学位論文要旨



No 121235
著者(漢字) 李,永揆
著者(英字)
著者(カナ) リ,ヨンギュ
標題(和) 抗活性型ジベレリン一本鎖抗体の構築と新規検出系への応用
標題(洋)
報告番号 121235
報告番号 甲21235
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2948号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 助教授 鈴木,義人
内容要旨 要旨を表示する

抗体はその多様な認識特性から,様々な物質の分析・検出系として,ELISA, Western,免疫染色等に用いられている他,アフィニティーカラムなどの精製手段にも多用されている。筆者の所属する研究室においては,従来より低分子性の脂溶性物質である植物ホルモンを認識する抗体の調製を行っており,ELISAやRIAによる高感度なホルモンの分析系を開発してきた。また,遺伝子工学技術の発達に伴い,組換え型抗体の生産が可能になったことを受け,当研究室でも種々のモノクローナル抗体産生ハイブリドーマよりクローニングした抗体遺伝子を用い,一本鎖抗体(scFv)と呼ばれる組換え型抗体を作成し,様々な用途に用いている。scFvは抗原結合部位(Fv)を構成する重鎖(H鎖)と軽鎖(L鎖)の可変領域VH,VLを可動性の高いペプチドで結合したもので,一分子でFvを構成するため,植物など他生物における発現に利点がある。本研究では,様々な検討にも拘わらず抗原結合能を有するscFvの調製が困難であったGA1やGA4といった活性型ジベレリンに対するscFvを,in vitroでの分子進化的な手法を適用して調製した結果について述べる。また,VHとVLのリガンド依存的な会合という性質に着目し,活性型ジベレリンの新規な検出系を確立することを目的に行った検討について述べる。

抗活性型ジベレリンscFvの調製

scFvは前述の様に組換え型抗体として植物等で発現させる上での利点がある一方で,VHとVLをリンカーを介して結合させるために分子にひずみが生ずる危険性も考えられる。定法に従って調製した抗活性型ジベレリンscFvは結合能を示さなかったが,その理由として,この様な分子のひずみが考えられ,ごく微細な構造の修正によって結合活性が得られる可能性も十分にあると考えた。そこで,まず抗活性型ジベレリンscFvの調製を目的として,scFvにランダムな変異を導入したライブラリーを作成し,偶然に活性を保持する様な変異を持ったクローンを選抜するという手法を試みた。「エラーの導入とより良いクローンの選抜」という手順はin vitroでの分子進化的な分子改変を目的として多く適用されている。Cadwell et al.の方法に従い,エラーの生じやすい条件でPCRを行い,2種の抗活性型ジベレリンモノクローナル抗体(8/E9,21/D13)産生ハイブリドーマより調製したscFv遺伝子にランダムな変異を導入した。これを繊維状ファージのコート蛋白質の一つであるgIIIpとの融合蛋白質として発現させることにより,変異scFvライブラリーをファージ提示型の発現系として調製した。scFvとglllpの間にはアンバー終止コドン(TAG)が存在しており,アンバーサプレッサーの大腸菌株(TG1)を用いることにより,ファージ提示型として発現させた。モノクローナル抗体作成時の免疫原であるBSA-GA4をポリスチレン管にコートし,scFv発現ファージを反応させ,洗浄後,BSA-GA4に結合性のファージを回収し,再度大腸菌に感染させてファージを増幅させた。この様な一連のパニング操作を再度行った結果,8/E9,21/D13のいずれの場合も,2回目に回収されたファージのタイターは,1回目の約千倍に増加し,パニング操作によりBSA-GA4に結合性のscFvを発現するファージが濃縮されているものと思われた。その後,より高アフィニティーのクローンが得られる可能性を考えてコートするBSA-GA4の濃度を下げたパニングや,GA4の認識の特異性を挙げるためにBSA-GA4の代わりにKLH-GA4をコートしたパニング等を行った。2回以上のパニングにより,BSA-GA4結合性ファージの濃縮が十分に行われた各区のファージ混合物からモノクローナル化したところ, パニングの条件による区画間の明瞭なアフィニティーの違いは認められなかったものの,多くのクローンがBSA-GA4への結合性を示した。また,この結合は過剰のGA4により阻害されたことより,GA4に特異的な結合を示すscFvが得られたと判断した。これらの陽性クローンのいくつかを,大腸菌アンバー非サプレッサー株(HB2151)で発現させることにより,可溶性のscFvとしての調製を試みたところ,ELISA分析で陽性を示すクローンと陰性のクローンが混在していた。これらのクローンのscFv部位の配列を解析したところ,ファージ提示型として陽性を示した全てのクローンでscFv部位の2番目のアミノ酸がGluからGlyへと置換されているか(E2G),あるいはGluのコドンの一塩基が欠失してフレームシフトを起こしており,さらにこれら以外に少なくとも一つのアミノ酸置換を有していた。ウェスタン解析の結果,アンバーサプレッサー株TGlでは,E2G置換のクローンより,フレームシフトを起こしているクローンでより多量のscFv-glllp融合蛋白質が生産されており,TG1株では高頻度の-1シフトによるフレームの修正が起こっており,むしろフレームにずれのないクローンで,リボソームスリップにより蛋白質の発現量が低下しているものと考えられた。一方,フレームシフト変異を持ったクローンは,HB2151株ではフレーム修正が起こらないため,蛋白質そのものが検出されず,このことがELISAにおいて陰性を示した理由であることが判明した。通常,ファージ提示型抗体が結合活性を示しても,可溶性抗体にした際に陰性を示す場合がよく知られているが,今回の様な大腸菌ホスト株によるフレーム修正の有無がその原因の一部となっているものと考えられる。

