学位論文要旨



No 121234
著者(漢字)
著者(英字) Santosa,Edi
著者(カナ) サントーザ,エディ
標題(和) インドネシアの食用コンニャク属植物に関する研究
標題(洋) Studies on edible Amorphophallus species in Indonesia
報告番号 121234
報告番号 甲21234
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2947号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 教授 大杉,立
 東京大学 教授 根本,圭介
 東京大学 助教授 高野,哲夫
 東京大学 助教授 河鰭,実之
内容要旨 要旨を表示する

インドネシアで利用される食用コンニャク属植物はAmorphophallus paeoniifolius,Amorphophallus muelleri,Amorphophallus variabilisの3種である。これらのコンニャク属植物は,1960年以前には端境期や飢饉の際の救荒用食糧として盛んに利用された。しかし,コメの生産量が増加するとともに,その重要性は低下し,現在では一部の地域を除いてほとんど利用されなくなっている。しかし,コンニャク属植物は耐陰性の強い植物で,プランテーションの林床でもよく育つことから,東ジャワのチークプランテーションでは林床がA. muelleri栽培のために開放されている。A. muelleri栽培によって農家所得が向上し,チークプランテーションでの不法伐採や不法耕作が減少している。また,コンニャク属植物の栽培は収穫を除き,ほとんど労力を必要としないため,農家が副収入を得る手段としても適している。このため,将来的には極めて有望な作物になりうる可能性を秘めており,インドネシア政府も資源保護に乗り出している。しかし,上記3種のコンニャク属植物の植物学的特徴,栽培管理法の改善,遺伝的多様性等についての研究は,これまでほとんど行われていない。そこで,本研究では,これらについて研究を行った。

植物学的特徴

コンニャク属植物の葉は葉柄と3つに分かれた葉身からできている。A. paeoniifoliusの場合,雨季に入ると3枚,場合によって4枚の保護葉に包まれた球茎頂芽が膨らみ始め,およそ1か月後には葉身が完全に展開する。葉の寿命は用いた球茎の齢によって異なり,1年生の球茎から発達した葉では2〜3か月,3年生の球茎では3〜4か月である。1,2年生の植物では葉が展開を完了すると次の葉が成長を開始するのが普通であるが,3年生以上の球茎からは生育期間中1枚の葉しか発達しない。

球茎は短縮茎で,明瞭な節と節間を持っており,A. paeoniifoliusの場合,萌芽約1か月後に葉柄基部の節が肥大を始めて球茎に発達する。A. paeoniifoliusとA. variabilisでは球茎の表面に小型の球茎である子球が形成されるが,A. muelleriでは子球は形成されない。子球は繁殖に用いることができる。子球を形成しないA. muelleriでは葉にむかごが形成されるが,これも繁殖に用いることができる。また,貯蔵炭水化物にも種間差があり,A. muelleri,A. variabilisではコンニャクの原料となるグルコマンナンが蓄積するのに対し,A. paeoniifoliusではデンプンが蓄積する。乾季に入ると植物は休眠に入り,地上部は枯死する。球茎の収穫は休眠期に行われる。

3ないし4年を経過した植物では休眠期の終わりに花茎が伸長し,肉穂花序を形成する。肉穂花序はいずれも下から雌性部分,雄性部分,附属部からなっており,雌蕊先熟である。観察の結果,A. paeoniifoliusでは,仏炎苞が開いた日(開花日)およびその前日には柱頭は湿っていることが明らかになった。花粉はA. paeoniifoliusでは開花1日後から36時間後,A. variabilisでは,開花当日から翌日に放出された。A. paeoniifoliusで開花6時間後に人工受粉を行ったところ,種子を形成したが,開花1日後の受粉では種子形成は認められなかった。

栽培方法による生産性の向上

種球茎の調整方法

コンニャク属植物は種子,子球,むかご,球茎を植えつけて栽培する。球茎を用いる場合にはこれを分割して使うことが多いが,球茎のどの部位を利用するのが有利かは明らかにされていない。そこで,A. paeoniifoliusの球茎を縦に1/2,1/4,1/8に分割する区,横に1/2に分割する区,頂芽周辺を切り取る区,分割しない区(対照区)を設け,それぞれの大きさを100gに揃えて栽培した。その結果,縦に分割して頂芽を傷つけた場合には萌芽が遅れ,展開する葉が小さくなり,収量も減少した。これらの区の生育期間中の展開葉数は2枚で対照区と差がなかった。一方,大きな球茎の頂芽周辺をブロックにした場合には,生育期間中に大きな葉が1枚しか展開せず,収量は大幅に減少した。したがって,植付けにあたっては子球やむかごから養成した1年生の球茎を分割せずに利用するのがよいと思われた。

