学位論文要旨



No 121232
著者(漢字) 田島,亮介
著者(英字)
著者(カナ) タジマ,リョウスケ
標題(和) ラッカセイの根系形成に伴う根粒の分布と窒素固定活性の推移
標題(洋)
報告番号 121232
報告番号 甲21232
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2945号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森田,茂紀
 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 助教授 中元,朋実
 東京大学 助教授 山岸,順子
内容要旨 要旨を表示する

環境負荷を低減させながら作物生産を上げる持続的な農業への転換が,近年,求められているが,その実現のためのひとつの方途として,マメ科作物を作付体系に取り込んで,根に共生する根粒菌による窒素固定を効率的に利用することがあげられる.マメ科作物の窒素固定能力については,古くから数多くの研究が行なわれており,種や品種によって,また環境条件や生育段階によって窒素固定能力が異なることが報告されている.このような窒素固定能力に関する研究の多くは,根に形成される根粒の数や量の観点から検討していることが多い.しかし,マメ科作物の窒素固定能力を単に評価するだけでなく,様々な環境条件において積極的に利用することを考えていくためには,個体全体の窒素固定能力や,根系に形成された根粒の数・重さを測定するだけでなく,根系の形成に伴って根粒の分布がどのように推移するか,また,形成された個々の根粒の窒素固定能力が時間とともにどのように変化するかを理解しておく必要がある.そこで,本研究においては,乾燥地や半乾燥地で広く栽培され,ダイズに次いで世界第2位の生産量を持つマメ科作物であるにも係わらずダイズに比較するとして研究の少ないラッカセイを対象とし,個々の根粒の発育と窒素固定能力との関係をおさえた上で,根系形成に伴う根粒分布の推移を検討した.また,これらの結果を踏まえて,窒素固定能力を最大限に発揮させるための理想的な根系形成と根粒形成について考察した.

根粒の発育と窒素固定能力との関係

まず,ラッカセイの根粒の組織解剖学的な検討を,比較的多くの知見が蓄積されているダイズの場合と比較しながら行った.ラッカセイの根粒は親根から側根が分岐する部位にのみ形成されることが知られているが,このとき根粒の維管束が親根の維管束とどのように接続しているかは明らかでなかった.本研究の結果,親根から側根に入る維管束の分岐部位に,根粒の維管束が接続している様相が明らかとなった.また,ラッカセイの根粒は,根粒の中心側に位置している根粒菌感染領域がダイズとは異なり,感染細胞のみによって構成されていること,また感染領域を取り囲み根粒の周辺側を構成している非感染領域がダイズより薄いことが明らかとなった.一般に,ラッカセイの根粒はダイズより小さいが,根粒全体に対する感染細胞の割合が高いことから,窒素固定能力がダイズに劣らない可能性がある.

次に,容易に測定できる根粒の直径を指標として,根粒の発育と窒素固定能力の関係について検討を行った.生育段階によって異なるが,直径2.0mm以下の根粒ではアセチレン還元活性で評価した窒素固定能力と,根粒の断面における根粒菌感染領域の面積との間に有意な正の相関関係が認められた.また,根粒の断面における根粒菌感染領域の断面積の割合は生育段階や根粒の直径に関係なくほぼ一定であり,根粒の断面積は根粒の直径から推定できるため,個々の根粒の直径から窒素固定能力を推定することが可能であることが明らかとなった.ただし,直径2.0mm以上の根粒では,根粒菌感染領域の面積と窒素固定能力との間に必ずしも明確な関係は認められなかった.このとき,根粒菌感染領域が赤色から緑色へ変化していたことから,窒素固定に必須な酵素であるレグヘモグロビンが失活しつつあると考えられた.このように,生育が進んで大きくなった直径2.0mm以上の根粒では,根粒の直径のみから窒素固定能力を推定することが難しかった.この点に注意しておけば,円定規を用いて根粒を直径の大小で分級することで根粒の窒素固定能力を簡便に評価できることが明らかとなり,この方法はフィールドでも十分に利用可能と考えられた.

根系形成と根粒形成との関係

根系形成と根粒形成との関係を日本における主要栽培品種について検討する前提として,遺伝的背景や草型が異なるラッカセイ12品種を対象とし,根系形成や根粒形成について品種間比較を行った.その結果,多くの品種において,主根でなく,主根の基部側に形成された1次側根から2次側根が分岐する部位に,多くの根粒が形成されるという共通点が認められた.根系全体に形成された根粒の数は品種により異なっていたが,12品種中の10品種で,主根や1次側根の直径と根粒数との間に有意な正の相関関係が認められ,根系の形態的形質と根粒数との間に関係があることが示唆された.

そこで,上記の12品種から,日本で広く栽培されている千葉半立およびナカテユタカを選定し,根系形成と根粒形成との関係についてさらに詳細に検討した.これら2品種においても,その他の10品種と同様,1次側根,特に主根の基部側に形成された1次側根に多くの根粒が形成されることが確認できた.ただし,2品種の根系形成と根粒分布の様相は,生育に伴ってそれぞれ変化した.すなわち,生育前半の根系形成には2品種で差異は認められなかったが,生育後半になると,主根と1次側根の基部直径はナカテユタカより千葉半立の方が太かった.また,根粒形成も生育前半には品種間差異が認められなかったが,生育後半になると千葉半立よりナカテユタカの方が主根の基部から離れた1次側根に形成される根粒が多く、根系全体の根粒の数もナカテユタカの方が多かった.このような根粒分布の差異は、ナカテユタカでは生育後半においても根粒が形成されたためと考えられる.根粒の直径の頻度分布も,生育後半になると2品種で異なっていた.すなわち,千葉半立はナカテユタカより直径の大きい根粒を多数形成していたのに対して,ナカテユタカでは小さい根粒が多かった.この差異は、先述の根粒分布でみたように、ナカテユタカでは生育後半でも根粒の形成が続いていたのに対して,千葉半立では生育前半に形成された根粒の肥大が生育後半まで継続したためと考えられる.このように根系上における根粒の分布と直径が生育段階や品種によって異なることは、すでに明らかにした根粒の生育に伴う窒素固定能力の推移を考えると、ラッカセイの個体全体における窒素固定能力にも大きく影響していると考えられる.

根系形成の特徴を踏まえた根粒分布のデザイン

以上の知見を踏まえて,ラッカセイにおける理想的な根系形成と根粒形成を考えていく場合,根粒形成の基盤となる根系形成に関する詳細な情報が必要となる.そこで,生育に伴うラッカセイの根系形成の特徴を根箱法を利用して検討した.その結果,ラッカセイの根系形成過程において,根系全体の伸長速度に2回のピークが認められた.1回目のピークでは主根と1次側根の両者の伸長が旺盛であり,2回目のピークでは高次側根の伸長も寄与していることが分かった.また,主根と側根の発育には補償的な関係が認められ,主根の伸長が停止すると,主根の基部側に形成されていた1次側根の伸長が補償的に促進された.この補償的生長を示した1次側根は,フィールド実験において多くの根粒を形成していた1次側根に相当すると考えられた.

本研究で明らかにした根系形成の特徴および根粒分布の特徴を利用すれば,ラッカセイにおける理想的な根系形成と根粒形成を検討することができる.そこで,根系形成を変化させることで根粒形成を制御することが可能かどうかを検証するために,主根の切断処理を行った.すなわち,主根の根軸長が13cmのときに根端を切断したところ,主根の基部側に形成されていた1次側根の伸長が対照区より促進され,それに伴って根粒数も増加し,地上部の乾物重も有意に増加した.この実験では窒素を含まない培地でラッカセイを栽培したため,地上部乾物重の増加はラッカセイの個体全体の窒素固定能力が促進されたためである可能性が高い.すなわち,根系形成を変化させることで,窒素固定能力を制御できる可能性が実証された.したがって,根系形成と根粒分布との関係および形成された個々の根粒の窒素固定能力について検討することで,様々な環境条件下において窒素固定能力を十分に発揮するための理想的な根系形成と根粒形成について考察することが可能となったといえる.

以上,本研究によって,ラッカセイの根系形成と根粒形成との関係,および根粒の発育と窒素固定能力の関係について貴重な情報が得られた.これを利用すれば,ラッカセイの根系上の根粒分布を基にして窒素固定能力の分布を図示することが可能である.根系全体の根粒の数や重さ,個体全体の窒素固定能力から理想的な窒素固定能力について議論することは難しいが,上記のような分布図ができれば,理想的な根系形成と根粒形成に関する議論が可能となり,根系形成の制御を通じて窒素固定能力を変化させることも可能である.ラッカセイにおける根粒形成はマメ科作物の中で特殊なものであるが,根粒の分布と直径に関する情報から根系全体の窒素固定能力を評価する手法自体は,その他のマメ科作物にも十分,応用可能と考えられる.このように,本研究によって,根粒菌による窒素固定を持続的な農業に利用していくための重要な知見が明らかとなった.

