No | 121249 | |
著者(漢字) | 目崎,喜弘 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | メザキ,ヨシヒロ | |
標題(和) | エストロゲン受容体の新規転写共役因子 BRD4 の機能解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 121249 | |
報告番号 | 甲21249 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2962号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第一章 序論 女性ホルモンの一種であるエストロゲンは、雌性生殖器官の発育と機能維持に必要なことが古くから知られていたが、近年では、中枢神経系機能、脂質代謝、骨代謝などにおいても重要な役割を担うことが明らかとなっている。さらに、エストロゲンは乳癌や子宮内膜癌などのホルモン依存性癌の発症と増悪をもたらすことや、閉経後のエストロゲン欠乏が骨粗鬆症を引き起こすことも明らかとなっている。 これらのエストロゲン作用の多くは、その特異的な受容体であるエストロゲン受容体α(ERα)およびβ(ERβ)を介した標的遺伝子発現制御によって発揮される。ERは核内受容体スーパーファミリーに属するDNA結合性の転写因子であり、N末側から順にA〜F領域に分割される。転写活性化領域はAB領域とE領域の2か所に存在し、それぞれAF-1、AF-2と呼ばれている。AF-2はリガンド依存的な転写活性化能を担っている。一方、AF-1はリガンド非依存的な転写活性化能を担い、組織依存的に活性の強さが異なることが知られている。リガンド依存的な転写活性化領域であるE領域はその結晶構造が明らかとなっており、リガンド結合に伴ってE領域内のC末側に位置する12番目のαへリックスが大きく移動し立体構造が変化することが知られている。このようなERによる転写制御には、転写共役因子と呼ばれる一連の蛋白質群が関与することが知られている。主な転写共役因子の種類として、DNAがヒストン八量体に巻き付いたヌクレオソーム構造の制御を行うクロマチンリモデリング複合体群、ヒストンの修飾(アセチル化、メチル化、リン酸化等)を行うヒストン修飾酵素群、基本転写装置との仲介を担うDRIP/TRAP複合体群が知られている。これらの転写共役因子群は各々が独立に機能するのではなく、協調的かつ段階的に標的遺伝子の発現制御に関与していることが知られている。特に最近ではヒストンの化学修飾が暗号となり、転写共役因子複合体群とヒストンとの相互作用を規定するメカニズムは、ヒストンコード仮説として提唱されている。即ち、特定のアミノ酸残基の修飾は、結果として転写の活性化もしくは抑制を導く。核内受容体のリガンド依存的な転写制御では、ヒストンのアセチル化酵素(HAT)が転写共役活性化因子として機能し、ヒストンの脱アセチル化酵素(HDAC)が転写共役抑制因子として機能することが知られている。 このような転写共役因子群によって発揮されるERαの転写制御能には組織特異性があることが知られている。この組織特異性のみを目的に転写制御能を引き出す合成リガンドとして、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)が開発されている。代表的なSERMであるタモキシフェンやラロキシフェンは、女性生殖器に対しては主にアンタゴニスト活性を示す一方、骨や心血管系に対してはアゴニスト活性を示すことが知られている。このようなSERMの作用機構として、SERMがERαのE領域に結合してエストロゲンとは異なる特有の構造変化を引き起こし、SERM結合選択的な転写共役因子との結合を促進する可能性が示唆されている。実際にSERM結合ERαが転写共役抑制因子であるHDAC複合体をリクルートし、ERαの転写制御を抑制することが知られている。しかしながら、SERMの部分アゴニスト活性を説明する転写共役因子については不明である。そこで本研究ではSERM結合時のERαと選択的に相互作用する転写共役因子群の取得を行い、ERαの組織特異的な転写活性化の分子機構の解明を試みた。 第二章 SERM結合時のエストロゲン受容体転写共役因子BRD4の同定 生化学的な手法を用いSERM依存的なERα転写共役因子群の取得を試みた。FLAGタグ結合ERαを恒常的に発現するHeLa細胞株を樹立し、各種リガンド処理後、核抽出液中のERα相互作用因子群の精製を行い、MALDI-TOF/MSによる相互作用因子群の同定を試みたところ、ラロキシフェン添加時の相互作用因子としてブロモドメイン蛋白質BRD4を見いだした。取得したBRD4とERαとの相互作用様式をGST pull downアッセイと免疫沈降法により検討した結果、ERαのAB領域を介した直接相互作用であり、その結合はタモキシフェンおよびラロキシフェンにより増強されることを明らかにした。