学位論文要旨



No 121263
著者(漢字) 新谷,政己
著者(英字)
著者(カナ) シンタニ,マサキ
標題(和) IncP-7 群カルバゾール分解プラスミド pCAR1 の分子遺伝学的研究
標題(洋)
報告番号 121263
報告番号 甲21263
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2976号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

カルバゾール(CAR)は,環境汚染物質として知られる含窒素芳香族化合物である.これまでにCAR分解菌が多数単離され,特にPseudomonas resinovorans CA10株の有するCAR分解系car遺伝子群とそれにコードされる酵素群については詳細に解析されてきた.一般的に,類似の分解系遺伝子群が数多くの分解菌より見出される場合,接合伝達性の分解プラスミドや,分解トランスポゾンといった可動性遺伝因子による遺伝子の水平伝播が起こっていると考えられる1).CAR分解菌でも同様にCA10株由来car遺伝子群と類似な遺伝子が多数の他のCAR資化菌から見つかるが,CA10株のcar遺伝子群はプラスミドpCAR1上に局在することから,自然界でのCAR代謝系遺伝子群の分布にpCAR1の寄与が考えられた.研究開始当初はpCAR1についてはCAR代謝系遺伝子群以外の領域についての情報が無かったことから,その全体構造を明らかにするために,我々は199,035 bpの全塩基配列を決定した2).その結果,接合伝達に必要と推定される一連のtra/trh遺伝子群と,car遺伝子群を含む73-kbのクラスIIトランスポゾン(Tn4676と命名)が見出され,car遺伝子群もpCAR1自身とTn4676によって水平伝播する可能性が示された.我々が明らかにしたpCAR1の複製,分配,接合伝達に関与すると考えられる領域は,既知プラスミドの対応する領域と相同性が低く,pCAR1は塩基配列情報未知の不和合性群(IncP群)に属すると推定された.これらの背景に基づいて本研究ではpCAR1の複製・保持能の解析と,可動性遺伝因子としての機能解析を行った.

プラスミドpCAR1の複製に必要な領域と不和合性群の決定3)

pCAR1の塩基配列の解析と相同性検索によって,プラスミドの複製を開始するために必要と推定される遺伝子が見出され(repAと命名),その直上流に染色体の複製開始点付近によく見られるA+Tに富む領域,12-bpおよび18-bpからなる反復配列(それぞれ12 merおよびiteronと命名)と,DnaA boxと推定される塩基配列が存在した(図).さらにrepA周辺には複製に関与すると推定される他の読み枠も見出された.そこで,周辺領域を含む様々な長さのDNA断片と,選択マーカーとしてカナマイシン耐性遺伝子を連結したミニプラスミドを作製し,Pseudomonas属細菌内で複製されるために必要な領域の絞込みを行った.その結果,repAとその直上流の配列のみがpCAR1の複製に必要であり,複製開始点(oriVと命名)がrepA上流の約500 bpの領域に含まれることを明らかにした(図).またrepAとoriVが別のDNA鎖上に存在しても複製可能なことが判明した.さらにpCAR1は大腸菌内で複製されないことも併せて明らかにした.

上で作製したミニプラスミドを既知の12種のIncP群プラスミドを有する菌株に対して挿入し,2つのプラスミドの共存を確かめる不和合性試験を行ったところ,IncP-7群に属する薬剤耐性プラスミドRms148と共存できなかった.またpCAR1のrepA-oriV領域をプローブとしたサザン解析でもRms148のみに強いシグナルが検出できたことから,pCAR1がIncP-7群プラスミドであると結論した.pCAR1の塩基配列決定以前にIncP-7群に属するプラスミドの塩基配列情報は無く,複製に必要な複製開始タンパクと,そのターゲットとなるDNA領域を決定した初めての例である.

