学位論文要旨



No 121212
著者(漢字) 佐藤,文
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,アヤ
標題(和) セリン特異性をもつEF-Tuの発見とそのセリルtRNA認識機構の解明
標題(洋)
報告番号 121212
報告番号 甲21212
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6302号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,勉
 東京大学 教授 小宮山,眞
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 上田,宏
 東京大学 講師 新海,政重
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

tRNAは翻訳系において、mRNAの暗号配列に従ってタンパク合成の場であるリボソームへアミノ酸を運ぶアダプター分子として働いている。また、Elongation Factor Tu (EF-Tu)は、アミノアシルtRNAと結合してアミノアシルtRNAをリボソームへと運ぶ役割をしているタンパク質である。EF-Tuは、通常、tRNAのアクセプターステムとTアームを認識部位とし、一種類で全てのアミノアシルtRNAに対応することが知られている。

通常のtRNAはクローバーリーフ型の二次構造をとっているが、動物ミトコンドリアにおいては異常に短縮された構造を持つtRNAが存在することが知られており、それらは一般的なEF-Tuによって認識されるのは難しいと考えられる。なかでも線形動物ミトコンドリアでは極度の短縮化が見られ、異常な形をした2種類のtRNAのみが存在することが知られている。線形動物ではミトコンドリアtRNA22種類のうち20種類は二次構造においてTアームが欠けており、残りの2種類はセリンに対応するtRNAで、Dアームが欠けている上Tアームも短くなっている(図1)。

線形動物のミトコンドリアゲノムはミトコンドリアゲノムの中でも最小の部類であり、tRNAの短縮化もこのことに関係していると思われる。ただし、短縮したtRNAが機能するためには、tRNAと共同で機能を果たすEF-Tuなどの翻訳因子がtRNAの短縮を補うような共進化を遂げていることが不可欠だと思われる。これらの異常に短縮したtRNAに結合するEF-Tuは当研究室で解析され、以下のようなことが既に分かっていた。通常の翻訳系ではEF-Tuは1種類であるが、線形動物Caenorhabditis elegansには、2種類のEF-Tu(EF-Tu1およびEF-Tu2)が存在している。EF-Tu1は、Tアームの欠けたtRNAと結合しDアームの欠けたtRNAには結合できない。EF-Tu1は、通常のEF-Tuと比べC末端に57残基の延長部分を持っており、この延長部分はtRNAとの結合においてTアームの欠失を構造的に補完していると考えられる。そして、EF-Tu2はDアームの欠けたセリンのtRNAには結合し、Tアームの欠けたtRNAには結合できない。

このEF-Tu2について、本研究では以下の2つの特徴に着目した。1)EF-Tu2のアミノ酸配列を結晶構造の解かれている細菌のEF-Tuと比較すると、アミノアシルtRNAのアクセプターステムやTアームとの結合に関わる部分には保存性があるが、アミノ酸部分との結合に関わる残基には保存性が全く見られない。2)EF-Tu2が結合するDアームの欠けたtRNAは2種類存在するが、両方ともセリンに対応するtRNAである。これらの特徴から、EF-Tu2はSer-tRNAのセリン部分を特異的に認識するのではないかと予想した。通常のEF-TuはアミノアシルtRNAのアミノ酸側鎖部分に対して特異性を持たないことが知られているため、EF-Tu2がセリン特異性を持っていれば非常に独特なEF-Tuであるということが言える。

本研究では、線形動物ミトコンドリアEF-Tu2がセリン特異的であることを証明し、さらにこの特殊なEF-Tuについて詳細な解析を行い、その構造やアミノアシルtRNAの認識機構について明らかにしていくことを目的とした。

【結果】

線形動物ミトコンドリアEF-Tu2のセリン特異性の証明

同一のDアーム欠失型tRNAに種々のアミノ酸をチャージさせ、それぞれとEF-Tuとの結合活性を測定し比較した。同一の配列のtRNAを用いることでアミノアシルtRNAのアミノ酸部分の影響のみを比較することができる。

セリルtRNAおよび、アラニルtRNAに対するEF-Tu2の結合の比較

まず、実験に用いるtRNAとして、Ascaris suumミトコンドリアtRNASerUCUに変異を導入し、2種類のアミノ酸(セリン、アラニン)を受容できるようなtRNAをデザインした(図2)。アクセプターステムのC3-G48ペアをG-Uペアに変えることにより、セリンのtRNAがE. coliのアラニルtRNA合成酵素に認識されるようになって、同一のtRNAにセリンとアラニンをチャージ出来るようになる。このtRNAをT7 RNAポリメラーゼを用いて転写合成し、精製したtRNAをそれぞれA. suum ミトコンドリア由来のセリルtRNA合成酵素を用いてセリル化、大腸菌由来のアラニルtRNA合成酵素を用いてアラニル化した。

