学位論文要旨



No 121210
著者(漢字) 伊藤,宏
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ヒロシ
標題(和) ビスホルミルメタノ[60]フラーレンの合成およびその応用
標題(洋)
報告番号 121210
報告番号 甲21210
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6300号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 橋本,幸彦
 東京大学 助教授 吉江,尚子
内容要旨 要旨を表示する

研究目的

[60]フラーレン(C60)誘導体は,その特異的な機能に関して多くの研究がなされている機能性分子である。その中でも特に,二官能基化C60は,C60を主鎖に含むポリマーのモノマーユニット,色素を繋ぐC60ユニットとして魅力的な構造を有する。しかし,これまでに利用されている二官能基化C60のほとんどは末端にカルボン酸を有するものであり,低反応性,低溶解性,合成中間体としてエステルを経る必要があるなどの重大な問題があった。一方,スルホニウムイリドから直接合成されるホルミルメタノC60は,高反応性,高溶解性を有し,多様な官能基変換が可能である。そこで,本研究ではホルミル基を2つ有するビスホルミルメタノC60について,その合成及び応用について詳細な検討を行なうことを目的とし,以下の研究を行なった。(Figure 1-1.)。ビスホルミルメタノC60の系統的分離・同定

C60の二官能基化反応において,生成する付加体を系統的に単離・同定することは,その系の付加位置を決定する際のリファレンスの役割を持っているために,二官能基化C60合成に必須である。これまでに系統的な研究が行われているのはBingel反応やPrato反応などであり,スルホニウムイリドを用いた反応については研究が行われていなかった。また,これまでが全てD2h対称の付加体を有する付加物であったのに対して,今回のスルホニウムイリドを用いた反応では付加物が対称性を持たないために,付加体に官能基のin-outの向きが生じ,これらの向きを決めるという新たな試みが必要であった。

2.5等量のスルホニウムイリド1とC60をトルエン中で反応させた。シリカゲルクロマトグラフィーでC60を除き,分取GPCでモノ付加体,ビス付加体,マルチ付加体に分離した。ビス付加体は分取HPLC(Nakarai COSMOSIL 5PBB)により5つのフラクションに分離し,それぞれのフラクションを分取TLC(PTLC),さらに2k,2lは分取HPLC(JAIGEL-SIL-SH)により精製を行なった。

付加位置についてはBis[bis(ethoxylcarbonyl)methano]C60のUV/Visスペクトル(400-700 nm)と比較し,2aはtrans-1,2j,2kはequatorial (e)体,残りの2b-i,2l-oはtrans-2,trans-3,trans-4,cis-2二付加体であると決定した。今回の二付加体ではtrans-2,trans-3,trans-4,cis-2では官能基の方向によりin/in,in/out,out/outの三種類の異性体が,e体ではin/out,out/outの二種類の異性体が生成する可能性がある。これらの官能基の向きについては一定鎖長のジアミンとの分子内環化反応,およびHPLCの保持時間と計算で求めたdipole momentを比較することに決定した(Scheme 2-1, Scheme 2-2)。

Tether法によるビスホルミルメタノC60の位置および立体選択的合成

上記の二官能基化法では数多くの位置および立体異性体が生じるために,特定の二官能基化C60を得るためには極めて合成効率が悪い。そこで,tether法を用いて二官能基化C60を効率的に得ることを検討した。Tether構造を有するビススルホニウムイリドとして,次の8a-cを設計した。・-ホルミルスルホニウムイリドの等価体として,・-メチルチオアセトアルデヒドN,N-ジメチルヒドラゾンをデザインした。これを種々のジオール4a-cから誘導したジヨージド5a-cでアルキル化し,ビスヒドラゾン6a-cを得た。これを加水分解することによりビスアルデヒド7a-cを得,さらにMeerwein試薬でメチル化,塩基で脱プロトン化することにより,目的であるビススルホニウムイリド8a-cを良好な収率で得た。

次に,得られたビススルホニウムイリドとC60の反応について検討した。ヒドロキノンエーテル構造を有する8cは,C60との反応によってビススルホニウムイリドの片方のみが反応したモノ付加体であるということが示唆された。それに対して,架橋鎖長が8cに等しく,フェニレン構造を有する8aはC60との反応により二種類の付加体を与えた。これらは,テター構造を持たない2a-2oのUV-Visスペクトルと比較することにより, e体およびcis-3体であると決定した。同様に,メチレン鎖長の短い8bと[60]フラーレンの反応の生成物は,cis-3体であると決定した。

次に詳細な反応条件を検討した。8aの反応では,トルエン溶媒中での反応は極めて遅く加熱が必要であったが,スルホニウムイリドやモノ付加体の溶解性が高く,極性の高いブロモベンゼン中では反応は穏やかに進行して,cis-3体を優勢に与えた。また,加熱すると,付加体の生成比は逆転し,熱力学的に安定なe体を優勢に与えた。8bは反応性が低く,反応の進行のためには加熱が必要であった。

C60を主鎖に有するポリマー合成

二官能基化C60の応用として,C60を主鎖に含むポリマー合成を行なった。反応条件を決定するために,最も溶解性の高いe体を用いて検討を行なった。ジアミンとして側鎖に長鎖アルコキシ基を有するジアミン10を用いて,反応の最適化を行なった。まず,一般的にイミン化反応に用いられているMolecular Sieves (MS)-4Aを脱水剤として用いる方法とm-cresolを反応溶媒として用いる方法を試みたが,十分な分子量の生成物は得られなかった。

そこで,ルイス酸を用いた系としてTiCl4/DABCO系を用いたところ,十分な重合度を有するポリマーが得られた。溶媒としてベンゼンを用いた際に最も良い結果を与え,トルエンやクロロベンゼンを用いた場合は,収率,重合度共に減少した。得られたポリマーの溶解性は極めて低く,生成物全体の物性測定は困難であったが,FT-IRや1H-NMR(CS2/CDCl3)による分析では,ホルミル基はイミンへと高い割合で変換されていることが示された。一方,副反応として考えられるアミンのC60コアへの求核攻撃は,見られなかった。

このポリマーのCS2溶液をガラス板にキャストすることにより,フィルムが得られた。一般に,カーボンクラスターは自己集合により凝集してしまう傾向があるが,このフィルムは均一であり,C60同士の凝集がある程度抑制されているものと考えられる。溶液とフィルムのUV-Visスペクトルを比較すると,フィルム状態で僅かながらレッドシフトが観測された。これは,固体中での色素間のスタッキングによるものと考えられる。

e体の選択的官能基変換/色素連子の合成

e体のビスホルミルメタノC60はC1対称であり,その2つのアルデヒドは非等価である。分子軌道計算(PM3)によると,二つのアルデヒドは,架橋鎖との配向が異なり,結果として二つのアルデヒドの立体障害の差を生じる。立体を考慮すると1,2位にあるものは反応性が高く,18,36位にあるものは反応性が低いものと予想される。事実,1H NMRにおいて2つのアルデヒドプロトンはそれぞれの環境の差を反映し,一方の半値幅は例外的に大きいのに対し,他方のそれはモノホルミルメタノC60のそれと同等である。

この2つのアルデヒドの反応性の差を見積もるためには,イミン化反応は最も適した反応の一つと考えられる。極めて興味深いことにe-9の互いに非等価である2つのホルミル基は,種々の芳香族アミンとの縮合反応で著しく異なる反応性を示した。このイミン化反応の位置選択性は極めて高く,恐らく2つのアルデヒドの立体的混み具合の差がカルボニルへの速度論的な接近のしやすさを決定し,結果として上記の反応性の差に繋がっているものと思われる。(Table 5-1.)。

分子デバイスへの応用を考えると,このように観測された高位置選択的イミン化反応は極めて魅力的である。e-9の非対称な構造およびこの反応条件の非可逆性を考えると,適切な順番で二回のイミン化反応を行なうことにより,二通りの三連子13(Mb-C60-Py)と13'(Py-C60-Mb)を合成することが可能である。モノイミン12(Mb)と1-アミノピレンを同条件下で反応させることにより13(Mb-C60-Py)を得た。導入するアミンの順番を逆にすることにより,もう一つの三連子13'(Py-C60-Mb)を選択的に合成できた(Scheme 5-1.)。これらのジアステレオマーは極めて類似の構造を有するにも関わらず, UV-Visスペクトルの400 nm〜600 nmに異なったスペクトルを与えた。このことは色素の配列と配向の制御の重要性を示している。また,HPLCでは有意な保持時間の差を示すことから,この配向制御をポリマー合成に拡張することにより,異方性の高い含C60ポリマー/オリゴマーの合成が可能であると期待される。

