No | 121250 | |
著者(漢字) | 山崎,晴丈 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマザキ,ハルタケ | |
標題(和) | 糸状菌 Aspergillus nidulans におけるキチン分解酵素遺伝子の機能に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 121250 | |
報告番号 | 甲21250 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2963号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 多くの糸状菌において細胞壁の主要構成成分のひとつであるキチンは、N-アセチル-D-グルコサミンのホモポリマーであり、その性質上強固な結晶構造を持ち、糸状菌の細胞壁中で非常に堅い構造となることが明らかにされている。また1,3-β-グルカンなどの他の細胞壁多糖と共有結合により架橋していることから、キチンが細胞壁の構造すなわち糸状菌の形態形成に果たす役割は大きいと考えられる。 キチン分解酵素(EC.32.1.14)はキチンのβ-1,4結合を加水分解する酵素であり、様々な生物に幅広く分布している。糸状菌においては菌糸の先端生長、分岐形成、胞子の発芽、分化(胞子形成器官の形成と形成された胞子間の分離)等に関わる重要な役割を担っているものと考えられる。また、糸状菌の種類によっては自己溶菌、キチンの資化、mycoparasitism(他の糸状菌への感染)等に関与していることが予想できる。これまで明らかになっている糸状菌のゲノム情報によると、子のう菌類の糸状菌には十数種類のキチン分解酵素遺伝子が存在すると推定され、その機能について研究がなされているが、これまで遺伝子破壊が生育などに影響を及ぼした例は報告されていない。 本論文では糸状菌の中でも遺伝学的解析が容易で、分子生物学的基盤が最も良く整備されているAspergillus nidulansを用い、糸状菌の形態形成・維持や自己溶菌におけるキチン分解酵素の果たす機能を明らかにすることを目的とした。糸状菌のキチン分解酵素は全て糖質加水分解酵素分類ファミリー18に属するキチン分解酵素であり、さらに活性中心周辺の一次配列からclass III、class Vに分類される。A. nidulansにおいては、class III、class Vに属するキチン分解酵素をコードする遺伝子がそれぞれ3個(chiA、H、R)、15個(chiB〜G、chiI〜Q)存在すると推定されており、それらの遺伝子産物である18個ものキチン分解酵素の局在、活性は複雑かつ厳密に制御されていると考えられる。そこで本論文では、まずclass IIIキチン分解酵素遺伝子であるchiA、chiH、chiRについて解析し、それらの機能を推定した。さらにclass Vキチン分解酵素遺伝子であるchiBについて解析した。 class IIIキチン分解酵素遺伝子の機能解析 A. nidulansにおいてはclass IIIに属するキチン分解酵素は3個のみであり、これらが機能的に特化し、類似の機能を担っていることは充分に考えられる。そこでclass IIIキチン分解酵素遺伝子であるchiA、chiH、chiRに着目し、その機能を解析することを目的とした。 以前に筆者の所属するグループにより単離されていたchiAについて、その周辺を含む全塩基配列を確認したところ、chiAの遺伝子産物であるChiAは961アミノ酸からなる蛋白質であり、N末端に分泌シグナル、活性中心を含む領域、それに続く約620アミノ酸のSer、Thr、Proに富む領域(STP領域)、さらにC末端にはGPI(Glycosylphosphatydilinositol)anchored proteinに特徴的な配列(GPI anchor motif)を持つと推定された。種々の糸状菌のゲノム情報から、GPIアンカーを持つキチン分解酵素の存在が他にも示唆されているが、それを検証した報告はない。そこでChiAの構造について検討するため、ChiA全長とEGFPとの融合蛋白質であるChiA-EGFP、またはSTP領域以降のC末端側を削ったChiAnとEGFPとの融合蛋白質であるChiAn-EGFPを高発現できる株の作製を行った。これらの株の細胞抽出液に対するウェスタン解析の結果、ChiA-EGFPは推定分子質量である120 kDaよりも大幅に大きい200 kDa以上の位置にバンドが見られる一方、ChiAn-EGFPは推定分子量と同じ60 kDa付近にバンドが見られた。またChiA-EGFPをトリフルオロメタンスルホン産処理するとより低分子量の位置にバンドがシフトすることから、ChiAはSTP領域でO型糖鎖が高度に付加されていることが示唆された。さらにChiA-EGFPを含む細胞抽出液をphosphatidylinositol-specific phospholipase Cによって処理すると、この融合蛋白質は界面活性剤相から水相に移行することから、ChiAがGPIアンカー蛋白質であることが強く示唆された。 chiH、chiRについてはゲノム情報からその存在が明らかとなったが、5'-RACE、3'-RACEの結果から、chiHの遺伝子産物であるChiHは558アミノ酸からなる蛋白質であり、N末端に分泌シグナル、活性中心を含む領域、それに続く約180アミノ酸のGlnに富む領域からなると推定された。また同様にchiRの遺伝子産物であるChiRは305アミノ酸からなる蛋白質であると推定され、活性中心を含む領域以外に特徴的な配列は見出されなかった。 これら3遺伝子の機能を推定するために、それぞれの単独破壊株を作製したが、野生型株と同様の生育を示した。さらにchiA、chiHまたはchiA、chiRの二重破壊株を取得したが、それらも野生型株と同様の生育を示した。しかし、chiH、chiRに関しては、それら二重破壊株の取得を目的として、350株以上の形質転換体についてサザン解析を行ったが、二重破壊株は取得できず、これら両遺伝子の欠失は合成致死となる可能性が考えられた。そこでchiRの破壊株において、chiHの発現をA. nidulansにおいて培地の炭素源により発現の制御可能なalcAプロモーターの支配下で抑制したところ、野生型株に比べ胞子の発芽や菌糸生長に遅れら見られた。さらにchiA、chiR二重破壊株において、chiHの発現を制御できる株を作製しその表現型についても解析を行ったが、chiAの破壊の影響は見られなかった。これらのことからchiHとchiRは、chiAとは独立した互いに重複した機能を有しており、生育に重要な役割を果たしていることが示唆された。 これら遺伝子の発現解析を転写レベルで行った。chiRは固体培養、液体培養ともに発現が見られるが、分生子形成期には発現が減少していた。一方、chiHは液体培養での発現は弱く、固体培養の後期、特に分生子形成期に発現が大幅に上昇していた。このことからchiH、chiR両遺伝子が存在する状態では、chiHは分生子形成期、chiRは菌糸生長期に主に機能していると推察された。 class Vキチン分解酵素をコードするchiBの機能解析 A. nidulansにおいては、自己溶菌期にキチン分解酵素活性が上昇し、エンド型のキチン分解酵素が生合成されること、さらに自己溶菌期の培養上清から部分精製されたキチン分解酵素が自身の細胞壁キチンを分解することが示されている。これらのことから細胞壁の主要な構成成分としてキチンを持つA. nidulansにおいては、キチン分解酵素が自己溶菌に関与することが予想されていた。 筆者の所属するグループではこれまでに予備的な実験を行い、class Vに属するキチン分解酵素をコードする遺伝子の中で、chiBがA. nidulansの自己溶菌に関与することを示唆する結果が得られていた。そこで本論文ではそれについてさらに解析を行った。 ゲノム情報から、chiBの遺伝子産物であるChiBの活性中心をコードする配列5'側には分泌シグナルをコードする配列が存在することが推定され、ChiBは分泌シグナルを持ち、分泌経路を通って菌体外に分泌される蛋白質であると予想された。しかし5'-RACEによる解析により、分泌シグナルとなり得るアミノ酸配列をコードする配列がmRNA形成の段階でスプライスされ除去されること、また、分泌シグナルを伴って翻訳されると考えた場合に推定される開始コドンに変異を導入してもChiBの生産に影響がないことが示され、ChiBはアミノ末端に分泌シグナルを持たないことが示唆された。 ChiBに対する抗体を用いて経時的にChiBの生産量を検討したところ、細胞抽出液、培養上清の両方において、培養後期に発現が増加し、それに伴いキチン分解酵素活性も上昇した。chiBの破壊株では細胞抽出液、培養上清中のどちらのキチン分解酵素活性も殆ど失われることから、ChiBの活性が用いた方法で測定されるキチン分解酵素活性の大部分を占めていると考えられた。また、野生型株に比べchiBの破壊株では、培養後期の自己溶菌に伴う菌体乾燥重量の減少に遅れが見られた。さらに炭素源の枯渇によりChiBの生産が誘導され、それと共に細胞抽出液、培養上清の両方において、キチン分解酵素活性も誘導されることが明らかとなった。これらのことから、chiBがA. nidulansにおいて自己溶菌に重要な働きを持つことが示された。 まとめ 本研究において、糸状菌の生育に重要な働きをしていると考えられるキチン分解酵素遺伝子を初めて同定した。今後すべてのキチン分解酵素遺伝子の機能に関する網羅的な解析を進めることにより、糸状菌の形態形成機構の解明へと発展してゆくと考えられるが、本研究で得られた知見はそれに大きく寄与することが期待される。また、糸状菌の中には病原菌として動植物に深刻な被害を与える菌の存在も知られており、抗真菌剤の早期開発が望まれている。本研究はキチン分解酵素が抗真菌剤の標的となる可能性も示唆しており、創薬面への貢献も期待される。 | |
審査要旨 | 第一章では、糸状菌Aspergillus nidulansに存在すると推定されるキチナーゼ(キチナーゼ(EC 3.2.1.1.14))をコードする遺伝子のうち、class IIIキチナーゼをコードする遺伝子(chiA、chiH、chiR)の機能解析を行っている。 まずchiAについてその周辺を含む全塩基配列を確認したところ、chiAの遺伝子産物であるChiAは961アミノ酸からなる蛋白質であり、N末端に分泌シグナル、活性中心を含む領域、それに続く約620アミノ酸のSer、Thr、Proに富む領域(STP領域)、さらにC末端にはGPI(Glycosylphosphatydilinositol)anchored proteinに特徴的な配列(GPI anchor motif)を持つと推定され、実際にChiAがGPIアンカーの付加を受けていることを強く示唆する結果を得た。 chiH、chiRについてはゲノム情報からその存在が明らかとなったが、5'-RACE、3'-RACEの結果から、chiHの遺伝子産物であるChiHは558アミノ酸からなる蛋白質であり、N末端に分泌シグナル、活性中心を含む領域、それに続く約180アミノ酸のGlnに富む領域からなると推定された。また同様にchiRの遺伝子産物であるChiRは305アミノ酸からなる蛋白質であると推定され、活性中心を含む領域以外に特徴的な配列は見出されなかった。 chiA、chiH、chiRの単独破壊株を作製したが、野生型株と同様の生育を示した。さらにchiA、chiHまたはchiA、chiRの二重破壊株を取得したが、それらも野生型株と同様の生育を示した。しかし、chiH、chiRに関しては、それら二重破壊株の取得を目的として、350株以上の形質転換体についてサザン解析を行ったが、二重破壊株は取得できず、これら両遺伝子の欠失は合成致死となる可能性が考えられた。そこでchiRの破壊株において、chiHの発現をA. nidulansにおいて培地の炭素源により発現の制御可能なalcAプロモーターの支配下で抑制したところ、野生型株に比べ胞子の発芽や菌糸生長に遅れら見られた。さらにchiA、chiR二重破壊株において、chiHの発現を制御できる株を作製しその表現型についても解析を行ったが、chiAの破壊の影響は見られなかった。これらのことからchiHとchiRは、chiAとは独立した互いに重複した機能を有しており、生育に重要な役割を果たしていることが示唆された。また、chiHは分生子形成期に特に発現が上昇していた。このことからchiH、chiR両遺伝子が存在する状態では、chiHは分生子形成期、chiRは菌糸生長期に主に機能していると推察された。 第二章では、class VキチナーゼをコードするchiBの機能解析を行っている。ゲノム情報から、chiBの遺伝子産物であるChiBの活性中心をコードする配列5'側には分泌シグナルをコードする配列が存在することが推定され、ChiBは分泌シグナルを持ち、分泌経路を通って菌体外に分泌される蛋白質であると予想された。しかし5'-RACEによる解析により、分泌シグナルとなり得るアミノ酸配列をコードする配列がmRNA形成の段階でスプライスされ除去されること、また、分泌シグナルを伴って翻訳されると考えた場合に推定される開始コドンに変異を導入してもChiBの生産に影響がないことが示され、ChiBはアミノ末端に分泌シグナルを持たないことが示唆された。 ChiBに対する抗体を用いて経時的にChiBの生産量を検討したところ、細胞抽出液、培養上清の両方において、培養後期に発現が増加し、それに伴いキチナーゼ活性も上昇した。chiBの破壊株では細胞抽出液、培養上清中のどちらのキチナーゼ活性も殆ど失われることから、ChiBの活性が用いた方法で測定されるキチナーゼ活性の大部分を占めていると考えられた。また、野生型株に比べchiBの破壊株では、培養後期の自己溶菌に伴う菌体乾燥重量の減少に遅れが見られた。さらに炭素源の枯渇によりChiBの生産が誘導され、それと共に細胞抽出液、培養上清の両方において、キチナーゼ活性も誘導されることが明らかとなった。これらのことから、chiBがA. nidulansにおいて自己溶菌に重要な働きを持つことが示された。 以上本研究において、糸状菌の生育に重要な働きをしていると考えられるキチナーゼ遺伝子を初めて同定した。今後すべてのキチナーゼ遺伝子の機能に関する網羅的な解析を進めることにより、糸状菌の形態形成機構の解明へと発展してゆくと考えられるが、本研究で得られた知見はそれに大きく寄与することが期待される。また、糸状菌の中には病原菌として動植物に深刻な被害を与える菌の存在も知られており、抗真菌剤の早期開発が望まれている。本研究はキチナーゼが抗真菌剤の標的となる可能性も示唆しており、創薬面への貢献も期待される。以上のことから審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位として価値あるものと認めた。 | |
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