学位論文要旨



No 121236
著者(漢字) 石橋,尚樹
著者(英字)
著者(カナ) イシバシ,ナオキ
標題(和) 有用な生物活性を有する複素環天然有機化合物の合成研究
標題(洋)
報告番号 121236
報告番号 甲21236
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2949号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,秀典
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 鈴木,義人
 東京大学 講師 石神,健
内容要旨 要旨を表示する

天然には有用な生物活性を有する天然有機化合物が数多く存在し、有機合成化学者にとって魅力的な標的化合物となっている。筆者はその中でも複素環を有するものに着目し、インドール環を有する甘味物質Monatinとエポキシラクトン環を有するNFRD阻害物質Nafuredinの合成研究を行なった。

甘味物質Monatinの合成研究

甘味は我々の食生活に喜びを与える重要な要素の1つである。しかし代表的な甘味物質であるショ糖は肥満や虫歯を始めとするさまざまな健康問題の原因にもなることからショ糖に代わる甘味物質の開発が盛んに行われ、現在ではアルパルテームを始めとする様々な甘味物質が実際に用いられている。実用化に際し甘味物質には風味が良く強い甘味を有することだけではなく、低カロリーで人体に対して安全であること、熱や酸に安定であることなどが求められる。また日常的に口にするものであり、消費者心理を考えると天然由来のものの方が望ましい。これらの点から天然由来の甘味物質Monatinは甘味料として実用化が可能なのではないかと考え合成研究を行った。

Monatinは1992年にVleggaarらによって南アフリカに自生する低木Schlerochiton ilicifoliusより単離、構造決定された化合物で、ショ糖の800倍〜1400倍もの甘味を有すると報告されている。これまでにいくつかのグループにより全合成が達成されているが、筆者はMonatinの実用化もにらんで、より簡便で効率的な合成法を開発することを目的とした。

MonatinはL-グルタミン酸のγ位が3-インドリルメチル基と水酸基で置換された化合物であり、11位と13位に不斉点を有する。13位についてはL-グルタミン酸の不斉を利用することとし、その不斉を利用して11位に立体選択的に水酸基を導入しようと考えた。

すなわちL-グルタミン酸保護体CをジヒドロピロールBへと導き、立体的にすいている紙面下側から酸化することにより望む立体を有するヒドロキシケトンAが得られると考えた。Aのケトン部位をメチレンまで還元した後、脱保護を行うことによりMonatinが得られると考え合成を開始した。

L-グルタミン酸保護体のジアニオンとインドール-3-カルボン酸塩化物のカップリングにより得られるβ-ケトエステル2を酸触媒により脱水環化し、ジヒドロピロール3へと導いた。この化合物に対し、四酸化オスミウムを用いて酸化を行うことにより高収率、高立体選択的にヒドロキシケトン4を得ることができた。4のケトン部位を直接メチレンに還元しようと種々検討したが、分子内の窒素と還元的に環化した生成物を与えるのみであった。そこでケトンを一旦アルコールへと還元し、ジオール5とした。このジオールについても同様の環化生成物を与え易かったが、環状カルボナート6とした後、還流条件下、加水素分解を行うことによりラクトン7へと導くことができた。最後に脱保護とイオン交換樹脂による精製を経てMonatinをアンモニウム塩8として得ることができた。L-グルタミン酸から10工程で総収率は12%であった。

これまでに知られている光学活性体の合成例の中で最も工程数の少ない合成法を開発することができた。実用化が可能な合成法とまでは言えないが、新たな方法論を提供することができた。またジヒドロピロールの酸化が高収率かつ高立体選択的に進行することを見出した。この方法は他の天然物合成にも応用可能であると考えている。

NFRD阻害物質Nafuredinの合成研究

寄生蠕虫は人間や家畜の健康を害し、ときには死に至らしめるなど世界中で深刻な被害を与えている。最近では薬剤耐性のものも見つかっており新規抗寄生蠕虫剤の開発が待たれている。そのような状況下、2001年に大村らは黒麹カビAspergillus niger FT-0554の培養液より、寄生線虫Ascaris suumの電子伝達系NADH-fumarate reductase (NFRD) を阻害する化合物Nafuredinを単離、構造決定した。NafuredinはIC50 12 nMという強力な阻害活性を有している上に、羊に対する経口投与により副作用を伴わずに寄生虫を駆除できることが知られており、選択的な抗寄生虫剤として期待できる。

全合成については大村らにより達成されているが、工程数が長く効率の悪いものであった。そこで筆者はNafuredinの有用な活性に着目し、より効率的な合成法の開発を目指して合成研究を行った。

合成計画として左側6員環部分Eと右側側鎖部分Fを結合する収束的な方法を考案した。JuliaカップリングによるEとFの結合を経てアルコールDとした後、環内2重結合のエポキシ化、ラクトールの酸化によりNafuredinへと導こうと考えた。E、Fはそれぞれトリアセチル-D-グルカール10、市販の光学活性アルコール11、12より合成しようと考えた。

実際の合成についてであるが、10を既知の方法によりエノン13へと導き、メチル基の導入、転位反応等を経てアリルアルコール14とした後、1級水酸基のスルホンへの変換、2級水酸基のTBS保護などを経てEに相当するスルホン15を得ることができた。

また、アルコール11より既知の手法を用いてヨウ化物16を合成し、不飽和エステルへの共役付加等を経てα,β-不飽和アルデヒド17とした。このアルデヒドとアルコール12より2工程で得られるスルホン18のJuliaカップリングによりジエン19が単一異性体として得られた。その後、酸化還元、増炭などの工程を経てFに相当するα,β-不飽和アルデヒド20を得ることができた。

得られたスルホン15およびアルデヒド20を用いてJuliaカップリングを行ったところ、中程度の収率ながらカップリング体21を幾何異性体の混合物として得ることができた。これらは分離不可能であったが1H NMRの積分値の比からEZ比はおよそ1 : 1.5であった。続いてTBAFにより2つのTBS基を除去してジオールとした後、アリルアルコールとの水素結合を利用して位置および立体選択的エポキシ化を行なった。最後にFetizon試薬によりラクトールを選択的に酸化してNafuredin (9)の全合成に成功した。同時に (6Z )-Nafuredin (22)も得られたが、これらはシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより分離が可能であった。

本合成により既知の方法に比べ工程数を大幅に短縮することができた。今後はJuliaカップリングの収率、EZ選択性の向上を図り、実用的な合成法を確立したいと考えている。

まとめ

以上筆者は、有用な生物活性を有する複素環天然有機化合物の合成研究を行なった。甘味物質Monatinに関してはこれまでで最も工程数の少ない効率的な合成法を開発することができた。またNFRD阻害物質NafuredinについてもEZ選択性に問題を残すものの工程数の少ない効率的な合成法を開発することができた。

審査要旨 要旨を表示する

天然には有用な生物活性を有する天然有機化合物が数多く存在し、有機合成化学者にとって魅力的な標的化合物となっている。本研究ではその中でも複素環を有するものに着目し、「有用な生物活性を有する複素環天然有機化合物の合成研究」を行っている。本論文では第一章でインドール環を有する甘味物質Monatinの合成研究について、第二章でエポキシラクトン環を有するNFRD阻害物質Nafuredinの合成研究について論じている。

第一章では、甘味物質Monatin (1) の合成を行っている。南アフリカに自生する低木より単離された本化合物は、ショ糖の800倍〜1400倍もの甘味を有すると報告されており、甘味料としての実用化が期待されている。本化合物が有する強力な甘味作用に着目し、これまでの合成法に比べ、簡便で効率的な合成法を開発することを目的に1の合成を行った。L-グルタミン酸保護体のジアニオンとインドール-3-カルボン酸塩化物のカップリングにより得られるβ-ケトエステル2を酸触媒により脱水環化し、ジヒドロピロール3へと導いた。この化合物に対し、四酸化オスミウムを用いて酸化を行うことにより高収率、高立体選択的にヒドロキシケトン4を得ることができた。ケトン部位のメチレンへの還元条件を種々検討した結果、ケトンを一旦アルコールへと還元しジオール5とした後、環状カルボナート6に変換し、還流条件下、加水素分解を行うことによりラクトン7へと導くことができた。最後に脱保護とイオン交換樹脂による精製を経てMonatin (1) をアンモニウム塩として得ることができた。総収率はL-グルタミン酸から10工程で12%であった。

第二章ではNFRD阻害物質Nafuredin (8) の合成を行っている。黒麹カビの培養液より単離された本化合物は寄生線虫Ascaris suumの電子伝達系NFRDに対しIC50 12 nMという強力な阻害活性を有している。羊に対する経口投与により副作用を伴わずに寄生虫を駆除できると報告されており選択的な抗寄生虫剤として期待されている。また本化合物が有する単環性のβ,γ-エポキシ-δ-ラクトン構造は他に例がないことから、構造、活性の両面から興味を持ち、効率的な合成法を確立することを目的として合成を行った。右側鎖部分と左側6員環部分とをJuliaカップリングにより結合させる収束的な合成法を考案した。市販の光学活性アルコール9を出発原料に用いて、右側鎖部分に相当する不飽和アルデヒド11を合成した。また市販のトリアセチル-D-グルカールを左側6員環部分に相当するスルホン14へと導いた。得られたアルデヒド11およびスルホン14の Juliaカップリングにより、カップリング体15を幾何異性体混合物として得た。15から3行程を経てNafuredin (8) の全合成に成功した。総収率は12から18行程で1.0%であった。

以上、本論文は「有用な生物活性を有する複素環天然有機化合物の合成研究」について論じており、実用化の期待される化合物の効率的な合成法を確立するとともに、その過程で他の天然有機化合物の合成にも応用可能な新規合成手法の開発にも成功していることから、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士 (農学) の学位論文として価値あるものと認めた。

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