学位論文要旨



No 121229
著者(漢字) 川勝,泰二
著者(英字)
著者(カナ) カワカツ,タイジ
標題(和) イネの葉間期制御に関する発生遺伝学的研究
標題(洋)
報告番号 121229
報告番号 甲21229
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2942号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長戸,康郎
 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 助教授 経塚,淳子
 東京大学 助教授 草場,信
 東京大学 助教授 中園,幹生
内容要旨 要旨を表示する

葉は植物の生命活動に必須な光合成や蒸散などを行う地上部における最も重要な器官である。光合成機能の強化や受光体制の改良を目指した研究はなされているものの、葉の分化パターン・葉形そのものを改変しようとする試みはほとんどなされていない。イネの地上部の体制は葉の分化パターン、草丈、分げつによって決定されるが、分げつは葉腋に形成されるので、葉の分化パターンが大きな要因になっている。したがって、葉の分化パターンの制御機構を明らかにすることは、葉だけでなく、イネ全体の体制の決定機構に対して重要な知見を与えると考えられる。本研究では、葉の時間的分化パターンの制御機構を明らかにすることを目的とし、葉間期(葉を分化する時間間隔)が短くなった変異体の解析を行った。

葉間期と葉の成熟速度を変更するplastochron1, plastochron2変異体の解析

変異原処理したM2集団から、葉間期が短くなる変異体を同定した。そのうち3系統は対立関係にあり、また既報のPLASTOCHRON1 (PLA1)とは異なる遺伝子座に由来していたので、plastohron2-1 (pla2-1), pla2-2, pla2-3とした。pla2は野生型及びpla1よりも短い葉を短い葉間期で分化していた。pla2-2の茎頂分裂組織(SAM)は野生型よりも大きかったが、pla1-4よりも小さかった。pla1, pla2ともに野生型より高い細胞分裂活性を示したが、pla2の方がpla1-4よりも高かった。従って、SAMのサイズよりも、細胞分裂活性の方が葉間期と密接な関連があると考えられる。生殖生長期において、pla1と同様に、pla2も節間伸長の異常により矮性を示したが、節間伸長パターンはpla1とpla2で異なっていた。また、pla2は、pla1と同様に、野生型では退化してしまう苞葉が過伸長し、一次枝梗原基がシュートに転換した。このことは、本来退化してしまう苞葉が栄養生長期の終了に重要であることを示唆している。また、pla1 pla2二重変異体は、それぞれの単一変異体よりもシビアな表現型を示したことから、PLA1とPLA2は独立の経路で冗長的に機能すると考えられる。

野生型、pla1、pla2において、葉間期と葉のサイズの間に有意な正の相関が見られた。このことは、葉の生長と葉間期に何らかの関係があることを示唆している。葉の生長過程を解析したところ、pla1, pla2の葉の短化は生長期間の短縮が原因であった。生長期間の短縮にもかかわらず、組織分化など葉の発生イベントは正常に行われていた。このことは、pla1、pla2では葉の成熟が早まったこと、従ってPLA1, PLA2遺伝子は葉の成熟の時間的制御に関わっていることを示している。実際、PLA1のコピー数を増加させた個体では、葉の成熟が遅くなり、葉間期が長くなっていた。

従来、葉序の決定に関し、若い葉原基が新たな葉原基の分化を抑制することが示唆されてきた。pla1、pla2で、葉の成熟の促進と葉間期の短縮が同時に観察されたことは、未熟な葉原基が新しい葉原基の分化を時間的にも抑制していること、成熟した葉では抑制効果が解除されていることを示している。生殖生長期において、PLA1、PLA2は苞葉の成熟を非常に強く抑制しており、野生型の苞葉は生長することなく退化してしまうが、pla1、pla2では、苞葉の成熟抑制がある程度解除されるために、短いながらも成熟が進むようになり、一次枝梗原基からシュートへの転換が起こると考えられる。

PLASTOCHRON2遺伝子の単離と機能解析

PLA2遺伝子の機能をさらに明らかにするために、PLA2遺伝子の単離を行った。pla2-1ヘテロ個体とインディカ品種KasalathのF2集団を用いたマッピングにより、PLA2は第1染色体長腕158cM付近の約66kb内に座乗していることが明らかになっていた。この領域には、pla2に類似した表現型を示すトウモロコシのterminal ear1 (te1)の原因遺伝子のオーソログが存在していた。野生型とpla2の3つのアリルについて、TE1オーソログの塩基配列を決定したところ、いずれのアリルにも塩基置換が存在した。pla2-2は台中65号由来、pla2-3は金南風由来であるが、両者は全く同じ部位に塩基置換が起きていた。TE1オーソログを含むゲノム断片をpla2-1ホモ個体に導入したところ、完全に表現型が相補された。したがって、PLA2はTE1のオーソログであり、分裂酵母における減数分裂のマスタースイッチであるMEI2様RNA結合タンパク質をコードしていることが明らかになった。MEI2は、non-codingであるmeiRNAと結合することが報告されているが、イネゲノム配列情報内において、meiRNAと高い相同性を示す配列は存在しなかったため、PLA2はmeiRNAとは異なるRNAと結合すると考えられる。

