学位論文要旨



No 121218
著者(漢字) 上田,真也
著者(英字)
著者(カナ) ウエダ,シンヤ
標題(和) 次世代超伝導材料の設計と臨界電流特性の改善
標題(洋)
報告番号 121218
報告番号 甲21218
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6308号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 鹿野田,一司
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 下山,淳一
 東京大学 助教授 為ヶ井,強
内容要旨 要旨を表示する

現在、超伝導技術の応用は特殊な分野より徐々に広がりつつある。電気抵抗率がゼロで従来の金属導体に比べて桁違いに高い電流密度で通電しジュール熱も発生しないという大きなメリットを持ち、低損失で効率的かつ環境負荷が小さいという点から今後ますます期待される技術といえる。本論文では、従来材よりも冷却コストの低い高温における磁場下での作動を担える次世代超伝導線材として有望な銅酸化物超伝導体および金属系超伝導体に注目し、それらの磁束ピンニング機構の理解に基づく臨界電流特性の改善、さらに材料設計の研究について記した。基礎的研究と応用・実用化研究との密接な連携をとりながら超伝導材料の設計開発を行っている点が大きな特徴であり、(i) Hg(Re)系超伝導体の単結晶育成および物性評価、(ii) 高臨界電流密度特性を持つMgB2バルクの作製という、大きく分けて2つの研究から構成される。

Hg(Re)系超伝導体の単結晶育成および物性評価

Hg系超伝導体のHgサイトの一部をReで置換したHg1-xRexBa2Ca2Cu3Oy[HgRe-1223]は、高い臨界温度Tc~ 135 Kを保ったまま臨界電流特性が大幅に改善し、また化学的にも安定化されることが報告され[1]、高温、高磁場下での作動を目的とした次世代超伝導線材候補として一躍期待が高まった。しかしながら、Hg系超伝導体は、高温でHgが飛散して超伝導相が分解するため液相成長による単結晶育成が難しいため、不純物の影響がないmmサイズの単結晶を再現性よく育成できた例がこれまでになく、基礎物性はほとんど理解されていなかった。そこで本研究では、HgRe-12(n-1)n (n = 2, 3, 4)の単結晶育成を試み、精密な物性評価を通して、Reが磁束ピンニングや電気的磁気的異方性に及ぼす効果、Hg(Re)系超伝導体の磁気相図、CuO2面の枚数の違いが物性に及ぼす影響、等の興味深い基礎物性を明らかにし、またそれらを通して材料としてのポテンシャルを明らかにすることを目指した。

単結晶育成は、石英管に封入して行う常圧におけるFlux法により行い、通常用いられる坩堝材(Al2O3, Y2O3など)からのAl, Yの不純物混入を避けるため、代わりにBa-Cu-O系のFluxに対して安定な高品質BaZrO3タンマン管を研究室で開発して用いた。また、BaF2添加によるFluxの融点を低下の工夫を行い、Fluxの仕込み組成、温度条件を様々に変えた結果、精密な物性測定が可能な~1mm角のHgRe-12(n-1)n (n = 2, 3, 4)単結晶育成に初めて成功した。HgRe-1223(n = 3)単結晶における電気抵抗率測定による磁束格子の一次相転移の観測、またn = 2, 3, 4の単結晶における詳細な磁化測定結果から、Hg(Re)系超伝導体について次のような知見が得られた。まず、キャリアドープ状態がほぼオプティマルのHgRe-12(n-1)n (n = 2, 3, 4)はほぼ同じ異方性パラメータ・2 ~ 1000を持つことが明らかとなった。ノンドープのHg-1223やHg-1234の・2 ~2500と比べて異方性が大きく低下する理由は、c軸長の短縮(~0.2 〓)、およびRe酸化物の電気抵抗率の低さに由来するc軸方向の電気抵抗率の低減によると考えられる。次に、Reドープにより100 K以上の高温まで有効に働くピンニングセンターが導入されることが分かり、H-T相図からはReはランダムな点欠陥として働き、磁束ピンニング特性を改善することが示唆された。