種球茎の植付け深度

種球茎の最適植付け深度を明らかにするため,地表から頂芽先端までの距離を0,10,20cmに変えてA. paeoniifoliusとA. muelleriを栽培した。植付け深度が浅い場合には球茎はいずれも球状またはやや偏平な球状となったが,植付け深度が深くなると棒状や二階球の形状を示すものが多くなり,特にA. muelleriで変形した球茎の発生が多くなった。したがって,球茎の植付け深度はできるだけ浅いことが望ましいと思われた。

好適光条件と収穫適期

コンニャク属植物は耐陰性が強いといわれており,コンニャクなどでは遮光条件下の方がむしろ収量が高くなることが報告されているが,インドネシア産のコンニャク属植物についての報告はほとんどない。そこで,A. paeoniifoliusとA. muelleriを異なる光条件下で3年間にわたって栽培した。その結果,A. paeoniifolius,A. muelleriともに75%遮光下で生育が最も優れ,特にA. muelleriは遮光なしの条件下で生育が著しく劣った。

A. paeoniifoliusとA. muelleriでは950g以上の球茎が商品として販売される。75%遮光下で球茎がこの大きさに達するのに,A. paeoniifoliusでは1年生球茎植付け後3年,A. muelleriでは植付け後2年かかることが明らかになった。また,開花個体は商品価値を失うが, A. muelleriでは植付け後3年目になるとおよそ半数の個体が開花した。以上の結果から,コンニャク属植物は遮光条件を好む植物であり,A. paeoniifoliusは遮光条件下で3年間,A. muelleriでは2年間栽培後,球茎を収穫するのがよいと思われた。

除草頻度

インドネシアでは収穫以外は,ほとんど放任状態でコンニャク属植物を栽培することが多い。そこで,無除草区(W0), 植付け2ヶ月後に1回除草する区(W1), 植付け2ヶ月後と4ヶ月後の2回除草する区(W2) ,毎月除草する区 (W6)の4区を設け,除草頻度がA. paeoniifoliusの収量に及ぼす影響について調査した。その結果,雑草乾物重はW0,W1区に比べ,W2,W6区で有意に低下した。また,球茎重は除草によって有意に増加したが,W2区とW6区の収量差は小さかった。これらの結果から,高収量を得るためには生育期間中2回,植え付け後2ヶ月目と4ヶ月目に除草することが望ましいと思われた。

育種のための基礎的知見

開花促進

A. paeoniifoliusは自然条件下でほとんど結実しない。これは群落で一斉に開花することが稀で,また雌蕊先熟で自家受粉がほとんど起こらないことによる。さらに,子球を植えつけてから3年ないし4年経過しないと開花しない。そこで,若齢の植物体の開花を促進させ,開花時期を揃えることが,今後育種を進める上で必要である。一般にサトイモ科の植物はジベレリンを散布することによって開花が促進されることが明らかにされているので,A. paeoniifoliusの球茎に1,000ppm,または2,000ppmのジベレリン溶液を散布した。その結果,1年生の球茎でも散布後およそ1ヶ月で花茎が萌芽し,萌芽後1ヵ月後に開花した。ジベレリン散布によって形成された花序の中には形態的に異常を呈するものがあったが,ジベレリンを散布した場合に形成される花粉が受精能力を持つか,どうかは明らかにできなかった。

遺伝的多様性

ジャワ各地で採集したA. paeoniifolius 30系統についてAFLP法を用いて多型解析を行った。その結果,同一地域から採集した系統は同一グループに分類できることが明らかになった。しかし,野生系統は同一地域で栽培されている系統とは別のクラスターに分類されたことから,栽培種として利用されている系統は地域に分布する系統の中の一部であり,そのため地域内の遺伝的変異が小さくなっていると考えられた。またSSRマーカを開発し,Kuningan県で栽培されている系統について遺伝的変異を調べたが,遺伝的変異は小さかった。したがって,今後,育種を進めていく上では,異なる地域の集団間での遺伝的多様性を明らかにしていくことが必要と考えられた。

以上,本研究では,インドネシア産食用コンニャク属植物の植物学的特徴を詳細に研究するとともに,生産性を向上させるために必要な種球茎の調整方法と植付け深度,光条件,収穫適期などを明らかにした。さらに今後生産性の向上などを目指して育種を進めていく上での必要な知見を得ることができた。

