学位論文要旨



No 121248
著者(漢字) 明,華
著者(英字)
著者(カナ) ミン,ファ
標題(和) 好熱古細菌 Sulfolobus tokodaii strain 7 由来 thioredoxin のX線結晶構造解析
標題(洋) X-ray crystallographic analysis of thioredoxin from the thermophilic archeaon Sulfolobus tokodaii strain 7
報告番号 121248
報告番号 甲21248
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2961号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 清水,謙多郎
 東京大学 講師 安保,充
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目的

Thioredoxin(TRX)はジスルフィド結合を含む酸化還元タンパク質としてほぼすべての生命体に存在し、細胞内の酸化還元プロセスを制御することで細胞を守る重要なタンパク質である。さらに、TRXは熱安定タンパク質としてタンパク質の安定性を理解するための重要なモデルタンパク質とも考えられている。これまでに様々な論文でE. coli、A. acidocaldariusといった生物由来のTRXの耐熱性に関した内容が発表されてきた。しかし、耐熱性研究に最も相応しいと思われる好熱古細菌由来のTRXに関した報告はなかった。そこで本研究は、生育限界温度が87℃である好熱古細菌Sulfolobus tokodaii strain7由来TRXに着目し、X線結晶構造解析法およびタンパク質工学を利用して、立体構造の耐熱化機構を調べることを目的とした。

結晶構造

Wizard I, II screening kitを用いて一次結晶化スクリーニングを行ったところstTRX K53E変異タンパク質に相応しい結晶条件が見出された。沈殿剤濃度とpHを変え二次スクリーニングをしたところ、分解能1.49ÅのX線回折斑点を示す結晶を得ることができた。ほうれん草由来thioredoxinの構造を初期モデルとし、分子置換法で構造計算を行った。

決定されたstTRX K53E構造はCys64とCys67といった活性部位のcysteine残基が酸化された酸化型の構造であり、典型的なthioredoxinフォールド(α/β構造)を示した。5本のストランドからなる1枚のβシートが四本のα−へリックスに囲まれた構造を示した(図1)。シートの裏表で疎水コアが2つあり、一方は芳香環が多いコアで短いヘリックスで囲まれ、もう一方は脂肪族アミノ酸残基が多く長いへリックスで囲まれていた。周囲を囲むヘリックスと中央部に横たわるシートそしてループの間には水素結合(Trp63---Asp92、Tyr81---Glu131)は少なかった。一方、分子表面には異なる二次構造の間を結ぶ5つのイオンペアを持っていた(His39---Glu93、Lys53---Asp114(WT)、Glu75---Lys88、Asp80---Arg127とAsp119---Arg133) (図1)。

塩酸グアニジンによる変異体の変性実験

stTRXのイオンペアの立体構造安定性への影響を調べるために変異体5種類を作製した。各イオンペアの片一方の残基を選択し、アラニンに置換した。0 Mから8 Mまでの塩酸グアニジンを添加し、α−へリックスの変性の基準となる222 nmで変異体とWTの比較を行った。図2はWTと各変異体の塩酸グアニジンによる変性グラフである。それぞれの変性中点は、R133Aは3.85 M, E93Aは5.46 M, K53Aは5.67 M, R127Aは5.96 M, K88Aは6.07 M, WTは6.20 M塩酸グアニジン濃度であった。K53A、E93A、K88A、R127AではWTと構造安定性に大きな差は見られなかった。しかし、R133AはWTに比べ変性中点の塩酸グアニジン濃度が顕著に低く、構造安定性に差が出たことがわかった。

活性測定

30°Cと50°CでDTT依存的なインシュリンジスルフィド結合の還元活性の測定を行った。30°Cでは60 minかけても不完全な還元を示したが、50°Cでは20分で0.13 mMのインシュリンを完全に還元した。この結果はstTRXが温度の上昇に伴って活性化することを示している。50°Cで測定した結果、構造計算に用いられたK53EとWT は活性がほとんど変わらず、いずれも0.13 mMのインシュリン溶液を完全に還元させた。

議論

好熱古細菌S. horikosiiのstTRX K53E変異体の結晶化を行い構造を決めた。この構造は好熱菌由来のthioredoxinでは初めての構造報告である。K53Eは活性測定でもCD測定でもWTとも差がないことを確認した。この構造とほかの生物由来のTRXとのRMSDの値は、それぞれE. coli TRX(2TRX)と1.26 〓 、A. acidocaldarius TRX(1NW2)と1.19 〓、Human TRX(1ERU)と1.15 〓、Spinach TRX(1FB0)と0.94 〓、Anabaena TRX(1THX)と1.32 〓であって、全体構造にはほとんどかわりがない。

好熱古細菌由来タンパク質の構造安定の仕組みとして、異なる2次構造間のイオンペアが重要かも知れないと考え、変異体を作成し構造安定性を評価した。5つあるイオンペアそれぞれに変異を加えたところ、R133Aで安定性に大きな変化が見られた。R133(α4)はD119(β5)とイオンペアを形成している。β5とほかの2次構造の間との相互作用は、Asp119---Arg133間のイオンペア以外見られなかった(図3)。このイオンペアがなくなるとα4とβ5間の相互作用が全くなくなり、安定性が低下すると思われる。この結果から、C末端へリックスはstTRX構造全体の構造安定性にきわめて重要で、C末端へリックスが崩れるとstTRX全体構造も崩れてしまうことがわかった。したがって高い安定性を獲得するためにはこのイオンペアが特に重要な働きがあると考えられる。R133-- D119のイオンペア以外は単独では構造安定性への寄与はそれほど大きくはなかった。したがって、いくつかのイオンペアが共同的に構造安定性を増しているということが考えられる。

stTRXの塩酸グアニジンによる変性中点濃度(6.20 M)は耐熱性が高いといわれてきたA. acidocaldarius由来TRX(2.9 M)よりずっと高い値だった。したがってstTRXはこれまで構造安定性について報告されたTRXの中で最も安定性が高いものである。また、ほかの生物種由来のTRXと比較したところ、stTRXはこれまで立体構造解析されたTRXの中で最も多くイオンペアを持っていた。したがって、stTRXにイオンペアが多いという特徴は、高い耐熱性につながっていると結論される。

図1. stTRXの全体構造と形成されるイオンペア

図2. 塩酸グアニジンによる変性実験

図3. α4とβ5間の相互作用

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、Sulfolobus tokodaii strain7由来のジスルフィド結合を含む酸化還元たんぱく質であるthioredoxinのX線結晶構造解析を行い、その構造に基づいた立体構造の耐熱化機構について述べている。

本論文はChapter 1からChapter 3で構成されている。

Prefaceでは、始めに好熱菌由来タンパク質のメリットについて述べている。耐熱性たんぱく質の利用がますます増加している現状に伴って、耐熱性たんぱく質に関する安定性研究も盛んになっていると書いている。一方、ターゲットタンパク質であるthioredoxinはEscherichia coliとAlicyclobacillus acidocaldariusで立体構造解析と安定性研究が既に行われているが、好熱古細菌では構造解析も安定性研究もまだ行われていないので、本研究はこの2点を明らかにすることを目的として行われた。

本論文の背景として、Chapter 1の前にBackgroundを設けている。Backgroundでは、thioredoxinの反応機構、様々な生物でのthioredoxinの機能、X線結晶構造解析が行われているthioredoxin、耐熱性に寄与する要素、耐熱性研究のモデルタンパク質であるthioredoxin、Sulfolobus tokodaii strain7などについて詳しく説明している。

Chapter 1では、Sulfolobus tokodaii strain7由来thioredoxinのクローニング、発現、精製と結晶化について述べている。野生型のthioredoxinとクローニング段階で得られたK53E 変異体thioredoxin二種類のタンパク質の精製と結晶化を行った結果、前者では棒状の、後者では厚みのある板状の結晶が得られた。

Chapter 2では、Chapter 1で得られた結晶を利用したX線結晶構造解析とその結晶構造について詳しく述べている。野生型のthioredoxinはN末端側領域の揺らぎが予測され、最終的にR-factorとfree-Rは理想的なところまで下がらなかったが、K53E 変異体は1.49Å分解能のデータが得られて最終的にはR-factor 17.2%とfree-R 19.2%という値が得られた。K53E 変異体のX線結晶構造は典型的なthioredoxin fold a/b構造を示していて、5本のストランドからなるb-sheetが4本のa-helixに囲まれている酸化型の構造である。K53E変異体は疎水性の残基がたくさん集まった二つの疎水性コア、CoreAとCoreBを持っている。疎水性コア以外にも側鎖の間に二つの水素結合がある。一つはb2とa2の間のループとb3とa3の間のループを結ぶTrp63---Asp92、もう一つはa2とa4を結ぶTyr81---Glu131。水素結合以外に、分子表面には異なる二次構造の間を結ぶ5つのイオンペアがある。b1とb3とa3の間のループを結ぶイオンペア、His39---Glu93;a1とb2の間のループとb4とb5の間のループを結ぶイオンペア、Lys53---Asp114(精密化が不完全なWild typeの電子密度から);a2とb3を結ぶイオンペア、Glu75---Lys88;a2とa4を結ぶイオンペア、Asp80---Arg127---Glu131;b5とa4を結ぶイオンペア、Asp119---Arg133---Glu129。他のthioredoxinと比較したところSulfolobus tokodaii 由来thioredoxinは特徴的に多いイオンペアを持っていることも示している。

Chapter 3では、Sulfolobus tokodaii 由来thioredoxinが特徴的に多く有しているイオンペアに着目し、イオンペアの構造安定性への効果を調べるためにAlanineに置換した変異体5種類を作製し、各イオンペアの構造安定性への影響を調べている。0 Mから8 Mまでのグアニジン塩酸を添加し、CDでa-へリックスの変性の基準となる222 nmで変異体と野生型の比較を行った結果、R133A変異体が野生型に比べ、顕著に構造安定性に差が出たことを述べている。Arg133はAsp119とイオンペアを形成し、a4を安定化させるために重要であると思われる。a4は主にa2とb5と相互作用しているが、a2との相互作用にはAsp80---Arg127---Glu131間のイオンペア以外に、疎水性残基による結合とTyr81---Glu131間の水素結合がある。しかし、b5との相互作用にはAsp119---Arg133---Glu129間のイオンペア以外にほかの相互作用は見られなかった。したがって、このイオンペアがなくなるとa4とb5間の相互作用がなくなり、安定性が低下すると考えられ、さらにC末端へリックスはSulfolobus tokodaii由来thioredoxin構造全体の安定性にきわめて重要で、C末端へリックスが崩れると全体構造も崩れてしまい、高い安定性を獲得するためにはこのイオンペアが特に重要な働きがある。また、既に解析されているE. coliとA. acidocaldariusのグアニジン塩酸による変性中点はそれぞれ2.5 Mと2.9 Mの値で、いずれもR133A変異体(変性中点6.2 M)より低い値になっていることから、いままで安定性研究に用いられていたほかのthioredoxinより高い安定性をもっていることが示唆されている。

以上のように、本研究で得られた知見は、学術上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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