学位論文要旨



No 121254
著者(漢字) 朴,正一
著者(英字)
著者(カナ) パク,ジョンイル
標題(和) 嫌気的メタン資化性微生物に関する研究
標題(洋)
報告番号 121254
報告番号 甲21254
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2967号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 米山,忠克
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

現在、メタンは二酸化炭素、N2Oと共に地球温暖化の重要な原因ガスとして注目されている。メタンの発生源としては水田と沼沢地(45%)、反スウ動物及び白アリ(22%)、天然ガス(14%)、有機物の燃焼(10%)、ゴミの埋め立て(7%)などが挙げられている。この内、特にメタンの発生源として注目すべきは水田である。産業革命以降、世界人口の爆発的な増加に伴って水田の面積は増加しつつある状態であり、今後も増加すると考えられている。それに従ってメタンの増加はさらに加速化されると考えられる。二酸化炭素よりも熱吸収能が30倍も高いメタンは空気中には2ppm程度しか含まれてないが、最近200年の間水田などの人間活動によって年間1%増加しつつある事が確認されていて、二酸化炭素と共に地球温暖化の対策においてその重要性はますます増加すると考えられる。

メタンの生物的生成は酸化還元転位が−300mV以下の嫌気状態でアーキアであるメタン生成菌によってなされている。それに対して、今まで単離されているメタン資化菌は全て好気性であり、CH4 → CH3OH → HCHO → HCOOH → CO2の過程を経てATPを生成し、Ribulose monophosphate cycle(RMP、typeI)とserine pathway(typeII)でHCHOとCO2を取り込んでいる。

一方嫌気条件下でのメタン酸化は1970年までは不可能であると認識されて来た。しかし、1970年代に入ってから生物的にメタンの資化及び酸化が嫌気状態下でも起こっている証拠として、海洋堆積物と海水中のメタン減少、トレーサー実験、メタン生成菌の脂肪酸のδ13C分析値などが数多く報告されてきた。

特に海洋堆積物中で、メタンの減少と共に硫酸も減少することからメタンを電子供与体、硫酸を電子受容体とした、メタン生成菌と硫酸還元菌の共生による逆メタン生成仮説(reverse methanogenesis hypothesis)が提案されてきた。さらに近年FISHとSIMS(secondary ion mass spectrometry)解析により、メタン生成菌のANME-1、ANME-2が嫌気的メタン酸化の重要微生物として報告されてはいるが、メタン資化及び酸化の原因になる微生物の単離にはまだ至っていない。

そこで、本研究では嫌気的なメタンの資化及び酸化能を持つ微生物を単離し、その嫌気的メタン資化メカニズムと嫌気的メタン資化能を持つ微生物の自然界での役割を明らかにすることを目的にする。

嫌気的メタン資化能を有する525W株の単離

サンプル源としてはメタンの主発生源である水田、泥沼地、川底の土壌を用いて実験を行った。単離培地としてはメタンを唯一の炭素源にした修正NMS嫌気培地を用い、Adaptation methodとplating methodによる継代培養で生育可能であり、メタンの資化性を示す525W株を水田の土壌から単離した。

525W株は16S rDNAの塩基配列分析による系統解析(図1)、Biolog systemを用いた炭素源の資化能解析、Quinone分析、脂肪酸分析、生理学的性質などからRhizobium属に属していることが分かった。本菌は通性嫌気性菌で、好気培養ではRhizobium属とほとんど変わらない炭素資化性を示した。しかし、‐300mV以下の嫌気条件下でメタンを唯一炭素源として生育が可能であること、硝酸窒素までの完全脱窒が可能なこと、嫌気条件下でメタノールの資化性を示すことなど生理学的には既知のRhizobium属とは異なる性質を示しており、Rhizobium属の新種であると考えられた。

525W 株のメタン資化能

525W 株は嫌気条件下で硝酸、水素、メタンをそれぞれ電子受容体、電子供与体、炭素源として生育することが、培養期間中に水素、硝酸、メタンが減少することから示された。さらにメタンの資化能を明確にするために、GC/C/IRMS (gas chromatography/combustion/isotope ratio mass spectrometer)を用いたδ13Cの分析により同位体分別効果を調べた。その結果、培養前後‐67.00±0.92‰から‐63.26±1.05‰への約+4‰のδ13Cシフトが確認され、メタン減少は525W 株によるものであることが明らかになった。