2位のアミノ酸は,大腸菌内で切断されるシグナルペプチドのC末端に位置することから,E2G置換はscFvの構造に影響を与えるのではなく,シグナルの切断効率に対する影響と考えられた。今回得られたクローンにはE2G置換のみの変異クローンは見られなかったので,元の配列に人為的にE2G置換のみを導入したところ,ファージ提示型では8/E9,21/D13ともに抗原結合能を示した。しかしながら,これらの可溶性scFvは蛋白質としては発現しているにも拘わらず,抗原との結合能を示さなかった。ファージ上での提示が,scFvに結合活性を持たせる様な構造的な変化を生じたものと考えられる。21/D13では,E2G置換ではなく,フレームシフト変異を有するクローンしか得られず,結合能を示す可溶性scFvが得られなかったので,フレームシフト変異を持ち,ファージ提示型として陽性を示したクローンにE2G置換を人為的に導入し正しいフレームとした結果,結合能を有する可溶性scFvが得られた。

以上,2種のscFvいずれについても,分子進化的な手法を用いて,結合活性を有さないscFvより,結合活性を有するscFvの調製に成功した。モノクローナル抗体産生ハイブリドーマからscFv遺伝子を構築しても,機能を持った抗体が生産しない例はよく知られており,この様な手法が一般的な解決法として有用なものであると考えられる。

VHおよびVLのリガンド依存的な会合を利用した新規なジベレリン検出系の確立

活性型ジベレリンに対する組換え型抗体の生産が可能になったため,次にVHとVLのリガンド依存的な会合という性質に着目し,活性型ジベレリンの新規な検出系の確立を試みた。IgGではH鎖,L鎖間の会合がジスルフィド結合によって保たれているが,VHとVL部分同士のアフィニティーは弱く,リガンドとの結合によるコンフォメーション変化を通して,お互いのアフィニティーが増加することが知られている。

まず,8/E9,21/D13のVH,VLをそれぞれ繊維状ファージのコート蛋白質であるglXp,gVIIpとの融合蛋白質として,ファージの一端に提示させる様に発現させたところ,ELISAにおいてBSA-GA4との結合能が確認された。glXpとgVIIpはお互いに寄り添う様に位置していることが知られており,VHとVLを立体的に近い位置に発現させることにより,scFvの様にリンカーで結合していなくてもVH,VLが会合し,抗原結合能を有することが示された。VLとgVIIp間にはアンバー終止コドンが存在するため,次に,アンバー非サプレッサー株で発現させることにより,VHをgIXpとの融合蛋白質としてファージ上に提示させ,VLを可溶性蛋白質として培養液中に分泌させて生産し,リガンド依存的なVH,VLの会合の検出を試みた。しかしながら,ウェスタン解析の結果,回収したファージからはVH-gIXp融合蛋白質が検出されたものの,ペリプラズム画分,培養液ともにVLは検出されず,VL単独での発現は不安定であると考えられた。そこでVLをGSTとの融合蛋白質として発現し,精製後,ファージ上に提示したVHとリガンド依存的に会合するか否かを解析した。その結果,GA4存在下で会合量の増加が認められた。しかしながらGA4非依存的な会合に比べて依存的な会合量は十分には高くなく,このままではGAの高感度分析に用いることは困難であると考えられた。

そこで次に,より目的に適ったクローンのスクリーニングが将来的に可能な系の確立を視野に,大腸菌内におけるVH,VLのGA4依存的会合をPCA(protein complementation assay)により検出する系の構築を試みた。PCAはレポーターとなる蛋白質を2つのドメインに分割し,それぞれをお互いに相互作用する2つの蛋白質(A,B)と融合させることにより,AとBの結合を通して,レポーター蛋白質が再構成され活性を示す系である。本研究では大腸菌のコロニーを視覚的にスクリーニング出来る様,GFPをN末端側(NGFP)とC末端側(CGFP)の2つに分割し,それぞれにVH,VLを融合蛋白質として発現させた。VH,VLとも分子内にジスルフィド結合を有するため,還元酵素が欠損したOrigami株を用い,NGFP-VHおよびVL-CGFPの発現ベクターを同時に導入した。その結果,GA4存在下で培養した大腸菌はGA4非存在下で培養した大腸菌に比べて,蛍光顕微鏡下で明らかに強いGFP蛍光を与えた。この結果はGFPを用いたVH,VLによるPCAが可能であることを示すとともに,大腸菌を対象としたスクリーニング系で,よりS/N比が高く,感度の良いクローンを選抜できる可能性を示唆している。また,ルシフェラーなどのレポーター系をPCAへ適用することにより,より高感度な1段階ELISA分析系へ応用することも可能である。さらに,S/N比,感度などの問題をクリアー出来れば,植物におけるジベレリンの局在を検出する系へと適用できる可能性もあると考え,現在,植物発現用に改変されたGFPを用いて,植物での一過性発現用ベクターの構築を進めている。

審査要旨 要旨を表示する

抗体はその多様な認識特性から,様々な物質の分析・検出系として,イムノアッセイ,Western,免疫染色等に用いられる他,アフィニティーカラムなどの精製手段にも多用されている。低分子脂溶性物質である植物ホルモンの研究においても、それぞれの分子を特異的に認識する抗体の調製が行われ,酵素標識イムノアッセイ(ELISA)やラジオイムノアッセイ(RIA)による高感度分析系も開発されている。また,遺伝子工学技術の発達に伴い,組換え型抗体の生産が可能になり,種々のモノクローナル抗体産生ハイブリドーマよりクローニングした抗体遺伝子を用い,一本鎖抗体(scFv)と呼ばれる組換え型抗体を作成し,様々な用途に用いる研究も展開されている。scFvは抗原結合部位(Fv)を構成する重鎖(H鎖)と軽鎖(L鎖)の可変領域VH,VLを可動性の高いペプチドで結合したもので,一分子でFVを構成するため,植物など他生物における発現に利点がある。

本論文は、受容体に認識される活性型ジベレリン(GA)を特異的に、かつ高い親和性を持って認識する抗活性型GA scFvを構築するとともに、これを用いた新規なGA検出系の構築を目的として行われた研究をまとめたもので、序論と2章、総括から構成されている。

