学位論文要旨



No 121242
著者(漢字) 竹下,大二郎
著者(英字)
著者(カナ) タケシタ,ダイジロウ
標題(和) ヒト Dicer RNase III ドメインと EST1A PIN ドメインの結晶構造解析
標題(洋)
報告番号 121242
報告番号 甲21242
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2955号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 助教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

RNA代謝に関わるタンパク質のドメイン構造解析

近年、RNAが予想以上に多くの細胞内機能に関与することが明らかにされつつある。RNA分子が関与する代表的な細胞内現象として、RNA interference(RNAi)とテロメア伸長反応が挙げられる。この二つの細胞内現象では、共通して詳細な機能解明が遺伝子治療法の開発に繋がると期待されている。本研究では、タンパク質の構造と機能の相関解析を行うことを目的とし、二つのドメインの立体構造を明らかにした。

ヒトDicerのRNase IIIヌクレアーゼドメインのX線結晶構造解析

RNAiは、真核生物で保存された遺伝子発現の制御機構である。RNAiの反応過程では、細胞内に導入された二本鎖RNA(double-stranded RNA, dsRNA)がRNase III酵素の一種であるDicerによって約21塩基長で3'側2塩基末端をもつ小さなRNA(small interfering RNAs, siRNAs)にプロセッシングされる。生成されたsiRNAsはRNA-induced silencing complex(RISC)に取り込まれ、siRNAと相補的配列をもつmRNAを分解する。また、細胞内で発現するヘアピン型の前駆体microRNAs(miRNAs)もDicerによって約21塩基長の成熟miRNAsにプロセッシングされる。生成されたmiRNAsは、RNAi反応と類似した機構で相補的な配列をもつmRNAの分解あるいは翻訳阻害を誘導する。Dicerはマルチドメインからなるタンパク質で、C末端側に二つのRNase IIIヌクレアーゼドメイン(RIIIaとRIIIb)と一つのdsRNA binding domain(dsRBD)を含んでいる。これまで、RNase III酵素についてはバクテリア由来RNase IIIの立体構造が報告され、その構造に基づいた機能解析も進められている。真核生物由来DicerのRNase IIIヌクレアーゼドメインは幾つかの特徴的なアミノ酸配列を保有しているが、これまでDicerに含まれるRNase IIIヌクレアーゼドメインの立体構造は報告されていない。本研究では、ヒト由来RNase IIIタンパク質であるDicerのdsRNA切断メカニズムを詳細に明らかにするため、C末端RNase IIIヌクレアーゼドメインRIIIbのX線結晶構造解析を行った。

ヒトDicerのC末端RIIIbの発現系を構築し、タンパク質を精製し、結晶化を行った。放射光施設Photon Factory(PF)のビームラインPF-AR NW12で2.0 〓分解能のX線回折データを収集した。バクテリア由来RNase III(PDB ID: 1JFZ)をサーチモデルとした分子置換法により構造解析を行った。その結果、RIIIbは8つのαヘリックスと1つの310へリックスからなり、62%がヘリックスから構成されていることがわかった。RIIIbは、主に疎水的な相互作用によって結合したホモダイマーを形成していた。このRIIIbホモダイマーは、以前に生化学的な解析により提唱されている分子内RIIIa-RIIIbダイマー化モデルと異なった知見である。RIIIbホモダイマーインターフェイスを形成する15残基をアライメント上で調べたところ、DicerのRIIIaドメインにおいても同一のアミノ酸または置換可能なアミノ酸をもつことがわかった。イオン結合によってダイマー形成に関与するアルギニン残基は、Dicerを含むほぼ全てのRNase IIIで保存されていた。このことから、RIIIa-RIIIbダイマーもRIIIbホモダイマーと同様なダイマー形成を行っていることが示唆された。また、RIIIbホモダイマーはネガティブチャージを帯びた溝を形成し、この溝に沿って4つのほぼ直線状に並んだMgイオンが結合していることが明らかになった。両端の二つのMgイオンはバクテリアRNase III構造でも見られていたが、中央の二つのMgイオンはこのRIIIb構造で新たに見出された。Mgイオンの結合に関与する残基の変異タンパク質の解析から、両端のMgイオンの配位に関与する残基が顕著にdsRNA切断活性に影響していることがわかった。RIIIbの切断産物の解析を行ったところ、RNase IIIの切断産物の特徴である3'側2塩基突末端となる産物を生産することがわかった。以上の生化学的な解析結果から、RIIIb、Mgイオン、A-form dsRNAの複合体モデルを構築した。このモデルは、両端のMgイオンがリン酸ジエステル分解に関与するヒドロキシルイオンを生成すると仮定して構築した。この複合体モデルから、中央のMgイオンがRNAの切断サイトの2'OHを認識することが示唆された。中央に見られた二つのMgイオンの配位に関与する残基の一つがDicerのRIIIbドメインのみに保存されているため、中央のMgイオンはDicerのRIIIbドメイン特有の機能を担っている可能性がある。また、DicerのRIIIbドメインに見られるインサート領域中のmotif IIは、アクティブサイトを挟むように構造をとっていた。DicerのRIIIaとRIIIbは、RISCの構成要素であるArgonauteタンパク質と相互作用するため、この相互作用にmotif IIが関与する可能性がある。またはmotif II機能に関する別の可能性として、バクテリア由来RNase IIIの構造でdsRBDがdsRNAと相互作用する空間的位置から推測すると、motif IIがdsRBDと接触してdsRNAのアクティブサイトへの誘導、または切断後のRNAの解離に機能することが考えられた。

