学位論文要旨



No 121241
著者(漢字) 鈴木,茂雄
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,シゲオ
標題(和) アロサミジンによるキチナーゼ生産促進の分子機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 121241
報告番号 甲21241
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2954号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 堀内,裕之
 東京大学 助教授 作田,庄平
内容要旨 要旨を表示する

微生物の生産する二次代謝産物は多種多様な構造と強力な生理活性を有し、医薬、農薬等の有用物質として有効利用されてきた。しかし、それらの生産菌における役割についてはほとんどの場合不明である。抗生物質の機能は推定できるものの証明されておらず、その他多くの抗菌作用を持たない酵素阻害物質等に関しては機能解明に繋がる現象すらほとんど知られていない。

そうした中、放線菌の二次代謝産物でありキチナーゼ阻害活性を持つアロサミジンが、その生産菌自身に対してキチナーゼ生産を促進する活性を示す現象が見出された。放線菌の棲息する土壌にはキチンが豊富に存在し、キチナーゼの生産と菌体外への分泌は微生物の生育にとって重要である。従って、アロサミジンの示すキチナーゼ生産促進活性は、生産菌にとって生理的意義を持つと推測された。このアロサミジンの作用に関しこれまでに、アロサミジン生産菌Streptomyces sp. AJ9463において、アロサミジンによって生産が促進されるキチナーゼはchi65にコードされており、chi65の上流には二成分制御系を構成すると考えられるセンサーヒスチジンキナーゼ及びレスポンスレギュレーターをそれぞれコードするchi65S及びchi65Rが存在することが当研究室で見出されている。本研究では、アロサミジンの生産菌での機能をその二成分制御系を手がかりに分子レベルで解析し、アロサミジンの生理機能の全体像を明らかにすることを目的としている。

第一章 アロサミジンの生産菌における生理活性

まず、AJ9463株 におけるアロサミジンのキチナーゼ生産促進活性を詳細に調べた。各濃度のアロサミジンを添加したキチン培地でAJ9463株を培養したところ、培養24時間後に得られる上清中のキチナーゼ活性はアロサミジン60 nM〜2μMの範囲で濃度依存的に増加し、2μMでは無添加の場合と比較して約5倍となった。その際、上清中のキチナーゼを、SDS-PAGE後キチンゲルにタンパク質を移動させ酵素活性を測定する活性染色法により解析したところ、AJ9463株がキチン培地において生育初期に生産する主なキチナーゼである46 kDa及び105 kDaキチナーゼの両者の生産をアロサミジンは濃度依存的に促進することが明らかになった。それらキチナーゼはN末端アミノ酸配列解析により、ともにchi65産物であることが示された。chi65のコードするタンパク質より大きな分子質量を持つ105 kDaキチナーゼは二量体構造をとると考えられ、現在解析を行なっている。

キチンを唯一の炭素源とする培地での菌の生育にはキチナーゼの生産が必須であり、キチナーゼ生産の促進は生育の促進に繋がることが予想される。そこで、菌の生育に対するアロサミジン添加の影響を顕微鏡下で調べたところ、キチナーゼの生産を約2倍に上昇させる0.25μMの濃度で、無添加のコントロールに比べ菌体量を約2倍に増加させた。その際Calcoflour染色により培地中のキチンの分解が促進されていることが観察された。

第二章 アロサミジンによって生産が促進されるキチナーゼの発現機構の解析

chi65の上流には二成分制御系遺伝子のchi65S及びchi65Rが存在することから、アロサミジンがその二成分制御系を介してchi65の発現を活性化する可能性が考えられた。一方で、放線菌のキチナーゼ生産誘導物質としてはN,N'-ジアセチルキトビオース(ジアセチルキトビオース)が一般的であることから、アロサミジンとジアセチルキトビオースの両者がchi65の転写調節に関与することが推測された。まず、ジアセチルキトビオースのキチナーゼ生産促進活性をアロサミジンの場合と同様の方法で調べたところ、アロサミジンの10分の1程度の弱い活性ではあるが46 kDa及び105 kDaキチナーゼの生産を促進することが示された。次に、二成分制御系遺伝子の破壊株を用いてchi65の発現機構の解析を行なった。chi65Sとchi65Rの両者を破壊した破壊株では、野生株で見られるようなアロサミジンの添加によるchi65の転写量の増加や46 kDa及び105 kDaキチナーゼの生産の促進が見られなくなった。一方で、ジアセチルキトビオースを添加した場合、破壊株では野生株と同様に46 kDa及び105 kDaキチナーゼの生産が促進されることが明らかとなった。これらの結果は、アロサミジンは二成分制御系を介しchi65の転写を活性化するが、ジアセチルキトビオースは二成分制御系を介さずchi65の転写を調節することが強く示唆された。