結論

ビスホルミルメタノC60に関して,合成・付加位置の決定・選択的合成とその応用を検討した。まず,付加位置についての基礎的な知見を得た。その後にtether-directed二官能基化を行い,前述の物性値と比較することによりその付加位置を決定した。ビスホルミルメタノC60の応用として,C60を主鎖に有するポリイミンの合成,また, e体特有の2つの官能基の非等価性を利用した効率的な色素導入反応を開発した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,二官能基化[60]フラーレンの合成とその反応に関する研究について述べたものであり,6章より構成されている。

第1章は序論であり,[60]フラーレンの物理化学的性質と化学反応性,並びに二付加体の構造的特徴,従来の付加位置制御法を述べるとともに,本研究の目的と意義を述べている。

第2章では,二官能基化[60]フラーレンの付加位置を決定するためには参照物質が必須であるとの考えの下に,分取GPC,HPLC,PTLCなどを駆使して, スルホニウムイリドによる[60]フラーレンのtandem二官能基化反応で生成するビス(ホルミルメタノ) [60]フラーレンを系統的に単離・同定している。その結果,従来のBingel反応やPrato反応によるD2h対称の二付加体の単離・同定ではなしえなかったメタノフラーレン橋頭位置換基の配向in/in,in/out,out/outに起因する異性体を含めた多くの参照化合物を提供している。この成果は,二付加体の付加位置ばかりでなく配向をも明確にした点で,二官能基化[60]フラーレンの化学に重要な知見である。また,次章で述べる二付加体の付加位置・配向の決定に極めて有用な情報を与えた。

第3章では,架橋鎖法を適用してビス(ホルミルメタノ) [60]フラーレンを位置選択的に合成するために必須のビス(ホルミルスルホニウムイリド)の合成に挑戦し,汎用性の高い合成経路を確立している。次いで,新規に合成したビス(ホルミルスルホニウムイリド)を用いて位置選択的にビス(ホルミルメタノ) [60]フラーレンを創製し,動力学支配と熱力学支配による位置選択性の相違を明らかにしている。さらに,これらを二官能性モノマーとして用いたポリイミン合成反応の詳細を検討し,得られたポリイミンの構造および物性の解析を行なっている。ここで得られた成果は,[60]フラーレンを主鎖に含むパールネックレス型ポリマーの合成と機能開発に新しい視点を加えるものである。

第4章では,ビス(ホルミルメタノ) [60]フラーレンの2つのホルミル基を区別して反応させる試みをしている。その結果,equatorial-ビス(ホルミルメタノ) [60]フラーレンの2つのホルミル基の反応性は大きく異なり,片方のホルミル基が選択的に反応することを明らかにしている。この反応性の差を利用し,モノイミノメタノ(モノホルミルメタノ)[60]フラーレンを合成している。さらに,これらの第二イミノ化によって, [60]フラーレンを中心に持つ非対称[60]フラーレン色素三連子を創製している。これらの成果は,equatorial-ビス(ホルミルメタノ) [60]フラーレンが含[60]フラーレン化合物合成の中間体として有望であることを示した点で,今後の含[60]フラーレン機能性材料の開発にあたって極めて意義あることである。

第5章では,第4章の成果を基に,高度に構造が制御された[60]フラーレンポリイミンを合成すべく,head-to-head, head-to-tailの配向を制御した[60]フラーレン/ジアミン1:2および2:1ジイミンを合成している。さらに,それらを用いたポリイミンの合成を行っている。このことにより,付加位置ばかりでなく,置換基配向,分子配向などを高度に制御して,[60]フラーレンを主鎖に含むパールネックレス型ポリマーを合成可能であることを明らかにしており,この分野の今後の発展に寄与する成果である。

第6章は本論文の総括であり,開発した [60]フラーレンの二官能基化反応,合成したビス(ホルミルメタノ) [60]フラーレンの有用性を述べるとともに,今後の展望を述べている。

以上のように本論文では,メタノフラーレン橋頭位置換基の配向をも含めた異性体の単離・同定,一般的ビス(ホルミルスルホニウムイリド)合成法の確立,メタノフラーレン橋頭位置換基の配向を制御したビス(ホルミルメタノ) [60]フラーレンの創製,[60]フラーレンを主鎖に含むパールネックレス型ポリマーの合成,[60]フラーレンを中心に持つ非対称[60]フラーレン色素三連子の創製に関して多くの知見を得ている。これらの成果は,有機合成化学,フラーレン化学,高分子化学,材料科学の進展に寄与するところ大である。

よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/2315