本研究によって明らかになったヒトDicerのRIIIbドメインの結晶構造はDicerタンパク質として初めての立体構造であり、幾つかの新たな知見を得ることができた。哺乳細胞において特定遺伝子のRNAiを誘導する際にsiRNAを用いるが、Dicerはin vitroで長いdsRNAからsiRNAを調製する目的で利用されている。明らかになった立体構造を基に、よりsiRNA生産効率が高いDicerを設計することが可能になると期待できる。

ヒトEST1AのPINドメインのX線結晶構造解析

テロメアは、真核生物の線状染色体末端に存在し、『末端複製問題』を解決するため特殊な構造を持っている。テロメアDNAの伸長を担うテロメラーゼの逆転写活性は、ガン細胞、生殖細胞、幹細胞で顕著に高く観察される。ヒトテロメラーゼは、逆転写活性部位をもつhTERT(human telomere reverse transcriptase)、逆転写の鋳型として働くhTR(human template RNA)がコア分子として働く。最近、ヒトEST1A、EST1B(ever shorter telomeres)がテロメラーゼホロ酵素に含まれることがわかった。これらのタンパク質の酵母ホモログであるEst1pは、より詳細に調べられておりテロメア伸長に必須な因子である。またEST1AとEST1Bは、それぞれSMG6、SMG5と呼ばれNMD(nonsense-mediated mRNA decay: ナンセンス変異が入ったmRNAを除去する機構)において必須な分子である。線虫ホモログCe-SMG6、Ce-SMG5については、RNAiに関与することが示されている。PINドメインはヒトEST1A(SMG6)とEST1B(SMG5)のC末端側に保存されたおよそ180残基からなるアミノ酸領域である。EST1タンパク質におけるPINドメインの詳細な機能は明らかになっていないが、SMG5のPINドメインの欠損変異体と点変異体はUPF1の脱リン酸化を誘導し、NMD機能を欠損させることが示されている。これまで、好熱菌由来PINドメインの結晶構造とそのヌクレアーゼ活性は報告されているが、真核生物由来PINドメインについて立体構造は得られていない。ヒト由来PINドメインは、好熱菌由来PINドメインとの相同性が低くインサート領域が含まれるため、PINドメインの機能と構造が保存されているか不明である。ヒトPINドメインの機能を理解するため、ヒトEST1AのPINドメイン発現系を構築しX線結晶構造解析を行った。

ヒトEST1AのC末端に存在するPINドメインの発現系を構築し、タンパク質を精製、結晶化した。放射光施設PFのビームラインPF-AR NW12で1.8 〓分解能のX線回折データを収集した。セレノメチオニン置換体タンパク質結晶を用いて単波長異常分散法で構造解析を行った。結晶構造では隣接する分子と強固な相互作用はなくモノマーで存在していることが示唆され、ゲルろ過クロマトグラフィーを用いた溶液中における分子量の解析結果と一致していた。全体構造は8つのαヘリックスと7つのβストランドから構成され、α/βスタック構造であることがわかった。全体構造から、ヒトPINドメインは好熱菌PINドメインと同様に低いアミノ酸相同性であるが5'ヌクレアーゼファミリーに属することが明らかになった。EST1AファミリーのPINドメイン中で高く保存された残基をタンパク質表面上で解析したところ、ヘリックス端で形成される推定活性部位のパッチに集中していることがわかった。このEST1AのPINドメインで見られた推定活性部位は、好熱菌由来PINドメインの推定活性部位と一致していた。ヒトPINドメインの推定活性部位は、アスパラギン酸、グルタミン酸が構成する酸性残基クラスターを形成していた。また、5'ヌクレアーゼファミリーで活性に重要であると示されているS/TxDモチーフを構成する残基も保存されて空間配置していることがわかった。これらの酸性残基クラスターによって、MgイオンまたはMnイオンが結合してヌクレアーゼ活性を発現すると考えられる。好熱菌由来PINドメインでは、Mgイオン、Mnイオン依存性のヌクレアーゼ活性が報告されている。そこで、構造解析を行ったヒトPINドメインをin vitroで生化学的に解析したが、ヌクレアーゼ活性およびヌクレオチド結合活性を検出することはできなかった。推定活性部位を構成する残基はヒトEST1AのPINドメインにおいても保存されているため、他のタンパク質領域との協調が活性発現に必要であると推測している。

