学位論文要旨



No 121243
著者(漢字) 増田,唯
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,ユイ
標題(和) スフィンゴ脂質を中心とした含窒素天然物の合成研究
標題(洋)
報告番号 121243
報告番号 甲21243
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2956号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,秀典
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 講師 石神,健
内容要旨 要旨を表示する

イギリスのThudichumによって1874年に脳組織よりはじめてスフィンゴ脂質が単離されて130年あまりがたった。現在では、スフィンゴ脂質は微生物、植物、動物、すべてに共通する生体成分で、多様な生物活性の担い手であることが明らかになっている。しかしながらスフィンゴ脂質は天然から微量にしか得られない場合が多々あり、その絶対立体配置が決定されていない化合物も多数存在する。スフィンゴ脂質の絶対立体配置の決定と大量供給を目的として合成研究を行った。また、そのスフィンゴ脂質合成手法の応用し。スフィンゴ脂質関連物質の合成も行なった。

健常人皮膚セラミドの合成1)

人体内からの水分の損失を防ぐ役目を果たしている表皮は、細胞間に存在する脂質の多重構造によって形成されており、これは脂質ラメラと呼ばれている。脂質ラメラはセラミド、コレステロール、脂肪酸の3成分で構成されているが、中でもセラミドの含有量は極めて多く、脳の約35倍にも達している。また存在するセラミドの種類も豊富で構成するスフィンゴシンと脂肪酸の組み合わせの違いで8種類に分類されているが、Ceramide 1(1)は脂質ラメラの構築にもバリア機能の発現にも必須であることが知られており、アトピー性皮膚炎では皮膚中のCeramide 1(1)の減少が報告されている。皮膚中セラミドの中でも重要な役割を果たしているCeramide 1(1)の合成例はこれまでに無く、試料提供も目的の一つとしてこの合成に着手した。当研究室における過去のスフィンゴ脂質合成法に従い、香料として使用されている15-pentadecanolide(2)を出発原料として10段階で脂肪酸部分である活性化エステル3を合成した。これとGarner aldehyde 4より導いたスフインゴシン部分5とを縮合し、その後脱保護を行ない目的化合物セラミド1(1)の合成を達成した。合成した目的化合物と天然物の1H-NMRは極めて良い一致を示した。

老齢者特異的な皮膚セラミドの合成及び構造決定2),3)

角層セラミドの特徴は、脂肪酸の鎖長が長く20から36にわたっていること、ヒドロキシル化されたものが60%以上に及んでいることである。また老齢者ではこのヒドロキシル化されたセラミドの割合が増加することも確認され、老化現象とセラミドの関連性も示唆され興味深い。それらのセラミド類6,7,8,14は1994年にDowningらにより単離され構造が提示されたが、6位及び2'位の水酸基の絶対立体配置は未確定であった。そこでこれらの構造決定も目的としてこれら新規セラミド類の合成に着手した。

まず、目的化合物6,7,8の合成について示す。立体が不明である6位の水酸基に関しては、酵素反応を用いた光学分割により純粋に9の両鏡像体を合成することができた。Garner aldehyde4と(R)-9とのカップリングにより10へと導いた後に3段階で重要中間体11を得る事に成功した。この重要中間体11と別途調製したカルボン酸12を縮合し。天然物の1H-NMRと極めて良い一致を示すCeramideB(6)を得た。一方、鏡像体(S)-9を用いて同様に6-epi-Ceramide Bまで導いて1H-NMRを比較したところ、二重結合部分である4位と5位に明確な差異が見受けられた。したがって不明であった6位の水酸基の絶対配置はRであると決定することができた。さらに重要中間体11とそれぞれ対応するカルボン酸を用いてCeramide 8(7)及びCeramide 4(8)の合成にも成功した。

続いてCeramide 7(14)の合成について示す。本化合物に関しては2'位の水酸基の絶対立体配置が不明であったため、対応するカルボン酸として、酵素反応を用いた光学分割により13の両鏡像異性体を合成した。得られた(R)-13及び(S)-13をそれぞれ重要中間体11と縮合し、目的化合物へと導いた。合成品と天然物の1H-NMRを比較すると(S)-13由来の2'-epi-Ceramide 7には1位に明確な差異が見受けられ、天然物の2'位の水酸基の絶対立体配置はRであると決定することができた。

ピペリジンアルカロイド骨格の効率的な合成

先に述べた、老齢者特異的な皮膚セラミドの合成において6位に水酸基を有する新規スフィンゴ脂質の合成法を確立することができた。この酸素官能基を足がかりに分子内環化反応を行なうことにより、ピペリジン骨格の合成にもスフィンゴシン合成の手法が応用可能ではないかと考えた。

そこで目的化合物としてパパイヤ科の植物Carica papayaより単離され民間解熱薬として使用されてきたCarpineの単量体成分(+)-Carpamic Acid(15)を目的化合物として選択し、効率的かつ幅広い応用が可能なピペリジンアルカロイド骨格構築法の確立を目指し研究を行った。

皮膚セラミド合成中間体10に似た構造を有する中間体16を(S)-Alanineより8段階で導き、鍵反応である分子内環化反応の検討を行なった。種々検討の結果上図の様にパラジウム触媒を大過剰に用いる条件で反応を行なえば高収率でピペリジンアルカロイド骨格を有する中間体17を得られることを見いだした。この中間体17を5段階で目的化合物(+)-Carpamic Acid(15)へと変換した。合成品と天然物の1H-NMRは極めて良い一致を示した。

(-)-Rhizocalinの合成研究

(-)-Rhizochalin 18は1989年に海綿Rhizochalina incrnstataより単離された抗菌性物質であり、絶対立体配置は2000年に決定されている。(-)-Rhizochalin 18はスフィンゴシンが二量化していると思われるが非対称な構造をしている。この特異な構造に興味を持ち、合成に着手した。

出発原料として(R)-Alanine 19を用いて5段階で共通中間体であるエポキシド20へと変換した。このエポキシド20を5段階で左側部分21へ、2段階で右側部分22へとそれぞれ変換し両者をOlefin Cross-Metathesisを用いて結合させることにより化合物23を合成すべく研究中である。

以上、天然からの供給量が限られているスフィンゴ脂質を中心に合成研究を行ってきた。人間皮膚より単離された新規セラミド類の合成ではその絶対立体配置を決定するだけでなく、合成した試料を生物学者、医学者に提供した。これらのサンプルを元に新たな知見が得られれば幸いである。また応用研究として(+)-Carpamic Acid、(-)-Rhizocalinの合成を達成することによりスフィンゴ脂質合成法の有用性を高めることができるのではないかと考えている。

Yui Masuda and Kenji Mori J. Indian. Chem. Soc., 2003, 80, 1081-1083.Kenji Mori and Yui Masuda, Tetrahedron Lett., 2003, 44, 9197-9200.Yui Masuda and Kenji Mori, Eur. J. Org. Chem. 2005, 4789-4800.
審査要旨 要旨を表示する

イギリスのThudichumによって1874年に脳組織よりはじめてスフィンゴ脂質が単離されて130年あまりがたった。現在では、スフィンゴ脂質は微生物、植物、動物、すべてに共通する生体成分で、多様な生物活性の担い手であることが明らかになっている。しかしながらスフィンゴ脂質は天然から微量にしか得られない場合が多々あり、その絶対立体配置が決定されていない化合物も多数存在する。本論文はスフィンゴ脂質関連物質の合成研究をまとめたものであり二部より構成されている。第一部ではスフィンゴ脂質の絶対立体配置の決定と大量供給を目的とした合成について、また第二部ではそのスフィンゴ脂質合成手法を応用しての、スフィンゴ脂質関連物質の合成研究について論じている。

第一部ではスフィンゴ脂質合成研究として、人間の皮膚より単離されたセラミド類の合成を行なっている。人体内からの水分の損失を防ぐ役目を果たしている皮膚は、細胞間に存在する脂質の多重構造によって形成されており、これは脂質ラメラと呼ばれている。脂質ラメラはセラミド、コレステロール、脂肪酸の3成分で構成されているが、中でもセラミドの含有量は極めて多い。第一部第一章では健常人皮膚セラミドであるCeramide 1 (1) の合成を行なった。このCeramide 1 (1) は脂質ラメラの構築にもバリア機能の発現にも必須であることが知られており、またアトピー性皮膚炎では皮膚中における存在量の減少が報告されている。皮膚中セラミドの中でも重要な役割を果たしていると考えられているCeramide 1 (1) の第一合成を達成した。第一部第二章では老齢者特異的なセラミド類 2,3,4,5の合成を行なっている。角層セラミドの特徴は、脂肪酸の鎖長が長く20から36にわたっていること、ヒドロキシル化されたものが60%以上に及んでいることである。また老齢者ではこのヒドロキシル化されたセラミドの割合が増加することも確認され、老化現象とセラミドの関連性も示唆され興味深い。これらの第一合成を達成し、不明であった6位及び2'位の水酸基の絶対立体配置をそれぞれRであると決定した。第二部ではスフィンゴ脂質関連物質の合成研究を行っている。第二部第一章ではスフィンゴ脂質合成手法を応用することでピペリジンアルカロイド骨格の効率的な合成法を見いだした。先に述べた老齢者特異的な皮膚セラミドの合成において6位に水酸基を有する新規スフィンゴ脂質の合成法を確立したが、この酸素官能基を足がかりに分子内環化反応を行なうことにより、ピペリジン骨格の合成にもスフィンゴシン合成の手法が応用可能であると考えた。

そこで目的化合物としてパパイヤ科の植物Carica papayaより単離され民間解熱薬として使用されてきたCarpineの単量体成分(+)-Carpamic Acid (6) を目的化合物として選択した。以下に示すような分子内環化反応を鍵反応としてその合成を達成することで効率的かつ幅広い応用が可能なピペリジンアルカロイド骨格構築法を確立した。

第二部第二章ではは1989年に海綿Rhizochalina incrnstataより単離された抗菌性物質である(-)-Rhizochalin (7) の合成研究を行っている。(-)-Rhizochalin (7) はスフィンゴシンが二量化していると思われるが非対称な構造をしている。この特異な構造に興味を持ち、合成研究を行っている。現在は左側部分と右側部分の合成は達成しているので鍵反応をとしてOlefin Cross-Metathesisを用いた二量化反応の検討を行なっている。

以上本論文は、「スフィンゴ脂質を中心とした含窒素天然物の合成研究」を基盤とした効率的な合成法の確立、天然物の絶対立体配置の決定、合成試料の供給等、関連他分野とも連携した有機合成化学の成果をまとめたものであり、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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