学位論文要旨



No 121265
著者(漢字) 豊田,晃一
著者(英字)
著者(カナ) トヨダ,コウイチ
標題(和) 海洋性水素細菌由来の3種の RubisCO オペロンに関する研究
標題(洋)
報告番号 121265
報告番号 甲21265
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2978号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 大田,明徳
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

植物をはじめ、藻類や多くの独立栄養性細菌はカルビン回路を用いて炭酸固定を行っている。この回路の鍵酵素の一つであるribulose-1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase(RubisCO)はCO2を有機炭素に変換する炭酸固定反応を触媒する。RubisCOは地球上で最も多いタンパク質ともいわれ、触媒する炭酸固定反応は地球の炭素循環に深く関わっている。細菌におけるRubisCOには四次構造の異なる4つの型(I〜IV型)が知られている。large subunit、small subunitそれぞれ8つずつからなるI型、large subunitのみからなるII型がカルビン回路を有する細菌に見いだされてきた。また、古細菌において見いだされたIII型やRubisCO活性を持たないが構造が近いIV型も近年のゲノム情報から多く見つかってきている。RubisCOはそれぞれ固有の炭酸固定反応の効率を示す値、Ω値(carboxylase活性と副反応のoxygenase活性の反応特異性の比)を有する。この値が高いほどoyxgenase活性よりcarboxylase活性が効率良く進み、高O2、低CO2濃度においても効率良く炭酸固定ができる。一般にI型のRubisCOはII型よりも高いΩ値を有しており、現在の大気レベルの低いCO2濃度(0.03%)に適応しているといえる。

Hydrogenovibrio marinus MH-110株は海水から単離された絶対独立栄養性水素細菌であり、カルビン回路を用いて炭酸固定を行っている。この菌は2種類のI型(CbbLS-1、CbbLS-2)、1種類のII型(CbbM)の合計3種類のRubisCOを有している。これまでに、各RubisCO遺伝子クラスターのクローニング、組換えRubisCOを用いたΩ値の決定がなされてきた。さらに、培養時に通気するCO2濃度によって3種類のRubisCOの発現が変化し、低い濃度になるにしたがいΩ値の高いRubisCOが発現することが示されてきた。また、大気レベルのCO2濃度においては、CO2の濃縮を行うとされるcarboxysomeと呼ばれる細胞内小胞が形成されることも示された。このように、MH-110株は周囲のCO2濃度に応じてRubisCOやCO2濃縮機構の発現を制御することで、広範囲のCO2濃度に適応してきたと考えられる。このようなCO2濃度応答性を示す遺伝子発現制御機構は、RubisCOを有する細菌には共通してみられるもので大変興味深い。本研究ではMH-110株における遺伝子操作系を構築し、各RubisCOの生体内での機能を調べるとともに、その発現調節機構を解明することにより、MH-110株のCO2応答機構に関する知見を深めることを目的として研究を行った。

H. marinus MH-110株における遺伝子破壊法の構築

これまで、MH-110株における遺伝子導入法は確立されていなかったので、グラム陰性細菌において広く用いられている、transconjugation法を適用し遺伝子導入を試みた。導入するプラスミドを有する大腸菌とMH-110株をフィルターメンブレン上で混和、培養することで、大腸菌からMH-110株へプラスミドを接合伝達させた。導入したプラスミドとゲノムの間での相同組換えを用いて目的遺伝子の破壊を行った。また、MH-110株に保持されるプラスミドとして、pSF1010のoriを有するプラスミドが利用可能であることを見いだした。

