学位論文要旨



No 121252
著者(漢字) 佐々木,建吾
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ケンゴ
標題(和) 固定床式メタン発酵槽における微生物群集構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 121252
報告番号 甲21252
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2965号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 助教授 堀内,裕之
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

序論

近年、生ごみなどの有機性廃棄物処理技術として固定床式メタン発酵が注目されている。固定床式メタン発酵は槽内に微生物付着担体を充填することで、生ごみ等の固形分を含む有機性廃棄物に対しても高負荷での運転が可能となっている。しかし、その微生物群集構造、特に担体上に付着している微生物に関する知見は乏しい。

メタン発酵による有機物からメタンへの分解は、3段階で行われる。すなわち、分子量の大きな有機物は、第1段階の酸生成過程(液化過程)で酸生成細菌群の作用により、単糖類、アミノ酸などの分子量の小さい物質を経て、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの低級脂肪酸、そして乳酸やエタノールになる。次の2段階においては酢酸以外の低級脂肪酸、乳酸およびエタノールは、水素生成細菌により水素と酢酸に変換され、最後の3段階において基質特異性の強いメタン生成菌により、メタン、二酸化炭素などに分解される。

本研究では模擬生ごみを基質として、高負荷での運転が達成された固定床式発酵槽について発酵液および担体付着物を採取し、その微生物叢を解析した。(1)どのような微生物種で構成されているかについて調べ、(2)メタン発酵の最終過程であるメタン生成過程に関わるメタン生成菌について定量的解析を行い、(3)担体への付着画分内における細菌と古細菌、メタン生成菌の関係を観察する事で、固定床式発酵を微生物学的に特徴付けることを目的とした。

負荷を増加させた固定床式発酵槽の菌叢解析

運転条件および物理化学的性状解析

固定床式発酵槽の微生物付着担体として炭素繊維製不織布をサポータに付け槽内に充填した。模擬生ごみとして4%ドックフードスラリーを使用し、5.0L容発酵槽に種汚泥を植種し55℃で連続運転をした。水理学的滞留時間(HRT)を短くしていき、有機物負荷量(OLR)を段階的に上げていき、高い負荷量OLR12.2 kg/m3/dayでの70%以上のCOD(化学的酸素要求量)除去率および安定なメタン生成を確認した。また、負荷を上げることで数mM程度の酢酸、プロピオン酸の蓄積が観察された。直接サンプリングした付着担体より、槽内の単位面積当りの担体への付着物乾燥重量を求めた結果、運転期間とともに付着物量は増加していた。これより付着物は槽内に安定に残存している事が示唆された。

PCR-DGGE法による古細菌の解析

OLRが2.9、4.4、7.3、12.2 kg/m3/day(HRT;15、10、6、3.6日)の時点で、担体上の付着物および発酵液をサンプリングした。ベンジルクロライド法を用いてDNAを抽出し古細菌について16S rRNA遺伝子のV3-4regionを対象にPCR-DGGE解析を行った。バンドについて切り出し精製後、その塩基配列を決定し、データベース内の最近縁種を決定した。その結果、酢酸資化性メタン生成菌であるMethanosarcina属、水素資化性メタン生成菌であるMethanoculleus属、Methanothermobacter属が検出された。その他にはメタン菌とは異なるクラスタ−であるRice cluster IIIに属する古細菌も検出されたが、この菌のメタン生成活性は不明である。高負荷OLR12.2 kg/m3/day時には担体上のみからMethanosarcina属のバンドが検出された。

個々のメタン菌の定量的解析

酸性フェノール法を用いてtotal RNAを抽出し16S rRNAを対象としてdot blot hybridization法を用いて個々のメタン菌の定量的解析を行った。古細菌および得られたメタン菌に特異的なプローブを使用した。その結果、高負荷時にはMethanosarcina属が担体上で増加しており、PCR-DGGE解析の結果と一致していた。

以上より、高負荷時に酢酸濃度増加に伴い、特に担体上でMethanosarcina属について特徴的な増加が観察された。

高負荷で運転した固定床式メタン発酵槽の担体上に注目した菌叢解析

運転条件および物理化学的性状解析

OLRを高負荷12.2 kg/m3/dayに上げてから安定に長期間(48日)運転した固定床式メタン発酵槽の担体に付着している微生物叢について解析を行った。安定なメタン生成とともにCOD除去率は高く、pHも中性に保たれていた。ただし、酢酸、プロピオン酸、酪酸については数mM程度、検出されていた。特に酢酸については高い蓄積が観察された。

16S rRNA遺伝子のclone library法による微生物群集構造の解析

発酵槽から担体を一部、採取し、付着物を剥ぎ取り付着画分とした。ここで発酵液にも多くの固形分が含まれるために採取し、100 μmのフィルターでろ過して、100 μm以下を浮遊画分、100 μm以上を固形画分とした。PCR-DGGE法により3画分の微生物叢の変遷を調べた結果、高負荷にしてから48日目を菌叢的に安定している点として解析した。

付着画分より抽出したDNAを用いて、細菌、古細菌について16S rRNA遺伝子を対象としてclone libraryを作成した。細菌については、Firmicutes属、Bacteroidetes属、Chloroflexi属、Thermotogae属、Planctomycetes属に属する配列や、どの属にも属さない配列が得られた。多くの配列は既報の単離菌に対して相同性は低いものの他のメタン生成環境から得られるクローンの配列に対して高い相同性を示した。古細菌についてはMethanosarcina属、Methanoculleus属、Methanothermobacter属に加えて水素資化性メタン生成菌であるMethanobacterium属が得られた。中でもMethanosarcina属およびMethanoculeus属が多く得られた。

古細菌および個々のメタン菌の定量的解析

発酵液中の浮遊画分、固形画分、担体上の付着画分について古細菌および個々のメタン菌について定量的解析を行った結果、総メタン菌の割合は浮遊画分、固形画分ともに1%以下と少ないものだった。また全古細菌に対して総メタン菌の割合は発酵液中では少なく、この差はRice cluster IIIに属する菌に由来すると考えられる。一方、付着画分では総メタン菌の割合は高く約6%前後であり、全古細菌に対する割合も86%と高くclone library解析を反映していた。付着画分中では、Methanosarcina属とMethanoculleus属については同程度であったが、Methanobacterium、Methanothermobacter属はやや少なかった。

FISH法による担体上の微生物群集の空間解析

担体上について空間解析を行うことを目的として超薄切片を作成した。微生物の局在を調べるために、菌体をSYBR GreenIで染色して共焦点顕微鏡を用いて観察した。その結果、担体に直接付着している微生物よりも、基質由来と予想される固形分、繊維分に付着している微生物が多数、存在した。次に細菌と古細菌の分布を明らかにするために、これらに特異的なプローブを用いてFluorescence in situ hybridization (FISH)解析を行った。その結果、付着画分の表層部から深部に至るまで、一様に細菌と古細菌が検出された。また、付着画分中で細菌と古細菌は近接して混在している事が分かった。さらに古細菌の中で多く得られたMethanosarcina属、Methanoculleus属についてFISH解析を行った結果、これらのメタン生成菌も同様に、多くは細菌に近接して混在していた。最後に、細菌の中でもclone library解析で多く得られたFirmicutes属中のMunicipal solid waste (MSW) clusterに属する菌やBacteroidetes属に属する菌に加えて、Clostridium属のcluster Iに属する菌に特異的なプローブを用いてFISH解析を行い、個々のメタン生成菌との関係を調べた。その結果、これらの細菌についてもメタン生成菌と近接して混在している様子が観察された。

まとめ

固形分を含む基質に対して高負荷での運転を達成した固定床式メタン発酵槽に、分子生物学的手法を導入して解析を行った。その結果、担体上には細菌や古細菌に加えて、基質中の固形分、繊維分も構成成分となっており、これらは担体上に残存していた。発酵液中に比べて担体上ではメタン生成菌の割合が高く、担体への付着画分を足場として安定に増殖している事が明らかとなった。また槽内には既報の単離菌とは異なる新規の細菌が多く存在しており、これらの細菌が固形分の分解に寄与していると考えられる。さらに、担体上では主要な細菌と個々のメタン生成菌が近接して混在していた。メタン生成菌は発酵液中の酢酸、もしくは細菌が産生する酢酸、水素を基質として生育しており、細菌に近接している状態が有利に働いたと考えられる。このように担体上には、基質の分解に関わる微生物群衆がwash-outされる事なく保持される事によって、固定床式メタン発酵槽が固形分を含む基質に対しても高負荷での運転が可能となる事が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

