学位論文要旨



No 121238
著者(漢字) 大西,雅之
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,マサユキ
標題(和) 分裂酵母の胞子形成におけるセプチンの機能解析
標題(洋) Functional analysis of septins in fission yeast sporulation
報告番号 121238
報告番号 甲21238
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2951号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 助教授 前田,達哉
 東京大学 講師 舘川,宏之
内容要旨 要旨を表示する

分裂酵母Schizosaccharomyces pombeは通常一倍体で増殖を行うが、窒素源の枯渇などに応答して接合・胞子形成を行い、悪環境に対応する。胞子形成は接合後の二倍体核が二回の減数分裂によって4個の一倍体核へと分配され、それぞれを前胞子膜 (forespore membrane, FSM)が取り囲んで胞子膜を形成、その後細胞壁が合成されることで完了する。胞子形成は配偶子形成の重要な一過程であり、また細胞の分化や新規オルガネラ形成のモデルと考えることが出来る。当研究室ではその中でもFSMの伸長過程に注目し、新規の生体膜形成メカニズムを解明するための題材として使用している。

FSMの伸長の過程は主に電子顕微鏡による観察によって詳細に観察されている。減数第二分裂中期に紡錘極体が構造変化を起こし、その最も細胞質側に分泌されてきた小胞がhomotypic fusionすることによってFSMの前駆体となる脂質二重膜が形成される。減数分裂の進行に伴ってFSMは核を取り囲むようにして伸長してゆき、球体状の胞子膜になる。二重膜内腔に胞子壁物質が蓄積することで成熟した胞子となる。正しく胞子を形成するためにはFSMの伸長は厳密に制御されているはずであり、特に柔軟な膜構造が定まった形態と大きさの胞子膜を作るメカニズムは大きな謎であるが、これまでに詳細は知られていなかった。

当研究室では分裂酵母のフォスファチジルイノシトール 3−キナーゼ (PtdIns 3-kinase)遺伝子pik3+ を破壊した株ではFSMの伸長に異常が生じることに着眼し、その詳細が検討された。執筆者はこれまでにpik3Δ株のFSMの形態を蛍光顕微鏡観察によって解析し、(1)伸長初期に膜の成長が止まり、小さな球体を核近傍に形成する。(2)伸長方向が正しく規定されず、核を取り囲まない。(3)核を取り囲むことに成功したFSMも、伸長端に泡状の構造を作り、結果生存不能の胞子となる。という3種類の表現型を示すことを明らかにしてきた。さらに、pik3+の下流でエフェクターとして働く可能性を示唆されていたvps5+, vps17+およびvps27+についても同様の解析を行い、vps5Δ, vps17Δが上記 (1)、vps27Δが上記 (3)の表現型を示すことなどを明らかにした。PtdIns 3-kinaseはフォスファチジルイノシトール3リン酸(PtdIns(3)P)を膜上に産生する酵素であり、上記の下流因子は全てPtdIns(3)P結合ドメインを持ち、栄養増殖期のタンパク質輸送においてエンドソーム周辺で機能することが知られていることから、分裂酵母はこのシステムをFSMへの膜/タンパク質輸送に利用していると考えられた。しかしながら、これらの研究からも直接的にFSMの形態を制御するメカニズムの解明には至っていない。

FSMが正しい形態をとるためには何らかの骨格タンパク質の関与が考えられる。近年、アクチン、微小管、中間系フィラメントに加えて新たな骨格タンパク質としてセプチンが注目されている。セプチンは出芽酵母において発見され、植物以外の真核生物に広く保存されていることが知られている。性質としては一般に複数種のセプチンタンパク質がヘテロオリゴマーを形成し、これが重合することでフィラメント構造をとる。多くの場合セプチンは膜と結合した状態で存在することから、膜上の骨格と考えることが出来る。出芽酵母ではいくつかのセプチンタンパク質が胞子膜上に局在することが報告されているが、その役割は不明であった。分裂酵母ではセプチンに関する研究はほとんどなされていなかったが、胞子形成時特異的に発現が上昇する遺伝子郡の中にいくつかのセプチン遺伝子が存在していることが報告されていた。これらの情報から、本研究ではセプチンがFSMの形態を制御する骨格として働いていると仮説を立て、解析を行った。