可動性遺伝因子としてのpCAR1の解析3),4),5),6)

これまでにCA10株のcar遺伝子群ホモログは他の複数のCAR分解菌より見出されていた.そこで7株のCAR分解菌についてcar遺伝子群の局在性を調べ,周辺の遺伝子領域をpCAR1やTn4676と遺伝子レベルで比較した.その結果,1株はTn4676内部の約55-kbの遺伝子領域を保持していたが4),3株はpCAR1と酷似したプラスミドを有しており,さらに残りの3株はTn4676を染色体上に保持していた5).さらにpCAR1とその遺伝子構造についてpCAR1との違いが見出されないプラスミドpCAR2を保持するP. putida HS01株においては,実際に宿主内部でプラスミド上のTn4676が染色体上に転移する現象を見出した5).以上のことはpCAR1やTn4676がcar遺伝子群の異なる細菌間の水平伝播に寄与することを示唆している.そこで可動性遺伝因子としてのpCAR1およびTn4676の解析をより詳細に行った.

まずTn4676のトランスポゼースとレゾルベースおよび推定制御タンパクをコードするtnpAc,tnpSTおよびtnpCと推定逆向き繰り返し配列IR-aおよびIR-fを含むDNA領域に,ゲンタマイシン耐性遺伝子を組込んだミニトランスポゾンを構築した.その後,大腸菌内でRP4およびR388を標的プラスミドとするmating out法を用いてミニトランスポゾンの転移能を検証した.その結果,接合伝達したプラスミドあたり約10-5の頻度で転移が認められた.

次にpCAR1の接合伝達性を解析するために,Pseudomonas属細菌を中心とした様々な受容菌に対しpCAR1の接合実験を行った.この際pCAR1を脱落させたCA10株(CA10dm4株と命名)を作製し,受容菌の1つとして用いた.その結果,pCAR1はCA10dm4株とP. putida KT2440株には高い頻度(供与菌当たり10-1~10-3程度)で伝達した3),6).これらの結果から,pCAR1とTn4676が異なる細菌間でのcar遺伝子群の水平伝播装置として実際に機能しうることが実験的に証明された.

一方,P. putida HS01株の有するpCAR2は,pCAR1が伝達しないP. chlororaphisやP. fluorescensに対しても接合伝達を検出できたが,pCAR2をpCAR1の元の宿主であるCA10dm4株やKT2440株に移し,これらの菌株を供与菌とすると,pCAR1と同じ傾向を示した.従って,pCAR1とpCAR2はPseudomonas属の菌株間で約10-5~10-7程度の頻度で同様の接合伝達能を有するが.供与菌と受容菌の組み合わせによってはさらに大きく接合伝達頻度が変化することが示された6).RT-PCR解析に基づくと,pCAR1およびpCAR2において接合伝達に関与すると推定されたtra/trh遺伝子群は4つのオペロンから構成されるが,各オペロン上の遺伝子を標的とした定量的RT-PCRによってpCAR1およびpCAR2を保持する各供与菌におけるmRNAの量を比較しても,大きな転写量の変化はなかった6).このため,供与菌を変えた際の接合伝達性の変化はtra/trh遺伝子群の転写量の違いに起因せず,pCAR1上の他の遺伝子や,供与菌内の制限・修飾系機構などの宿主因子が関与する可能性が示唆された.

pCAR1の安定な保持に寄与する遺伝子群の解析3)

一般に知られるプラスミドの安定化に必要な分配機構(partition)には,プラスミド上の遺伝子にコードされるATPase(ParA)とDNA結合タンパク質(ParB)の2つのタンパク質と,1つの動原体様のDNA配列が必要である.pCAR1上repA上流からもこれらの2つ遺伝子と相同性を示す読み枠(parA,parBと命名)が見出されたが,同一オペロンと考えうるparA直上流とparB直下流に,機能については全く未解明のparWおよびparCが存在していた(図).これらの読み枠はpCAR1の塩基配列発表後に報告されたIncP-7群プラスミド(pWW53,pND6-1,pL6.5)に共通して見出されることから,IncP-7群に特異的な高い安定性を担う可能性が示唆された.そこでプラスミドの安定化にこれらのpar遺伝子群が寄与するかどうかを解析した.まずpCAR1のrepA-oriVのみを含むミニプラスミドと,repA-oriV-parWABCを含むミニプラスミドを作製後,Pseudomonas属細菌内における安定性を比較した.その結果,前者が急速に脱落したのに対し,後者は極めて安定に保持され,par遺伝子群がpCAR1の安定性に必要であることが示された.次に,どの遺伝子が安定化に必要なのかを決定するため,各par遺伝子をフレームシフト変異によって破壊したミニプラスミドを作製し,同様に安定性について調べた.その結果parCを欠損してもプラスミドは安定であったが,parW,parAおよびparBそれぞれに変異を入れたミニプラスミドはいずれも不安定化した.各par遺伝子を広宿主域ベクター上の構成的に発現するプロモーター下流に挿入したプラスミドを用いて相補実験を行ったところ,ParW,ParAおよびParBを単独に相補した場合には安定性が10%以下の回復に留まったが,parWAB全体を含むプラスミドを用いて相補した場合,各プラスミドの安定性が50~70%程度回復した.以上よりpCAR1の安定性にはParWABが必要であることが示された.

