学位論文要旨



No 121227
著者(漢字) 三井,美絵
著者(英字)
著者(カナ) ミツイ,ミエ
標題(和) 神経インターフェイスのための神経電極に関する研究
標題(洋)
報告番号 121227
報告番号 甲21227
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6317号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎮西,恒雄
 東京大学 教授 伊福部,達
 東京大学 教授 満渕,邦彦
 東京大学 講師 磯山,隆
 東北大学 教授 井街,宏
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景と目的

人工心臓などの人工物と生体の神経系とを接続し、信号の入出力を行う技術を神経インターフェイスという。生体内の神経に埋込む神経電極は、研究段階のものも含めて針型電極、テトロード電極、神経束外電極、神経束内電極、神経再生型電極などが提案されており、針型電極や神経束外電極においては既に臨床応用されている。しかし、いずれの神経電極も神経信号を多チャンネルで長期間安定して計測できないのが現状である。複雑な動きをする人工物を詳細に制御し感覚を生成するという、理想的な神経インターフェイスを実現するためには、神経電極が神経線維に対して低侵襲であること、運動時にも計測点と神経線維とのずれがないこと、神経線維の数と同程度のチャンネル数を有すること、などの条件を満たす必要がある。そのためには、神経電極の加工上の問題だけでなく、神経電極のデザインや神経信号の計測方法から再考する必要があると考えた。

本研究では、多チャンネルかつ長期間安定して神経信号を計測できる新たな神経電極を開発すること、そして作成した神経電極を用いて人工心臓を制御することを目的とした。

本研究において計測対象とする神経は末梢神経(心臓交感神経、迷走神経心臓枝)とする。

神経束内電極Aの開発

神経信号を高いS/N比で長期間安定して計測するために、神経電極の計測点を神経束内に設置する神経束内電極に着目した。従来の神経束内電極には、チャンネル数が少ない、神経束への埋込みに時間がかかる、電極作成時の生産性が悪いといった問題がある。よって本研究では、チャンネル数が多く、埋込み時間が短く、生産性の良い神経束内電極Aをデザインし、作成した(図1)。また神経束内電極Aとの比較のために、従来の神経束外電極、神経束内電極も作成した。5羽の日本白色家兎の頸部迷走神経での慢性計測を行ったところ、神経束内電極Aは従来の神経束外電極に比べて神経信号のS/N比が1.6から2.0へと高くなった。また従来の神経束内電極に比べ、神経信号の計測期間が2週間から3週間へと延び、神経への埋込み時間が短縮され、電極の生産性が上がり、神経束内電極Aの有効性を示唆した。

神経束内電極Bの開発

神経信号のさらなる長期計測のためには神経繊維への侵襲を軽減することが重要であると考え、マイクロマシン技術を用いて電極全体を柔軟なPolyimideフィルムで作成した神経束内電極B(図2)を開発した。また神経電極の計測部分と神経線維との位置ずれをさらに軽減するために、計測部分付近に“かえし”構造を作成した。日本白色家兎の頸部迷走神経での急性計測を行ったところ、神経束内電極Bでの神経信号のS/N比は神経束内電極Aと同程度の1.9であった。また神経束刺入後に電極が抜けにくくなるという“かえし”構造の有効性を確認した。

軸索誘導機構を有する神経電極Cの開発

十分な神経インターフェイスの機能を実現するためには、神経電極のさらなる多チャンネル化、神経電極上での神経信号の単離が不可欠である。そのためには、一度切断された神経軸索が再生する際に、複数の神経細胞の軸索を多チャンネルの神経電極上に確実に誘導する技術の実現が必要だと考える。軸索誘導は、タンパク質のパターニングや培養液中の神経成長因子の濃度勾配、成長円錐への直流電圧の印加などによって行われているが、生体内で確実に電極1チャンネル上に1本の軸索を誘導するには不十分である。

そこで本研究では、神経電極の全チャンネルに軸索1本のみが通れる大きさの“トンネル”構造を作成することで、神経電極上での神経信号の確実な多チャンネル単離、高いS/N比での信号計測を目的とし、軸索誘導機構を有する神経電極C(図3)を作成した。まず本研究においては、軸索1本を誘導するための最適な“トンネル”構造を検証するため、発生10日目のニワトリ胚の後根神経節細胞を初代培養し、in vitroでの評価実験を行った。

人工心臓の制御式の開発

作成した神経電極を用いて人工心臓を制御するための、人工心臓の制御式も開発した。そもそも生体の心臓は、循環中枢から神経系及び液性系を介した制御を受けており、特に循環中枢からの要求への対応速度が速い神経系情報によって、必要心拍出量の変化に迅速に対応している。これに対し現在の人工心臓は、生体内の血圧や血流量などから心拍出量を制御するという試みがなされているが、刻々と変化する必要心拍出量への対応速度が遅いといった問題がある。

そこで本研究においては、人工心臓の制御を、自然心臓の制御と同様に、生体からの要求への対応速度が速い神経信号を用いて行うことを目的とし、本研究で開発した神経電極を用いて計測した神経信号と人工心臓の拍動数との関係式の開発を行った。

まず予備実験として、麻酔下の日本白色家兎の心臓交感神経信号(Cardiac Sympathetic Nerve Activity:以下CSNA)と心機能データとを同時計測し、解析した。これらの解析結果と先行研究を参考に、CSNAと心拍数との関係式(1)(2)を開発した。そして作成した計測・制御プログラムを用いて、健常ヤギの運動時におけるCSNAと心拍数とを同時計測し、開発した関係式の有効性を示唆した。

HR[t] = a x CSNAg[t] + HR min ・・・・・・・・(1)

CSNAg[t] = 〓(g(t) x CSNA[t-L])・・・・・・・・(2)

HR[t]:心拍数(出力値)

a:比例定数(パラメータ1)

CSNAg[t]:重み付きの心臓交感神経活動量

HRmin:最低心拍数(パラメータ2)

g(t):正規分布関数

標準偏差(パラメータ3)

平均(パラメータ4)

CSNA[t]:心臓交感神経活動量(入力値)

t:時刻

L:時間遅れ

まとめ

本論文では、神経インターフェイスのための新しい神経束内電極A,Bを開発し、日本白色家兎での信号計測実験を行い、その有効性を示唆した。また軸索誘導機構を有する神経電極Cを開発し、ニワトリ胚の後根神経節細胞を用いてin vitroで、軸索を誘導するための構造の検証実験を行った。さらに本研究において作成した神経電極を用いて人工心臓を制御するために、心臓交感神経信号と心拍数との関係式も開発し、有効性を示唆した。

理想的な神経インターフェイスを実現するためには、まだ解決すべき課題が山積している。本研究は、その第一段階ではあるものの、理想的な神経インターフェイスの実現に寄与できることを期待し、本論文の結びとする。

図1 神経束内電極A (a)計測部分(b)計測した神経信号

図2 神経束内電極B (a)計測部分(b)計測した神経信号

図3 神経電極C (a)"トンネル"のデザイン(b)in vitro 実験

審査要旨 要旨を表示する

学位請求論文は「神経インターフェイスのための神経電極に関する研究」と題し、7章からなる。第1章は緒言で、既存の神経インターフェイスの例とその特徴、神経インターフェイスの接続先である生体の神経系と神経細胞の説明、従来の神経電極の特徴とその問題点を明らかにしている。そして従来の神経電極の、神経線維への侵襲が大きい、計測中に神経線維と電極の計測点との位置ずれが生じる、計測した神経信号の分解能が低いという問題点を解決する新しい神経電極を目指す本論文の目的と立場と意義を明確に述べている。また本論文で開発した神経電極A, B, C, D, Eの概要を述べている。

第2章は「神経電極Aの開発」と題し、従来の神経束外電極に長期計測のための改良を加えた神経電極Aの開発について詳述している。神経電極Aは、神経線維と電極の計測点との位置ずれを軽減するために、電極部分をシリコーンチューブ中に浮かせて固定し、埋込み後に神経束とシリコーンチューブとの隙間をシリコーン接着剤で埋め、シリコーンチューブ全体を紐で固定している。ヤギの胸部迷走神経で3週間、心臓交感神経で1週間、S/N比が1.6の神経信号を計測することができ、神経電極Aの有効性を示唆している。

第3章は「神経電極Bの開発」と題し、従来の神経束内電極に長期計測のための改良を加えた神経電極Bの開発について詳述している。神経電極Bは、神経信号を長期間安定して計測するために電極の計測部分に白金黒とMPC膜を付け、神経線維と電極の計測点との位置ずれを軽減するために埋込み後に電極全体をシリコーンチューブとシリコーン接着剤で固定している。ラットの大腿部坐骨神経で2週間、S/N比が2.25の神経信号を計測し、神経電極Bの有効性を示唆している。

第4章は「神経電極Cの開発」と題し、神経電極Bに比べて電極のチャンネル数が多く、計測部分の神経線維を痛めず神経束へ刺入でき、神経束への埋込みと固定が容易にでき、電極作成時の生産性の良い神経電極Cの開発について詳述している。ウサギの頸部迷走神経での評価実験を行ったところ、神経電極Cで計測した神経信号のS/N比は神経電極Aに比べて1.6から2.0へと改善された。また神経電極Cは神経電極Bに比べ、神経信号の計測期間が2週間から3週間へと延び、神経束への埋込み時間が短縮され、電極作成時の生産性が上がり、神経電極Cの有効性を示唆している。

第5章は「神経電極Dの開発」と題し、微細加工技術を用いて神経電極Cを柔軟なPolyimideフィルムで作成した神経電極Dの開発について詳述している。神経電極Dでは、神経線維への侵襲を軽減するだけでなく、電極の計測部分と神経線維との位置ずれをさらに軽減するために、電極の計測部分付近に“かえし”構造を作成している。ウサギの頸部迷走神経での評価実験の結果、神経電極Dで計測した神経信号のS/N比は神経電極Cと同程度の1.9であった。また神経束への刺入後に電極が抜けにくくなるという“かえし”構造の有効性を示唆している。

第6章は「神経電極Eの開発」と題し、従来の神経電極の、計測した神経信号の分解能が低いという問題点を解決するために、神経電極の全チャンネルに軸索1本のみが通れる大きさの“洞穴”構造を作成した軸索誘導機構を有する神経電極Eの開発について詳述している。本論文では、“洞穴”構造によって、神経電極上での神経信号の確実な多チャンネル単離、高いS/N比での信号計測を目的とし、1本の軸索のみを誘導する“洞穴”構造の最適な大きさを検証している。ニワトリ胚の後根神経節細胞を用いたin vitroでの評価実験を行い、高さが2−5・mの構造物内に1本の軸索が伸長するという知見を得ている。

第7章の「結論」において、以上の本論文の内容、神経電極A, B, C, D, Eの特徴と問題点をまとめ、それぞれの問題点に対する今後の展望を述べている。

以上、本論文は従来の神経電極の問題点を解決し、理想的な神経インターフェイスを実現するため、神経電極A, B, C, D, Eを作成し、それぞれについて評価実験を行い、その有効性を示唆している。理想的な神経インターフェイスを実現するためには、神経電極A, B, C, D, Eにはまだ解決すべき課題が山積しているが、本論文は、その第一段階ではあるものの、理想的な神経インターフェイスの実現に寄与しうると期待でき、医工学や生物学の分野に大きく貢献していると認められる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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