セプチンは伸長中のFSMを裏打ちする馬蹄形構造を形成し、伸長方向を規定する。

分裂酵母のゲノムデータベース上にはセプチンと予想される遺伝子が7つ存在し、spn1+-spn7+と命名されていた。これら全ての遺伝子についてGFP融合型タンパク質を発現させたところ、Spn2p, Spn5p, Spn6p, Spn7pの4つが核を取り囲むリング状の局在を示した。さらに各遺伝子の破壊株を作成したところ、spn2Δ, spn5Δ, spn6Δ, spn7Δ株は接合子中の胞子の数が少なくなるという表現型が観察された。また、Spn2pはSpn1p, Spn3p, Spn4pとともに増殖時の分裂面および接合面にリングを形成し、これらの破壊株では細胞質分裂の遅れと接合面の拡張不能という表現型が観察された。以上のことからSpn1p-Spn4pの組み合わせが栄養増殖から接合に、Spn2p, Spn5p, Spn6p, Spn7pの組み合わせが胞子形成において機能するサブセットになっていると考えられる。FSMマーカーとの共染色やタイムラプス観察の結果、セプチンは伸長しているFSMの赤道面を裏打ちするように馬蹄形のフィラメント状構造を形成し、最終的にリングとなることがわかった。またセプチン破壊株ではFSMの伸長そのものはおこるが、その方向性が規定されなくなっており、伸長初期の段階で核と反対方向へと進んでしまっていた。これらのことから、セプチンは膜と結合してその伸長方向を規定する因子であると考えられる。

セプチンはイノシトールリン脂質を介してFSMと結合する。

セプチンが膜の骨格として機能するためには何らかの方法でFSMと結合することが必要となる。これまでにいくつかのセプチンが膜上のイノシトールリン脂質と結合することが報告されていた。そこで、分裂酵母セプチンについてProtein-lipid overlay (PLO) assayを行った結果、胞子形成時に働くセプチンのうちSpn2pとSpn7pがin vitroでPtdIns(4)PおよびPtdIns(5)Pと結合することが明らかになった。Spn2p, Spn7pのN末端部位には塩基性残基のクラスターが存在したが、これはSpn5p, Spn6pには見られなかったため、この領域でリン脂質と結合していると予想し、変異を導入したところ結合能が著しく低下した。野生型Spn2pを変異Spn2pと置き換えるとセプチン構造とFSMの結合が弱まり、結果膜の伸長方向が破壊株同様規定されなくなったため、in vivoでもリン脂質と結合していると考えられる。酵母においてはこれまでにPtdIns(5)Pの存在は確認されていないため、おそらくセプチンは膜上のPtdIns(4)Pと結合しているであろう。蛍光プローブの局在から、伸長するFSM上にPtdIns(4)Pが存在することも確認された。PtdIns(4)Pを産生する酵素としてはPik1p, Stt4pがあるが、pik1Δ株でも胞子膜上のPtdIns(4)Pはなくならなかったため、おそらくStt4pが重要であると思われるが、stt4Δは致死であるため解析は不能であった。

セプチン結合タンパク質の同定と機能解析

更なる解析のため、セプチン結合タンパク質をyeast two-hybrid screenによって探索した。BaitとしてはSpn2p, Spn5p, Spn6p, Spn7pを使用し、市販ライブラリおよび自作胞子形成時ライブラリをスクリーニングした。その結果、Spn2p結合タンパク質としてMoe1p (SPAC637.07)、Meu4p (SPAC1F8.05)およびPlb1p (SPAC1A6.04c)が同定された。本研究では、分裂酵母および哺乳類に保存されているMoe1pについて解析を行うこととした。Moe1pは一次配列上eukaryotic translation initiation factor 3d (eIF3d)と高い相同性をもち、Int6p/eIF3eとコンプレックスを形成して一部のtranscriptの翻訳を司っていることが報告されている。このコンプレックスは同時に26S proteasomeの19S lidとも結合し、cyclin Cdc13pやsecurin Cut2pを分解することで染色体分配を調節している。さらにMoe1pはInt6pの他にEB1 homolog Mal3pを介して微小管と結合することや、Cdc42 GEF Scd1pと結合することからアクチンとの関与も示唆されている。このようにMoe1pは多機能タンパク質であり、さらにセプチンとの結合によって新たな働きをしていることが期待された。Moe1pとSpn2pの結合を確認したところ、免疫沈降実験、pull-down実験ともに結合が検出されたため、これらはin vivoでも直接結合していると考えられた。次に遺伝学的にこれらの遺伝子の関係を調べた。moe1〓株は微小管脱重合試薬Thiabendazole (TBZ)に耐性を示したが、この耐性はspn2+を必要とした。しかし、moe1Δ株はもうひとつの微小管脱重合試薬Carbendazim (MBC)には耐性を示さなかった。TBZはMBCと違い、微小管脱重合作用の他に未知の作用機作によって細胞の増殖極性構築に影響することが報告されているため、moe1Δ, spn2Δ株について調べたところ、これらの株はともにアクチン骨格極性、細胞末端増殖極性に異常があることが明らかとなった。さらに胞子形成時の働きを調べようとしたが、Moe1pが多機能タンパク質であるため胞子形成以前の減数分裂過程に異常が多く、セプチンとの関連を調べることが出来なかったため、結合変異遺伝子の作製を目標として、免疫沈降実験によってSpn2pの550 aa〜600 aaのα-ヘリックス構造をとると予想される領域がMoe1pとの結合に必要かつ十分であることを明らかにした。