Hg(Re)系超伝導体は材料としてのポテンシャルも高く、Hg0.75Re0.25-1223単結晶はTcが高いことを反映し、すでに実用段階にあるBi系やY系超伝導体と同じ温度で比べると、自己磁場でより高い臨界電流密度Jcを示すことが分かった。さらに100 Kにおいても自己磁場のJc > 104 A/cm2、不可逆磁場Hirr ~ 1 Tを示すことから、低磁場における高いJcを活かした電流リードや送電線として液体窒素温度77 Kよりもはるかに高い温度領域における実用も可能と言える。

高臨界電流特性を持つMgB2バルクの作製

2001年に金属系超伝導最高のTc ~ 39 Kを持つことが発見されたMgB2は[2]、液体ヘリウムを必要としない新金属超伝導材料候補であり、長いコヒーレンス長・a(0) ~ 7 nmを持つため永久電流回路の作製に有利、さらに材料コストが安いといった特長を持ち、特に冷却コストが低い~20 KにおけるMRI、マグレブなどへの4 ~ 5 Tの磁場発生応用が期待されている。ところが、長いコヒーレンス長に由来して上部臨界磁場Hc2(0) ~ 18 Tと低く、さらに有効なピンニングセンターを持たないために、20 KにおけるHirrは~ 4 Tと低く、Jcも磁場に対して単調かつ急激に低下する。そこで本研究ではまず不純物ドープにより元素置換やナノスケールの欠陥の導入を試み、有効な磁束ピンニングの導入と上部臨界磁場の上昇の両面から臨界電流特性の改善を目指した。

各種元素や化合物のドープ効果を手広く系統的に調べた結果、アルカリ金属、アルカリ土類金属の炭酸塩ドープがHc2(0) ~ 30 Tまで上げ、磁束ピンニング特性も大幅に改善することを見出した。これはBサイトのC置換によるキャリア散乱の増大により・aが短縮してHc2が上昇し、また不純物によるMgB2の粒成長の抑制が粒界密度を増やし、粒界ピンニングを増大させたためと考えられる。

さらにMgB2線材の高密度化による電流パスの増大からのJc特性改善を試みた。Mg, B粉末から通常の固相反応によりMgB2を合成すると、原料粉末よりMgB2の理論密度の方が高く、さらに自己焼結するため理論密度の50%にも達しない。そこで、MgB2が相図上で不定比組成を持たないこと、Mgが低融点金属であり850・Cにおいては~ 5 x 10-2 atmの高い蒸気圧を持つことを考慮し、金属管の中にMgとBを分けていれ熱処理中にMgの固相拡散によりMgB2を合成する手法Powder-in-closed-Tube(PICT)- diffusion methodを開発した。この手法により常圧で簡便にほぼ100%の密度を持つMgB2線材を得られるようになり、熱処理条件の最適化により20 K, 自己磁場で非常に高いJc = 0.86 MA/cm2を達成した。これは従来法による低密度MgB2バルクのJcの2-3倍に相当する。高密度化による電流パスの増大と、MgB2粒成長の抑制による粒界ピンニングの制御が同時に達成されたためと考えられる。さらに、PICT- diffusion methodを用い、同時にB4C, SiCなどの有効なドーパントを添加することで20 K, 4 Tにおいても実用水準のJc > 10000 A/cm2を保つ線材が得られた。

本論文では共にTcが高く、次世代実用超伝導材料として有望な Hg(Re)系高温超伝導体およびMgB2超伝導体に注目し、Hg(Re)系高温超伝導体では良質な単結晶育成を行い、精密な物性測定を通してReドープ効果やHgRe-1223が高温における広い用途に応用可能であることを明らかにした。一方、MgB2超伝導体では、不純物ドープによる臨界電流特性の改善、および新規な高密度バルク線材の作製手法であるPICT- diffusion methodの開発に成功し、2つの手法を組み合わせることにより20 K, 4 Tにおいてほぼ実用水準の臨界電流特性を持つMgB2線材を得た。本研究によってこれら2つの超伝導材料はそれぞれ従来材では到達できない温度領域において応用に高いポテンシャルを持つことが示され、今後これらの広範な利用が期待される。