次に、PLA2の発現パターンを解析した。PLA2は、胚発生から発現しており、栄養生長期においては、葉を分化するSAMでは発現せず、若い葉原基の頂部と葉縁部で強く発現していた。このことは、PLA2は葉原基の頂部、葉縁部の成熟を抑制していることを示唆している。また、葉原基の分化速度は、SAMが直接制御しているのではなく、葉原基からのシグナルを介して制御されていると考えられる。生殖生長期になると、PLA1が苞葉でのみ発現するのに対し、PLA2は苞葉全体と花序分裂組織で発現するようになった。従って、PLA2は、苞葉の成熟制御を介して花序分裂組織のアイデンティティーを制御するだけでなく、花序分裂組織のアイデンティティーを直接制御している可能性も考えられる。

plastochron3変異体および原因遺伝子の解析

PLA1, PLA2とは異なる遺伝子座(PLA3)に由来する変異体pla3-1, pla3-2を同定した。pla3は、pla1およびpla2よりも更に短い葉間期を示した。pla3は、栄養生長期において、葉間期の短縮以外にも、胚の巨大化、休眠異常、葉の融合、SAMの分裂、葉によるSAMの消費などの多様な表現型を示した。pla3においても、葉の成熟が早まっており、PLA3は、PLA1もしくはPLA2と同様の機構によって葉間期の制御をしていると考えられる。生殖生長期において、pla3でも節間伸長パターンの異常、一次枝梗原基からシュートへの転換が起きていたが、節間伸長パターンはpla1のものとほぼ同様であった。また、pla3-1 pla1-4二重変異体はpla3-1と区別がつかなかった。このことから、PLA3はPLA1の上流で機能すると考えられる。

PLA3遺伝子の機能を明らかにするために、ポジショナルクローニングを行った。pla3-1ヘテロ個体とインディカ品種KasalathのF2集団を用いたマッピングにより、PLA3は第3染色体長腕147cM付近に座乗していることが明らかになった。この領域には、葉間期の短縮など多様な表現型を示すシロイヌナズナの変異体altered meristem program1 (amp1)の原因遺伝子のオーソログが座乗していた。野生型とpla3の2つのアリルについて、AMP1オーソログの塩基配列を決定したところ、いずれのアリルにも塩基置換が存在した。したがって、pla3の原因遺伝子はAMP1オーソログであると考えられる。PLA3はグルタミン酸カルボキシペプチダーゼをコードしており、小さいシグナルペプチドの生成に関わっていると考えられる。amp1では、サイトカイニン含量が増加しており、pla3の多様な表現型もサイトカイニンの異常が原因であることと考えられる。

次に、PLA3の発現パターンを解析したところ、全ての器官において発現していた。したがって、PLA3は植物体全体で、様々なシグナルペプチドを生成することにより、多様な発生現象を制御していると考えられる。

イネのA-typeレスポンスレギュレーターの発現解析

サイトカイニンシグナリングにはTwo-Component-Signaling(TCS)と呼ばれる、普遍的なシグナル伝達系が用いられている。シロイヌナズナやトウモロコシではその主要因子の解析が進められているが、イネでは行われていないため、主要因子の1つである、OsRRA(Oryza sativa response regulator, A-type)を同定した。イネゲノム配列上には、13のOsRRAが存在した。このうち、8つのOsRRAはサイトカイニンに応答して発現が誘導された。サイトカイニン応答性のOsRRAの発現解析により、pla変異体におけるサイトカイニン含量を推定した。pla1, pla2, pla3のいずれの変異体でも、複数のOsRRAの発現が野生型に比べ、上昇していたことから、pla変異体のサイトカイニン含量が増加している可能性が示された。

以上、本研究では、イネの葉間期が短くなるpla1, pla2, pla3変異体の解析により、PLA遺伝子が葉の発生プログラムの時間的制御を介して葉間期を制御していることを明らかにした。これまでのシュート構築における研究ではSAMから葉へのシグナルに重点が置かれていたが、本研究により葉の分化・発生のフィードバック機構の存在が 明らかになった。PLA1、PLA2、PLA3のさらなる解析は、葉の分化・発生のフィードバックシグナルの正体を突き止め、しいてはイネのシュート構築機構解明の重要なキーになっていくと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

葉は植物の生命活動に必須な光合成や蒸散などを行う地上部における最も重要な器官である。葉の分化パターンを制御することにより、イネ全体の体制の改変が可能になると考えられる。本研究は、葉の分化の時間的パターンである、葉間期(葉を分化する時間間隔)の制御機構を解明する目的で、葉間期が短くなった変異体を解析し、イネにおける葉間期制御機構を明らかにしたものである。本論文の内容は、4つの章から構成されている。

葉間期と葉の成熟速度を変更するplastochron1, plastochron2変異体の解析

既報のPLASTOCHRON1 (PLA1)とは異なる遺伝子座に由来する、葉間期が短くなるplastochron 2 (pla2)変異体を同定した。pla2はpla1より短い葉間期を示した。生殖成長期にはいると、pla1、pla2では、野生型では退化する苞葉が過伸長し、一次枝梗原基がシュートに転換したため、PLA1, PLA2は葉間期の制御だけでなく、栄養生長期の終了にも関わっているとを考えられる。また、pla1 pla2二重変異体は、相乗的な表現型を示し、PLA1とPLA2は独立の経路で冗長的に機能すると考えられる。

pla1, pla2の葉は、小さくなっていたが、組織分化などの発生イベントは短期間で正常に行われており、成熟が早まっていた。逆に、PLA1のコピー数を増加させた個体では、葉の成熟が遅くなり、葉間期が長くなっていた。発現パターンと考え合わせると、PLA1, PLA2は、直接は葉の成熟速度を制御していると考えられる。変異体での葉間期の短縮は、未熟な葉原基から新しい葉原基に伝えられる分化抑制シグナルが早期に解除されたためであろう。

PLASTOCHRON2遺伝子の単離と機能解析

ポジショナルクローニング法により、PLA2遺伝子の単離を行った。PLA2は分裂酵母における減数分裂のマスタースイッチであるMEI2様RNA結合タンパク質をコードし、トウモロコシのTERMINAL EAR1 (TE1)のオーソログであった。PLA2は、栄養生長期においては、葉を分化する茎頂分裂組織では発現せず、若い葉原基の頂部と葉縁部で強く発現しており、葉原基の頂部、葉縁部の成熟速度を抑制していると考えられる。生殖生長期になると、PLA2は苞葉全体と、花序分裂組織で発現していたため、苞葉の成熟だけではなく、花序分裂組織のアイデンティティーの制御にも関わっている可能性が示唆された。また、PLA2とTE1では、変異体の表現型や発現パターンが異なっており、この遺伝子が、イネとトウモロコシの形態的差異をもたらす、一つの要因になっている可能性が示唆された。

pla1, pla2変異体におけるPLA2, PLA1の発現は正常であった。従って、両者は独立の経路で作用し、互いの発現制御には関与しないことが明らかになった。

plastochron3変異体および原因遺伝子の解析

PLA1, PLA2とは異なる遺伝子座に由来し、葉間期が短くなるplastochron3 (pla3) 変異体を同定した。pla3は、pla1、pla2よりも短い葉間期を示すだけでなく、茎頂分裂組織の消失や過伸長など多様な表現型を示した。pla3においても、葉の成熟が早まっており、PLA3は、PLA1もしくはPLA2と同様の機構によって葉間期の制御をしていると考えられる。生殖生長期において、pla3はpla1と同様の表現型を示し、pla3 pla1二重変異体はpla3と区別がつかないことから、PLA3はPLA1の上流で機能すると考えられる。

PLA3は、グルタミン酸カルボキシペプチダーゼをコードし、シロイヌナズナのALTERED MERISTEM PROGRAM1 (AMP1) のオーソログであった。PLA3は植物体全体で発現しており、様々なシグナル性ペプチドを生成することにより、多様な発生現象を制御していると考えられる。

イネのA-typeレスポンスレギュレーターの発現解析

サイトカイニンシグナリングの主要因子の1つである、OsRRA (Oryza sativa response regulator, A-type)を13個同定した。その多くはサイトカイニンに応答して発現が誘導されるものであった。pla変異体では、複数のOsRRAの発現が野生型に比べ上昇しており、サイトカイニン含量が増加している可能性が示された。

以上、本研究は、イネの葉間期を制御するPLA1, PLA2, PLA3遺伝子を解析し、葉の発生プログラムの時間的制御機構を明らかにしたものであり,学術上、応用上価値が高い.よって,審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた

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