プラスミドの安定性を維持するためにはparWAB遺伝子の適切な発現が重要であることから,par遺伝子群の転写単位を調べるため,pCAR1を保持する菌体より全RNAを抽出してRT-PCR解析を行ったところ,parWABCが少なくとも1つのオペロン(parオペロン)として転写されていた.次に,parW,parAおよびparB各上流のDNA領域をルシフェラーゼ遺伝子の直上流に連結したレポータープラスミドを構築し,プロモーター活性の解析を行った.その結果,parW開始コドン上流に弱いプロモーターが,parA開始コドン上流に強いプロモーターが存在していることが判明した.parA上流についてさらに詳細に解析したところ,98 bpまでに強いプロモーターが存在していることが判明した(parApと命名).またparA上流のDNA領域についてプライマー伸張反応を行ったところ,parA開始コドン上流25 bpの位置に転写開始点が存在した.さらに,レポーターアッセイを詳細に行いσ70因子が結合すると推定される,-35,-10プロモーター配列を見出した.

マイクロアレイ解析を用いたpCAR1上における遺伝子の発現解析

上で述べたようなプラスミドの基本機能は宿主染色体との何らかの(相互)作用により制御されていると考えられる.そこで我々は,様々な宿主においてpCAR1と染色体上の全遺伝子がどのような協調的発現をしているか網羅的に解析することを最終目的として,マイクロアレイ解析を開始した.本研究ではその第一歩としてpCAR1をゲノム配列が解読済みのP. putida KT2440株に接合伝達させたKT2440(pCAR1)株を対象としてマイクロアレイ解析を行った.まずコハク酸を炭素源として,それぞれ早期対数増殖期と定常期まで培養した各菌体より全RNAを抽出してマイクロアレイ解析に供したところ,変動が顕著に大きかったpCAR1上の遺伝子として,parABCとORF70(図;pmrと命名)が抽出された(いずれも早期対数増殖期に3倍以上増大).pmr産物はP. aeruginosa PAO1株より見出された転写制御因子MvaTや大腸菌におけるhistone like-nucleoid structuring (H-NS) タンパク質と相同性を示すが,これらのタンパク質は複数の遺伝子の発現を制御することが知られている.また,これまでにpCAR1上からは相同性検索によって推定された転写制御因子の候補がpmrを含めて3つしか見出されず,このうち1つはCAR代謝系に特異な転写制御因子であることが判明している.従ってこのpmr産物がpCAR1上の遺伝子の転写制御に関与する可能性が考えられたため,pmr破壊株を作製し,破壊株と野生株の早期対数増殖期における遺伝子発現の相違をマイクロアレイ解析によって比較した.その結果,最も顕著に発現が変化した遺伝子としてparAおよびparBが抽出された(破壊株において野生株の約8倍発現量が低下).さらに破壊株と野生株におけるparAp活性をレポーターアッセイによって比較したところ,破壊株におけるparAp活性が野生株に比べて約7倍低かった.この結果よりpmr産物がparオペロンの転写を正に制御することが確認された.また,破壊株と野生株においては,他の遺伝子についても発現強度の変化が複数観察され,pmr産物が複数の遺伝子の発現制御に関与する可能性が示唆された.このようにH-NS様の転写制御因子をコードする遺伝子がIncP群プラスミドから見出された報告例は未だなく,その機能の詳細な解明が待たれる.

まとめ

本研究によって,pCAR1はプラスミドとしても,また内部のトランスポゾンによってもcar遺伝子群の水平伝播装置として機能しうることが実験的に証明された.また複製,保持および接合伝達についてほとんど未解明であったIncP-7群プラスミドの諸性質が明らかになった.既知の分解プラスミドのうち,これらの性質が詳細に解析されたものはIncP-1とIncP-9群のみであったが,本研究によって,この2つのタイプとは全く異なる性質を有する第3の分解プラスミド群を提唱することができた.またマイクロアレイ解析の結果,pCAR1上のpmrがプラスミドの保持能に必要な遺伝子の発現制御を行うことが推定されたが,これはプラスミドの安定化における新規の制御機構の存在を示唆している.また,pCAR1の塩基配列情報を用いたマイクロアレイ解析を確立したことによって,今後プラスミドの有無によって影響される染色体上の遺伝子の発現変動や,異なる生育条件における染色体とプラスミド上の遺伝子の発現の相関を解析するなど,新しい視点からの解析が可能となり,さらなる研究の発展が期待される.

図.pCAR1上のrepA-oriV-parWABC周辺領域

Nojiri, H., Shintani, M. et al., 2004. Appl. Microbiol. Biotechnol. 64: 154-174.Maeda, K., Nojiri, H., Shintani, M. et al., 2003. J. Mol. Biol. 326: 21-33.Shintani, M.et al. Appl. Environ. Microbiol. submitted. Shintani, M.et al., 2005. Appl. Microbiol. Biotechnol. 67: 370-382.Shintani, M.et al., Biotechnol. Lett. 27: 1847-1853.Shintani, M. et al., 2003. Biotechnol. Lett. 25: 1255-1261.
審査要旨 要旨を表示する

一般に,類似の分解系遺伝子群が異なる分解菌より見出される場合,接合伝達性の分解プラスミドや,分解トランスポゾンといった可動性遺伝因子による遺伝子の水平伝播が起こっていると考えられる.Pseudomonas resinovorans CA10株は,環境汚染物質として知られる含窒素芳香族化合物,カルバゾール(CAR)を分解可能であり,その分解系遺伝子群,car遺伝子群をプラスミドpCAR1上に保持する.これまでにcar遺伝子群の水平伝播が自然界で生じることが示唆されており,この現象にpCAR1の寄与が考えられた.申請者はまず,pCAR1の全体構造を明らかにするために199,035 bpの全塩基配列を決定した.その結果,接合伝達に必要と推定される一連のtra/trh遺伝子群と,car遺伝子群を含む73-kbのクラスIIトランスポゾン(Tn4676と命名)が見出され,car遺伝子群がpCAR1自身とTn4676によって水平伝播する可能性が示された.さらにpCAR1の複製,分配,接合伝達に関与すると考えられる領域は,既知プラスミドの対応する領域と相同性が低く,pCAR1は塩基配列情報未知の不和合性群(IncP群)に属すると推定された.本論文は以上の背景に基づき,pCAR1の複製・保持能と,可動性遺伝因子としての機能についての研究をまとめた4章と,後述するマイクロアレイ解析についてまとめた1章を加えた5章から構成される.

第1章では,古典的な分解プラスミドの研究における知見を述べるとともに,大量の塩基配列情報が解読されはじめた後の研究の推移と問題点をまとめ,本論文の研究の目的と意義を述べている.

第2章では,pCAR1の複製に必要な遺伝子がrepAのみであることを示し,複製開始点oriVを含む領域をrepA上流の約345 bpまで絞りこんだ.またrepAとoriVが別のDNA鎖上に存在しても複製可能なことを示すとともに,pCAR1のミニプラスミドを用いて不和合性試験を行い,pCAR1がIncP-7群に属することを示した.本章の結果は,pCAR1はIncP-7群プラスミドとして塩基配列を明らかにし,複製に必要な複製開始タンパクRepAと,そのターゲットとなるDNA領域を決定した初めての例である.

第3章では,car遺伝子群の水平伝播機構の解明を試みている.まず,これまでに単離されたCA10株のcar遺伝子群ホモログを有する,他の7株のCAR分解菌についてcar遺伝子群の局在性を調べ,周辺の遺伝子領域をpCAR1やTn4676と遺伝子レベルで比較した.その結果,1株はTn4676内部の約55-kbの遺伝子領域を保持していたが,3株はpCAR1と酷似したプラスミドを有しており,さらに残りの3株はTn4676を染色体上に保持していた.またpCAR1と酷似した遺伝子構造をもつpCAR2の宿主,P. putida HS01株内部でpCAR2上のTn4676が染色体上に転移する現象も見出した.さらにミニTn4676の転移能をmating out法によって検証することに成功し,またpCAR1が接合伝達性プラスミドであることも示した.申請者によって,pCAR1やTn4676がcar遺伝子群の異なる細菌間の水平伝播に寄与することを実験的に示すことに成功した.またpCAR1と,P. putida HS01株の有するpCAR2との接合伝達性の比較により,プラスミドの供与菌と受容菌の組み合わせによって大きく接合伝達頻度が変化することを見出した.この原因を探るため, pCAR1・pCAR2の接合伝達に関与すると推定されたtra/trh遺伝子群について,異なる宿主間で転写量の比較を定量的RT-PCRによって試みたが,接合伝達頻度の変化との相関を見出すことはできなかった.申請者は接合伝達頻度の変化にはpCAR1上の他の遺伝子や,供与菌内の制限・修飾系機構などの宿主因子が関与する可能性があると考えている.

第4章では,プラスミドの安定化に必要な分配機構(partition)について解析を試みている.既知の分配機構にはプラスミド上の遺伝子にコードされるATPase(ParA)とDNA結合タンパク質(ParB)の2つのタンパク質と,1つの動原体様のDNA配列が必要だが,pCAR1上には,pCAR1の塩基配列発表後に報告されたIncP-7群プラスミド(pWW53,pND6-1,pL6.5)に共通して見出される特異的なpar遺伝子群(parWABC)が存在していた.申請者によってpCAR1の安定化にpar遺伝子群が寄与するかどうか解析され,その安定性にParWABが必要であることが示された.またプラスミドの安定な保持には,par遺伝子群の適切な発現が重要であるため,転写レベルにおける解析を試みている.その結果,RT-PCR解析によってparWABCが少なくとも1つの転写単位を構成し,レポータープラスミドを用いたプロモーター解析によって,parW開始コドン上流に弱いプロモーターが,parA開始コドン上流に強いプロモーター(parApと命名)が存在することが判明した.

第5章では,2〜4章で明らかにしたプラスミドの基本機能を担う遺伝子を中心として,pCAR1上の遺伝子発現の様々な生育条件下における発現変動を網羅的に解析するために,マイクロアレイ解析を試みた.申請者はpCAR1をゲノム配列が解読済みのP. putida KT2440株に接合伝達させたKT2440(pCAR1)株を対象として実験を試みている.プラスミドの基本機能を担う遺伝子発現は,細胞の増殖期に依存して発現する場合が多い.そこで早期対数増殖期と定常期まで培養した菌体より全RNAを抽出してマイクロアレイ解析に供したところ,変動が顕著に大きかったpCAR1上の遺伝子として,parABCとORF70(pmrと命名)が抽出された.pmr産物はP. aeruginosa PAO1株より見出された転写制御因子MvaTや大腸菌におけるH-NSタンパク質と相同性を示すが,これらのタンパク質は複数の遺伝子の発現を制御することが知られている.このpmr産物がpCAR1上の遺伝子の転写制御に関与する可能性が考えられたため,pmr破壊株を作製し,破壊株と野生株の早期対数増殖期における遺伝子発現の相違をマイクロアレイ解析によって比較を行っている.その結果,最も顕著に発現が変化した遺伝子としてparAおよびparBが抽出された.さらに破壊株と野生株におけるparAp活性をレポーターアッセイによって比較したところ,破壊株におけるparAp活性が野生株に比べて約1/3に減少していた.この結果よりpmr産物がparオペロンの転写を正に制御することが推定された.このようにH-NS様の転写制御因子をコードする遺伝子がIncP群プラスミドから見出された報告例は未だなく,極めて新しい知見である.

以上,本論文は,pCAR1とTn4676によってcar遺伝子群が水平伝播しうることを実験的に証明し,これまでに全く未解明であったIncP-7群プラスミドの諸性質を世界で初めて明らかにした.さらにpCAR1の塩基配列情報を利用した新しい視点からのマイクロアレイ解析を試みており,学術上および応用上貢献するところが少なくない.よって審査委員一同は本論が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

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