さらにBRD4のERα転写共役機能をレポーターアッセイにより検討したところ、BRD4はAF-1の転写共役活性化因子であり、なおかつタモキシフェンとラロキシフェンの部分アゴニスト活性を促進することが判明した。 第三章 BRD4を介したERα転写活性促進化メカニズムの解析 第1節 BRD4ブロモドメインのERα転写共役活性化能 BRD4はアセチル化ヒストンに結合する2つのブロモドメインと機能未知のETドメインを有する。BRD4を介したERα転写活性化に関与するドメインを調べるため、BRD4の各種欠失変異体を作成しレポーターアッセイを行ったところ、N末側ブロモドメインがERα転写活性化に関与することを見いだした。そこでBRD4ブロモドメインがヒストンのどの位置のアセチル化修飾を認識して結合するのかをpeptide pull downアッセイにより検討した。その結果BRD4は転写活性化に関与するヒストンH4のK5およびK12のアセチル化を認識して結合することが判明した。そこで、ERα標的遺伝子のプロモーター領域におけるヒストンのアセチル化状態をChIPアッセイにより調べた。その結果、タモキシフェンおよびラロキシフェン添加時にはヒストンH4のK12のアセチル化が亢進していることが判明した。 タモキシフェンおよびラロキシフェン添加時におけるヒストンH4K12のアセチル化の亢進にBRD4がどのように関与しているのかを検討した。その結果、アセチル化されたヒストンをHDACで脱アセチル化するin vitroアッセイ系にBRD4蛋白質を加えたところ、BRD4はHDAC活性を減弱させた。従って、BRD4はアセチル化ヒストンに結合してHDACの攻撃から保護する機能のあることが推察された。 第2節 BRD4キナーゼ活性とERα転写共役活性化能 BRD4と同じファミリーに属するBRD2がキナーゼ活性を有する。そこでバキュロウイルス発現系を用いてBRD4蛋白質を大量調製しキナーゼアッセイを行ったところ、BRD4のキナーゼ活性を確認することが出来た。さらに、BRD4によるリン酸化の標的蛋白質を調べたところ、BRD4はERαおよびヒストンH3をin vitroでリン酸化することを見いだした。また、ウェスタンブロッティング法により、ヒストンH3のリン酸化部位はS10であることが判明した。次にBRD4のキナーゼ領域を検索したところ、2つのブロモドメイン、ETドメインの他にBRD蛋白質ファミリー間でホモロジーの高い領域が2カ所存在した。そこでこれらの領域にトリプルアラニンの変異を導入したところ、リン酸化活性が消失する変異体289AAAを作成することが出来た。さらにこのキナーゼネガティブ変異体289AAAにおいてはERαAF-1転写活性化能が減弱することが判明した。このことからBRD4が、ERαやヒストンH3S10のリン酸化を介した転写制御に寄与する可能性が示された。これまでに増殖因子刺激によるERα蛋白質のS118のリン酸化がERα転写活性促進化に寄与することが知られている(Kato et al., 1995)。従ってBRD4によるERα蛋白質のリン酸化においてもERα転写活性促進に寄与する何らかの制御機構が存在することが推測された。 第3節 BRD4によるクロマチンリモデリング複合体リクルートメント これまでにBRD4が転写伸長因子複合体pTEFb、DNA複製因子複合体RFC、ヒトパピローマウイルスE2蛋白質など様々な蛋白質群と相互作用することが報告されている。そこでリコンビナントBRD4蛋白質をbaitとしてHeLa細胞核抽出液からBRD4相互作用因子群の精製を行ったところ、SWI/SNF型クロマチンリモデリング複合体の構成因子であるBAF250に加え、他の主要な構成因子群を検出した。このことからBRD4のクロマチンリモデリング複合体との相互作用が示唆された。実際にレポーターアッセイにより、BRD4はSWI/SNFの主要構成因子Brg1とともに協調的にERαAF-1の転写活性を増強することを確認した。 第四章 総合討論 本研究において、ERα恒常発現HeLa細胞株を用いた生化学的手法により、SERM依存的な転写共役活性化因子のひとつとしてBRD4を単離同定した。さらに、その機能を詳細に解析したところ、BRD4はクロマチンリモデリング複合体をリクルートする機能があることを本研究により明らかにすることができた。これまでにクロマチンリモデリング複合体のERα標的遺伝子上へのリクルートに関しては、ERαのE領域がクロマチンリモデリング複合体構成因子のひとつBAF57を介してリクルートする経路が知られていた(Belandia et al., 2002)。しかしながら、ERαのAB領域はBRD4を介しクロマチンリモデリング複合体をリクルートすることで組織特異性を発揮する可能性が示唆された。これにより、クロマチンリモデリング複合体は特定の修飾ヒストンを認識して標的遺伝子上にリクルートされるだけではなく、転写制御因子であるERαのAB領域およびE領域の受容体蛋白質両端が介在することで標的遺伝子上にリクルートされる可能性が推察された。 一方、BRD4がキナーゼ活性を持ちヒストンH3S10をリン酸化することを明らかにした。ヒストンH3S10のリン酸化は細胞分裂M期の染色体凝集時のみならず、増殖因子刺激が誘導する標的遺伝子の転写活性化の際にも観察されている。このときのH3S10のリン酸化はH3K14のアセチル化とそれに続くクロマチンリモデリングを伴うことが知られている。従ってBRD4によるクロマチンリモデリング複合体のERα標的遺伝子上へのリクルートには、ERα-BRD4-クロマチンリモデリング複合体の直接相互作用によるものと、BRD4によるヒストン修飾を介するものの両方の経路が関与する可能性が考えられた。 | |
審査要旨 | 女性ホルモンの一種であるエストロゲンは、雌性生殖器官の発育と機能維持、中枢神経系機能、脂質代謝、骨代謝などにおいて重要な役割を担うことが明らかとなっている。これらのエストロゲン作用の多くは、その特異的な受容体であるエストロゲン受容体α(ERα)およびβ(ERβ)を介した標的遺伝子発現制御によって発揮される。さらに、ERαの転写制御能には組織特異性があることが知られている。この組織特異性のみを目的に転写制御能を引き出す合成リガンドとして、タモキシフェンやラロキシフェンなどの、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)が開発されている。本研究ではSERM結合時のERαと選択的に相互作用する転写共役因子群の取得を行い、ERαの組織特異的な転写活性化の分子機構の解明を試みている。 第一章の序論に引き続き、第二章では、生化学的な手法を用いSERM依存的なERα転写共役因子群の取得を試みている。具体的には、FLAGタグ結合ERαを恒常的に発現するHeLa細胞株を樹立し、各種リガンド処理後、核抽出液中のERα相互作用因子群の精製を行い、MALDI-TOF/MSにより相互作用因子を同定している。その結果、ラロキシフェン添加時のERα相互作用因子としてブロモドメイン蛋白質BRD4を見いだしている。取得したBRD4とERαとの相互作用様式をGST pull downアッセイと免疫沈降法により検討した結果、ERαのAB領域を介した直接相互作用であり、その結合はタモキシフェンおよびラロキシフェンにより増強されることを明らかにしている。さらにBRD4のERα転写共役機能をレポーターアッセイにより検討したところ、BRD4はAF-1の転写共役活性化因子であり、なおかつタモキシフェンとラロキシフェンの部分アゴニスト活性を促進することを明らかにしている。 第三章では、BRD4を介したERα転写活性促進化メカニズムを検討している。BRD4を介したERα転写活性化に関与するドメインを調べるため、BRD4の各種欠失変異体を作成しレポーターアッセイを行ったところ、N末側ブロモドメインがERα転写活性化に関与することを見いだしている。また、BRD4ブロモドメインがヒストンのどの位置のアセチル化修飾を認識して結合するのかをpeptide pull downアッセイにより検討している。その結果、BRD4は転写活性化に関与するヒストンH4のK5およびK12のアセチル化を認識して結合することを明らかにしている。さらに、ERα標的遺伝子のプロモーター領域におけるヒストンのアセチル化状態をChIPアッセイにより調べたている。その結果、タモキシフェンおよびラロキシフェン添加時にはヒストンH4のK12のアセチル化が亢進していることを明らかにしている。一方、バキュロウイルス発現系を用いてBRD4蛋白質を大量調製し、BRD4がキナーゼであることを明らかにしている。また、BRD4によるリン酸化の標的蛋白質を調べたところ、BRD4はERαおよびヒストンH3をin vitroでリン酸化することを見いだしている。さらに、キナーゼネガティブ変異体を作成し、BRD4のリン酸化活性が、ERα転写活性促進に寄与する可能性を明らかにしている。これらBRD4蛋白質自身が持つERα転写共役活性化メカニズムに加え、BRD4相互作用因子群によるERα転写共役活性化メカニズムについて検討している。その結果、SWI/SNF型クロマチンリモデリング複合体の構成因子群が、BRD4と相互作用することを明らかにしているさらにレポーターアッセイにより、。BRD4が、SWI/SNFの主要構成因子Brg1とともに協調的にERαAF-1の転写活性を増強することを確認している。 本論文は、SERM依存的なERαAF-1転写共役活性化因子BRD4を単離同定し、ERαのAF-1転写活性化能の分子機構の一端を解明するものであった。今後、ERαの組織特異的な転写活性化機構の理解に大きく貢献するものと期待される。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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