学位論文要旨



No 121213
著者(漢字) 田中,勉
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ツトム
標題(和) 酸素を利用した蛋白質改変技術の開発とその応用
標題(洋)
報告番号 121213
報告番号 甲21213
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6303号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 助教授 上田,宏
 東京大学 講師 新海,政重
内容要旨 要旨を表示する

蛋白質は生体機能の中枢を担う重要な分子であり、またその優れた機能は産業の観点からも大きな応用可能性を持つ。その蛋白質を理解・利用するにあたり、蛋白質を自由自在に改変する技術、蛋白質工学は非常に重要な分野である。しかしながら既往の技術だけでは限界があり望みどおりの改変蛋白質を得ることはなかなか困難である。

そこで本論文では酵素を用いた蛋白質改変技術を提案しその有効性を実証すると共に、新しい蛋白質改変技術の創出を試みた。本研究の戦略は以下の通りである。はじめに蛋白質に酵素の基質となる短いペプチド「タグ」を導入し目的蛋白質に酵素の基質としての特性を付加する。次に酵素を利用してタグ部分を特異的に改変する。本手法は目的蛋白質に影響を与えることなく改変することが可能である。

まず部位特異的蛋白質連結技術の開発に焦点を当てて研究を進めた。連結反応を触媒する酵素として微生物由来transglutaminase(MTG)に着目した。MTGは基質となる配列が未解明であったため、その配列の探索を行った。そこではS-peptideという配列がMTGのよい基質となることを見出し、このS-peptideを付加したモデル蛋白質EGFPはMTGにより二量体を生成することが判明した。次にS-peptideにおける連結部位の同定を行い、またアミノ酸置換を施してヘテロな二量体を選択的に得るタグへと改良することに成功した。更に蛍光共鳴エネルギー移動を用いて二量体の生成効率に対するアミノ酸置換の影響を検討し、カチオン性のアミノ酸がMTGの基質として適していることを明らかにした。また、蛋白質相互作用を用いて連結反応を抑制することに成功し、連結反応を制御できる可能性を示すことができた。

次に本技術の汎用性を高めるためにタグに焦点を当てた。様々な検討からN末端のグリシンがMTGの基質となること及び蛋白質連結のためのタグとしてトリグリシン配列を見出した。この配列はこれまで報告されているTGを用いた蛋白質修飾の中で最も短く、簡便な配列といえる。更にこの技術を用いて蛋白質のN末端に特異的に人工ペプチドをラベリングすることにも成功し、蛋白質に小分子を修する技術としても利用できる可能性を示すことができた。

本手法の大きな問題点として目的蛋白質それ自体が酵素の基質となる場合、タグ部分特異的に改変することは非常に難しい。すなわち様々な酵素、バリエーションを増やすことは本手法の汎用性を向上させるために非常に重要である。また、酵素の触媒する反応は非常に多岐にわたる。異なる酵素を用いることで蛋白質連結に限ることなく新しい蛋白質改変技術が創出できる可能性を持つ。そこで本研究では新たにペプチド転移酵素Sortaseに着目した。このSortaseを用い、新しい改変技術として蛋白質を環状化する手法の開発を行った。戦略として目的蛋白質の両末端にSortaseの基質となる配列を付加する。次にSortaseを加えて分子内で両末端をペプチド結合で連結し環状化蛋白質を得る。モデル蛋白質として用いたEGFP、DHFRはいずれもSortaseを加えると環状化されて泳動度が変化した。更に質量分析から蛋白質の両末端が連結されたことが確認され、酵素を用いて蛋白質を環状化する技術を確立することに成功した。

本論文では酵素を用いた蛋白質改変技術という分野を拡張し、蛋白質連結技術及び蛋白質改変技術を確立することに成功した。技術面に加えて酵素の基質特異性に関する新たな知見、また天然における環状化蛋白質生成機構に関する推察など学術的にも興味深い結果を得ることができた。今後本技術を更に発展させ、また他の蛋白質改変技術と組み合わせることで望みどおりに蛋白質を改変できるようになると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

蛋白質の諸性質を理解し、またその優れた機能を利用する上で蛋白質を自由に改変する技術は極めて重要である。しかし従来の化学修飾及び遺伝子工学的手法ではその改変部位の位置選択性が低く、また、導入できる分子が制限されるなどの問題点があるため、これを克服すべく様々な技術が開発されている。中でも酵素を利用した蛋白質改変技術は、酵素の基質特異性を利用することで部位特異的に蛋白質を改変することが可能であるが、現在までのところ、その適用範囲は蛋白質への小分子修飾に限定されている。