chi65のプロモーター領域には他の放線菌キチナーゼ遺伝子の場合と同様の12 bpの繰り返し配列が存在する。その繰り返し配列にキチナーゼ遺伝子発現の抑制に関与するリプレッサータンパク質が結合し、ジアセチルキトビオースはその抑制解除を行なっていると考えられている。従ってchi65の場合、破壊株を用いた実験結果から、ジアセチルキトビオースはリプレッサーの抑制解除を行なうが、アロサミジンはリプレッサーに直接的には作用できないことになる。次に、アロサミジン単独での作用を調べるために、AJ9463株の菌体をアロサミジン、ジアセチルキトビオース、あるいはその両者を添加した無機塩溶液中で振とうし、その上清中のキチナーゼ活性を測定した。その結果、アロサミジン単独ではキチナーゼの生産は促進されず、ジアセチルキトビオースあるいは両方を加えた場合46 kDa及び105 kDaキチナーゼの生産が見られた。その際、両方を加えた場合に、より強く46 kDa及び105 kDaキチナーゼの生産促進が観察されたことより、アロサミジンによるキチナーゼ生産促進機構には、ジアセチルキトビオースによるリプレッサーの抑制解除が必要であることが示唆された。

第三章 シグナル分子としてのアロサミジン

第二章までに示したアロサミジンの作用は外部よりアロサミジンを添加する実験系で解析したが、アロサミジンがキチナーゼ生産系におけるシグナル分子として機能するには、その局在性を考えることが重要である。AJ9463株をアロサミジン生産培地であるベネット培地(キチンを含まない)で培養すると、アロサミジン生産は生育中期から見られるが、そのほとんどは菌体内に留まって、培養上清中には数%しか検出されない。そのアロサミジンを含んだ菌体を回収し、無機塩溶液あるいはキチン培地に再度懸濁し、12時間振とうした後のアロサミジンの局在を解析した。その結果、無機塩溶液の場合、90%以上のアロサミジンが菌体内に留まっているのに対し、キチン培地では、50%以上のアロサミジンが上清中に放出されていることが明らかになった。このことから、菌体内で生産されたアロサミジンはキチンもしくはその分解物によって、菌体外に放出される仕組みの存在が示唆された。以上より、アロサミジンはキチン存在下では菌体外に放出され、キチナーゼ生産におけるシグナル分子として機能し得ることが判明した。

第四章 アロサミジンの作用の普遍性

放線菌におけるアロサミジンの作用の普遍性を調べるために、新たに土壌より分離したアロサミジン生産菌MF425株及びアロサミジン非生産菌Streptomyces griseusを用いて解析を行なった。

MF425株では、アロサミジンをキチン培地に添加し培養した場合、上清中のキチナーゼ活性の上昇が見られ、活性染色により検出される52 kDa及び80 kDaキチナーゼの生産がアロサミジン添加により促進されていた。さらに、52 kDaキチナーゼのN末端アミノ酸配列をもとに、そのキチナーゼ遺伝子及びその上流の塩基配列を解析したところ、chi65と高い相同性を持つキチナーゼ遺伝子と上流の二成分制御系遺伝子の存在が明らかになった。

S. griseusにおいても同様の解析を行なったところアロサミジンの添加により、46 kDa及び200 kDaのキチナーゼの生産が促進された。さらに、46 kDaキチナーゼをコードする遺伝子はchi65と相同性を持ちその上流には二成分制御系遺伝子が存在していた。以上より、AJ9463株と同様のことがアロサミジン生産菌だけでなく非生産菌でも起こっていることが推定された。

以上の結果より推定されるアロサミジンの作用を図に示した。キチナーゼ生産の開始期では、わずかに存在するキチナーゼによってキチンの分解がおこりジアセチルキトビオースが微量に生産される。ジアセチルキトビオースはchi65のプロモーター部位に結合するリプレッサーの抑制解除を行い、キチナーゼ生産が開始し、キチン分解、ジアセチルキトビオースの生産、キチナーゼ生産のサイクルが活性化される。アロサミジンはキチンあるいはキチン分解物に応答し、菌体内から菌体外に放出される。菌体外のアロサミジンはアロサミジン生産菌あるいは非生産菌の二成分制御系のセンサー部位に直接あるいは間接的に作用し、chi65の発現を活性化する。そうして大量に生産されたキチナーゼによりキチンの分解がさらに進み、菌の生育が促進されるといった一連の機構が予想される。

