで明らかにできるだけでなく、他の分析手法と相補的に利用して結晶の中での反応やダイナミックスを直接的に観察することができる有用な手法である。最近、X線構造解析により不安定中間体や励起構造の解明などが原子レベルで追跡できるようになってきた。しかしながら、外部刺激により結晶の劣化が容易に進行するため、X線構造解析による反応の直接観察は未だ稀である。そこで、配位子と遷移金属イオンによる配位結合を駆動力とした自己組織化に着目し、有限および無限構造体の内部空間の中に取り込ませた基質の反応を追跡することを行った。基質を取り込ませた自己組織化錯体を利用することで、結晶化が容易になるだけでなく、結晶性は主に錯体骨格に支配されるため低い反応率で抑える必要がなくなると期待される。さらに、自己組織化内部空間が十分に広く流動的であれば、結晶状態においても溶液状態に近い環境を提供できる可能性がある。本研究は、反応を直接観察する上での自己組織化錯体を用いる利点を実証し、これを踏まえ自己組織化ナノ空間内での包接分子の光反応挙動を観察した。さらに、それを可能とする空孔を有する錯体の設計および合成を行い、構造と物性の変化の相関を原子レベルで明らかにした。本論文は、以下の4章から構成されている。

第1章では、本研究の背景、目的、および概要を論じ、総括を行った。

第2章では、自己集合性かご状錯体内における[2+2]光二量化反応の直接観察に関して論じた。錯体の内部空間は流動的であり、結晶状態においても溶液状態に近く、これまでの有機結晶相とは全く異なる環境であることを見出した。平面性三座配位子2,4,6-tris(4-pyridyl)triazineとシス位を保護したパラジウム錯体を水溶液中で混合すると、内部に立体的な空間を有する自己集合性かご状錯体が定量的に生成する。さらに、自己集合性かご状錯体内でアセナフチレンの[2+2]光二量化反応が溶液状態で立体選択的に進行することが知られている。アセナフチレンを2分子包接した自己集合性かご状錯体の単結晶を作成し、高エネルギー加速器研究機構 放射光施設(PF-AR NW2)で測定を行い結晶構造解析した。X線構造解析の結果、2分子の独立なかご状錯体からなる結晶構造であり、そのうちの独立なかご状錯体1分子の内部空間において、アセナフチレンが2分子包接されていることがわかった。240 Kにおいて、錯体の内部空間に2分子のアセナフチレンが3箇所にそれぞれ82,66,54%の占有率でディスオーダーして包接されていることが明らかになった。また、反応部位間の距離は8.3-9.0 Åであり、互いに平行ではなかった。Schmidt則によると、結晶内において反応するといわれている反応部位間の距離は通常4.2 Å以下であり、アセナフチレンの再配列が起こらない限り反応する位置にはない。しかしながら、紫外光を1 h照射したところ、2分子包接したかご状錯体において光二量化反応がすみやかに進行しsyn体のみを定量的が得られることをX線結晶構造解析から明らかにした。これは、溶媒分子の流動化によって、アセナフチレンは結晶格子内を反応できる位置へ再配向することが可能になったと考えられる。反応部位間の距離はSchmidt則を満たす距離である4.2 Å以上であるにもかかわらず、定量的に光二量化反応が進行した例はなく、有機結晶相とは異なる自己組織化空間による特異な現象を見出した。

第3章では、有機反応において重要な反応中間体のナイトレン前駆体を自己集合性かご状錯体内に包接させ、その光反応を直接観察した研究に関して論じた。特に、リソグラフィーや高分子化学の分野で応用されているアジド化合物の光反応に着目し、特に分光学的に光反応中間体の存在が知られている1-adamantyl-azideについて取り上げた。自己集合性かご状錯体内で15 Kで結晶性を保持しつつ光反応が速やかに進行した。その反応の様子をX線構造解析により追跡することにより、電子雲の変化の様子を直接観察することに成功した。その結果、ナイトレンの生成は観測されず、ナイトレンを経由したと考えられる窒素原子の挿入反応を明らかにした。

第4章では、予測可能で設計しやすい構造である無限系の格子状骨格に着目して、水素結合ネットワークを利用することにより強固でかつ柔軟な骨格を有するネットワーク錯体を合成し、その流動的な細孔内において可逆的な軸配位子交換反応をX線結晶構造解析によって直接観察した。具体的には、金属イオン(コバルト)のリンカーである配位子の骨格に芳香環を用いることで構造に剛直性を持たせ、側鎖に水素結合部位を有するエチレングリコール鎖を導入した結果、コバルトイオンと配位子からなる格子状の2次元シート積層構造の構築に成功した。特筆すべき特徴として、その錯体は側鎖の末端OH基による1次元の水素結合チャンネルが2次元シート間の空孔内に形成されていることである。この1次元の水素結合チャンネルにより、無置換体と比べて、安定性が100 ℃以上向上したことを見出した。この安定性のために、150 ℃に加熱しても単結晶性は損なわれることなく、軸位の配位子交換反応をX線構造解析により直接観察することができた。この軸位の配位子交換反応は完全に可逆であり、それに伴うクロミズム現象の起源を原子レベルで解明することに成功した。

以上、本論文では、結晶状態における自己組織化ナノ空間の特異性を見出し、単結晶X線構造解析による反応挙動の直接観察、さらには、それを可能とする空孔を有する錯体の合成と構造変化と物性の相関の解明に成功している。特に、基質分子と同時に取り込まれる溶媒分子の運動が基質分子の反応性において重要な役割を果たすことを示した。同時に、骨格は比較的強固でありながら柔軟性も有し、固体状態にもかかわらず液体のような流動的な環境を実現できる自己組織化錯体の材料としての可能性を示した。今後、自己組織化空間によって形成される流動的な空間を利用して、様々な化学反応のメカニズムやダイナミックスを原子レベルで解明できると同時に、ナノ空間の特性を生かした特異な新規反応の開発に寄与すると考えられる。

よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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