本研究で明らかになったヒトEST1AのPINドメインの結晶構造は、テロメラーゼホロ酵素の中で初めての立体構造である。低い相同性ではあるが、全体構造から5'ヌクレアーゼファミリーに属することを示し、推定活性部位も空間的に保存されていることがわかった。テロメラーゼは、ガン細胞の異常な細胞分裂を抑制する際の標的因子として考えられており、その阻害剤研究が進められている。明らかになったEST1AのPINドメインの立体構造を基に、テロメラーゼ活性を抑制する低分子薬剤の設計が可能になると期待できる。

本研究のまとめ

本研究で立体構造が解明された二つのタンパク質ドメインは、RNA分子を基質とするが基質との複合体構造はまだ得られていない。今後の展望として、基質との複合体構造を明らかにして酵素反応機構の理解をさらに深め、応用化研究に繋げる必要がある。

図1.DicerのRIIIbドメインの結晶構造(左)、RIIIb-dsRNA複合体モデル(右)

図2.EST1AのPINドメインの結晶構造(左)、その推定活性部位(右)

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、RNAが関与する生命現象である『RNA interference(RNAi)』と『テロメア伸長反応』に関わるタンパク質のX線結晶構造解析および生化学的解析について述べている。本論文は、第I章『ヒトDicer RNase IIIドメインのX線結晶構造解析』と第II章『ヒトEST1A PINドメインのX線結晶構造解析』の2章からなる。

第I章では、DicerのRNase IIIドメインの結晶構造解析および生化学的解析について述べている。RNAiは、二本鎖RNAを細胞内に導入することにより誘導される遺伝子発現の制御機構であり、真核生物で広く保存されている。将来的には、遺伝子治療につながる反応機構であると期待されている。Dicerは、このRNAi反応過程において第一段階で働く酵素であり、長い二本鎖RNAを分解する。本研究では、この二本鎖RNA分解に関わるRNase IIIドメインの結晶構造を2.0〓分解能で決定し考察している。Dicer中にはRNase IIIドメインが二つ含まれるが、これまではこの二つのドメインは分子内でダイマー化し活性を発現すると考えられている。本研究では、C末端側のRNase III(RNase IIIb)について安定なタンパク質を調製することが可能となり解析を行ったが、このRNase IIIbでも安定なダイマーを形成していることが明らかになった。このホモダイマー中には、四つのマグネシウムイオンが結合していた。高分解能で四つのマグネシウムイオンが結合したRNase III構造が初めて得られた。DicerのRNase IIIドメインに含まれるインサートモチーフは、活性部位を囲むように構造をとっていた。さらに生化学的な解析によって、このRNase IIIbが二本鎖RNA切断活性をもつことを示している。またこの切断反応によって、他のRNase III酵素で見られる産物構造である2塩基3'突末端を生じることも示している。この特徴的な酵素反応を基にして、二本鎖RNAとRNase IIIbとの複合体モデルを構築している。このモデルによって、新たに見られたマグネシウムイオンがRNAの2'ヒドロキシル基と結合することが示唆している。

第II章では、EST1AのPINドメインの結晶構造解析について述べている。EST1Aタンパク質はテロメアの維持に関わる酵素、テロメラーゼホロ酵素に含まれる因子である。テロメアおよびテロメラーゼは、細胞のガン化、老化などと密接に関係しており、医学的な見地からも重要なターゲットである。酵母ホモログであるEst1タンパク質は、テロメラーゼ活性における必須因子であり、ヒトでも同様の役割を担っている可能性がある。そのタンパク質の立体構造を解明することは、SBDD(Structural Based-Drug Design)を適用する際に有効である。本研究では、ヒトEST1AのPINドメインの結晶構造を1.8〓分解能で決定し、その構造の考察について述べている。この結晶構造から、5'ヌクレアーゼファミリーに属することが示された。しかしながら、これまで明らかになっている好熱菌PINドメインの構造とは異なり、伸長した構造を見出されている。この立体的に異なる構造は、タンパク質の進化を考える上で興味深い知見である。EST1AファミリーのPINドメイン中で高く保存された残基をタンパク質表面で解析した結果から、活性に重要な残基がヘリックス端で形成されるポケットに集中していることを示している。このポケットは推定活性部位であり、好熱菌のPINドメインの活性部位と一致していた。この部位はアスパラギン酸、グルタミン酸で構成される酸性残基クラスターを形成しており、また5'ヌクレアーゼファミリーで活性に重要であると示されているS/TxDモチーフを構成する残基も保存されて空間配置されていることが示された。このPINドメインの生化学的な解析をin vitroで行ったがヌクレアーゼ活性は見出せなかった。この構造上の知見と異なりPINドメインが不活性化していることから、このPINドメインが核酸結合領域を欠損していることが示唆されている。本研究で明らかになったヒトPINドメインの結晶構造は、テロメラーゼホロ酵素の中で初めての立体構造である。テロメラーゼは、ガン細胞の異常な分裂を抑制する際の標的因子として考えられ、その阻害剤研究が盛んに行われている。本研究によって、PINドメイン立体構造を基にテロメラーゼ活性を高効率で抑制する低分子薬剤設計の基盤が構築できたと言える。

以上、本研究で得られた知見は、学術上貢献するところ大であると考えられる。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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