J. Shimoyama, K. Kitazawa and K. Kishio, Proc. 10th Anniv. HTS Workshop on Physics (1996) 85.J. Nagamatsu, N. Nakagawa, T. Muranaka, Y. Zenitani, and J. Akimitsu, Nature 410, 63 (2001).
審査要旨 要旨を表示する

本論文は、次世代超伝導材料の候補物質として注目されている水録-レニウム系銅酸化物および2ホウ化マグネシウムに関する研究を著したものである。水銀-レニウム系銅酸化物群の1223相は化学的に安定でかつ最高の臨界温度を示す超伝導体でありながら、良質な単結晶育成が困難であったためその基礎物性はほとんど理解されていなかった。本研究においてはまず良質な水録-レニウム系銅酸化物の単結晶育成を試み、独自に開発したタンマン管の利用によって初めてこれに成功した。得られた単結晶について電気的磁気的異方牲、臨界電流特性、磁気相図を明らかにし、レニウム置換の物理的化学的効果や実用材料としての十分なポテンシャルを示した。さらに類縁の1212相および1234相の単結晶育成にも成功しこれらの基礎物性についても初めて明らかにした。2ホウ化マグネシウムに関する研究では実用が想定される20Kでの臨界電流特性改善を課題とし、様々な物質のドーピングを調べた結果、炭酸塩ドープ、特に炭酸ナトリウムドープの有効性を発見し、その効果がホウ素サイトの炭素置換によって説明できることを示した。さらに多結晶組織の緻密化を独自に開発した金属封管内拡散法(PICT拡散法)によって実現し臨界電流密度の飛躍的な改善に成功した。

第1章では、超伝導応用の特長と必要性を一般的な視点から論じ、次世代超伝導材料開発の意義を述べている。

第2章では、水銀-レニウム系銅酸化物に関する研究について、まず水銀系超伝導体やレニウムドープ効果の従来の知見や、様々な単結晶育成例について述べ、水録-レニウム系銅酸化物の良質な単結晶育成およびその物牲評価の意義を明示した。独自に開発したジルコニウム酸バリウム製タンマン管を用いて初めて良質な1212、1223、1234各相の単結晶育成に成功し、その電気的磁気的特性を系統的に評価し、本物質群の基礎物性の特徴を他の銅酸化物超伝導体との比較によって描出した。特に、レニウム置換が本質的な電気的磁気的異方性の低下を伴うこと、本物質群が液体窒素温度以上の高温での実用材料として十分な臨界電流特性を有していることを実証したことが大きな成果である。

第3章では、2ホウ化マグネシウム多結晶体の高臨界電流特性化による材料化の期待とそれに向けての戦略を述べ、成果としてまず、炭酸ナトリウムドープが20K、高磁界下での臨界電流特性改善に有効な手法であることを示した。その改善機構に関してはホウ素サイトの炭素置換であることを明らかにしている。また、多結晶組織の緻密化による高臨界電流密度化手法として新たにPICT拡散法を開発し、その優れた臨界電流特性を実証するとともに、炭素置換による一層の特性改善に関する成果を詳述した。

第4章では、水銀-レニウム系銅酸化物および2ホウ化マグネシウムに関しての本研究の成果を統括し、これらの次世代材料としての可能性に言及し、他の超伝導体に対する高機能化への展望を著した。

以上要約したように、本研究の成果は、水録-レニウム系銅酸化物および2ホウ化マグネシウムが次世代超伝導材料の有望な候補物質であることを確定させるものであり、他の超伝導物質に対してもさらなる特性改善の手法、指針を与えている。

本論文の内容は、応用化学を基礎とした物性化学、物性物理、低温工学などにまたがる融合学問分野である超伝導材料科学に対して大きく貢献するものと期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク