学位論文要旨



No 121244
著者(漢字) 望月,鉄之祐
著者(英字)
著者(カナ) モチヅキ,テツノスケ
標題(和) 腸管上皮細胞におけるタウリン輸送担体の TNF-α による制御
標題(洋)
報告番号 121244
報告番号 甲21244
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2957号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 宮本,有正
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 助教授 八村,敏志
 東京大学 助教授 戸塚,護
内容要旨 要旨を表示する

タウリンは細胞内に遊離した状態で存在する含硫βアミノ酸であり、魚介類などの食品に多く含まれている。その生理作用としては、浸透圧調節、神経保護、解毒、抗酸化などが知られている。

食品として摂取されたタウリンは、腸管上皮に存在するタウリン輸送担体(taurine transporter:TAUT)を介して生体内に吸収される。この腸管上皮のTAUTは細胞外のタウリン濃度や浸透圧などの変化や、黒ゴマ抽出成分であるリゾフォスファチヂルコリンといった食品因子により制御、調節を受けることがこれまでに見出されてきたが、その体内での調節の仕組みについては不明な点が多い。

腸管上皮は食物の消化・吸収の場であると同時に生体外の有害な異物と接触する最前線の場でもある。このため、腸管には全末梢リンパ球の60~70%が分布し、高度に発達した独特な生体防御システムである腸管免疫系が存在する。この系における免疫応答にはサイトカインが重要な役割を果たしている。サイトカインとは主に免疫担当細胞から分泌され、免疫、炎症反応の制御作用、抗ウイルス作用、細胞増殖・分化の調節作用など細胞間相互作用を媒介するタンパク質性因子の総称である。本研究では腸管上皮におけるTAUTを制御する新たな因子としてこのサイトカインに注目し、TAUT活性に影響を及ぼすサイトカインがないか検討したところ、tumor necrosis factor α(TNF-α)がTAUT活性を亢進することが見出された。そこで、TNF-αによるTAUT活性の制御メカニズムとこの現象の持つ生理的な意義について検討を行った。

Caco-2におけるタウリン輸送活性に及ぼすサイトカインの影響

ヒト腸管上皮細胞のモデルとしてヒト結腸癌由来株化細胞であるCaco-2細胞を用いた。まず、プレート上で2週間培養したCaco-2細胞を各サイトカインを添加した培地で24時間培養した。細胞を洗浄し、トリチウムラベルされたタウリンを含んだハンクス液で37℃、10分間インキュベートしてその際に細胞内に取り込まれたトリチウム量をタウリン輸送活性(TAUT活性)とした。その結果、tumor necrosis factor α(TNF-α)で約2倍、IL-1βで約1.5倍のTAUT活性の亢進がみられた。TNF-αとIL-1βを同時にCaco-2に作用させたところ、相加相乗的なTAUT活性の亢進はみられず、TNF-αを単独で作用させた時と同程度のTAUT活性の亢進しかみとめられなかった。このことからTNF-αとIL-1βによるTAUT活性の亢進は共通の経路を介していることが示唆された。TNF-αによるTAUT活性の亢進はTNF-α濃度依存的かつTNF-α作用時間依存的であった。また、TNF-αにより細胞内タウリン量が増加することもわかった。他のアミノ酸(ロイシン、リジン、グルタミン酸)の輸送活性はTNF-αによって亢進しなかった。他の組織由来の細胞株としてHepG2細胞(肝臓)、HEK293細胞(腎臓)、マクロファージ様に分化させたTHP-1細胞のそれぞれをTNF-αで処理したところ、THP-1においてわずかなTAUT活性の亢進がみられただけで他の細胞は応答しなかった。このことからTNF-αは腸管上皮という特定の部位でTAUT活性を特異的に亢進させていることが示唆された。

TNF-αで処理したCaco-2細胞におけるTAUT活性のKineticsを解析したところ、コントロールに対してVmax値の増加とKm値の減少がみられ、この制御にはタウリン輸送担体数の増加と基質との親和性の増加が関与していることが示唆された。また、ノーザン解析においてTNF-α処理したCaco-2では未処理のものにくらべてTAUT mRNAの発現量が増加していた。

TNF-αによるタウリン輸送担体制御におけるNF-κBの関与

TNF-αからのシグナル伝達については、nuclear factor kappaB(NF-κB)を活性化させることがよく知られている。また、1における結果からTNF-αとIL-1βは共通の経路を介してTAUT活性を亢進させていることが示唆されたが、IL-1βについてもNF-κBを活性化させることが知られている。このことからTNF-αによるTAUT活性の亢進には、NF-κBが関わっていることが考えられた。そこで、NF-κBの活性化を阻害することが知られている阻害剤4種類をTNF-αと共に細胞に作用させてTAUT活性亢進に対する影響を調べた。その結果、4種類の阻害剤はいずれもTNF-αによるTAUT活性の亢進を有意に抑制した。最も阻害効果の強かったpyrrolidine dithiocarbamate(PDTC)はTNF-αによるTAUT mRNAの発現増加についてもこれを抑制した。NF-κBは細胞質中にIκBと会合した形で存在し、上流のシグナルからIκBがリン酸化され、引き続いてユビキチン化を受けてプロテアソームにより分解されることで活性化する。TNF-αによるIκBの分解に対するPDTCの効果についてIκBαのウェスタンブロットにより調べたところ、PDTCによりIκBαの分解が遅れることがわかった。このことからPDTCがこの系において実際にNF-κBの活性化を抑制していることが確かめられた。さらにヒトTAUT遺伝子5'上流約2.4kbpにNF-κBのコンセンサス様配列(GGGTCATTTCC)を見出し、この配列を含むレポーターベクターをCaco-2に導入しTNF-αによる応答をみたところ、TNF-α未処理にくらべ約2倍の応答がみられた。また、ゲルシフトアッセイによりこの配列とNF-κBが結合しうることが示された。以上の結果から、TNF-αによるTAUT活性の亢進はNF-κBにより転写レベルで制御されていることが示唆された。

TNF-αによるTAUT制御におけるNF-κB以外の因子の関与

TNF-αによるTAUT制御に関わるNF-κB以外の因子を調べるため、いくつかの情報伝達阻害剤を用いてTAUT活性への影響を調べた。その結果、c-Jun N-terminal kinase(JNK)の阻害剤がTAUT活性の亢進を抑制した。この阻害剤はIκBの分解は抑制しなかったことからJNKはNF-κBの下流もしくは別経路で機能していることが示唆された。

TNF-αに対するレセプターはTNFレセプター1(TNFR1)と2(TNFR2)があることが知られている。Caco-2で両レセプターの発現を確認後、それぞれの中和抗体を用いてTAUT活性への影響を調べたところ、TNFR1の中和抗体がTNF-αによるTAUT活性の亢進を抑制した。このことからこの制御においてTNFR1が関わっていることが示唆された。

TNF-αにより活性化したTNFR1にはTNF receptor associated factor 2(TRAF2)が会合して下流にシグナルを伝達することが知られている。そこで、TRAF2ステーブルノックダウン細胞を用いてTNF-αによるTAUT活性の亢進への影響を調べたところ、ネガティブコントロールではTNF-αによりTAUT活性が亢進したのに対してTRAF2ノックダウンではTAUT活性は亢進しなかった。このことからTRAF2もTAUT制御に関わっていることが示唆された。

THP-1との複合培養により示されるCaco-2の細胞障害とそれに対するタウリンの効果

以前の研究において、マクロファージ様に分化させたTHP-1とCaco-2細胞層とを透過性膜を隔てて複合培養すると、Caco-2のlactate dehydrogenase(LDH)放出が増加し、経上皮電気抵抗(transepithelial electrical resistance: TER)値が減少するという現象がみられ、Caco-2が細胞障害を引き起こすことがわかっていた。この細胞障害は複合培養液中にTNF-αの中和抗体を添加することで軽減されたことから、TNF-αが細胞障害の一因になっていることが示唆されていた。この複合培養系においてタウリンを作用させると、タウリン濃度依存的にCaco-2のLDH放出を抑制し、減少したTER値を回復させた。このことからタウリンにはTNF-αが原因で起こる腸管上皮の炎症性ダメージを和らげるという新たな生理作用があることが示唆された。

本研究のまとめ

腸管上皮細胞において、炎症性サイトカインであるTNF-αによりTAUT活性が亢進することが見出され、この制御には主としてNF-κBが転写レベルでヒトTAUT遺伝子の発現を増加させることによることが示唆された。また、タウリンは腸管上皮においてTNF-αが一因となって起こる細胞へのダメージを抑制する働きがあることが見出された。NF-κBは転写レベルで種々の炎症性サイトカインの発現を制御しており、腸管上皮細胞においてもIL-1β、IL-6、IL-8などの炎症性サイトカインまたはケモカインの発現がNF-κBにより制御されていることが知られている。これらのことを考慮すると、生体外の異物に対する免疫応答としてマクロファージなどから分泌されるTNF-αに対し、腸管上皮細胞はNF-κBを介して炎症性サイトカインの分泌を増加して炎症を促進すると同時に、自身へのダメージについては同じくNF-κBにより誘導されるTAUTが細胞へのタウリン取り込みを上昇させることで防いでいるという生理的意味がこの現象にはあると推察された。

Mochizuki, T.,Satsu, H.and Shimizu, M.(2002) FEBS Letters Vol.517, No.1-3, pp.92-96Mochizuki, T.,Satsu, H.and Shimizu, M.(2004) BioFactors Vol.21, pp.141-144Mochizuki, T.,Satsu, H.and Shimizu, M.(2005) FEBS Letters Vol.579, No.14, pp.3069-3074
審査要旨 要旨を表示する

本論文は腸管上皮細胞におけるタウリン輸送のサイトカインによる調節について述べたもので序論および4章からなる。序論では、研究の背景と目的を述べている。タウリンは細胞内に遊離した状態で存在する含硫βアミノ酸であり、様々な生理作用が知られている。食品として摂取されたタウリンは、腸管上皮のタウリン輸送担体(taurine transporter:TAUT)を介して生体内に吸収される。この腸管上皮TAUTは細胞外環境変化や食品因子により制御、調節を受けることがこれまでに明らかにされてきた。本研究では、TAUTを制御する新たな因子としてサイトカインに注目し、tumor necrosis factor α(TNF-α)がTAUT活性を亢進することを見出した。そこで、その制御メカニズムとこの現象の持つ生理的な意義について検討を行った。

第1章では、サイトカインが腸管上皮のTAUT活性に及ぼす影響について、ヒト腸管上皮細胞のモデルであるCaco-2細胞を用いて検討している。まず、プレート上で培養したCaco-2細胞をサイトカインで刺激し、トリチウムラベルされたタウリンを含んだハンクス液で37℃、10分間インキュベートして、その際に細胞内に取り込まれたトリチウム量を測定してタウリン輸送活性(TAUT活性)とした。その結果、TNF-αで約2倍のTAUT活性の亢進がみられた。TNF-αによるTAUT活性の亢進はTNF-α濃度依存的かつTNF-α作用時間依存的であった。また、TNF-αにより細胞内タウリン量が増加することも分かった。さらに、タウリン以外のアミノ酸や他の組織由来の細胞株を用いた解析から、TNF-αは腸管上皮という特定の部位でTAUT活性を特異的に亢進させていることが示唆された。TNF-α処理の有無によるTAUT活性のKinetics解析やノーザン解析により、この制御にはタウリン輸送担体数の増加、基質との親和性の増加、TAUT mRNAの発現量の増加が関与していることが示唆された。

第2章では、TNF-αによるTAUT制御における転写因子NF-κBの関与について検討している。まず、NF-κB活性化の阻害剤を4種類用いて、それらをTNF-αとともに細胞に作用させ、TAUT活性亢進に対する影響を調べた。その結果、4種類の阻害剤はいずれもTNF-αによるTAUT活性の亢進を有意に抑制した。最も強い阻害効果のみられたpyrrolidine dithiocarbamate(PDTC)は、TNF-αによるTAUT mRNAの発現増加を抑制した。PDTCはTNF-αによるNF-κBの活性化についても抑制作用を示した。さらに、ヒトTAUT遺伝子5'上流約2.4kbpに存在するNF-κBのコンセンサス様配列にNF-κBが結合し、転写レベルでヒトTAUT遺伝子を制御している可能性も示唆された。

第3章では、この制御におけるNF-κB以外の情報伝達物質の関与について検討している。まず、いくつかの情報伝達阻害剤を用いてTAUT活性への影響を調べた。その結果、c-Jun N-terminal kinase(JNK)の阻害剤がTAUT活性の亢進を抑制した。この阻害剤は、TNF-αによるTAUT mRNAの発現増加やNF-κBの活性化を抑制しなかったことから、JNKはNF-κBとは別経路で機能していることが示唆された。また、この制御におけるTNF-αのレセプターの関与について、レセプターの中和抗体を用いて検討したところ、TNFレセプター1が関与していることが示唆された。TNFレセプター1の下流にはTNF receptor associated factor 2(TRAF2)があることが知られている。そこで、TRAF2ノックダウン細胞を用いてTNF-αによるTAUT活性の亢進への影響を調べたところ、TRAF2もTAUT制御に関わっていることが示唆された。

第4章では、マクロファージ様に分化させたTHP-1細胞とCaco-2を透過性膜を隔てて複合培養した系を用いて検討がなされている。この複合培養系では、TNF-αを介したCaco-2の細胞障害が誘導される。この複合培養系においてタウリンを作用させると、タウリン濃度依存的にCaco-2の細胞障害が抑制された。このことから、タウリンにはTNF-αが原因で起こる腸管上皮の炎症性損傷を和らげるという新たな生理作用があることが示唆された。また、THP-1の培養上清がCaco-2のTAUT活性を亢進させることも見出された。

総合討論では、本研究の課題や意義についての考察がなされている。

以上、本研究は、腸管上皮細胞のタウリン輸送がTNF-αにより調節されることを明らかにし、生体がタウリンの持つ抗炎症的な生理作用を積極的に利用する機構を有することを示したもので学術上応用上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位として価値あるものと認めた。

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