審査要旨 要旨を表示する

インドネシアで利用される食用コンニャク属植物はAmorphophallus paeoniifolius,A. muelleri,A. variabilisの3種である。これら3種の植物は1960年以前には端境期の食糧として盛んに利用されたが,現在では一部の地域を除いてほとんど利用されなくなっている。しかし,コンニャク属植物は耐陰性の強い植物で林床でもよく育ち,ほとんど労力を必要としないため,アグロフォレストリーに適した作物として将来有望と考えられている。本研究はコンニャク属植物について,植物学的特徴を明らかにし,栽培管理法の改善,遺伝的多様性等について研究を行ったもので,得られた結果は以下の通りである。

植物学的特徴についてみると,コンニャク属植物の球茎は明瞭な節と節間を持っており,葉柄基部が肥大して球茎に発達する。A. muelleri,A. variabilisでは球茎にコンニャクの原料となるグルコマンナンが蓄積し,A. paeoniifoliusではデンプンが蓄積する。3ないし4年を経過した植物では花茎が伸長し,肉穂花序を形成する。

コンニャク属植物は種子,子球,むかご,球茎を植えつけて栽培する。球茎を用いる場合にはこれを分割して使うことが多いので,A. paeoniifoliusの球茎を縦に1/2〜1/8に分割する区,横に1/2に分割する区,頂芽周辺を切り取る区,分割しない区を設け,重量を100gに揃えて栽培し,種芋(球茎)としての優劣を比較した。縦に分割して頂芽を傷つけた場合には萌芽が遅れ,展開する葉が小さくなり,収量も減少した。したがって,植付けにあたっては子球やむかごから養成した1年生の球茎を分割せずに利用するのがよいと思われた。次に,種球茎の最適植付け深度を明らかにするため,地表から頂芽先端までの距離を0,10,20cmに変えてA. paeoniifoliusとA. muelleriを栽培した。植付け深度が浅い場合には球茎は球状またはやや偏平な球状であったが,植付け深度が深いと棒状や二階球状のものが多くなった。したがって,球茎はできるだけ浅く植付けることが望ましいと思われた。

A. paeoniifoliusとA. muelleriを異なる光条件下で3年間にわたって栽培し,最適光条件と栽培期間を調べたところ,どちらの種類も75%遮光下で生育が最も優れた。950g以上の球茎が商品として販売されるが,75%遮光下で球茎がこの大きさに達するのに,A. paeoniifoliusでは1年生球茎植付け後3年,A. muelleriでは2年かかった。また,開花個体は商品価値を失うが, A. muelleriでは植付け後3年目になるとおよそ半数の個体が開花した。以上の結果から,コンニャク属植物は遮光条件を好む植物であり,A. paeoniifoliusは遮光条件下で3年,A. muelleriでは2年間栽培後に収穫するのがよいと思われた。

コンニャク属植物はほとんど除草せずに栽培することが多いので,無除草区(W0), 植付け1回除草する区(W1),2回除草する区(W2) ,毎月除草する区 (W6)の4区を設け,除草頻度が収量に及ぼす影響について調査した。その結果,雑草乾物重はW0,W1区に比べ,W2,W6区で有意に低下した。また,球茎重は除草によって有意に増加したが,W2区とW6区の収量差は小さかった。これらの結果から,高収量を得るためには生育期間中2回,除草するのがよいと思われた。

育種を行うためには自然条件下でほとんど結実しない若齢の植物体の開花を促進させ,開花時期を揃えることが必要となる。そこで,A. paeoniifoliusの球茎に1,000ppm,または2,000ppmのジベレリンを散布したところ,1年生の球茎でも散布約1月後に花茎が萌芽し,2月後に開花した。次に,遺伝的変異を明らかにするため,ジャワ各地で採集したA. paeoniifolius 30系統についてAFLP法を用いて多型解析を行ったところ,同一地域から採集した栽培系統は同一クラスターに分類できることが明らかになった。しかし,野生系統は別のクラスターに分類されたことから,栽培種として利用されている系統は地域に分布する系統の中の一部であると考えられた。またSSRマーカを開発し,Kuningan県の系統について遺伝的変異を調べたが,遺伝的変異は小さく,今後の交配育種の重要性が示された。

以上,本研究はインドネシア産食用コンニャク属植物の植物学的特徴,生産性を向上させるための栽培方法,育種を進めていく上での必要な知見を得たもので,学術上,応用上価値があると認められた。よって,審査委員一同は,本論文が博士(農学)を授与されるに相応しいと認めた。

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