近年、生ごみ等の有機性廃棄物が増加するとともに、石油に代わる代替エネルギーが求められている。固定床式メタン発酵は、生ごみ等の固形分を多く含む有機物を高効率に分解する事ができると同時に、複雑な有機物をメタンに変換する事で燃料ガスとしての回収が可能であるために注目を集めている。しかしながら、固定床式発酵槽内で有機物の分解を担っている微生物群集構造については知見が得られていない。固定床式発酵槽は槽内に炭素繊維製不織布担体を充填するという特徴を有しており、担体上の微生物について興味が持たれる。本論文では、固定床式発酵槽内の微生物群集構造について分子生物学的手法を用いて解析し、固定床式発酵の特性である1)固形分を含む基質の分解が可能、2)高負荷での運転が可能である事の2点について、微生物群集の機能との因果関係を明らかにする事を目的とした。

第一章では、固形分を多く含む模擬生ごみを基質として負荷量を変動させて連続的に固定床式発酵槽を運転した。メタン発酵の最終過程を担うメタン菌を含む古細菌叢について、担体上と循環液中で比較し解析を進めた。ベンジル・クロライド法を用いて核酸を抽出し、16S rRNA遺伝子をPCR増幅しPCR-DGGE解析に供した。その結果、Methanoculleus属、Methanosarcina属、Methanothermobacter属が得られた。次にこれらのメタン菌を含むグループ特異的なプローブを用いてdot blot hybridization法による定量的解析を行った。その結果、負荷量の高い時期に酢酸資化性メタン菌Methanosarcina属が担体上で増加している事が分かり、この現象は固定床式発酵槽に特徴的であった。また水素資化性メタン菌Methanoculleus属およびMethanothermobacter属が負荷量の高い時期に共存しており、固定床を採用していない完全混合型発酵槽と異なる知見が得られた。水素からメタンへの経路に関わるメタン菌を複数有する事も固定床式発酵槽が特性を示す理由の一つであると考えられる。

第二章では、固形分を多く含む模擬生ごみを基質として高負荷で固定床式発酵槽を運転した。Clone library法を用いて担体上の微生物群集構造を詳細に解析した。細菌叢については28種類と多くの配列が得られ、これらはFirmicutes属、Bacteroidetes属、Chloroflexi属、Thermotogae属、Planctomycetes属に属し、中にはどの属にも属さない配列も得られた。Firmicutes属の中にはClostridium属やMunicipal solid waste clusterに属する配列が得られた。古細菌叢は一章と同様なメタン菌のみが得られ、これらのメタン菌をdot blot hybridization法により定量した結果、循環液に比べて担体上でメタン菌量が多く、担体上にメタン菌を保持する事は固定床式発酵槽の安定に運転できる理由の一つであると考えられる。付着物を含む担体について超薄切片を作成し菌の空間分布を調べた。菌全体を染色し共焦点顕微鏡で観察した結果、担体上には菌だけでなく基質由来の固形分も多く含まれていた。細菌の中でclone数として多く得られた菌とメタン菌の空間的関係についてFISH法を用いて解析した結果、混在している様子が観察された。固定床式発酵槽は担体上に固形分を保持し、さらに固形分の分解に関わる多種類の菌体を保持する事で、固定床式発酵は他と異なる特性を示したと考えられる。

第三章では固形分を含まない低級脂肪酸を炭素源とした液体培地を基質として非常に短い滞留時間かつ高い負荷量で固定床式発酵槽を安定に運転した。循環液内の微生物群集構造をclone library法で解析した結果、細菌の中にはAnaerobaculum属や古細菌の中にはMethanosarcina属やMethanothermobacter属が検出された。しかし、これらの菌について報告されている世代時間は滞留時間よりも極めて長く、担体上に保持されている事が強く推察された。担体がなければwash-outされてしまう菌を担体上に保持する事で、固定床式発酵槽が短い滞留時間もしくは高い負荷量での運転が可能となっていると考えられる。

以上、本論文は固定床式発酵槽内の微生物群集構造を明らかにした初めてのものである。その結果、分解に関わる微生物群集を形成するのみならず、これらを槽内に保持する事は重要な要素である事が明らかとなった。この点を工夫して、例えば基質に応じて担体の種類を変える、もしくは一度使用した担体を使用するという工夫を凝らせば、固定床式発酵槽で分解できる基質の種類が広がり、スタートアップを省略して迅速な運転が可能となるでしょう。本論文での知見がリサイクル社会実現の一助になると期待できる。

以上、本論文の知見は学術上ならびに応用上貢献するところ大である。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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