No | 121269 | |
著者(漢字) | 宮本,重彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤモト,シゲヒコ | |
標題(和) | ABC トランスポーターLolCDE によるリポ蛋白質選別機構 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 121269 | |
報告番号 | 甲21269 | |
学位授与日 | 2006.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2982号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 大腸菌をはじめとするグラム陰性細菌の細胞表層は,外膜,ペリプラズム,内膜および細胞質の4つのコンパートメントで形成されている.細菌に広く存在するリボ蛋白質は,N末端のシステイン残基が脂質修飾を受け,その脂質部分で外膜または内膜にアンカーする膜表在性の蛋白質である.大腸菌には約90種類のリボ蛋白質が存在し,形態維持,薬剤排出,細胞分裂,物質輸送など多くの重要な細胞機能を担っている. リボ蛋白質はシグナルペプチドをもつ前駆体として細胞質で合成され,内膜を通過する過程でシグナルペプチドの切断と脂質修飾を受け成熟体となるその後のリボ蛋白質の膜局在はN末端のシステイン残基の次のアミノ酸残基(+2位)で決定され,+2位がAspのものは内膜に,Asp以外のものは外膜に局在する(+2位ルール).外膜局在化シグナルをもつリボ蛋白質はABCトランスポーターLolCDEの働きにより内膜から遊離し,ペリプラズムでリボ蛋白質特異的シャペロンLolAと水溶性複合体を形成する.その後,受容体蛋白質LolBに受け渡され外膜に組み込まれる.一方,+2位がAspであるリボ蛋白質はLolCDEによる認識を回避するため内膜に留まる.リボ蛋白質の内膜残留には+2位のAspの側鎖の負電荷と主鎖との距離が重要であり,Aspの側鎖と膜の構成成分であるホスファチジルエタノールアミン(PE)の正電荷との静電的相互作用により形成するリボ蛋白質-PE複合体がLolCDEの認識を回避すると考えられている(図1).このように,リポ蛋白質の選別は1アミノ酸残基により決定され,その選別にリン脂質が関与している非常に興味深いシステムである 野生型大腸菌のリン脂質はPE(70%),ホスファチジルグリセロール(PG,25%),そしてカルジオリピン(CL,5%)から構成される(図2).このうちPGとCLは分子全体として負電荷を持つ酸性リン脂質であり,また生理的条件下で脂質二重層を形成できるためbilayer lipidと呼ばれる.一方,PEはリン酸基に正電荷を有するエタノールアミンが結合しており,また,極性基が小さいコーン型の構造をとるため,単独では脂質二重層を形成できずnon-bilayer lipidと呼ばれるさらに,CLは2価のカチオンが高濃度に存在するとbilayerからnon-bilayerに構造変化することが知られている. 本研究では,LolCDEによるリボ蛋白質の選別輸送の反応機構を解明することを目的として,LolCDEとリン脂質との相互作用に着目し解析を行った. CL-プロテオリポソームからのリボ蛋白質の遊離の解析 それぞれ精製したLolCDE,外膜リボ蛋白質であるPal,もしくはPalの+2位のSerをAspに置換した変異体Pal(D)を,大腸菌リン脂質およびCLを用いてプロテオリポソームに再構成し,リン脂質と局在化シグナルの関係を調べた.大腸菌リン脂質を用いた場合,外膜局在化シグナルをもつPalのみがLolA依存的な遊離を示した.一方,正電荷を持たないCLを用いてプロテオリポソームを作製した場合,Palに加えPal(D)も遊離を示し,選別シグナルに非依存の遊離が観察された.特にCL-リポソームからのリボ蛋白質の遊離効率はMg濃度の増加に伴い著しく上昇し,1O mM Mg2+ではPal(D)はPalと同程度の遊離を示した.CLは高Mg濃度条件下においてnon-bilayer構造へと変化するためLolCDEのリボ蛋白質遊離活性はnon-bilayer lipidによって促進される可能性が示唆された. LolCDEのATPase活性は基質となるリボ蛋白質の添加により促進されることが知られている.LolCDEをCL-リポソームに再構成した場合,ATPase活性はPalのみならずPal(D)の添加でも促進された.これらの結果はCL-リポソームでは+2位のAspはLol回避シグナルとして機能せず,LolCDEに正常に認識されることを示している.また,CL-リポソームから遊離したPalとPal(D)はいずれもLolAと複合体を形成し,LolB依存的に膜に挿入されることもこの遊離がLolシステムに依存した機能的な反応であることを示している. PEは選別シグナル依存のリボ蛋白質の遊離に重要である CL-リポソームを用いた解析より,LolCDEのリボ蛋白質遊離活性はnon-bilayer lipidにより促進される可能性が示唆された.そこで,生理的条件下でnon-bilayer構造をとるジアシルグリセロールおよびPEがLolCDEの活性に与える影響について検討した.その結果,大腸菌リン脂質に5%のジアシルグリセロールを添加したプロテオリポソームでは選別シグナルに依存した遊離を示し,Palの遊離のみ約2倍に増加した.次に,PEがLolCDEのリボ蛋白質遊離活性およびリボ蛋白質の選別に与える影響を検討するため,低Mg濃度条件下CL-リポソーム中のPE含量をさまざまに変化させPalおよびPal(D)の遊離実験を行った.その結果,リポソームからのPalの遊離はPE含量の増加に伴い用量依存的に増加した.これらの結果から,non-bilayerlipidはLolCDEのリボ蛋白質遊離活性を促進することが明らかとなった.Non-bilayer lipidはアシル基に比べ極性基が小さい構造をとるため,リポソーム中の含量が増加すると膜の水平方向の圧力を変化させることが知られている.Non-bilayer lipidは膜の圧力を変化させ,LolCDEの膜中での構造を最適な状態へと保つことで活性を調節していると推察できる.一方Pal(D)の遊離は25%PEでは促進されたが,それ以上PEを増加すると逆に抑制された.これは25%以上ではnon-bilayer lipidによる促進効果より,PEと+2位のAspとの相互作用による抑制効果が強く現れたためと考えられる.以上の結果より,PEは極性基の正電荷と内膜リボ蛋白質との相互作用によりLol回避メカニズムに関与しているだけでなく,non-bilayer lipidとしての性質によりLolCDEの構造を調節し,活性を維持する役割を担っていると考えられる. PE欠損株を用いた解析 PEの生合成前駆体であるホスファチジルセリンの合成酵素,pssA破壊株ではPEが完全に欠失するが,培地中に二価のカチオンを添加することで生育可能である.このPE欠損株のリン脂質は約50%ずつのCLとPGから構成される.再構成遊離実験の結果から,PE欠損株では内膜リボ蛋白質が誤って外膜に局在している可能性が考えられた.そこで,PE欠損株の全膜画分をショ糖密度勾配により外膜と内膜に分画しリボ蛋白質の膜局在を調べた.その結果,PE欠損株においても野生型大腸菌と同様の局在を示し,+2位にAspをもつものは内膜に局在していた。この原因として,PE欠損株ではlolCDE遺伝子に変異が起きてリポ蛋白質の選別を制御している可能性や,野生株と比較して大幅に増加したPGがLolCDEの選別機構に影響している可能性などが考えられる. PGはLolCDEのATPase活性を抑制する PGがLolCDEによるリボ蛋白質の輸送および選別機構に与える影響について検討する目的で,CLとPGからなるプロテオリポソーム作製し,PalおよびPal(D)の遊離実験を行った.10 mM Mg存在下、CL-リポソーム中のPG含量を増加した場合, PGの増加に伴いリボ蛋白質の遊離が減少した.この遊離の抑制効果はPal(D)に対してより顕著であり,50%以上PGを含むリポソームからのPal(D)の遊離は観察されなかった.次に70%PE, 30%CLを含むリポソームのCLをPGに順次置換し,LolCDEのATPase活性を測定した.その結果,PG含量の増加に伴いATPase活性は低下し,25%〜30%では大腸菌リン脂質と同程度の活性を示した.これらの結果から,PGはLolCDEのATPase活性を抑制することでリボ蛋白質の選別機構に寄与していると考えられる.PE欠損株では,通常より過剰のPGがLolCDEの活性を抑制し,誤って内膜リボ蛋白質が遊離されるのを妨げていると考えられる. まとめ 本研究により,LolCDEはリン脂質組成の影響を強く受け,リボ蛋白質の選別にはPEとPGが重要な役割を果たしていることが示唆された.リン脂質はリボ蛋白質を介した間接的作用とLolCDEのATPaseに対する直接作用の両方によりリボ蛋白質選別機構に関与していると考えられる。膜蛋白質の機能解析ではリン脂質の影響を考慮することは必要不可欠であり,本研究結果は,LolCDEによるリポ蛋白質選別機構の解明のみならず,多くの膜蛋白質の機能解析を行う上で重要な知見を与えると考えている. 図1 内膜リボ蛋白質とPEの相互作用モデル 図2 大腸菌リン脂質の構造 | |
審査要旨 | 細菌に広く存在するリポ蛋白質は、N末端のシステイン残基が脂質で修飾され外膜または内膜に結合する膜表在性の蛋白質である。大腸菌には約90種類のリポ蛋白質が存在し、細胞表層に存在する多様な機能を担っている。リポ蛋白質は前駆体として細胞質で合成され、内膜上で成熟体となる。その後リポ蛋白質はN末端のシステイン残基の次のアミノ酸残基(+2位)がAspのものは内膜に、Asp以外のものは外膜に局在する。外膜局在化シグナルをもつリポ蛋白質はABCトランスポーターLolCDEの働きにより内膜から遊離し、リポ蛋白質特異的シャペロンLolAと水溶性複合体を形成する。その後、受容体蛋白質LolBに受け渡され外膜に組み込まれる。一方、+2位がAspであるリポ蛋白質はLolCDEによる認識を回避するため内膜に留まる。+2位のAsp側鎖の負電荷が正電荷を持つホスファチジルエタノールアミン(PE)と静電的相互作用をするため、LolCDEの認識を回避すると考えられている。本研究は、リポ蛋白質の選別輸送機構を明らかにすることを目的として、LolCDEとリン脂質との相互作用を詳細に解析したものである。 LolCDE、外膜リポ蛋白質Pal、その+2位のSerをAspに置換した変異体Pal(D)を、大腸菌リン脂質およびカルジオリピン(CL)を用いてプロテオリポソームに再構成し、リン脂質と局在化シグナルの関係を調べた。大腸菌リン脂質を用いた場合、PalのみがLolAに依存して遊離した。一方、正電荷を持たないCLを用いてプロテオリポソームを作製した場合、Pal に加えPal(D)も遊離した。CL-リポソームからのリポ蛋白質の遊離は Mg濃度の増加に伴い著しく上昇した。Mg濃度が高い時にCLが形成するnon-bilayer構造が、リポ蛋白質遊離活性を促進することが示唆された。LolCDEのATPase活性は、基質となるリポ蛋白質により促進される。CL-リポソームでは、PalだけでなくPal(D)によってもATPase活性が促進された。これらの結果を総合すると、+2位のAspは正電荷のないCL-リポソームではLol回避シグナルとして機能しないことを示している。 生理的条件下でnon-bilayer構造をとるジアシルグリセロールやPEが、リポ蛋白質遊離活性に及ぼす影響を詳細に調べた。大腸菌リン脂質に5%のジアシルグリセロールを添加すると、Palの遊離のみが約2倍に上昇した。次に、Mg濃度が低い条件でCL-リポソーム中のPE含量を変化させPalとPal(D)の遊離を調べた。Palの遊離はPE含量の増加に伴い上昇した。一方、Pal(D)の遊離はPEが一定量以上になると抑制された。これらの結果から、non-bilayer lipidはLolCDEのリポ蛋白質遊離活性を促進することが明らかとなった。non-bilayer lipidはアシル基に比べ極性基が小さいため、リポソーム中の含量が増加すると膜の水平方向の圧力を変化させることが知られている。non-bilayer lipidはLolCDEの膜中での構造に影響を与え、活性を変化させると推測した。さらにPEは、内膜リポ蛋白質との静電的相互作用によりLol回避メカニズムに関与しているだけでなく、non-bilayer lipidとしてLolCDEの機能に影響を及ぼしていると考えられる。 PEを合成できない大腸菌では、リン脂質はCLとPGがそれぞれ約50%である。しかし、PE合成欠損株においてもリポ蛋白質の局在化に異常はなかった。そこで、PGがLolCDEの選別機構に影響しているかを解析した。CL-リポソーム中のPG含量を増加すると、Palの遊離に比べPal(D)の遊離がより顕著に抑制された。また、LolCDEのATPase活性もPG含量の増加に伴い低下した。これらの結果から、PE合成欠損株ではPG がLolCDEのATPase活性を抑制することでリポ蛋白質の選別に寄与していると考えられる。 以上、本論文は、LolCDEによるリポ蛋白質選別と遊離の機能がリン脂質の組成によって強く影響を受けることを明らかにしたものであり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク |