学位論文要旨



No 121268
著者(漢字) 宮永,顕正
著者(英字)
著者(カナ) ミヤナガ,アキマサ
標題(和) GH54 α−L −アラビノフラノシダーゼの構造決定と機能解析
標題(洋)
報告番号 121268
報告番号 甲21268
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2981号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
 東京大学 助教授 若木,高善
内容要旨 要旨を表示する

序論

植物細胞壁は、セルロース、ヘミセルロース、リグニンという主に3つの成分からなっている。そのうち、ヘミセルロースには様々な種類が存在し、構成する糖の種類が多く、結合様式も複雑なため、それを分解するヘミセルラーゼも多様に存在する。糖質加水分解酵素 (GH) はグリコシド結合を切断する反応を行う。GHはアミノ酸配列に基づいて分類されたファミリーで構成されており、現在約100のファミリーが登録されている。ヘミセルラーゼは、このGHに属しているものが多く、しばしば触媒ドメインとは別に糖質結合ドメイン (CBM) を有している。CBMは不溶性糖基質に結合して触媒ドメインの反応効率を上昇させる役割を持っており、アミノ酸配列から現在40以上のファミリーに分類されている。

ヘミセルロースの一種であるアラビノキシランは、図1に示すようにキシロースで構成される主鎖にアラビノースなどの側鎖が結合しているという構造をとる。アラビノフラノシダーゼは、このアラビノース側鎖を分解する酵素であり、焼酎の発酵において穀物の分解や香り成分の生成を助ける役割をすることから、醸造産業において重要な酵素の一つである。焼酎白麹菌Aspergillus kawachiiは、GH51に属しているAkAbf51とGH54に属しているAkAbf54の2種類のアラビノフラノシダーゼを生産する。GH51の酵素は、Geobacillus stearothermophilusのアラビノフラノシダーゼ (GsAbfA) で構造が明らかになっており、詳細な研究が進んでいる。一方、AkAbf54が属しているGH54の酵素については構造が決定されておらず、構造機能相関に関する研究は全く進んでいなかった。本研究では、このGH54に属するAkAbf54の構造解析及び機能解析を行った。

AkAbf54の結晶構造解析とその全体構造 [1, 2]

AkAbf54を大量発現させるため、発現系を構築した。大腸菌では発現量が少量であったが、Pichia酵母で発現させると大量のAkAbf54が得られた。酵母で発現させたAkAbf54には糖鎖が付加していたが、これを切断することなく結晶化に成功した。立体構造を重原子同型置換法 (MIR法) により分解能1.75 〓で決定した。また、アラビノース、アラビノフラノシル-α-(1,2)-キシロビオース (図1、AXX) との複合体構造をそれぞれ分解能2.07 〓、2.3 〓で決定した。AkAbf54は、図2に示すようにN末触媒ドメイン (Gly19-Val335) とC末ドメイン (Gly336-Ser499) の2つのドメインからなっていた。触媒ドメインのAsn202に糖鎖が結合していた。

触媒ドメイン [2]

触媒ドメインはβ-サンドイッチフォールドをとっており、GH7やGH16といったクランBに属する酵素と弱い構造上の相同性が見られた。負に強く荷電したポケットを持っており、アラビノースとの複合体ではこのポケットにアラビノース (Araf1) が結合していたことから、このポケットが触媒ポケットであると考えられた。Araf1は、水素結合及び疎水的相互作用により認識されていた。変異体を用いた実験及びGH51 GsAbfAとの構造比較などから触媒残基 (Nucleophile:Glu221、Acid/base:Asp297) を決定した。また、連続した2つのシステイン残基 (Cys176とCys177) からなるジスルフィド結合がアラビノースを疎水的に認識していた。さらに、このシステイン間のペプチド結合はシス結合になっていた。このようにシスペプチド結合で連なった連続するシステインのジスルフィド結合が糖を認識している例は他に報告されていない。

アラビノース結合ドメインのCBM42への分類 [2, 3]

アラビノースとの複合体構造を決定した際、アラビノースは触媒ドメインの他に、C末ドメインに2分子 (Araf2とAraf3) が結合していた。このことから、C末ドメインはCBMであると考えられ、アラビノース結合ドメインと名付けた。他のCBMは、触媒ドメインとの間にリンカーを持ち、触媒ドメインと離れた状態で存在するものが多いが、アラビノース結合ドメインはそれらとは異なり、リンカーを持たず、触媒ドメインと密に結合していた。アラビノース結合ドメインは、β-トレフォイルフォールドをとっていた。ドメイン内に3回繰り返し配列をもっており、αサブドメイン、βサブドメイン、γサブドメインに分けられる。各サブドメインは擬似3回軸で集まっており、サブドメイン間には構造上の相同性が見られた。このようなアラビノース結合ドメインのフォールドはCBM13と似ているものであったが、CBM13に見られるモチーフを持っていないなどの違いが見られた。このことから、アラビノース結合ドメインは新たに設置されたCBMファミリー (CBM42) に分類されることになった。以下、アラビノース結合ドメインをAkCBM42と略す。アミノ酸配列のアライメントを行ったところ、GH54に属する全ての酵素がCBM42に対応する部分を持っていることが分かった。この他、GH43にもCBM42と相同性を持つORFが見られた。

アラビノースとの複合体構造では、Araf2がβサブドメインに、Araf3がγサブドメインに結合していた。β、γ各サブドメインポケットのアラビノース認識はほぼ同じであり、水素結合及び疎水相互作用により認識されていた。特に、アスパラギン酸とアラビノース間 (Asp435-Araf2、Asp488-Araf3) に見られるそれぞれ二つずつの水素結合が重要であると思われる。CBM13とは糖結合部位及び相互作用の様式が異なっていた。

また、AXXとの複合体構造では、AXXはアラビノース複合体と同様にβサブドメインとγサブドメインに結合していた。側鎖アラビノース部分はアラビノース複合体と同様な認識を受けていた。一方、主鎖の糖にあたるキシロビオース部分とは弱い相互作用しかしていなかった。これまでに報告されているヘミセルロースに結合するCBMは主に主鎖の糖を認識するものばかりであるが、CBM42はこれらとは異なるタイプであった。

AkCBM42の機能解析 [3]

Asp435、Asp488の変異体を用いて、AkCBM42の詳細な機能解析を行った。

不溶性の糖wheat arabinoxylanに対する活性を測定した。片方のアスパラギン酸を変異させると野生型と比較して5~10倍程度活性が低下し、両方のアスパラギン酸を変異させると50倍程度と活性が相乗的に低下した。このことから、AkCBM42は触媒ドメインの不溶性糖に対する活性を助けていることが分かった。一方、可溶性基質p-ニトロフェニルアラビノフラノシドに対する活性は、野生型と変異体で同様な活性を示した。

結合アッセイを行ったところ、wheat arabinoxylanに結合した。アラビノース側鎖を除去したwheat arabinoxylanを作成したところ、全く結合しなかった。変異体で結合アッセイを行ったところ、片方のアスパラギン酸を変異させると結合能力が低下し、両方のアスパラギン酸を変異させると全く結合しなかった。また、様々な不溶性糖を用いてアフィニティゲル電気泳動を行った。アラビノース側鎖を持つarabinanにはアフィニティを示したのに対し、アラビノース側鎖を持たないdebranched arabinanではアフィニティは見られなかった。アラビノース側鎖が多く含まれているrye arabinoxylanでは特に高いアフィニティを示した。これらの結果は、AkCBM42はアラビノース側鎖を多く含む糖ほど結合力が高いことを示している。

等温滴定カロリメトリー法を用いて、オリゴ糖に対する結合力測定を行った。AkCBM42は、アラビノース糖 (メチルアラビノフラノシドやアラビノトリオース) に対する結合定数は、2.0x103程度と他のCBMと比較して弱い値を示した。結合サイト数は2であり、片方のアスパラギン酸を変異させると結合サイト数が1に減少した。一方、キシロース糖 (メチルキシロピラノシドやキシロトリオース) に対しては結合が検出できなかった。このことはキシラン主鎖の結合サイトがないことを示している。

これらのことから、CBM42は、(i) 糖結合ポケットを二つ持ち、この二つが不溶性糖に対する結合に働く、(ii) 図3に示すようにヘミセルロースのアラビノース側鎖一糖のみを認識する、(iii) 糖に対する結合定数が10の3乗程度と他のCBMと比較して弱い、といったユニークな性質を示すことが明らかになった。

A. Miyanaga et al. (2004) Acta Crystallogr. Sect. D Biol. Crystallogr. 60, 1286-1288 A. Miyanaga et al. (2004) J. Biol. Chem. 279, 44907-44914 A. Miyanaga et al. 投稿中

図1 アラビノキシランの構造とその分解酵素

図2 AkAbf54の全体構造

図3 AkAbf54とアラビノキシランの結合の模式図

審査要旨 要旨を表示する

植物の細胞壁は、セルロース、ヘミセルロース、リグニンなどからなる。近年、天然の有機物としてセルロースに次いで多量に存在するヘミセルロースの有効利用が注目されている。ヘミセルロースの一種であるアラビノキシランは、キシロースで構成される主鎖にアラビノースなどの側鎖が結合しているという構造をとる。アラビノフラノシダーゼは、このアラビノース側鎖を分解する酵素であり、焼酎の発酵において穀物の分解や香り成分の生成を助ける役割をすることから、醸造産業において重要な酵素の一つである。しかし、糖質加水分解酵素ファミリー54 (GH54) に属するアラビノフラノシダーゼは、基質特異性などの研究は進んでいたものの、その構造は明らかになっておらず、構造学的な研究は全く進んでいなかった。そのため、触媒残基も同定されておらず、基質認識機構についても不明であった。本論文では、白麹菌Aspergilus kawachii由来GH54 α-L-アラビノフラノシダーゼ (AkAbf54) を研究対象にして立体構造解析を行うことで、GH54酵素の反応機構や基質認識機構を明らかにすることを目的にしたものである。

第二章でその発現、精製、結晶化、構造解析について述べた。酵母Pichia pastorisによる大量発現に成功し、精製及び結晶化を行い、良質な結晶を得た。重原子同型置換法により位相を決定し、分解能1.75 Åで立体構造を明らかにした。また、アラビノース複合体構造も決定した。

その結果、AkAbf54は、N末触媒ドメインとC末ドメインの二つのドメインから構成されることが分かった。第三章では主にN末側にある触媒ドメインについての構造の特徴を述べた。β-サンドイッチフォールドを持っており、負に荷電した触媒ポケットを持っていた。アラビノース複合体の活性中心の構造と変異体を用いた実験から、触媒残基を決定した。求核性残基がGlu221であり、酸・塩基触媒残基がAsp297であった。反応機構はアノマー保持型であることが以前に報告されていたが、二つの触媒残基間の距離はこの報告を裏付けるものであった。アラビノースを認識する残基も決定した。その中で、シスペプチド結合で隣り合ったシステイン (Cys176とCys177) 間で形成されるジスルフィド結合が見られ、基質を疎水的に認識する役割を果たすことが分かった。このような認識は他に例のないものであり、基質認識を考える上で非常に興味深い。

第四章ではC末側にあるドメインについて構造の特徴を述べた。このC末ドメインにアラビノース結合能があることは、活性中心にアラビノースがどのように結合するかを見るためにアラビノース複合体構造を明らかにしたところ、偶然発見されたものである。このことから、このドメインが糖質結合ドメイン (CBM) であることが分かり、アラビノース結合ドメインと名付けた。独立した結合ポケットを二つ (β-サブドメインとγ-サブドメインに一つずつ) 持っていることが分かった。アラビノース結合ドメインは、その構造の特徴とアラビノースを結合するという機能から新しくCBM42に分類された。

アラビノオリゴ糖との複合体構造を明らかにしたところ、CBM42は側鎖の糖アラビノースと主に相互作用しており、主鎖の糖キシロースとはほとんど相互作用していないことが明らかになった。このことから、CBM42はヘミセルロースの側鎖を認識して結合するという性質を示すことが予想された。これは驚くべきことであった。なぜならば、これまで報告されてきたヘミセルロースに結合するCBMは、主鎖の糖を認識する性質を示すものばかりであったからである。そこで、CBM42の機能解析を行い、本当にそのような性質を示すのかを調べた。機能解析に先立ち、アラビノース結合に関わる残基であるアスパラギン酸Asp435とAsp488の変異体を作成した。

まず、不溶性基質に対して活性測定を行った。片方のアスパラギン酸を変異させると野生型と比較して5~10倍程度活性が低下し、両方のアスパラギン酸を変異させると50倍程度と活性が相乗的に低下した。このことから、CBM42は糖質結合ドメインとして確かに機能していることが分かった。次に、不溶性糖に対するCBM42の結合力をBinding assayやアフィニティゲル電気泳動により調べた。その結果、CBM42はアラビノース側鎖を多く含むヘミセルロースほど結合力が高いことが分かった。また、アスパラギン酸を変異させると結合力を失った。そして、ITCにより、オリゴ糖に対する結合力を測定した。アラビノース糖に対する結合定数は、2.0x103程度と他のCBMと比較して弱い値を示した。一方、キシロース糖に対しては結合が検出できなかった。このことはキシラン主鎖の結合サイトがないことを示している。

これらのことから、CBM42は、(i) 糖結合ポケットを二つ持ち、この二つが不溶性糖に対する結合に働く、(ii) ヘミセルロースのアラビノース側鎖一糖のみを認識する、(iii) 糖に対する結合定数が103程度と他のCBMと比較して弱い、といった機能を示すことが明らかになった。このCBM42のヘミセルロースの側鎖の糖のみを認識するという新規性は応用性を秘めている。他の細胞壁分解酵素と組み合わせることにより、分解対象を特異的に制御出来る可能性を持つためである。

以上、本論文は、GH54 アラビノフラノシダーゼの構造解析、機能解析を行い、触媒残基の同定や基質認識機構の解明を行っただけではなく、ヘミセルロースの側鎖のみを認識するという新たなCBM42の発見に至ったものであり、学術上ならびに応用上貢献するところ大である。よって審査委員一同は本論文が博士 (農学) の学術論文として価値あるものと認めた。

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