学位論文要旨



No 121260
著者(漢字) 加藤,創一郎
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ソウイチロウ
標題(和) セルロース分解能を有する安定な人工生態系における微生物間ネットワークの研究
標題(洋)
報告番号 121260
報告番号 甲21260
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2973号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 清水,謙多郎
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

自然界、ならびに様々な人工的環境において、ある種の微生物が単独で存在していることはほとんどなく、他の微生物と様々な相互作用を及ぼしあいながら共存していると考えられている。このように微生物が群集として存在することにより、しばしば単独の微生物よりも高い機能を発揮し、またその機能や構造が攪乱などの外部要因に対して非常に安定であるため、有機性廃棄物、廃水処理などの多くの分野で微生物群集の利用、制御に関する研究が近年重要視されている。様々な解析手法の発達により、実際の環境中における微生物の生態を解析することが徐々に可能になってきたとはいえ、微生物群集における各菌の果たす機能、さらにはそれら微生物間の相互作用を理解するのは非常に困難であるのが現状である。そこで本研究では、このように高い機能を有し、機能的、構造的に安定なモデル微生物群集(人工生態系)を構築し、その解析をおこなった。

本研究では、堆肥を微生物源として集積培養を繰り返すことにより構築された、50℃、好気条件下、静置培養で稲わら、紙などの様々なセルロース物質を効率よく分解することができる微生物群集(original microflora)を実験に用いた。original microfloraは継代培養に対する安定性を有しており、20回以上に渡る継代培養後もその機能(高効率セルロース分解)と構造(検出される微生物種)に変化はみられなかった。original microfloraのPCR-DGGE解析では、好気性、嫌気性の細菌が安定に共存していることが示されていた。本研究では、このoriginal microfloraから分離した細菌をもとに、セルロース分解能を有する安定な混合培養系(人工生態系)を構築し、そこでの各微生物の役割、および各微生物間の相互作用(微生物間ネットワーク)を解析することで、微生物群集による高効率セルロース分解のメカニズム、および複数種の微生物が安定に共存するメカニズムを解明することを目的として実験をおこなった。

original microfloraからの細菌の分離

original microfloraから好気、嫌気両条件下で微生物の分離を試みた結果、PCR-DGGE解析で優占種として検出されていた5種全ての細菌を含む、7種の細菌の分離に成功した(表1)。これらのうちセルロース分解能を示したのは偏性嫌気性細菌のCSK1株のみであった。CSK1株は既知セルロース分解細菌のClostridium thermocellumに近縁であったが、各種系統分類学試験をおこなった結果、生育至適温度、酸素耐性などの点で相違がみられたため、Clostridium属の新種としてClostridium straminisolvensと命名、提唱した。CSK1株はoriginal microfloraの培養条件、好気静置培養では生育せず、また嫌気条件下においてもそのセルロース分解効率は非常に低く、高効率分解のためには他の非セルロース分解性細菌の寄与が必要であると考えられた。

高効率セルロース分解混合培養系の解析

CSK1株と非セルロース分解性分離株とを混合した2種混合培養系によるセルロース分解を検証したところ、M1-3、M1-5、もしくはM1-6株との2種混合培養系でセルロース分解が確認された。これら3株の好気性細菌が酸素を消費し培養液を嫌気化することで、CSK1株の生育が可能になるのだと考えられる。さらにこの3株とCSK1株との4種混合培養系(CSK+M356)は、original microfloraと同等の高効率セルロース分解能を有していた。またCSK+M356は嫌気条件下ではその分解効率が顕著に落ちることから、培養液の嫌気化に加えて、好気性細菌の好気的な代謝も重要であることが示唆された。そこでCSK1株純粋培養とCSK+M356のセルロース分解過程の解析、比較をおこなった。CSK+M356では、純粋培養時よりもセルロースをよく分解しているのにもかかわらず、培養液中の糖や酢酸の蓄積が低く抑えられていた。また培養液のpHは、純粋培養時には6以下の低pHが保たれていたが、CSK+M356では一度pHは6以下にまで低下したものの、その後上昇し中性付近にまで回復した。純粋培養時にみられるようなセルロース分解産物の過剰な蓄積や低pHはセルロース分解を阻害することがよく知られており、非セルロース分解細菌による分解産物の消費、pH中性化という作用が、セルロース分解の効率化に大きく寄与していると考えられる。