調製したアミノアシルtRNAに対するEF-Tuの結合活性を測定する実験として、加水分解プロテクションアッセイを行った。加水分解プロテクションアッセイは、アミノアシルtRNAのデアシル反応をどのくらい抑制するかによってEF-Tuの結合活性を評価する方法である。

この実験の結果、コントロールとして用いたThermus thermophilusのEF-TuではセリルtRNAともアラニルtRNAとも結合活性が見られたのに対し、EF-Tu2ではセリルtRNAとの結合活性は見られたが、アラニルtRNAとの結合活性は見られなかった(図3)。

セリルtRNAとバリルtRNAを用いたEF-Tu2への結合競争実験

セリルtRNAとバリルtRNAとのEF-Tu2の結合に関して競争実験を行った。バリルtRNAは化学合成法により調製した。このアッセイでは様々なバリルtRNA濃度のもとでセリルtRNAに対するEF-Tu2の結合活性について測定した。

この結果、バリルtRNAの濃度が上がるにつれてT. thermophilusのEF-TuではEF-TuによるセリルtRNAのデアシル反応抑制の度合いが低下するのに対し、セリルtRNAに対するEF-Tu2の結合は過剰量のバリルtRNAによってもまったく影響を受けなかった。これはEF-Tu2がバリルtRNAとアフィニティを持っていないことを示している(図4)。 

セリン特異性に寄与するアミノ酸残基の解析

C. elegans mt EF-Tu2において、一般的なEF-Tuで保存されているアミノアシルtRNAのアミノ酸との結合に関わる残基をC. elegans mt EF-Tu2の対応する部分と組み換えた変異体、逆に標準的なEF-Tuにおいて、対応するアミノ酸残基をC. elegans mt EF-Tu2のものに改変した変異体を作成し、加水分解プロテクションアッセイによりそのアミノ酸特異性を解析した。これによってC. elegans mt EF-Tu2のセリン特異性に寄与するアミノ酸残基について検証した。

T. thermophilus EF-Tu変異体

一般的なEF-Tuとして構造が安定なT. thermophilus EF-Tuをベースにし、アミノアシルtRNAのアミノ酸との結合に関わる残基をEF-Tu2の対応する部分と組み換えた変異体を作成した(図5)。15種類の変異体を作成し、アミノアシルtRNAに対する結合活性を測定した。ここでは酵母 tRNAPheに変異を導入し、3種類のアミノ酸(セリン、フェニルアラニン、アラニン)をチャージ出来るようにしたtRNAを用いた(図6)。 加水分解プロテクションアッセイを行い、セリンに対する特異性を、セリルtRNAとフェニルアラニルtRNA(或いはアラニルtRNA)における加水分解速度定数(kはEF-Tu存在下、kfはEF-Tu非存在下での加水分解速度定数)の比によって評価した(図7)。 図7においてEF-Tu変異体は、thA1は図5におけるAと1の部分をC.elegans EF-Tu2の配列に組み換えた変異体というように、組み換えた部分をA、1、2、3で示してある。ここで特にセリン特異性が高いと評価されるthA23という変異体のプロテクションアッセイの結果を示すと、野生型に比べると結合活性が落ちているものの、セリルtRNAには結合し、フェニルアラニルtRNAとアラニルtRNAにはまったく結合しておらず、確かにセリン特異性を持っていると考えられる(図8)。

C. elegans EF-Tu2変異体

(1)とは逆にC. elegans EF-Tu2をベースとし、アミノ酸との結合に関わる残基をT. thermophilus EF-Tuのものに組み換えた変異体を作成し、結合活性を測定した。アミノアシルtRNAには1-(1)と同じものを用いた。

この結果、C. elegans EF-Tu2はアラニルtRNAには結合しないのに対し、変異体ではアラニルtRNAに対する結合活性が見られた。すなわちセリン特異性を持たなくなったC. elegans EF-Tu2変異体が得られたといえる。

【結論】

加水分解プロテクションアッセイ、結合競争実験の結果から線形動物ミトコンドリアEF-Tu2がセリン特異的であることが強く示唆された。

また、EF-Tu変異体の結合活性からC. elegans EF-Tu2のAの残基(245-ASKTAITGRGTVIV-258)、2の残基(V298R299)、3の残基(H303)がセリン特異性に大きく寄与していると考えられる。

このようなまったく新しいEF-TuのアミノアシルtRNAの認識機構というのは、多様な動物ミトコンドリアtRNAの構造欠損を補うメカニズムの一つだと考えられる。

図1 線形動物ミトコンドリアtRNA

図2 AL suum mt tRNASerUCU derivative with alanine identity

図3 セリルtRNA、アラニルtRNAに対するEF-Tuの結合活性の測定

図4 過剰量のバリルtRNAによるEF-TuとセリルtRNAとの結合の阻害効果

図5 T.thermophilus EF-Tu異変体

図6 yeast tRNAphe derivative

図7 T.thermophilus EF-Tu異変体のセリン特異性の評価

図8 T.thermophilus EF-Tu異変体thA23の結合活性

図9 C.elegans EF-Tu異変体の結合活性の測定

審査要旨 要旨を表示する

Elongation Factor Tu (EF-Tu)は、アミノアシルtRNAと結合してアミノアシルtRNAをリボソームへと運ぶ役割をしているタンパク質であり、アミノアシルtRNAとEF-Tuの結合は、タンパク質合成におけるコドン-アンチコドンのデコーディングに非常に重要である。EF-Tuは、通常、tRNAのアクセプターステムとTアームを認識部位とし、一種類で全てのアミノアシルtRNAに対応することが知られている。

tRNAはクローバーリーフ型の二次構造をとっており、その構造は全生物を通じて非常に保存性が高いことが知られている。ところが、動物ミトコンドリアにおいては異常に短縮された構造を持つtRNAが存在することが知られており、それらは一般的なEF-Tuによって認識されるのは難しいと考えられる。なかでも線形動物ミトコンドリアでは、tRNAの中で最も異常な例である、Tアームの欠けたtRNAとDアームの欠けたtRNA、の両方が存在している。線形動物ミトコンドリアの翻訳系では、EF-Tuも通常と比べC末端に延長部分を持つなど変化していることが知られており、これらのtRNAの異常構造と関係があると思われる。動物ミトコンドリアにおいて、これらの異常tRNAがどうして・どのように機能しうるのかを知るためには、上記のEF-Tuとの関わり、及び、翻訳装置であるリボソーム及び他の翻訳因子との関わりを調べることが不可欠である。

本論文では、このような異常に短縮したtRNAに結合するEF-Tuについて解析しており、線形動物ミトコンドリア翻訳系においてセリン特異性という新しい活性を持つEF-Tuを発見し、さらにその特殊なアミノアシルtRNA認識機構の解明を目指している。

第1章では通常のEF-TuのアミノアシルtRNA認識機構、動物ミトコンドリア翻訳系についての概論と本論文の研究目的を述べている。

第2章では同一の配列のtRNAに種々のアミノ酸をチャージさせ、それぞれとC.elegans mt EF-Tu2との結合活性を測定し比較することにより、C.elegans mt EF-Tu2がセリン特異性であることを証明している。通常のEF-Tuは一種類ですべてのアミノアシルtRNAに対応し、アミノ酸側鎖の種類は識別しないことが知られており、このようなアミノシルtRNAのアミノ酸部分を特異的に認識するEF-Tuは本論文によって初めて見つかったものである。

第3章ではアミノアシルtRNAのアミノ酸部分との結合に関わる残基を組み換えたEF-Tu変異体を作製してそのアミノ酸特異性を測定することによってC. elegans mt EF-Tu2のセリン特異性に寄与するアミノ酸残基について解析を行い、セリルtRNA認識機構を明らかにしようとしている。セリン特異性を持つようになったT. thermophilus EF-Tu変異体、セリン特異性を持たなくなったC. elegans mt EF-Tu2変異体を得ることができており、その結果からかさ高いアミノ酸残基で結合ポケットが狭くなり、フェニルアラニンなどのセリンより大きなアミノ酸側鎖を排除していることを考察している。また、セリンとアラニンの識別に関与する残基も特定している。

第4章では3種類の異なった形のtRNAが存在するショウジョウバエミトコンドリア翻訳系で見つかった2種類のEF-Tuについて、アミノアシルtRNAに対する結合活性を解析している。特にC. elegans mt EF-Tu2とホモロジーの高いD. melanogaster mt EF-Tu2に着目しており、このEF-Tuはセリン特異性は持たないものの、かさ高いアミノ酸を排除するようなアミノ酸特異性を持つことを見出している。

第5章は本論文の総括であり、動物ミトコンドリア翻訳系におけるtRNAとEF-Tuの共進化についても考察を行っている。

以上、本論文はセリン特異性というまったく新たな活性を持つEF-Tuを発見し、異常構造をもつtRNAに対するEF-Tuの認識機構に関して新しい知見を提供している。これらの成果は化学生命工学、特にミトコンドリアの翻訳系における分子生物学の進展に大きく寄与するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク