学位論文要旨



No 121251
著者(漢字) 鎌田,綾子
著者(英字)
著者(カナ) カマタ,アヤコ
標題(和) 分裂酵母のポストゲノム情報を利用した核外輸送因子 Crm1 の機能解析
標題(洋)
報告番号 121251
報告番号 甲21251
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2964号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 足立,博之
 東京大学 助教授 有岡,学
 東京大学 客員教授 吉田,稔
内容要旨 要旨を表示する

真核生物の核は核膜によって細胞質と隔てられているため、核と細胞質間を移動する物質は核膜孔を通過しなければならないことから、核-細胞質間での物質輸送はシグナル伝達や細胞周期制御に重要であると考えられている。分子量が約40kDa以上の物質は核膜孔を自由拡散して通過することが出来ず、能動的な輸送システムを必要とする。典型的な核-細胞質間の輸送システムとして、核移行シグナル(NLS)依存的な核内輸送と、核外移行シグナル(NES)依存的な核外輸送が挙げられる。核外輸送に関しては、醗酵学研究室をはじめいくつかの研究室により、Crm1という蛋白質が NESの受容体そのものであること、そのメカニズムはヒトから酵母に至るまで真核生物において高度に保存されていることなどが明らかになってきた。醗酵学研究室で真菌の形態異常を指標とした抗真菌抗生物質の探索から発見されたレプトマイシンB(LMB)は、Crm1に直接結合することによりCrm1依存的な核外移行を阻害することから、核外輸送を解析する上での有用なツールとして用いられてきた。しかしながら、個々の因子が様々な局在制御を受けることが判明しつつも、生命現象における核外移行の役割、すなわち細胞中でどれだけの蛋白質が能動的に核外輸送を受けているかについては未だ明らかになっていない。一方、2002年に分裂酵母のゲノムプロジェクトが終了し、分裂酵母のゲノム情報全てを利用できるようになった。そこで本研究では、分裂酵母において蛋白質核外移行の特異的阻害剤LMBを用いて核-細胞質間をシャトルする蛋白質、あるいは核外輸送の制御を受ける蛋白質についてゲノムワイドに検索し、その個々の機能を探索することで、細胞内におけるCrm1依存的核外移行の全容を解明することを目的とした。

分裂酵母のゲノムGFPライブラリーからの核外移行蛋白質の探索

分裂酵母のゲノム断片とGFPを融合させた分裂酵母のゲノムGFPライブラリーを用い、GFP融合蛋白質の細胞内局在がLMB添加により変化するようなORFをスクリーニングした。このスクリーニングに用いたGFPライブラリーの特性上、ゲノムORFのC末が欠けているため、解析を進めるにあたり得られた核外移行蛋白質についてORF全長をクローニングしGFPと融合させて、細胞内局在を観察した。この結果、既知蛋白質として細胞周期依存的にCrm1により核外輸送されることが知られている細胞周期制御因子Cdc25等が得られた他、微小管結合蛋白質Nem1とAlp7という微小管に局在し、LMBにより特徴的な局在変化を示す蛋白質を見いだした。

分裂酵母の全遺伝子発現ライブラリーを用いた核外移行蛋白質の探索

2002年の分裂酵母ゲノムプロジェクト終了を受けて、理化学研究所吉田化学遺伝学研究室にて分裂酵母の全ての遺伝子について全長ORFをPCRによりクローニングしYFP融合させた分裂酵母ORFライブラリーが作成され、すべての蛋白質の局在の同定が行われた。そこでこのライブラリーと局在情報に基づき、ゲノムライブラリーでは網羅できなかった部分を含め、より包括的な核外移行蛋白質のスクリーニングを行った。スクリーニングの結果、約5000の遺伝子産物中285(約5%)の核外移行蛋白質がLMBによって局在に変化が生じた。これらの蛋白質は、分裂酵母内でCrm1依存的に核外移行の制御を受けていることを示唆する。またゲノムライブラリーからのスクリーニングで見いだした微小管の構造変化と同様の局在変化を呈する蛋白質も79種類得られた。

得られたNES含有蛋白質の機能解析

微小管結合蛋白質Nem1

得られた核外移行蛋白質の一つ、セリン、プロリンに富むSPBC25B2.07cは細胞質と微小管様の構造体に局在し、LMB処理により核に多く局在するようになるという非常に興味深い局在変化を示したことから、Nem1(Nuclear exported protein associated with microtubule)と命名し、解析を行った。遺伝子破壊では野生株との差異はほとんどみられなかったが、過剰発現により生育阻害を示し、細胞極性の喪失、異常な隔壁の形成等が見られたことから、機能的にも微小管に関与することが示唆された。この過剰発現による形態異常は、核形態の異常も伴うため、この蛋白質が過剰に存在すると染色体分配等の核機能が阻害されると考えられる。また、LMBに対する応答領域を検討したところ、C末端領域にNESが存在することが示唆された。その他にアミノ酸の一次配列上、Cdc2キナーゼによるリン酸化を受けうる配列を数ヶ所見いだした。このことは、Nem1が細胞周期依存的にリン酸化により何らかの制御を受けている可能性を示唆する。

微小管結合蛋白質Alp7

Alp7は細胞極性の制御を担う因子としてクローニングされた蛋白質であり、通常は微小管様の構造体のみに点在し、LMB存在下で太く長い紡錘体様の構造体に局在するようになるという特徴的な局在変化を示した。Alp7はその局在部位から微小管の機能に関わることが考えられたので、alp7遺伝子破壊株を作製したところ、TBZ感受性を示した。したがって、Alp7は微小管の安定性に関わっていることが示唆された。alp7破壊株はTBZのみならず予想外にLMBにも感受性を示したことから、Alp7が蛋白質核外移行にも関わっている可能性が示唆された。さらにcrm1温度感受性変異株でalp7破壊を行ったところ、許容温度下でも生育遅延が見られ、crm1変異とalp7破壊が合成的に影響したことから、Alp7が微小管安定化と核外移行の双方に関わっていることが強く示唆された。

Crm1と微小管との関わり

上記のように微小管と相互作用する蛋白質が興味深い局在変化を示したことから、微小管そのものの局在について抗チューブリン抗体を用いた免疫染色により検討したところ、LMB添加によりtubulinそのものが核蓄積し、構造も変化していることを見いだした。またLMBによるtubulinの局在変化は、crm1温度感受性変異株でCrm1を失活させたときにも同様であったことから、この微小管構造変化はCrm1依存的であることが示された。この微小管構造の変化について詳細に検討するためにGFP-tubulinを発現する株を構築し、time-lapse解析を行った結果、LMB添加後すみやかに細胞質微小管が消失し、核内に一本の紡錘体様の束化微小管を生じることが明らかになった。このLMB添加により生じる束化した微小管は、微小管不安定化薬剤チアベンダゾールやMBCに耐性を示し、通常のM期微小管とは異なる非常に安定な構造であることが示唆された。これらのことから、 以下の2つの仮説を立てて、微小管構造についての現象の解明にのぞんだ。(1) LMB添加によりpremature mitosis が起きて生理的な疑似紡錘体微小管が生じた。(2) LMB添加により、核内にtubulinまたは微小管重合を引き起こす未知の因子が蓄積し、その結果、核内で非生理的な微小管重合が起きた。これらの仮説を元に実験を行った。まず(1)の仮説を検討するために、spindle pole body (SPB)、微小管、キネトコア、核膜などの蛍光マーカー蛋白質を発現する株を構築し、蛍光観察によりLMB添加後の紡錘体微小管様構造体の性質を調べた。その結果SPB、キネトコアともに微小管上には存在せず、M期の紡錘体微小管とは異なることが示唆された。またM期特異的なリン酸化残基を認識する抗体MPM-2を用いた実験でも、LMB添加後に特にMPM-2認識蛋白質が増えることもなく、さらに窒素飢餓やcdc変異株を用いて細胞周期をG1期に止めた細胞でもLMBを添加すると紡錘体微小管様構造が生じたことからも、LMB添加による微小管構造の変化は細胞周期には非依存的であることが示された。すなわち(1)の仮説は否定された。そこで次に分裂酵母の微小管をcold-shock処理にて破壊し、shift-upして微小管の再生を観察する手法を用いてLMBの効果を検討したところ、tubulinが核に蓄積し、さらに細胞質における微小管重合活性中心iMTOCs (interphase microtubule organizing centers)が失われていることを見いだした。これらのことからtubulin自体がCrm1依存的に核外移行していること、LMB添加によるCrm1機能の失活によりiMTOCが失われ細胞質微小管の消失が引き起こされることが示唆された。引き続き核内で微小管の重合が起こるメカニズムについて解析中である。

まとめ

本研究では分裂酵母のポストゲノム情報を用いて、Crm1依存的核外輸送を受ける蛋白質を網羅的にスクリーニングし、285の核外移行蛋白質を見いだすとともに、新規核外移行蛋白質Nem1とAlp7の解析を行った。さらにtubulin自体がCrm1依存的に核外輸送を受けていること、Crm1機能の失活によりiMTOCが失われ細胞質微小管が消失を引き起し、おそらく核内にMTOC活性が生じる結果、核内に束化した微小管が形成されるという予期しない結果を得た。高等真核生物と異なり、mitosis中も核膜が崩壊しないclose mitosisを行う分裂酵母にとって、M期の紡錘体微小管形成に関してもtubulinの核-細胞質間物質輸送が大変重要であると容易に予想されるが、Crm1がその制御の一端を担っているという予想外の結果を得ることができた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、分裂酵母において蛋白質核外移行の特異的阻害剤LMBを用いて核-細胞質間をシャトルする蛋白質、あるいは核外輸送の制御を受ける蛋白質についてゲノムワイドに探索し、細胞内におけるCrm1依存的核外移行の全容を解明することを目的としたものである。真核生物では、核-細胞質間での物質輸送はシグナル伝達や細胞周期制御に重要であると考えられる。しかしながら個々の因子が様々な局在制御を受けることが判明しつつも、細胞中でどれだけの蛋白質が能動的に核外輸送を受けているかについては未だ明らかになっていない。一方、2002年に分裂酵母のゲノムプロジェクトが終了し、分裂酵母のゲノム情報全てを利用できるようになった。以上のことから、本研究における網羅的解析による情報は重要であると考えられる。

分裂酵母のゲノムライブラリーからの核外移行蛋白質の探索

分裂酵母のゲノムライブラリーを用いて核外移行蛋白質を探索した結果、微小管結合蛋白質SPBC25B2.07cとAlp7という微小管に局在し、LMBにより特徴的な局在変化を示す蛋白質を見いだした。

SPBC25B2.07cはその興味深い局在変化から、Nem1(Nuclear exported protein associated with microtubule)と命名し、解析を行った。遺伝子破壊、過剰発現の結果より、Nem1が微小管機能に関わることを明らかにした。また機能的核外移行シグナル(NES)として53-62番目のアミノ酸残基LSASLQQVNIを同定した。

Alp7は微小管上に点在し、LMB処理により核内の束化微小管へと移行する特徴的な局在変化を示した。遺伝子破壊の結果、LMBにも感受性を示したことから、Alp7が蛋白質核外移行にも関わっている可能性が示唆された。さらにcrm1温度感受性変異株でalp7破壊を行ったところ、crm1変異とalp7破壊が合成的に影響したことから、Alp7が微小管安定化と核外移行の双方に関わっていることが強く示唆された。

分裂酵母の全遺伝子ライブラリーからの核外移行蛋白質の探索

2002年の分裂酵母ゲノムプロジェクト終了を受けて、本研究室にて分裂酵母の全ての遺伝子についてのライブラリーが作成され、すべての蛋白質の局在の同定が行われた。そこで申請者はこのライブラリーと局在情報に基づき、より包括的な核外移行蛋白質の探索を行った結果、約5000の遺伝子産物中285(約5%)の核外移行蛋白質を同定した。また先に述べた微小管変化と同様の蛋白質も79種類同定した。

Crm1と微小管との関わり

複数の蛋白質が微小管上で局在変化したことから微小管局在について解析を行い、Crm1機能の失活によりtubulinが核蓄積するとともに核内の束化微小管へと微小構造変化することを見いだした。この現象について申請者は以下の2つの仮説を立て、微小管構造変化の解明にのぞんだ。(1) LMB添加によりpremature mitosis が起きて生理的な疑似紡錘体微小管が生じた。(2) LMB添加により核内にtubulinまたは微小管重合を引き起こす未知の因子が蓄積し、その結果、核内で非生理的な微小管重合が起きた。まずcdc変異株を用いて実験を行ったところLMB処理により紡錘体様の束化微小管が生じたことから、微小管変化は細胞周期非依存的であることが示された。またSPBなどの局在を検討し束化微小管の性質を調べた結果、M期の紡錘体微小管とは構造上も異なることが示された。これらの結果より(1)の仮説は否定された。そこでcold-shockの手法を応用してLMBの効果を検討したところtubulinが核に蓄積し、さらに細胞質の微小管重合活性中心iMTOCが失われていることを見いだした。またNLS-tubulinの過剰発現の結果から、tubulinの核蓄積のみでは束化微小管は生じないことを示した。以上の結果から、tubulin自体がCrm1依存的に核外移行していること、LMB添加によるCrm1機能の失活によりiMTOCが失われ細胞質微小管の消失が引き起こされることを明らかにした。mitosis中も核膜が崩壊しない分裂酵母にとって、M期の核内における紡錘体微小管形成に関してもtubulinの核-細胞質間輸送が重要であると容易に予想されるが、Crm1がその制御の一端を担っているという予想外の結果を示した。

本研究で得られた知見は、分裂酵母における核外移行を包括的に明らかにすると同時に、Crm1の微小管制御への関与に関する研究の足がかりとなるものであり、また網羅的解析により得られた核外移行蛋白質のデータベースから今後の研究の展開も期待されるものである。よって審査委員一同は、本論文が、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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