3種のRubisCO遺伝子の破壊株

上述した方法によりRubisCOをコードするcbbLS-1、cbbLS-2、cbbM各遺伝子の破壊株を構築した。これまでに、CO2濃度変化に伴い各RubisCOの発現が変化することが分かっていたため、CO2濃度変化(15,2,0.15,0.03%)の影響について調べた。I型RubisCOの1つをコードするcbbLS-1破壊株はどのCO2濃度においても野生株と変わらない生育を示し、また他のRubisCOの発現は野生株と変わらないものであった。II型RubisCOをコードするcbbMの破壊株は2%以上の高いCO2濃度において、野生株と比較して生育速度の低下が認められた。また、cbbM破壊株では全てのCO2濃度において野生株と比較してCbbLS-1の発現量が増大していた。これらの結果から、高CO2濃度(〓2%)における生育にはCbbMが必要であることが示された。もう一方のI型RubisCO、CbbLS-2は大気レベルのCO2濃度特異的に発現する。CbbLS-2遺伝子破壊株は高CO2濃度においては野生株と変わらない生育を示したが、大気レベルの低CO2濃度(〓0.15%)において生育不能であった。cbbLS-2は下流のcarboxysomeを形成するタンパク質をコードするcso遺伝子群とオペロンを形成している。cso遺伝子破壊株は同様に低CO2濃度において生育できないことが分かっている。これらの結果から、低CO2濃度においてはcbbLS-2オペロンが生育に必須であることが示された。

各RubisCOオペロンの発現制御機構

原核生物の多くのRubisCO遺伝子の上流には、 LysR様転写制御因子CbbRが逆向きにコードされており、RubisCOの発現を正に制御している。MH-110株においてもcbbLS-1とcbbMの上流にCbbRが見つかり、それぞれCbbR1、CbbRmと命名した。また、cbbLS-2の下流にも別のCbbR(CbbR2)が見つけられていた。各CbbRの組換えタンパク質をaffinity chromatographyを用いて粗精製しgel shift assayを行った結果、CbbR1はcbbLS-1、CbbRmはcbbM、CbbR2はcbbLS-2のプロモーター領域に結合することが分かった。各cbbR遺伝子の破壊株を構築することで、それぞれのRubisCOの発現がこれら3種類のCbbRによって独立して正に制御されていることが示された。cbbRm破壊株ではCbbLS-1が、 cbbR1とcbbRmの二重破壊株ではCbbLS-2がCO2濃度非依存的に発現した。これらの結果からCbbRはCO2濃度変化を直接感知しているのではなく、それに伴う代謝産物量や酸化還元状態の変化を感知してRubisCOの発現を制御していることが示唆された。

carbonic anhydraseの発現と機能

carbonic anhydrase (CA)は活性中心に亜鉛を含む金属酵素で、CO2の可逆的水和反応を触媒する。CAは原核生物、真核生物を問わず、広く生物界に保存されており、生体内で様々な機能を有している。CO2を唯一炭素源とする独立栄養性生物にとって。RubisCOの基質となるCO2の変換を促すこの酵素は重要であり、その変異株の多くはCO2要求性を示す。また最近、鉄硫黄酸化細菌においてcarboxysomeを形成するタンパク質の一つCsoS3がCA活性を有していることが明らかとなり、CAがCO2濃縮に深く関与していることが示された。MH-110株にはcbbMの下流にCAと高い相同性を示すタンパク質をコードする遺伝子canが見つけられていたが、その発現及び機能についてはまだ明らかとされていなかった。また、MH-110株のcarboxysomeオペロンは上記のCsoS3を含むため、MH-110株は少なくとも2種類のCAを有していることとなる。そこで、組換えタンパク質としてCanを精製したところ、CA活性を有していたことから、CanがCAであることが確認された。primer extensionによりcanの発現を調べたところ、canは単独で転写されており2%以上のCO2濃度においては発現が認められたが、大気レベルの低CO2濃度では発現が認められなかった。この低CO2濃度においてはcarboxysomeが特異的に発現するため、CanとCsoS3の発現パターンはCO2濃度から見ると正反対であることが示された。canの破壊株を構築した結果、Canは1-2%のCO2濃度では生育に必須であるが、より高いCO2濃度もしくは大気レベルの低CO2濃度においては必須ではないことが示された。一方、csoS3破壊株を構築した結果、CsoS3は大気レベルの低CO2濃度下での生育に必須であることが示された。