審査要旨 要旨を表示する

近年、持続的な農業が求められており,マメ科作物と共生する根粒菌による窒素固定を効率的に利用することが一つの方法と考えられる.窒素固定については多くの研究が行なわれてきたが,これを積極的に利用するには,根系の形成に伴う根粒分布の推移や,個々の根粒の窒素固定能力の経時的な変化について理解する必要がある.そこで,本研究では世界的に重要なマメ科作物であるラッカセイを対象とし,個々の根粒の発育と窒素固定能力との関係をおさえたうえで,根系形成に伴う根粒分布の推移を検討した.また,これらの結果を踏まえて,窒素固定能力を最大限に発揮させるための理想的な根系形成と根粒形成について考察した.

根粒の発育と窒素固定能力との関係

根粒と親根の維管束連絡について検討した結果,親根の維管束が側根に分岐する部位に根粒の維管束が接続する様相が明らかとなった.また,根粒の中心側の根粒菌感染領域が感染細胞のみによって構成されていることや、感染領域を取り囲む非感染領域が薄いことも分かった。根粒の直径を指標として,根粒の発育と窒素固定能力の関係について検討した結果、直径2.0mm以下の根粒ではアセチレン還元活性で評価した窒素固定能力と,根粒断面における根粒菌感染領域の面積との間に有意な正の相関関係が認められた.根粒菌感染領域の断面積割合はほぼ一定であるため,個々の根粒の直径から窒素固定能力を推定できる.生育が進んだ直径2.0mm以上の根粒では根粒の直径のみから窒素固定能力を推定することが難しい点に注意すれば,根粒の直径から窒素固定能力を簡便に評価できることが明らかとなった.

根系形成と根粒形成との関係

遺伝的な背景や草型が異なる12品種の根系形成や根粒形成について品種間比較を行った結果,多くの品種で、主根の基部側に形成された1次側根から2次側根が分岐する部位に多くの根粒が形成された.また、主根や1次側根の直径と根粒数との間にも有意な正の相関関係が認められることが多く,根系の形態的形質と根粒数の関係が示唆された.千葉半立とナカテユタカについて根系形成と根粒形成との関係を検討した結果、特に主根の基部側に形成された1次側根に多くの根粒が形成されていた.生育前半の根系形成には品種間差異は認められなかったが,生育後半になると,ナカテユタカより千葉半立の方が主根と1次側根の直径が大きくなった.生育後半には、主根の基部から離れた1次側根に形成される根粒数も千葉半立よりナカテユタカで多く、根系全体の根粒数もナカテユタカの方が多かった.千葉半立では大きい根粒が多かったのに対して,ナカテユタカでは小さい根粒が多かった.この差異は、ナカテユタカでは生育後半も根粒の形成が続いたのに対し,千葉半立では生育前半に形成された根粒の肥大が生育後半まで継続したためと考えられる.このように根粒の分布と直径が生育段階や品種で異なることは、根粒の窒素固定能力が時間とともに変化することを考慮すると、個体全体の窒素固定能力にも大きく影響すると考えられる.

根系形成の特徴を踏まえた根粒分布のデザイン

ラッカセイにおける理想的な根系形成と根粒形成を考えるための情報を得るため,生育に伴う根系形成の特徴を根箱法で検討したところ,根系全体の伸長速度に2回のピークが認められた.1回目のピークでは主根と1次側根の伸長が旺盛であり,2回目のピークでは高次側根の伸長も寄与していた.また,主根の伸長が止まると,主根の基部側に形成されていた1次側根の伸長が補償的に促進された.この1次側根は,フィールドで多くの根粒を形成した1次側根に相当すると考えられた.根系形成を変化させれば根粒形成を制御できるかどうかを検証するために主根の根端を切断したところ,主根の基部側に形成されていた1次側根の伸長が促進されたし,根粒数も増加した。地上部の乾物重も有意に増加したが、これは個体全体の窒素固定能力が促進されたためである可能性が高い.すなわち,根系形成を変化させることで,窒素固定能力を制御できる可能性が実証された.

以上のように,ラッカセイの根系形成と根粒形成との関係や、根粒の発育と窒素固定能力との関係について貴重な情報が得られた.これを利用すれば,ラッカセイの根系上の根粒分布を基にして窒素固定能力の分布を図示することが可能である.この分布図があれば,理想的な根系形成と根粒形成に関する議論ができ,根系形成の制御を通じて窒素固定能力を変化させることも可能である.また、根粒の分布と直径に関する情報から根系全体の窒素固定能力を評価する手法は,他のマメ科作物にも応用可能と考えられ,根粒菌による窒素固定を持続的な農業に利用していくための重要な知見が得られた.これらの知見は学術上また応用上、極めて価値が高いものである。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)に値するものと認めた。

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