安定な5種混合培養系の解析

CSK+M356は高いセルロース分解効率を示したが、継代培養を繰り返すとM1-5株が検出されなくなり、群集構造の安定性をみるモデルとしては不十分であった。一方で、このCSK+M356にPCR-DGGE解析で優占種として検出されていたFG4株を加えた5種混合培養系(SF356)は、20回の継代培養後にも全ての構成メンバーが安定に共存していた(表2)。そこでこのSF356を安定な群集のモデルとして、さらなる解析をおこなった。SF356における各メンバーの役割、および各メンバー間の相互作用を理解するために、SF356のメンバーのうちのひとつを除いた4種混合培養系、ノックアウト群集を構築した(ノックアウト群集はΔXと表記、Xは除かれた菌株名)。まず各混合培養のセルロース分解過程を解析、比較することで、除かれた菌株の群集内での役割を推定した。ΔFG4(CSK+M356と同義)では、培養液中の糖の蓄積が多く、酢酸の蓄積が少ないことから、FG4株が糖を醗酵し酢酸を生成していると推察された。またΔFG4でのみ培養後期のpH中性化がみられることから、FG4株による過剰な酢酸生成がpH低下を引き起こし、セルロース分解に抑制的に働いていると予想された。ΔM1-5でも同様に糖の蓄積が多く、M1-5株の糖消費が示唆された。ΔM1-3では酢酸の蓄積が多く、M1-3株の酢酸消費が示唆された。BiOLOGによる解析ではM1-3株に酢酸利用能はみられなかったが、CSK1株の培養上清でのM1-3株純粋培養実験によりM1-3株が酢酸利用能を有することが示された。以上の実験、および各分離株の純粋培養での特徴をもとに、各分離株の役割を図1のように推定した。

各メンバー間の相互作用を理解するために、各混合培養系の継代培養前後における各分離株の残存、消失を調べた(表2)。SF356、ΔM1-3、ΔM1-6では全メンバーが継代培養後(22nd generation)も残存していた。ΔCSK1では継代の過程でFG4、M1-5、M1-3株の順に消失した。これはこの3株がセルロース分解産物に依存しているためであると推察される。ΔFG4ではM1-5株が消失したが、これはM1-5株がFG4株の代謝産物(グルコース)に依存しているためと考えられる。ΔM1-5ではCSK1、FG4株が消失した。これは代謝フローからは説明できず、セルロース分解産物を介した相互作用以外の要因が働いていると推察される。

異種細菌間相互作用の解析

SF356の構成メンバーの純粋培養系、および2-5種混合培養系の培養過程における各細菌の生育を定量的real-time PCR法によりモニタリングした。その結果、M1-3株によるM1-5株の生育抑制といったような、これまでの解析からは見出されていなかった関係がいくつか明らかとなった。また各分離株を他の分離株の培養上清を添加した培地を用いて培養することで、セルロース分解代謝産物や、pH変化などを介さないような相互作用の検出を試みた。その結果、非セルロース分解性分離株の培養上清はCSK1株の生育を促進し、また好気性分離株の培養上清は他の好気性分離株の生育を抑制することが示された。さらに異種細菌との相互作用は、生育だけではなくその性質、振る舞いにも影響を与えると予想し、純粋培養条件、およびCSK1株との混合培養条件におけるM1-3株の発現タンパク質を2次元電気泳動法により解析した。その結果、混合培養条件で特異的に発現しているとみられるタンパク質のスポットがいくつか検出され、CSK1株との相互作用がM1-3株の生理状態にも影響を及ぼしていることが示された。

まとめ

群集によるセルロースの高効率分解には、非セルロース分解細菌による培養液の嫌気化、pH中性化、余剰代謝産物の消費、生育促進物質の産生といった働きが、CSK1株のセルロース分解を促進することが重要であることが示された。またこの群集内には共生や競争、促進や阻害といった、様々なタイプの異種細菌間相互作用が存在していることが示された。このような微生物間ネットワークのバランスがうまく取れていることが複数種の微生物の安定な共存を可能にしているのだと考えられる。

表1 original microfloraから分離された細菌

a CSK1株、FG4株は目的とする有機物を唯一の炭素源とした培地で嫌気的に培養し、酸生成の有無により判定。その他の株はBiOLOGシステムを用いて好気的に培養した結果。ただしエタノールの利用性は液体培養によるエタノールの減少を直接測定した。 b N.T., not tested c これら5種はoriginal microfloraからPCR-DGGE法で検出されていた細菌