本研究は酵素を用いた異なる蛋白質の部位特異的連結法の開発にかかわるものである。すなわち、アシル転移酵素transglutaminaseが、立体的な自由度が高いフレキシブルな部位に存在するリジン残基とグルタミン残基を基質として認識し、これらのアミノ酸残基間を連結すること、またリジン残基の近傍に塩基性アミノ酸が存在すると基質としての反応性が高まることを明らかとしている。このようなリジン残基あるいはグルタミン残基を含むペプチドタグを、連結したい蛋白質のN末端、C末端、ループ領域に導入することにより、異種蛋白質の部位特異的なヘテロ二量化に成功している。さらに、立体障害の少ないN末端のグリシンがtransglutaminaseによるグルタミン残基との連結反応の良い基質となることを発見し、本連結技術をN末端特異的蛋白質連結・修飾法として発展させている。続いて、LPXTGという特異的なアミノ酸配列を認識してTとGの間で切断し、このTにN末端グリシンを有するペプチドあるいは蛋白質を連結するペプチド転移酵素Sortaseを用いた異種蛋白質の部位特異的連結技術の開発を行っている。さらに、異種蛋白質を連結する概念を分子内連結反応に拡張して、酵素を用いた蛋白質のN末端とC末端の連結による環状化技術の開発にも成功し、酵素を用いた蛋白質連結技術を大きく発展させている。

第1章では研究の背景、研究目的について述べている。

第2章では微生物由来transglutaminaseを用いて異種蛋白質を連結する手法の有効性を示している。目的蛋白質にtransglutaminaseの基質となるリジン残基あるいはグルタミン残基を含むタグ配列(以後、それぞれKタグ、Qタグと呼ぶ)を遺伝子工学的に導入し、発現・調製した蛋白質のタグ部分を酵素により特異的に連結する技術の確立に成功している。RNaseA由来のS-peptide配列がtransglutaminaseの良い基質であることを見出し、この配列を改変してヘテロダイマーのみを選択的に得ることができるKタグ、Qタグ配列を見出している。さらにそれぞれのN末端に各種のKタグ、Qタグを遺伝子工学的に導入した蛍光蛋白質ECFPとEYFPを用い、transglutaminaseによるECFPとEYFPの連結反応の進行に伴うFRETシグナルの変化を利用してタグ配列の反応性について検討し、リジン残基の近傍にカチオン性残基が存在するKタグがtransglutaminaseの良い基質となることを明らかにしている。

第3章ではタグ配列の多様性を増やすことを目的としてtransglutaminaseの新たな基質配列について検討している。その結果、蛋白質N末端のトリグリシン配列がtransglutaminaseの基質となることを新たに見出し、N末端グリシン特異的な蛋白質連結法へと発展させている。さらに、蛋白質のN末端グリシンに特異的に小分子をラベルする技術としても応用できることを示している。

第4章では、ペプチド転移酵素SortaseがLPXTG配列のTとGの間で切断し、このTにN末端グリシンを有するペプチドあるいは蛋白質を連結するという反応特性を利用して、蛋白質1分子内でN末端、C末端の連結反応を行い、蛋白質の環状化に成功している。環状化ジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)の熱安定性を分光学的手法により評価した結果、変性温度を10℃と大幅に向上させることに成功したと述べている。また、本酵素を用いて環状化したPHドメインの脂質結合能を評価し、環状化PHドメインが本来の機能を保持していることを明らかにしている。さらに、遺伝子工学的にLPXTG配列を介してSortaseと連結したEGFPあるいはDHFRを大腸菌内で発現させ、EGFPあるいはDHFRの環状化反応を大腸菌内で行うことにも成功し、環状化蛋白質のin vivo創製技術を確立している。

第5章では本論文の総括と展望を述べている。

以上、本論文はtransglutaminaseによる部位特異的な蛋白質-蛋白質連結技術、Sortaseによる蛋白質環状化技術という新規な技術を開発し、酵素を用いた蛋白質改変技術の有効性を実証したものである。これらの成果は、蛋白質工学分野ならびに化学生命工学分野の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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