学位論文要旨



No 121273
著者(漢字) 内田,英二
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,エイジ
標題(和) 微生物由来の xenobiotics 分解能を付与した環境汚染物質分解植物の作出
標題(洋)
報告番号 121273
報告番号 甲21273
学位授与日 2006.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2986号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 助教授 山川,隆
 東京大学 助教授 鈴木,義人
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

Phytoremediationは、植物を利用して環境中から汚染物質を除く、或いはより害の少ない化合物に変換する環境汚染修復手法として注目されており、その対象は重金属をはじめとする無機化合物汚染から、農薬や有機溶媒などの難分解な非生体物質(xenobiotics)である有機化合物汚染にまで及ぶ。有機化合物汚染のphytoremediationでは、分解除去可能な汚染物質の種類の増加と共に、その効率の向上が重要であり、これらの問題を解決するために新規植物を探索する一方、微生物由来の有用なxenobiotics分解酵素遺伝子を組み込んだ形質転換植物体の作出が試みられている。新規植物の探索の困難さと望ましい形質を自由に付与できる有利さを考えると、phytoremediationの更なる発展には遺伝子組換え技術の利用が避けられないと思われる。

形質転換植物体を用いた応用研究は、抗体やワクチンといった有用タンパク質を植物に生産させる目的で精力的に行われており、その過程でオルガネラ局在的な発現が試みられている。小胞体移行シグナル・残留シグナルを組み合わせた小胞体発現で抗体が高発現した事例が報告されているが、残留シグナルを除いてアポプラスト発現させ、植物体外へ分泌させるという例も知られている。この知見に基づくと、水溶性の低いxenobioticsは植物体内に取り込まれなくとも、分泌させた分解酵素により植物体外で分解できると予想され、アポプラスト発現が水溶性の低いxenobioticsのphytoremediationに貢献するものと強く期待される。

以上の背景から、本研究では植物細胞におけるオルガネラ局在的な発現手法を用いて、環境汚染物質分解植物体の作出を試みた。

Terrabacter. sp. DBF63株由来のメタ開裂酵素DbfBの植物細胞におけるオルガネラ局在的な発現1)

環境汚染物質分解植物のモデルケースとして、遺伝子発現も活性評価も比較的容易で、2,3-dihydroxybiphenyl (2,3-DHB)を分解可能なTerrabacter sp. DBF63株由来のメタ開裂酵素DbfBを、シロイヌナズナ細胞のアポプラスト,小胞体,細胞質で局在的に発現させた。小胞体及びアポプラスト発現には、小胞体への移行のためにレグミンB4シグナルをN末端に、小胞体発現には更に小胞体残留シグナルをC末端に付加し、全てカリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター制御下で発現させた。形質転換はアグロバクテリウムを用いて行い、カナマイシン耐性を指標に形質転換体を選抜した。植物体へのdbfB導入、転写、翻訳の確認できたサンプルについて、2,3-DHB分解による黄色生成反応を利用して葉の粗酵素抽出液を用いた活性評価を行ったところ、アポプラスト(line a1-a8),細胞質発現区(line c9-c18)で顕著な活性が検出された。アポプラスト発現区の粗酵素抽出液中の活性平均値(0.341 U/mg)は、細胞質発現区(0.636 U/mg)と比較して約半分に止まるものの、アポプラスト発現区の水耕液中の活性平均値(86.7 mU/ml)は、細胞質発現区(3.75 mU/ml)の23.2倍に及ぶ有意に高いものだった(Fig. 1)。更に2,3-DHBを直接水耕栽培しているフラスコへ投与し、水耕液中の2,3-DHB分解活性を定量したところ、細胞質発現区の微弱な活性(0.434 U/gfw-plants)に対してアポプラスト発現区からはその11.9倍に及ぶ高い活性 (5.18 U/gfw-plants)が観察された。以上の結果は、外来タンパク質発現の際における細胞内での発現場所の重要性と共に、レグミンB4の小胞体移行シグナルを用いた場合でも植物体外へ外来タンパク質の分泌が可能な事、実際の水耕液中でもDbfBは活性を維持しているためにアポプラスト発現が水溶性の低いxenobioticsのphytoremediationに有効な手法となる可能性を示すものと考えられる。

Rhodococcus sp. m15-3株由来のハロアルカンデハロゲナーぜDhaAの分泌系構築1)

アポプラスト発現による植物体外へのxenobiotics分解酵素の分泌系をphytoremediationへ応用するモデルケースとして、医薬,農薬の合成原料である一方、その環境中での残留性が問題視されている1-クロロブタンを特に補因子を必要とせずに脱塩素化可能なRhodococcus sp. m15-3株由来のハロアルカンデハロゲナーゼDhaAをタバコ細胞のアポプラスト,細胞質で局在的に発現させた。形質転換体の作出は、1.と同様の手法で行い、植物体へのdhaA導入、転写、翻訳の確認できたサンプルについて、チオシアン酸水銀を用いた塩化物イオンの呈色定量法を利用してDhaAの活性評価を行った。アポプラスト発現区の葉の粗酵素抽出液中の活性平均値(line A1-A12; 1.42 mU/mg)は、細胞質発現区(line C14-C18; 10.9 mU/mg)の13.0 %程度だったものの、アポプラスト発現区で最も活性の強かったline A4の水耕液中の活性(20.9 mU/mg)は、細胞質発現区で最も発現の強かったline C16 (0.274 mU/mg)の76.4倍に及ぶ有意に高いものだった(Fig. 2)。また、水耕栽培しているフラスコへ1-クロロブタンを加えて分解させた時の水耕液中の1-クロロブタン脱塩素化物(1-ブタノール)の生成量をGC-MSで経時的に定量した結果、反応初期においては予想通りline A4でのみブタノールが検出されたが、反応10時間後でline C16がline A4を上回った(Fig. 3)。これは、植物体に取り込まれた1-クロロブタンが、細胞質で1-ブタノールに分解され、長い時間をかけて水耕液中に拡散してきたためと考察する。一方、水耕液に1-クロロブタンを加えて生育阻害実験を行ったところ、line A4はline C16や野生株に比べて1-クロロブタンに対する顕著な耐性を示した(Table 1)。以上の結果は、in vivoでも水耕液中でもDhaAが活性を維持している事、植物体に取り込まれやすいxenobioticsについては細胞質発現もphytoremediationの有効な手法になる事、植物体外で毒性物質を分解できるために生育阻害を受けにくいと考えられるアポプラスト発現は、持続的なphytoremediationに適した手法である事を示すものと考えられる。

カルバゾール分解菌Pseudomonas resinovorans CA10株由来carbazole 1,9a-dioxygenase (CARDO)の分泌系構築

生体への強力な毒性を示すダイオキシンは、最も環境修復を望まれているxenobioticsの一つであるが、水溶性が極めて低いために土壌に吸着しやすく、汚染土壌からの植物体を用いた効率的な吸収除去は難しいと考えられていた。しかし本研究1.と2.の結果は、ダイオキシン分解に関与する酵素をアポプラスト発現で植物体外に分泌させる事で、吸収困難なダイオキシンを植物体外で積極的に分解できる可能性を示していた。そこで本研究ではダイオキシンの分解植物のモデルケースとして、当研究室で精力的に研究が行われているダイオキシン骨格構造の分解に関与するP. resinovorans CA10株由来のCARDO (三つの遺伝子産物CarAaAcAdからなるmulti-component系)を、タバコやシロイヌナズナ細胞のアポプラスト,細胞質で局在的に発現させた。形質転換体の作出は、上記と同様にアグロバクテリウム法で行い、ハイグロマイシン耐性を指標に形質転換体を選抜した。三つの遺伝子を導入できたタバコ20 lineについて、CarAaを認識するポリクローナル抗体を用いたウエスタン解析を行い、更にCarAaの発現量の高い3 lineに絞り込んだ。現在、シロイヌナズナについても同様の選抜を試みている一方、タバコについては選抜した3 lineの葉の酵素抽出液や水耕液用いたCARDO活性評価やカルバゾールに対する生育阻害実験を行っている。

本研究では、アポプラスト発現が水溶性の低いxenobioticsのphytoremediationに有効である可能性と共に、細胞質発現が植物体に取り込まれやすいxenobioticsのphytoremediationに有効である事を実験室レベルでの研究で明らかにした。一般的に、微生物は植物よりもxenobioticsに対して強い分解活性を有するが土着の微生物との競合で淘汰されやすいために持続性に乏しく、逆に植物はxenobioticsの分解活性で微生物に劣るものの持続性に優れ、微生物と植物の共生系は両者の長所を生かして短所を補う事ができるより良い手法と考えられていた。しかし最近、共生系によるphytoremediationの研究で、微生物が植物から分泌される有機物を資化してしまうために期待通りにxenobioticsを分解しない例が知られており、phytoremediationへの応用に関する研究がますます重要性を増してきている。そこで、本研究での方法論が実際のphytoremediationへの応用に有効であるかについて更に検討するために、今後は実際の1-クロロブタン汚染排水を用いた分解試験や、xenobiotics分解菌,環境汚染物質分解植物,両者の共生系の三者間の分解活性の強弱や持続性の比較、更に土壌系でのxenobiotics分解試験等の実践的レベルでの研究を行い、アポプラスト発現のphytoremediationへの実用性について評価していく必要がある。

Uchida et al., Secretion of Bacterial Xenobiotic-Degrading Enzymes from Transgenic Plants by an Apoplastic Expressional System: an Applicability for Phytoremediation. Environmental Science & Technology, 39, 7671-7677 (2005)

Fig. 1 葉の粗酵素抽出液(A)と水耕液(B)を用いたDbfB活性評価

Fig. 2 葉の粗酵素抽出液(A)と水耕培養液(B)を用いたDhaA活性評価

Fig. 3 水耕液中における1-ブタノール生成量の経時的変化

Table 1. 様々な1-クロロブタン(1-CB)濃度の水耕液に6日間晒した時の植物体湿重量a

a湿重量は8つの植物体の平均値、TI (tolerance index)は(各1-CB濃度の時の湿重量/ 0 mMの時の湿重量×100)で表されている。

審査要旨 要旨を表示する

Phytoremediationは、植物を利用して環境中から汚染物質を除く、或いはより害の少ない化合物に変換する環境汚染修復手法として注目されている。農薬や有機溶媒などの難分解性非生体成分(xenobiotics)による汚染のphytoremediationでは、分解除去可能な汚染物質の種類の増加と共に、その効率の向上が重要であり、これらの問題を解決するために微生物由来の有用なxenobiotics分解酵素遺伝子を組込んだ形質転換植物体の作出が試みられている。現在までに、植物細胞における外来タンパク質の細胞質、小胞体、アポプラスト等での発現が研究されており、小胞体発現で抗体が高発現した例やアポプラスト発現で外来タンパク質が植物体外へ分泌した例が知られている。この知見に基づくと、低水溶性のxenobioticsが分泌された分解酵素によって植物体外で分解されると予想され、アポプラスト発現がxenobiotics汚染のphytoremediationに貢献するものと強く期待された。本論文では、植物細胞における局在的な発現方法を用いて、環境汚染物質分解植物体を作出し、そのin vivo及び水耕液中でのxenobiotics分解活性を実験室レベルで評価した。構成は五章からなる。

第一章では、xenobioticsによる環境汚染の実態、phytoremediationや形質転換植物に関する研究等の最近までの知見をまとめ、本論文の研究の目的と意義を述べた。

第二章では、環境汚染物質分解植物のモデルケースとして、遺伝子発現も活性評価も容易で、2,3-dihydroxybiphenyl (2,3-DHB)を分解可能なTerrabacter sp. DBF63株由来のメタ開裂酵素DbfBを、シロイヌナズナ細胞のアポプラスト、小胞体、細胞質で局在的に発現させた。2,3-DHB分解による黄色生成反応を利用して葉の粗酵素抽出液中のDbfB活性を評価したところ、アポプラスト、細胞質発現区で顕著な活性が検出され、xenobiotics分解酵素発現の際における細胞内での発現場所の重要性が示された。アポプラスト発現区の粗酵素抽出液中の活性平均値は、細胞質発現区と比較して約半分に止まるものの、アポプラスト発現区の水耕液中の活性平均値は、細胞質発現区の23.2倍も高かった事から、xenobiotics分解酵素がアポプラスト発現によって植物体外へ分泌された事が示された。更に無菌的に水耕栽培していたフラスコへ2,3-DHBを投与し、水耕液での2,3-DHB分解速度を評価したところ、細胞質発現区の微弱な発色に対して、アポプラスト発現区からはその11.5倍に及ぶ速い分解が示された事から、アポプラスト発現が水溶性の低いxenobioticsによる汚染のphytoremediationに有効な手法となる可能性が考えられた。

第三章では、アポプラスト発現による植物体外へのxenobiotics分解酵素の分泌系をphytoremediationへ応用する実証的研究の一つとして、1-クロロブタンに対して特に補因子を必要とせずに脱塩素化可能なRhodococcus sp. m15-3株由来のハロアルカンデハロゲナーゼDhaAをタバコ細胞のアポプラスト、細胞質で局在的に発現させた。アポプラスト発現区の葉の粗酵素抽出液中の活性平均値は、細胞質発現区の13.0 %程度だったものの、アポプラスト発現区で最も活性の強かったline A4の水耕液中の活性は、細胞質発現区で最も発現の強かったline C16の76.4倍も有意に高かった事から、xenobiotics分解酵素がアポプラスト発現によって植物体外へ分泌され、水耕液中でもxenobiotics分解に関与している事が示された。また、水耕栽培しているフラスコへ1-クロロブタンを加え、DhaAの作用によって生じた1-ブタノールをGC-MSで経時的に定量した結果、反応初期においてはline A4でのみブタノールが検出されたが、反応10時間後ではline C16がline A4を上回った。この事から、植物体に取り込まれやすいxenobioticsについては細胞質発現もphytoremediationの有効な手法になる事が示された。さらに水耕液に1-クロロブタンを加えて生育阻害実験を行ったところ、line A4はline C16や野生株に比べて1-クロロブタンに対する顕著な耐性が観察された事から、植物体外で毒性物質を分解できるために生育阻害を受けにくいと考えられるアポプラスト発現は、持続的なphytoremediationに適した手法である事が示された。

第四章では実証的研究として、ダイオキシン骨格構造を含む芳香環の分解に関与するPseudomonas resinovorans CA10株由来のCARDO (三つの遺伝子産物CarAaAcAdからなるマルチコンポーネント系)を、タバコ細胞のアポプラスト、細胞質で局在的に発現させた。三つの遺伝子を導入できたタバコの中で特にCarAaの発現量の高い3系統を用いてカルバゾールによる生育阻害実験を行った結果、ベクターコントロールの植物体に対して、CarAaを発現している全ての植物体で有意な生育阻害の緩和が観察され、タバコがCARDOを発現してカルバゾールを分解した可能性が示唆された。

第五章では、全体の総括と今後の展望が述べられている。

以上、本論文は、アポプラスト発現が水溶性の低いxenobioticsによる汚染のphytoremediationに有効である可能性を示すと共に、細胞質発現が植物体に取り込まれやすいxenobioticsのphytoremediationに有効である事を実験室レベルの研究で明らかにしたもので、学術上ならびに応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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