まとめ

本研究では分裂酵母の胞子膜伸長機構に注目し、セプチン構造が膜上のイノシトールリン脂質と結合することでFSMの伸長方向を制御していることを明らかにした。このような因子の存在は古くから予想されていたが実際の報告はなく、本研究が膜の形態形成メカニズムの解明への重要な一歩となることが期待される。また複数の新規セプチン結合タンパク質を同定し、そのうちの一つについては機能解析も行った。セプチンが他のタンパク質に対する足場として働く例は多数報告されており、胞子形成時にもこれらの結合因子がセプチンと結合して何らかの機能を果たしていることが予想される。

審査要旨 要旨を表示する

分裂酵母Schizosaccharomyces pombeは通常一倍体で増殖を行うが、窒素源の枯渇などに応答して接合・胞子形成を行い、悪環境に対応する。胞子形成は接合後の二倍体核が二回の減数分裂によって4個の一倍体核へと分配され、それぞれを前胞子膜 (forespore membrane, FSM)が取り囲んで胞子膜を形成、その後細胞壁が合成されることで完了する。胞子形成は配偶子形成の重要な一過程であり、また細胞の分化や新規オルガネラ形成のモデルと考えることが出来る。本論文はその中でもFSMの伸長過程に注目し、新規の生体膜形成メカニズムを解明するための題材として使用している。FSMは減数第二分裂中期に小胞の融合によって構築され、減数分裂の進行に伴ってFSMは核を取り囲むようにして伸長してゆき、球体状の胞子膜になる。正しく胞子を形成するためにはFSMの伸長は厳密に制御されているはずであり、特に柔軟な膜構造が定まった形態と大きさの胞子膜を作るメカニズムは大きな謎であるが、これまでに詳細は知られていなかった。

FSMが正しい形態をとるためには何らかの骨格タンパク質の関与が考えられる。本論文は三章からなり、近年新たな骨格タンパク質として注目されているセプチンに着目し、このタンパク質が前胞子膜の伸長に関わる因子であると仮説を立て、それを証明している。

第一章ではこれまでに全く解析されていなかった分裂酵母のセプチン遺伝子の機能を破壊株の表現型および各タンパク質の局在から分類している。その結果、セプチンをコードしていると思われる7つの遺伝子(spn1+-spn7+)のうち、胞子形成に関わる4つのセプチン遺伝子spn2+, spn5+, spn6+, spn7+を同定している。これらの遺伝子の破壊株では胞子形成が正常に進行せず、その数が少なくなるという表現型が現れたことから、セプチンが胞子形成において重要な役割を果たしていることが示唆された。

第二章ではセプチン破壊株の表現型を詳細に解析している。蛍光顕微鏡によるタイムラプス観察、電子顕微鏡観察の結果から、セプチン破壊株では前胞子膜の伸長初期段階において伸長方向が正しく規定されておらず、核を取り囲むことに失敗していることを明らかにしている。また、セプチンが前胞子膜を裏打ちする馬蹄形構造を形成しており、これが膜とともに伸長してゆき最終的に胞子膜の赤道面にリング状の構造を形成することを明らかにしている。さらに、セプチンと膜との相互作用を可能にする因子としてイノシトールリン脂質に着目し、セプチンがin vitroでPtdIns(4)Pと結合すること、PtdIns(4)Pが胞子膜上に存在すること、セプチンのイノシトールリン脂質結合領域に変異を導入すると前胞子膜の伸長が異常になることを明らかにしている。これらの結果から、セプチンが膜上のPtdIns(4)Pを介して前胞子膜と結合して伸長してゆくことで胞子膜の形態を正しく形成するのを助けているというモデルを提唱している。

第三章では更なる解析のための試みとして、セプチン結合タンパク質の探索とその機能解析を行っている。Yeast Two-hybrid screenによってSpn2p結合タンパク質としてMoe1pを同定、その結合を複数の手法で確認している。しかし、Moe1pは胞子形成時においてセプチンと共局在せず、また破壊株の表現型も一致していない。一方、栄養増殖期の細胞においてセプチンとMoe1pの遺伝学的な関係を調べた結果、これらの因子が細胞の増殖極性構築において共に働く因子であることが示唆された。セプチンが極性構築に関与することはこれまでに知られておらず、新しい機能を発見したが、当初の目的とは異なる結果となった。これらの結果から申請者は、第三章での試みにおける問題点を考察し、今後の研究のための情報を提供している。

以上、本論文は分裂酵母の胞子形成を題材として膜構造の形成機構を研究しており、セプチン遺伝子がその課程で重要な役割を果たしているというモデルを提唱している。これまで詳細が知られていなかった胞子膜の形成機構に有用な知見を供給したもので、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/55668