表2 各混合培養系における構成微生物種の残存と消失

a CSK+M356と同義。+, detected; -, not detected; N.I., not inoculated in the mixed culture

図1 SF356におけるセルロース分解の代謝フローと各菌株の役割のネットワークモデル

審査要旨 要旨を表示する

自然界、ならびに様々な人工的環境において、ある種の微生物が単独で存在していることはほとんどなく、他の微生物と様々な相互作用を及ぼしあいながら共存していると考えられている。様々な解析手法の発達により、実際の環境中における微生物の生態を解析することが徐々に可能になってきたとはいえ、微生物群集における各菌の果たす機能、さらにはそれら微生物間の相互作用を理解するのは非常に困難であるのが現状である。そこで本研究では高い機能を有し、機能的、構造的に安定なモデル微生物群集(人工生態系)を構築、解析し、微生物群集による効率的機能発揮のメカニズム、および複数種の微生物が安定に共存するメカニズムを解明することを目的とした。

本研究では、堆肥を微生物源として集積培養を繰り返すことにより構築された、50℃、好気条件下、静置培養で稲わら、紙などの様々なセルロース物質を効率よく分解することができる安定な微生物群集(original microflora)を実験に用いた。第1章ではoriginal microfloraから微生物の分離を試み、original microfloraで優占種として検出されていた5種全ての細菌(CSK1、FG4、M1-3、M1-5、M1-6株)を含む、7種の細菌の分離に成功した。唯一のセルロース分解細菌、CSK1株は既知セルロース分解細菌のClostridium thermocellumに近縁であったが、各種系統分類学試験をおこなった結果、生育至適温度、酸素耐性などの点で相違がみられ、Clostridium属の新種としてClostridium straminisolvensと命名、提唱した。CSK1株はoriginal microfloraの培養条件、好気静置培養では生育せず、また嫌気条件下においてもそのセルロース分解効率は非常に低く高効率分解のためには他の非セルロース分解性細菌の寄与が必要であると考えられた。

第2章ではCSK1株と非セルロース分解性分離株との4種混合培養によりoriginal microfloraと同等の高効率セルロース分解能を有する人工生態系(CSK+M356)を構築した。この解析により、培養液の嫌気化に加えて、分解産物の消費、pH中性化という作用がセルロース分解の効率化に大きく寄与していることが示された。

第3章ではCSK+M356にPCR-DGGE解析で優占種として検出されていたFG4株を加えた5種混合培養により、安定な人工生態系(SF356)の構築に成功した。SF356とそのノックアウト群集の解析により、各分離株の群集内での機能、役割を推定するに至った。また各混合培養系の継代培養前後における群集構造解析により、各分離株間には様々な関係性、相互作用が存在することが示唆された。

第4章では微生物間相互作用ネットワークに関してさらに詳細な解析をおこなった。安定な人工生態系の構成メンバーの純粋培養系、および2-4種混合培養系の培養過程における各細菌の生育をモニタリングした結果、M1-3株によるM1-5株の生育抑制といったような、これまでの解析からは見出されていなかった関係がいくつか明らかとなった。また各分離株を他の分離株の培養上清を添加した培地を用いて培養することで、非セルロース分解性分離株の培養上清によるCSK1株の生育促進効果、好気性分離株の培養上清による他の好気性分離株の生育抑制などが見出された。さらに純粋培養条件、およびCSK1株との混合培養条件におけるM1-3株の発現タンパク質を2次元電気泳動法により解析した結果、混合培養条件で特異的に発現しているとみられるタンパク質のスポットがいくつか検出され、CSK1株との相互作用がM1-3株の生理状態にも影響を及ぼしていることが示された。

以上本論文では、限られたメンバーからなる人工生態系の構築、解析を通して、群集によるセルロースの高効率分解には、非セルロース分解細菌による培養液の嫌気化、pH中性化、余剰代謝産物の消費、生育促進物質の産生といった働きが、CSK1株の生育、セルロース分解を促進することが重要であることを示した。またこの群集内には共生や競争、促進や阻害といった、様々なタイプの異種細菌間相互作用が存在していることが示され、このような微生物間ネットワークのバランスがうまく取れていることが複数種の微生物の安定な共存を可能にしていることが示唆された。以上の知見は学術上ならびに応用上貢献するところ大である。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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