学位論文要旨



No 121239
著者(漢字) 岡井,公彦
著者(英字)
著者(カナ) オカイ,マサヒコ
標題(和) 好酸性好熱菌 Sulfolobus tokodaii strain 7 由来 short-chain flavin reductase HpaC 及び NAD+、 NADP+複合体のX線結晶構造解析
標題(洋)
報告番号 121239
報告番号 甲21239
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2952号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 助教授 中村,周吾
内容要旨 要旨を表示する

背景

Sulfolobus tokodaii strain 7は大分県別府温泉から採取された、単独で硫化水素を分解する特徴を有した好気性、好酸性の好熱菌である。生産されるタンパク質は耐熱性を有する優れた特徴があり、化学、食品、医薬品など産業分野への応用が期待される。

short-chain flavin reductaseファミリーはフラビン還元酵素の中で近年、報告されてきた新しいファミリーである。HpaCはこのshort-chain flavin reductaseファミリーのタンパク質でNADH依存的にフラビンを還元する。HpaCはFADを還元し、還元されたFADはHpaBに渡されて4-HPAを3,4-dihydroxyphenylacetate(3,4-DHPA)にする反応に用いられる。HpaCとHpaBが関わる反応は4-HPA代謝反応における最初のステップである。4-HPAは芳香族アミノ酸や植物成分の発酵物質であり、4-HPAを炭素源、エネルギー源として使うバクテリアが存在することが明らかになっている。本研究ではSulfolobus tokodaii strain 7由来のHpaCの構造解析を行い、FMNとNAD(P)Hの結合サイト周辺の環境、フラビンの選択性、NAD(P)Hの基質特異性についての知見を得た。

全体構造

HpaCの構造はSAD(Single-wavelengh anomalous dispersion)法により2.3 〓で決定した。HpaCモノマーは12本のβストランド、3つのαへリックス、2つの310へリックスより成り、中央の7本のβストランドから成るバレルがα2へリックスにキャッピングされる構造をとっていた。HpaCはダイマーとして存在しており、これは溶液中での存在状態の結果と同じであった。ダイマーインターフェイスはお互いのα1へリックス、β1、β4、β5、β9、β10、β11、β12ストランドにあるアミノ酸の密接な相互作用によって安定化していた。NAD+、NADP+複合体の構造は、結晶にNADH、NADPHをソーキングした後に回折データを取得し、それぞれ1.70 〓、2.05 〓で決定した(図1)。複合体の構造はNAD(P)+を結合していないNative構造とほぼ同じであったが、N末端へリックスで最も違いが見られた。NAD(P)+複合体ではN末端へリックスがNative構造に比べてタンパク質内部に20°程度折れ曲がり基質であるNAD(P)+との距離が縮まっていた。

FMN結合サイト

HpaCの結晶はフラビン化合物を添加しなくても黄色の色がついており、構造解析の結果からFMNを結合していることが明らかになった。FMNはダイマーインターフェイス近傍のα2、α3、η1へリックス、β3、β5、β11ストランドに囲まれたポケットに結合していた。FMNのイソアロキサジン環のsi-faceがタンパク質の内部に向いて基質の結合が不可能であったのに対し、re-faceは完全に活性ポケットの方を向いていた。このことから反応はre-faceで行われることが明らかになった。結合していたFMNは11の水素結合といくつかの疎水結合により安定化されていた。水素結合しているアミノ酸の大部分はホモログのタンパク質で保存されていないことが明らかになった。

HpaCは同じshort-chain flavin reductase ファミリーのPheA2と似た全体構造をとっていたが、PheA2ではFADが結合している。HpaCとPheA2の重ね合わせよりα3へリックスとη1へリックス間のループ及び、それに続くη1へリックスでHpaCのほうがよりフラビンの近くに位置していることが分かった。このため、HpaCではFADのAMPの部分を収容するための十分な空間が存在しておらず、この領域の位置がFMNとFADのどちらと強く相互作用するかを決めていると考えられる。

NAD+結合サイト

HpaCの結晶に過剰量のNADHを添加することで黄色が消えたことから、結晶中でFMNの還元反応が起きていることが分かった。NAD+はFMN、α1へリックス、β1、β5、β11、β12−ストランドとダイマーのもう片方のβ4ストランドで囲まれたクレフトに結合しており、6つのアミノ酸といくつかの水分子と水素結合していた(図2)。NAD+のニコチンアミドはFMNのイソアロキサジン環と平行に並んでおり、ニコチンアミドのC4原子とイソアロキサジン環のN5原子の距離が3.4 〓であることからNADHからFMNへのハイドライドイオンの転移は十分に起こりうることが明らかになった。結合したNAD+はニコチンアミドとアデニンがほぼ平行に並んだ非常にコンパクトな構造をとっていた。NAD(P)+のコンパクトの度合を表すアデニンのC6原子とニコチンアミドのC2原子の距離は4.2 〓であり、現在までに解かれているNAD(P)+の中で最も折りたたまれたものの1つであった。HpaCのNAD+はホモログであるFeR(ferric reductase)のNADP+とは構造が異なっていた。FeRではアデニンが310へリックスとC末端のα3へリックスの間に位置していたのに対し、HpaCではアデニンはN末端へリックスとニコチンアミドに位置していた。HpaCのNAD+はPheA2のNAD+とよく似た構造をとっていたことからNAD+のコンパクトな構造はshort-chain flavin reductaseファミリーに特有なものであることが示唆された。