525W 株のメタンの取り込みは、12CH4と13CH4をそれぞれ唯一炭素源にして培養を行った菌体のδ13C分析により、それぞれ‐37‰と+55‰の結果が得られ、メタンが炭素源として利用されていることが明らかになった。また、培養に伴い発生する二酸化炭素も同様のδ13C分析からメタン由来であると推定された。

525W 株の2段培養

525W 株は生育が遅いため、最適培養条件の検討を行うために培養温度、金属イオン、アミノ酸、ビタミンなどの効果を調べ、メタンを唯一炭素源にする培養条件を決めた。しかしながら、メタンを唯一炭素源にして嫌気培養を行う場合、生育が非常に遅く世代時間が58時間であり、1ヶ月で培養液1ml当たりの菌数として最大108個で平均107個しか得られず、代謝産物探索など生化学実験を開始するには不適合であった。

そこで、メタン代謝能を保持した状態の525W株の菌体をより多く得るために様々な培養方法を調べた。その結果、菌の通性嫌気性の性質を利用し、1段目にyeast extractだけを炭素源とした好気培養により菌体を得、2段目にメタンを唯一炭素源として嫌気的に培養する、という2段培養を構築した。この方法によって嫌気的メタン代謝能を有する菌体を大量に得ることに成功した。

4. 525W株の嫌気的メタン酸化経路の全体図

525W 株は好気条件下ではメタン資化能を示さなかった。さらに、好気的メタン酸化細菌が有しているmethane monooxygenaseの遺伝子であるpMMOとsMMOが、525W株においてはPCR法で検出されないこと、methane monooxygenaseの活性が見られないことから、本菌の嫌気的メタン酸化経路は分子状酸素を要求する好気的メタン酸化経路とは異なるものであると考えられた。

そこで、525W株のメタン酸化経路について調べた。方法としては各炭素源での生育性と発生する代謝産物の検索、酵素反応、遺伝子存在確認などによった。

結果として、(1)メタンを炭素源にした培養でCH3NO2がメタン依存的に発生することがGC/MS分析で明らかになった。加えて、CH3NO2を炭素源として‐300mV以下の嫌気条件下で生育が可能であり、ギ酸が代謝産物としてCH3NO2依存的に発生することが確認された。本菌は脱窒能を有しており、反応性が豊かなNOまたはNO2−が安定なメタンを反応性が高いCH3NO2に変換させることで次の代謝への流れを容易くすると考えられた。ただし、CH3NO2を生成する酵素系に関しては現在も検討中である。なお、ここで確認された嫌気的なCH3NO2代謝も単離菌としてははじめての例である。(2)各酵素反応を調べた結果としてformaldehyde dehydrogenase、S-formylglutathione hydrolase、formate dehydrogenase、serine hydroxylmethyltransferaseの活性が認められた。(3)各酵素遺伝子をPCR方法で調べた結果としてformaldehyde dehydrogenase、S-formylglutathione hydrolase、serine hydroxylmethyltransferase、RubisCOの遺伝子が確認された。以上の結果に基づき、図2の流れに沿って嫌気的メタン酸化と資化が起こっていると推定した。

まとめ

嫌気的メタン酸化能を持つ菌の単離は本菌がはじめてである。525W 株はRhizobium属に属し、図2のようにメタンを嫌気的に酸化していると推定された。メタンの発生源として最も重要な所である水田において、嫌気的メタン酸化は海洋環境よりも不明なところが多い。水田での嫌気的メタン酸化は海洋とは異なり、硝酸とFe3+などの電子受容体の添加によってメタン酸化が促進されることが報告されている。従って、既存の逆メタン生成仮説とは異なる嫌気的メタン酸化経路が水田などに存在しうることが考えられる。本菌の生育モードなどを考慮すると、本菌が自然環境中でも嫌気的メタン酸化を触媒していると考えられ、今後水田でのメタンの新たな流れの解明と温暖化対策に繋がる有意義な知見が得られることが期待される。