序論では、植物ホルモンに対する抗体の抗体工学的研究の歴史に触れ、本研究の背景と意義について述べている。

第一章では、様々な検討にも拘わらず抗原結合能を有するscFvの調製が困難であったGA1やGA4等の活性型GAに対するscFvを,in vitroでの分子進化的な手法を適用して調製した結果について述べている。定法により構築した抗活性型GA scFvが結合活性を示さないのは、VH, VLをタンデムに結合したことにより生じたひずみが原因と考え,scFvにランダムな変異を導入したライブラリーを作成し,活性を保持する変異を持ったクローンを選抜した。Cadwell et al.の方法に従い,エラーの生じやすい条件でPCRを行い,2種の抗活性型GAモノクローナル抗体(8/E9, 21/D13)産生ハイブリドーマより調製したscFv遺伝子にランダムな変異を導入した。これを繊維状ファージのコート蛋白質の一つgIIIpとの融合蛋白質として発現させた。パニング操作によりBSA-GA4結合性のscFv発現ファージを濃縮した。2回のパニングによりファージのタイターは,8/E9, 21/D13のいずれの場合も,1回目の約千倍に増加した。また,この結合は過剰のGA4により阻害され,GA4特異的scFvが得られたと判断した。また,ファージ提示型として陽性を示した全てのクローンでscFv部位においてE2Gの置換,あるいはGluのコドンの一塩基が欠失してフレームシフトを起こしているのに加え、少なくとも,もう一つのアミノ酸置換が認められた。2位のアミノ酸は,大腸菌内で切断されるシグナルペプチドのC末端に位置することから,E2G置換はシグナルの切断効率に対する影響と考えられた。元の配列に人為的にE2G置換のみを導入したところ,ファージ提示型では8/E9, 21/D13ともに抗原結合能を示した。しかしながら,これらの可溶性scFvは蛋白質は抗原との結合能を示さなかった。ファージ上での提示が,scFvに結合活性を持たせる様な構造的な変化を生じたものと考えられる。21/D13では,フレームシフト変異のみを有するクローンしか得られず,結合能を示す可溶性scFvが得られなかったので,フレームシフト変異のみを持ちながらファージ提示型としては陽性を示したクローンに,E2G置換を人為的に導入し正しいフレームとした結果,結合能を有する可溶性scFvが得られた。

第二章ではVHおよびVLのリガンド依存的な会合を利用した新規なGA検出系の確立を試みた結果について述べている。活性型GAに対する組換え型抗体scFv の生産を踏まえ、VHとVLがリガンド依存的に会合する性質に着目し,活性型GAの新規な検出系の確立を試みた。IgGではVHとVL部分同士のアフィニティーは弱く,リガンドとの結合によるコンフォメーション変化を通して,お互いのアフィニティーが増加することが知られている。

まず,8/E9, 21/D13のVH,VLをそれぞれ繊維状ファージのコート蛋白質であるgIXp,gVIIpとの融合蛋白質としてファージの一端に提示させたところ,BSA-GA4との結合能が確認された。gIXpとgVIIpは隣接していることから,VHとVLを立体的に近い位置に発現させれば,両者はリンカーで結合していなくても会合し,抗原結合能を示すことが明らかとなった。次にVHをgIXpとの融合蛋白質としてファージ上に提示させ,VLを可溶性蛋白質として培養液中に分泌させて生産し,リガンド依存的なVH, VLの会合の検出を試みた。しかしながら,回収したファージからはVH-gIXp融合蛋白質が検出されが,ペリプラズム画分,培養液ともにVLは検出されず,VL単独での発現は不安定であると考えられた。そこでVLをGSTとの融合蛋白質として発現し,精製後,ファージ上に提示したVHとリガンド依存的に会合するか否かを解析した。その結果,GA4存在下で会合量の増加が認められた。しかしながらGA4非依存的な会合に比べて依存的な会合量は十分には高くなく,このままではGAの高感度分析に用いることは困難であると考えられた。

次に,より目的に適ったクローンのスクリーニングが将来的に可能な系の確立を視野に,大腸菌内におけるVH, VLのGA4依存的会合をPCA(protein complementation assay)により検出する系の構築を試みた。本研究では大腸菌のコロニーを視覚的にスクリーニング出来る様,GFPをN末端側(NGFP)とC末端側(CGFP)の2つに分割し,それぞれにVH, VLを融合蛋白質として発現させた。還元酵素が欠損したOrigami株を用い,NGFP-VHおよびVL-CGFPの発現ベクターを同時に導入した。その結果,GA4存在下で培養した大腸菌はGA4非存在下で培養した大腸菌に比べて,蛍光顕微鏡下で明らかに強いGFP蛍光を与え,GFPを用いたVH, VLによるPCAが可能であることを示すとともに,よりS/N比が高く,感度の良いクローンを選抜できる可能性を示唆している。さらに,S/N比,感度などの問題をクリアー出来れば,植物におけるジベレリンの局在を検出する系へと適用できる可能性も期待できる。

以上,本論文は分子進化的な手法を用いて,結合活性を有さないscFvより結合活性を有する抗活性型ジベレリン一本鎖抗体の調製に成功するとともに,ジベレリンの新規検出への応用を検討し,その可能性を明らかにした。これらの成果は学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として,価値あるものと認めた。

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