学位論文要旨



No 121206
著者(漢字) 稲澤,晋
著者(英字)
著者(カナ) イナサワ,ススム
標題(和) ピコ秒レーザーを用いた金ナノ粒子のモルフォロジー制御
標題(洋)
報告番号 121206
報告番号 甲21206
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6296号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 助教授 平尾,雅彦
 東京大学 助教授 杉山,正和
内容要旨 要旨を表示する

第一章 研究背景

1990年代後半以降の爆発的な注目度の高まりを経て、ナノテクノロジーは世界的な関心を集めるに至った。1 nm( = 10-9 m)という極微の大きさを持つ材料が、その大きさや形状に応じてバルクとも原子分子とも異なる物性を示す点が最大の魅力であり、エネルギー(太陽電池、燃料電池等)、健康・医療(ナノ粒子を用いた細胞染色や特定化学物質の検出)、環境問題への展開(ナノ細孔を持つ保水ポリマーによる砂漠の緑化、ナノ触媒による有害物質の分解)、「軽薄小」機器の開発(超微細配線などナノ領域での制御を通した高密度化)など様々な分野への展開、応用が期待される。こうしたナノ材料の高機能発現には、その大きさや形状を巧みに制御する技術が不可欠であり、ナノ材料の合成段階での制御を目指した研究が主流である。これらの手法では「化学反応場を通した形状粒径の制御」が根本的な概念である。

これに対する手法として、パルスレーザー光照射を用いた、合成後のナノ粒子に対する形状、粒径の制御(球形化/微細化)が挙げられる。[1]この手法では、「粒子の選択的な励起とその後に生じる物理化学現象を通した形状粒径の制御」が根本概念となる。このパルスレーザー光誘起のナノ粒子球形化/微細化現象は、時間的にも空間的にも高密度に伝播される光子エネルギーがナノという微小な領域で引き起こす現象である。光とナノ粒子の相互作用、ナノ粒子の励起、失活とその後の物理的な形状、粒径変化等、実に豊かな物理化学現象が関連しており、それ故に現状でも不明な点が多い。本研究では、容易に取り取り扱える金ナノ粒子(平均粒径25 nmもしくは38 nm)を題材として、ピコ秒レーザー光照射下(波長355 nm、パルス幅30 ps)での球形化/微細化現象を精査した。前半では、これまでの研究で見過ごされてきた、現象の閾値と速度過程を把握すべき対象に据え、レーザー光誘起のナノ粒子球形化/微細化現象の詳細と制御技術としての可能性に迫る。後半では、レーザー光照射によって励起状態にあるナノ粒子とその後の球形化/微細化現象との相関を過渡吸収測定を用いて明らかにした。本系は、ナノ粒子自体の励起状態という学術的な興味対象と、レーザー加工技術という産業的な興味対象とが重なり合う領域であり、この領域は「ナノレーザー工学」として今後整備されるべき対象であると考える。

第二章 金ナノ粒子球形化現象[2]

水溶液中の金ナノ粒子にレーザー光を種々の強度で1パルス照射した。照射後の球状粒子の数割合を透過型電子顕微鏡(TEM)像から求め、現象の閾値を算出した。さらに、閾値のレーザー光で照射された直後の粒子温度を計算し、金ナノ粒子の球形化が、粒子の完全溶解を伴わなくとも生じることを突き止めた。この溶解を伴わない粒子球形化は、粒子の熱塑性変形による固体内原子の移動によって引き起こされていると推察される。

第三章 金ナノ粒子微細化現象[3]

種々の光強度で複数パルスのレーザー光を照射、所定のパルス数照射後の金ナノ粒子径をTEMを用いて観察し、粒径分布の推移を得た。一山であった粒径分布が二山へと変化する事を明らかとした。粒径分布の推移から1パルス当たりの粒子体積減少率を求め、実験範囲内では0.6〜11%の値を得た。照射直後の粒子温度との比較から、微細化現象が光子エネルギーによる粒子加熱が原因である光熱過程であることを突き止め、高温金ナノ粒子周辺に生成する金蒸気が微細化に寄与することを明らかにした。また、二山分布の谷の位置は粒子の安定剤(凝集防止剤)の凝集防止効果の強弱によって決まると考えられる。

第四章 高励起状態にある金ナノ粒子の観察[4]

パルスレーザー光照射直後の金ナノ粒子を二つの波長(488, 635 nm)における過渡吸収測定を通して観察した。測定時間領域はナノ秒からマイクロ秒である。照射光強度6.3 mJ cm-2以上で照射すると、488 nmにおいて、ナノ粒子の溶解に伴う吸光度の減少が観察された。さらに17 mJ cm-2以上で照射すると両者の波長で、吸光度の上昇が観察された。この変化は、金ナノ粒子の蒸発に伴う金原子の生成に由来すると考えられる。また、マイクロ秒領域での観察では、20 mJ cm-2で照射した際に、635 nmにおいて、1マイクロ秒程度の吸光度上昇が観察された。金ナノ粒子が蒸発する領域でこの吸光度上昇が観察されたことから、金ナノ粒子微細化後の微小ナノ粒子生成に由来する吸光度増加であると考えられる。

第五章 総括

現象の閾値と速度過程の把握を通して、レーザー光誘起の金ナノ粒子球形化/微細化現象の詳細を明らかにした。高励起状態にある金ナノ粒子を過渡吸収測定を用いて観察し、球形化/微細化それぞれに対応する吸収変化を同定、両者の相関を明らかにした。レーザー加工技術の側面と、ナノ粒子の励起状態観察の学術的な側面の関係を明らかにした本研究は、「ナノレーザー工学」の一例として位置づけられるものであると考える。

A. Takami et al. J. Phys. Chem. B, 1999, 103, 1226S. Inasawa et al. J. Phys. Chem. B, 2005, 109, 3104S. Inasawa et al. J. Phys. Chem. B, 2005, 109, 9404S. Inasawa et al. to be submitted.
審査要旨 要旨を表示する

「ピコ秒レーザーを用いた金ナノ粒子のモルフォロジー制御」と題した本論文は、ピコ秒レーザー光照射下で観察される金ナノ粒子の球形化や微細化現象(本論文中では、両者を称してモルフォロジー変化と呼んでいる。) について、現象の閾値、速度定数の把握を行い、何故モルフォロジー変化が生じるのかを明らかにし、ナノ粒子加工技術としてのパルスレーザー光照射の可能性を検討することを目的とした研究であり、5章から構成されている。

第1章は序論であり、研究背景ならびに研究目的を述べている。冒頭では、社会に期待されるナノテクノロジーの応用例を紹介し、粒子のモルフォロジー制御を通したナノ粒子物性の制御手法について総説を述べている。その中で、パルスレーザー光照射によるナノ粒子のモルフォロジー制御が合成後の粒子に対する物性制御に有効であることを説明している。続いて、レーザー光誘起のナノ粒子球形化、微細化現象に関する既往の研究について総括をし、現状では現象の閾値や速度過程が不明で、本質的な理解に至っていないことを記している。これらを踏まえ、現象の閾値や速度過程の把握を行い現象の本質的な理解を行うこと、励起状態にあるナノ粒子の光学特性とその後のモルフォロジー変化との相関を明らかにすること、合成後の粒子に対する物性制御手法としてのパルスレーザー光照射の可能性を検討することを本論文の目的としている。

第2章では、レーザー光照射が引き起こすナノ粒子の球形化現象についてその閾値と具体的な球形化機構について述べている。化学還元法で得た直径38 nm、アスペクト比1.3の水溶液中の金ナノ粒子に対して波長355 nmのピコ秒パルスレーザー光を1パルス照射し、照射前後の球形粒子の数変化を観察している。球状粒子の数変化解析から、球形化現象の閾値が(5.6±0.9) mJ cm-2であることを実験的に求めている。また、閾値での熱収支計算から、粒子の球形化にはナノ粒子の融解が必ずしも必要ではないことを明らかにしている。融解を伴わない球形化現象は、固相内部での金原子の移動により引き起こされることを示している。

第3章では、レーザー光照射が引き起こすナノ粒子の微細化現象について、1パルス当たりの微細化速度定数を実験的に求め、現象の具体的な描像を示している。14 mJ cm-2以上の光強度で微細化が観察され、初期粒子が1パルス当たり最大で11%の体積を減じる事を明らかにしている。照射パルス数に対する粒子粒径分布の推移から、初期ナノ粒子はレーザー光照射に伴い徐々に小さくなることを示している。主として、粒子に吸収された光子が粒子を高温に加熱し、粒子周辺に金蒸気が生成するために、初期粒子が徐々に小さくなるとの光熱過程を基に現象を説明し、微細化現象の描像を提示している。一方で、高温ナノ粒子周辺に形成される水蒸気層の内圧や平均自由行程を算出し、微細化の結果生成する微小ナノ粒子の成長機構について、微小ナノ粒子同士の凝集によって粒径成長することを明らかにしている。その上で、二山分布の谷の位置は光強度に依存せず、粒子表面を覆う表面保護剤の凝集防止効果の強弱に依存して決まることを示している。

第4章では、第2章、第3章で観察された金ナノ粒子のモルフォロジー変化の過渡吸収観察を行い、レーザー光照射直後に生じる金ナノ粒子の相変化に伴い吸光度が変化すること明らかにしている。488 nm並びに635 nmの2本のレーザー光を読み取り光として使用し、励起後5ナノ秒から数マイクロ秒に至る時間領域で吸光度の変化を観察している。第2章、第3章で得られた粒子球形化、微細化現象それぞれの閾値に対応する光強度で負や正の吸光度変化が観察されており、粒子の融解並びに粒子周辺での金蒸気生成に起因する吸光度変化であると説明している。また、微細化が生じる光強度で観察された、1マイクロ秒程度の吸光度上昇は、金蒸気生成後の微小ナノ粒子の生成であると同定されている。

以上要するに、本論文は化学工学の考え方に基づき、パルスレーザー光照射による金ナノ粒子のモルフォロジー変化の理由を明らかにし、合成後のナノ粒子に対する物性制御法としてのパルスレーザー光照射の可能性を検証したものである。閾値と速度過程に着目して現象の理解を行った本論文は、自然現象への定量的なアプローチを提示するものとして、化学システム工学への貢献が大きいと考えられる。また、学問的な興味対象である励起されたナノ粒子自体の光学特性と加工技術としての粒子モルフォロジー変化との相関を明らかにしている点は工学への貢献が大きいものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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