図1. 16S rDNA解析に基づく系統図。

図中の数字は1000回抽出によるブートストラップ値を示す。

図2. 525W株の嫌気的メタン酸化経路

A: formaldehyde dehydrogenase

B: S-formylglutathione hydrolase、

C: formate dehydrogenase

D: serine hydroxylmethyltransferase

E: ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase/oxygense

審査要旨 要旨を表示する

近年、二酸化炭素、N2Oと共に地球温暖化の重要な原因ガスとして注目されているメタンは、様々な証拠から微生物によって嫌気的条件下でも酸化されることが示されているにも関わらず、メタン資化及び酸化の原因になる微生物の単離とその酸化メカニズムは不明である。そこで、本研究では嫌気的なメタンの資化及び酸化能を持つ微生物を単離し、その嫌気的メタン酸化メカニズムを明らかにすることを目的にした。まず、2章では嫌気的メタン酸化能を持つ微生物の単離を行い、メタンの資化性を示す525W株を水田の土壌から単離し525W株と名づけた。本菌は16S rDNAの塩基配列分析による系統解析、Biolog systemを用いた炭素源の資化能解析、Quinone分析、脂肪酸分析、生理学的性質などからRhizobium属に属していることが分かった。本菌は通性嫌気性菌で、好気培養ではRhizobium属とほとんど変わらない炭素資化性を示した。しかし、‐300mV以下の嫌気条件下でメタンを唯一炭素源として生育が可能であること、硝酸窒素までの完全脱窒が可能なこと、嫌気条件下でメタノールの資化性を示すことなど生理学的には既知のRhizobium属とは異なる性質を示しており、Rhizobium属の新種であると考えられた。

3章では本菌のメタン資化性を明らかにした。方法としてはGC/C/IRMS (gas chromatography/combustion/isotope ratio mass spectrometer)を用いたδ13Cの分析により同位体分別効果を調べた。その結果、培養前後‐67.00±0.92‰から‐63.26±1.05‰への約+4‰のδ13Cシフトが確認され、メタン減少は525W 株によるものであることが明らかになった。また、メタンの取り込みは、12CH4と13CH4をそれぞれ唯一炭素源にして培養を行った菌体のδ13C分析により、それぞれ‐37‰と+55‰の結果が得られ、メタンが炭素源として利用されていることが明らかになった。

4章では本菌の培養法の構築を行った。525W 株は生育が遅いため、最適培養条件の検討を行うために培養温度、金属イオン、アミノ酸、ビタミンなどの効果を調べ、メタンを唯一炭素源にする培養条件を決めた。しかしながら、メタンを唯一炭素源にして嫌気培養を行う場合、生育が非常に遅く世代時間が58時間であり、1ヶ月で培養液1ml当たりの菌数として最大108個で平均107個しか得られず、代謝産物探索など生化学実験を開始するには不適合であった。そこで、メタン代謝能を保持した状態の525W株の菌体をより多く得るために様々な培養方法を調べた。その結果、菌の通性嫌気性の性質を利用し、1段目にyeast extractだけを炭素源とした好気培養により菌体を得、2段目にメタンを唯一炭素源として嫌気的に培養する、という2段培養を構築した。この方法によって嫌気的メタン代謝能を有する菌体を大量に得ることに成功した。

5章では本菌の嫌気的メタン酸化・資化のメカニズムを調べた。525W 株は好気条件下ではメタン資化能を示さなかった。さらに、好気的メタン酸化細菌が有しているmethane monooxygenaseの遺伝子が、525W株においてはPCR法で検出されないこと、methane monooxygenaseの活性が見られないことから、本菌の嫌気的メタン酸化経路は好気的メタン酸化経路とは異なるものであると考えられた。本菌のメタン酸化経路について調べる方法としては、各炭素源での生育性と発生する代謝産物の検索、酵素反応、遺伝子存在確認などによった。結果として、(1)メタンを炭素源にした培養でCH3NO2がメタン依存的に発生することがGC/MS分析で明らかになった。加えて、CH3NO2を炭素源として‐300mV以下の嫌気条件下で生育が可能であり、ギ酸が代謝産物としてCH3NO2依存的に発生することが確認された。なお、ここで確認された嫌気的なCH3NO2代謝も単離菌としてははじめての例である。(2)各酵素反応を調べた結果としてformaldehyde dehydrogenase、S-formylglutathione hydrolase、formate dehydrogenaseの活性が認められた。(3)各酵素遺伝子をPCR方法で調べた結果としてformaldehyde dehydrogenase、S-formylglutathione hydrolase、RubisCOの遺伝子が確認された。以上の結果に基づき、CH4→CH3NO2→HCHO→S-formyl-glutathione→HCOOH→CO2→Cell massという流れに沿って嫌気的メタン酸化と資化が起こっていると推定された。

嫌気的メタン酸化能を持つ菌の単離は本菌がはじめてであり、その酸化メカニズムは現在予測されているメカニズムとは全く異なるものであった。また、本菌の生育モードなどを考慮すると、本菌が自然環境中でも嫌気的メタン酸化を触媒していると考えられ、今後メタンの新たな流れの解明と温暖化対策に繋がる有意義な知見が得られることが期待された。

以上本論文の知見は学術上ならびに応用上貢献するところ大である。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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