NADP +結合サイト

HpaCはNADH依存的にフラビンを還元する酵素であるが、NADP+複合体の構造も解くことに成功した。NADP+はNAD+と同様に結合ポケットに入っていたが、NAD+とは逆の向きで結合していることが分かった(図3)。NAD+複合体構造ではニコチンアミドのC4原子とイソアロキサジン環のN5原子の距離が3.4 〓であったのに対し、NADP+複合体構造ではこの2原子の距離が7.8 〓であった。このNADP+の結合ではハイドライドイオンの転移は起こりづらく、NAD(P)+の結合様式の違いがNADH依存性に影響を与えていると考えられる。また、NADP+とNAD+は同じアミノ酸と相互作用しており、アミノ酸の位置にほとんど変化は見られなかった。このことからHpaCはNAD(P)Hのアデニンとニコチンアミドとを区別して相互作用しているわけではないことが示唆された。

フラビン還元活性

HpaCの定常状態でのフラビン還元活性の測定をおこなった。FMNを第二基質としたところ、NADPH活性はNADHの約5%の活性しか持たなかった。また、フラビン化合物(電子受容体)としてリボフラビン、FAD、FMNの3種類を使い、測定をおこなったところ(電子供与体はNADH)FMNが基質として最も活性があり、FADやリボフラビンも基質として機能した。これはE.coli由来HpaCの活性測定の結果と同様の傾向を示していた。

まとめ

Sulfolobus tokodaii strain 7由来short-chain flavin reductase HpaCの構造解析を3状態(Native、NAD+複合体、NADP+複合体)について行った。その結果、FMNを優先的に結合すること、NADHとNADPHのいずれもが結合し、結合の向きは反対向きになること、結合様式の違いがNADH依存性に影響を与えていることが明らかになった。

図1 NAD+複合体の結晶構造

図2 NAD+とその周辺残基

図3 NADP+とその周辺残基

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、好酸性好熱菌Sulfolobus tokodaii strain 7由来short-chain flavin reductase HpaC及びNAD+、NADP+複合体のX線結晶構造解析を行い、フラビン還元酵素の反応メカニズムとフラビン選択性、NAD(P)H依存性について議論している。本論文は第一章の序論、第二章から第四章のHpaCの構造解析、第五章の総合討論の全5章より構成されている。

第一章の序論ではフラビン化合物の働きとフラビン還元酵素について述べている。フラビンは生体内の酸化還元反応に広く関わっている物質で酵素反応によって種々の酸化還元状態をとり、電子の受け渡しをおこなっていると説明している。フラビン還元酵素はフラビンを還元する酵素で、生物に広く存在しており、本論文のHpaCもその中のひとつで近年、報告されてきたshort-chain flavin reductaseファミリーに属する。本論文ではSulfolobus tokodaii strain 7由来のHpaCの構造解析を行い、フラビン還元の詳細なメカニズムを解明することを目的としている。

第二章では、HpaCのフラビン還元活性測定と結晶構造解析について述べている。フラビン還元活性測定ではHpaCがNADH依存的にフラビンを還元すること、FMN > FAD > riboflavinの順に還元活性があることを明らかにした。またセレノメチオニン化されたHpaCを結晶化し、異常分散効果を用いて構造解析に成功した。

第三章では、HpaC-NAD+複合体の結晶構造解析について述べている。HpaCはNADH依存的にフラビンを還元することから、基質であるNADHを結晶にソーキングして複合体の構造解析を行った。

第四章では、HpaC-NADP+複合体の結晶構造解析について述べている。NADPH依存的な酵素に関しての構造的基盤は変異体や構造解析などにより明らかになってきているが、NADH依存的な酵素に関してはほとんど分かっていない。NADP+複合体の構造解析を行い、NAD+複合体と比較することでNADH依存的な酵素の構造的基盤の情報を与えることができた。NADHと同様にソーキング法を行い、NADP+複合体の構造を得ることに成功した。

第五章では第二章から第四章で得られた3状態の構造について議論を行っている。HpaCは構造解析よりダイマーとして存在し、各モノマーは12本のβストランド、3つのαへリックス、2つの310へリックスより成り、中央のバレルがα2へリックスにキャッピングされた構造をとっていた。

HpaCはフラビン化合物を添加しなくても黄色を呈しており、構造解析からFMNを結合することを明らかにした。FMNのイソアロキサジン環のsi-faceがタンパク質の内部を向いて基質の結合が不可能であったのに対し、re-faceは完全に活性ポケットの方を向いていたことから、反応はre-faceで行われることが分かった。HpaCは同じshort-chain flavin reductase ファミリーのPheA2と似た全体構造をとっていたが、PheA2ではFADが結合しているのに対し、HpaCはFMNを結合していた。HpaCとPheA2の重ね合わせよりα3へリックスとη1へリックス間のループおよび、それに続くη1へリックスでHpaCのほうがよりフラビンに近くに位置しており、この領域の位置がFMNとFADのどちらと強く相互作用するかを決定していると考えられる。

HpaC-NAD+複合体の構造より、NAD+がFMNとα1へリックスに挟まれて結合することを明らかにした。NAD+のニコチンアミドはFMNのイソアロキサジン環と平行に並んでおり、NADHからFMNへのハイドライドイオンの転移は十分に起こり得る。NAD+はニコチンアミドとアデニンがほぼ平行に並んだ非常にコンパクトな構造をとっており、現在までに解かれているNAD(P)+の中で最も折りたたまれたものの1つであった。HpaCのNAD+はホモログであるFeR(ferric reductase)のNADP+とは結合様式が異なっていた。FeRではC末端がαへリックスであるのに対し、HpaCはβシートであり、この領域との相互作用の結果がNAD(P)の結合様式を決定していると考えられた。

HpaC-NADP+複合体の構造よりNADP+がNAD+と同じ結合ポケットに入ることを明らかにした。しかしNAD+とは逆向きで結合しており、この理由として本論文では結合ポケットの入り口にあるLys6、Lys53との相互作用を挙げている。

以上のように、本研究で得られた知見は、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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