図 アロサミジンの推定作用機構

審査要旨 要旨を表示する

微生物の生産する二次代謝産物は多種多様な構造と生理活性を有し、医薬、農薬等の有用物質として有効利用されてきた。しかし、それら二次代謝産物の生産菌における生理的役割についてはほとんどの場合不明である。放線菌の二次代謝産物でありキチナーゼ阻害活性を持つアロサミジンが、その生産菌自身に対してキチナーゼ生産を促進するという現象が見出された。このアロサミジンの作用に関しこれまでに、アロサミジン生産菌Streptomyces sp. AJ9463において、アロサミジンによって生産が促進されるキチナーゼはchi65にコードされており、chi65の上流には二成分制御系を構成すると考えられるセンサーヒスチジンキナーゼ及びレスポンスレギュレーターをそれぞれコードするchi65S及びchi65Rが存在することが見出されていた。本研究は、アロサミジンの生産菌での機能をその二成分制御系を手がかりに分子レベルで解析し、アロサミジンの生理機能の全体像を明らかにすることを目的として行われたもので、序論とそれに続く4章からなる。

序論でこの研究の背景を述べた後、第一章では、アロサミジン生産菌AJ9463株 におけるアロサミジンのキチナーゼ生産促進活性を詳細に調べている。AJ9463株をキチン培地で培養したところ、培養上清中のキチナーゼ活性はアロサミジン60 nM〜2μMの範囲で濃度依存的に増加し、2μMでは無添加の場合と比較して約5倍となった。その際、上清中のキチナーゼ活性を活性染色法により解析したところ、46 kDa及び105 kDaキチナーゼの生産を濃度依存的に促進することが明らかになった。それらキチナーゼはN末端アミノ酸配列解析により、ともにchi65産物であることが示された。また、菌の生育に対するアロサミジン添加の影響を調べたところ、キチナーゼの生産を約2倍に上昇させる0.25μMの濃度で、無添加のコントロールに比べ菌体量を約2倍に増加させることがわかった。

第二章では、アロサミジンによって生産が促進されるキチナーゼの発現機構の解析を行っている。chi65の上流には二成分制御系遺伝子のchi65S及びchi65Rが存在することから、アロサミジンがその二成分制御系を介してchi65の発現を活性化する可能性が考えられた。一方で、放線菌のキチナーゼ生産誘導物質としてはN,N'-ジアセチルキトビオース(ジアセチルキトビオース)が一般的であることから、アロサミジンとジアセチルキトビオースの両者がchi65の転写調節に関与することが推測された。まず、ジアセチルキトビオースのキチナーゼ生産促進活性を調べたところ、アロサミジンと同様に46 kDa及び105 kDaキチナーゼの生産を促進することが示された。次に、二成分制御系遺伝子の破壊株を作製し、chi65の発現機構を解析したところ、アロサミジンの添加によるchi65の転写量の増加や46 kDa及び105 kDaキチナーゼの生産の促進が見られなくなった。一方、ジアセチルキトビオースを添加した場合、破壊株では野生株と同様に46 kDa及び105 kDaキチナーゼの生産が促進されることが明らかとなった。これらの結果から、アロサミジンは二成分制御系を介しchi65の転写を活性化するが、ジアセチルキトビオースは二成分制御系を介さずchi65の転写を調節することが強く示唆された。

第三章では、シグナル分子としてのアロサミジンの可能性を検討している。AJ9463株をアロサミジン生産培地であるベネット培地(キチンを含まない)で培養すると、アロサミジン生産は生育中期から見られるが、そのほとんどは菌体内に留まっている。その菌体を無機塩溶液あるいはキチン培地に再度懸濁し、12時間振とうした後のアロサミジンの局在を解析した。その結果、無機塩溶液の場合、90%以上のアロサミジンが菌体内に留まっているのに対し、キチン培地では、50%以上のアロサミジンが上清中に放出されていることが明らかになった。このことから、アロサミジンはキチン存在下では菌体外に放出され、キチナーゼ生産におけるシグナル分子として機能し得ることを明らかになった。

第四章では、新たに土壌から分離したアロサミジン生産菌MF425株及びアロサミジン非生産菌Streptomyces griseusを用いてアロサミジンの作用の普遍性について解析している。いずれの菌においてもアロサミジンの添加によってキチナーゼの生産の上昇が観察され、また、それぞれのキチナーゼ遺伝子の上流には二成分制御系遺伝子が存在していること明らかになった。以上より、AJ9463株と同様のことがアロサミジン生産菌だけでなく非生産菌でも起こっていることが推定された。

以上、本論文は放線菌の二次代謝産物であるアロサミジンが自身及び他の菌に対してキチナーゼ生産を誘導するという生理作用を有することを分子レベルで明確に示したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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