まとめ

絶対独立栄養性細菌H. marinus MH-110株由来の3種類のRubisCOの発現はCO2濃度に応じて変化することが分かっていたが、本研究において各RubisCOの変異株を構築した結果、高CO2濃度においてはCbbMが、低CO2濃度においてはCbbLS-2ならびにcarboxysomeが、それぞれ生育に必要であることが示された。さらに各RubisCOオペロンは別々のCbbR型制御因子によって正に制御されていることが示された。RubisCOの発現制御はCO2を直接感知しているのではなく、CO2濃度変化に伴う代謝の変化によってなされていることも示唆された。本菌株においてはRubisCOだけでなくCAとcarboxysomeをCO2濃度に応じて発現制御することで、CO2濃度に適したCO2の濃縮ならびに炭酸固定を行っていることが示唆された。

図1.3種のRubisCOオペロン

審査要旨 要旨を表示する

カルビン回路は炭酸固定回路の一つであり、地球の炭素循環に深く関与している。この回路の鍵酵素の一つであるribulose 1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase (RubisCO)はCO2を有機炭素に変換する炭酸固定反応を触媒する。Hydrogenovibrio marinus MH-110株は海水から単離された絶対独立栄養性水素細菌であり、カルビン回路を用いて炭酸固定を行っている。この細菌は3種類のRubisCO(CbbLS-1、CbbLS-2、CbbM)を有しており、これまでに、各RubisCO遺伝子クラスターがクローニングされ、組換えRubisCOを用いて酵素の諸性質が調べられてきた。また、培養時に通気するCO2濃度によって3種類のRubisCOの発現が変化すると同時に、carboxysomeと呼ばれる細胞内小胞が形成されることも示された。このように、MH-110株は周囲のCO2濃度に応じてRubisCOやCO2濃縮機構の発現を制御することで、広範囲のCO2濃度に適応してきたと考えられる。このようなCO2濃度応答性を示す遺伝子発現制御機構は、RubisCOを有する細菌に共通してみられるもので大変興味深い。本研究ではMH-110株における遺伝子操作系を構築し、各RubisCOの生体内での機能を調べるとともに、その発現調節機構を解明することにより、MH-110株のCO2応答機構に関する知見を深めることを目的として研究を行った。

2章ではtransconjugation法を応用して、H. marinusにおける遺伝子破壊法を開発し、RubisCOをコードするcbbLS-1、 cbbLS-2、 cbbM各遺伝子の破壊株を構築した。その結果、高CO2濃度(〓2%)においてはCbbMが生育に必要で、低CO2濃度(〓0.15%)においてはCbbLS-2ならびにcarboxysomeが必須であることが示された。CbbLS-1は、どのCO2濃度においても生育に必須ではなく、他のRubisCOの機能を補助していることが考えられる。

3章ではMH-110株の3種のRubisCOの発現制御機構の解析を行った。各RubisCO遺伝子周辺領域のクローニング及びシークエンシングにより、転写制御因子がRubisCO遺伝子の近傍にコードされていることが分かった。各転写制御因子遺伝子の破壊株を構築することで、それぞれのRubisCOの発現が、3種類の転写制御因子によって独立して正に制御されていることが示された。

4章ではRubisCO遺伝子の下流に見いだされた炭酸脱水素酵素、カーボニックアンヒドラーゼ(CA)の機能について調べた。CAは活性中心に亜鉛を含む金属酵素で、CO2の可逆的水和反応を触媒し、多くの微生物で生育に必須である。組換えタンパク質として精製したタンパク質に、CA活性が認められた。また、このCAは高CO2濃度においては発現するが、低CO2濃度においては発現が抑えられていることが示された。CA遺伝子の破壊株を構築した結果、CAは1-2%のCO2濃度では生育に必須であるが、より高いCO2濃度もしくは大気レベルの低CO2濃度においては必須ではなかった。以上の結果から、絶対独立栄養性細菌H. marinus MH-110株はCO2濃度に応じて3種類のRubisCOおよび、CAとcarboxysomeを発現制御することで、CO2濃度に適したCO2の濃縮ならびに炭酸固定を行っていることが示された。

以上の本論文で得られた知見は学術上ならびに応用上貢献するところ大である。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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